第六話 黒犬>黒猫 ロッソ
〜ロッソ視点〜
「それで……まだ、俺の事が分からんのか?」
「え?まさかの知り合い?」
「ほら、門番のオジサンだ」
「あ〜!あ〜ハチさんか!久しぶり!なんでこんなとこに?てか、その格好はなんで?」
「そうだな。それを答えてもいいが、まず、この状況をどうにかした方が良いだろうな」
「……ですよね〜」
オレと黒犬――ハチさんは、絶賛捕縛中だ。
親父風に言うなら「牢屋なう」だな。
まぁ、そりゃ見つかるさ。
意味不明の光り輝く箱があって、開けてみると、その中から黒犬と謎の男が出てきたのだから。
むしろ、よくその場で首を刎ねられなかったか不思議なほどだ。
「じゃあ、状況を整理するか。ロッソ達はなぜ風呂場で段ボールなんて被っていたんだ?」
「ああ?ああ、あの箱か。話せば長くなるが……調査の為だな」
「調査……?」
首を傾げこちらを見るハチさん。
いやまぁ、その気持ちは分かるぞ?
オレがハチさんと同じ立場ならそうなるだろうからな。
「兄貴からここの辺境伯の身辺調査だっけか?まぁ、そんな感じの事頼まれて潜入したのは良いが、親父のせいで見つかってしまったって訳だな」
「ああ、分かった。大体はあの黒猫のせいだな?」
「まぁ、多分それで間違ってないと思う」
ハチさんと親父は昔馴染みなので、説明が楽で助かる。
「で、ハチさんはこの状況の解決策ってあんの?」
「そうだな……頭使わない方法と頭使う方法とどっちがいい?」
「ハチさん……知っての通り、自慢じゃないがオレはそんな素敵な頭を持ってないぞ?」
「……だよなぁ」
ハチさんは肩を落とす。
いや、なんかごめんバカで。
「じゃあ、その辺境伯とやらに会ってみよう。俺は門番兵だからな。街に入ろうとする色んな人を見てきたから、会えばその人物が危険なのかどうかぐらいは大体分かる」
「え?マジで?」
「ああ、マジだ。まぁ、後は俺がなんとかしてやるから、ロッソは大人しくしてなさい」
「ヤバい……この人頼りになりまくる!」
おいおい、どこぞの黒猫と違ってこっちの黒犬の頼れる男っぷり……親父ドンマイ!
「じゃあそういう訳だから、そこでこちらの話を聞いている人、出てきなさい」
「バレバレだぞ?確かメイドだろ?綺麗な髪のねえちゃん」
「!?……いつからですか?」
何もない闇から表れたきなこもちのねえちゃんは、オレとハチさんにバレていた事に驚いているようだ。
まぁ、普通の人ならバレないだろうが、生憎とオレらは普通の人ではない。
「最初からだよ、お譲さん。人にしてはなかなかいい腕をしているよ」
「……あなた達は調査と言っていましたが、主を害しに来たのですか?もしそうなら……」
「いや、そんなつもりはねぇよ。今更隠しても意味がねぇから言うが、ただあんたのご主人様の人となりを確認しに来ただけだ。殺そうと思えばいつでもできるけどな」
きなこもちのねえちゃんは、オレの最後の言葉に反応して殺気が漏れる。
だが、それに反応せずハチさんが続きを話す。
「すまないね、お嬢さん。彼なりの冗談だ、許してやって欲しい。それで、君のご主人様に会わせてもらえないだろうか?この牢を自力で壊してもいいが、あまり強引な手を使いたくはないんだ」
「……分かりました。今主に確認を取りに行きますので、そのままお待ちください」
きなこもちのねえちゃんは、ハチさんの言葉に頷くとすぅっと闇に消えて行った。
ハチさんはオレの方を向いて難しい顔をする。
「ロッソ、あんまりからかってやるな」
「ごめん……だって、あのねえちゃんも弄ったら面白そうだったから」
「これはあの黒猫のせいかハクの影響か……迷いどころだな」
多分両方だとは言えず、肩を竦める事で返答する。
*********
しばらくすると、きなこもちのねえちゃんが帰ってきた。
「主がお会いするそうです。変な真似せずについてきて下さい」
「ああ、感謝する」
「はいよー」
ねえちゃんについていくと、さっきまでオレと親父が潜入していた部屋に案内された。
部屋に入ると、複数の人の気配がする。
護衛の数は……十人か。
場所はバレバレだが、なかなか頑張っているようだな。
「この者達がその覗き魔か?」
「はい」
豪華な椅子に座った辺境伯のおっさんはこちらを値踏みするように見て、きなこもちのねえちゃんに確認を取る。
おっさんに見られて喜ぶ趣味は無いから見ないでほしいが、ここはハチさんがなんとかしてくれるって言ったから、黙っておこう。
「さて、色々と聞く前に自己紹介をしておこうか。私はアフォード=イディオット。シリー帝国の辺境伯をしているものだ」
「はじめましてイディオット辺境伯。俺の名はハチ、こちらはロッソ。そして急な訪問、こちらの非を詫びよう」
「ほう……私は回りくどいのが嫌いでね。それで君達は私の人となりを調査しに来たということらしいが、どうだね?」
「そうだな……君達が『ジャポニヤ』と呼ぶこの大陸の中で、それなりに大きな国の大貴族である君は優秀ではあるね。俺の正体にある程度は予測が付いているのに、その態度はなかなか普通の人には出来ないだろう。人の上に立つ人間としては好ましいね。護衛の数からして、慎重であり、臆病なのだろう。ああ、これは褒め言葉だ。それと、その目。実に気に入った。野心と言うものが無い事もないが、自分がどの程度なのか分かっている。理性的であり、滅多な事で揺らぐ事のない精神力を持ち合わせているんじゃないかな?それと、部下を御するのも上手そうだ、洞察力の優れた人間なのだろうね。総じて君を評価すると、善き領主って所だ。どうだ?イイ線いっているんじゃないか?」
ハチさんはニヤリと笑いおっさんを見る。
「ふふふっ参った。いや、参りましたよ。ハチ様」
「どうやら外れてはいないようだな」
おっさんはハチさんの言葉に顔を覆って笑いだした。
きなこもちのねえちゃんは、なんとも言えない顔をしている。
まぁそうだろうな、オレもこんな事になるとは思ってもみなかったし。
「ここ最近訪れた白髪の青年と言い、最近の私は面白い出会いが続きますね」
「人の縁とはそんなものさ」
「……白髪の青年ねぇ」
おっさんの言葉に誰にも聞こえない様に小さく呟く。
まぁ、100%ハクの兄貴の事だろうな。
あの人が敵に回れば、親父ではないが『白の死神』を拝むことだってあるのに、ハクの兄貴のお眼鏡にかなったこのおっさんは、確かに面白い人物なのかもしれない。
「じゃあ、これで我々は帰らせていただくよ」
「そうですな。この件はここまでにした方が双方の為でしょう」
「ああ、それと。このロッソとあの黒猫が覗くつもりがあったかなかったかは別として、覗いてしまったのは事実。この街にいる間、一度だけ願いを聞く事で水に流してもらえないだろうか?」
「え?ハチさん?」
「誰であろうと罪には罰だ。アイツの代わりに俺が引き受けるから、ロッソもだ」
「マジかぁ……」
しょんぼりするオレとそれを諭す黒犬。
なかなか面白い組み合わせだな。
そんなオレ達のやり取りを驚いた様子で見守っていたおっさんが口を開く。
「それは……本当に宜しいので?」
「ああ、黒犬に二言は無いが……我が騎士道に反する行いだけはさせてくれるなよ?」
「もちろんですよ。我が姪とメイドには悪い事だが、今日は良い出会いになりました。次に来訪する事があれば、事前に連絡を頂けると有難いものです」
「ああ、色々と感謝する。では、俺達は失礼するよ」
部屋を何事もなく退出するオレとハチさん。
本当に、この人に任せたらこの状況も調査も解決してしまった。
マジ凄いわ、これが出来る大人かぁ。
そんなアホな事を思いながらオレ達は夜の闇に消えて行った。