第一話 宿屋の攻防 ロッソ
〜ロッソ視点〜
「フフフ、ふはははは」
一人、部屋で笑い声を洩らす。
この日この時をオレは待っていた。
「今日こそは……必ず……」
部屋で金貨の詰まった革袋をニヤニヤしながら眺める。
ああ、ダメだ。
どうしても、笑いが止まらない。
これでは、ただの変質者ではないか。
「そう、今日こそ!今日こそオレは……満を持して、色街にくり出すのだ!」
どれだけこの時を待った事か。
当初の予定ではこの街に着いたその日の夜に赴く予定だった。
しかし、あの時は不幸な事故が重なり行けなかった。
おっちゃんに騙されたり、おっさんに囲まれたり、おっさんにしばかれそうになったり……って、おっさんばっかだな。
まぁ、今となってはいい思い出だ……多分。
しかもあの後、殺人犯を捕まえる為にハクの兄貴が頑張っていた。
もしそんな時に、体を共有しているオレが娼館に行ったとしよう。
そして、行った事が兄貴にバレたら……いや、これ以上は怖いから止めよう。
だが、今は違う。
事件が解決して、魔剣も回収できて、万々歳の今の状況。
そう、今このタイミングこそベストなのだ。
今なら、オレがちょっとばかし羽目を外しても問題ないだろう。
というか、今しかないのだ。
ハクの兄貴の機嫌的にも今日を逃せば、娼館へ当分行く事が出来ないだろう。
「おっと、こんな事を考えている場合ではなかったな……では、いざ我が桃源――」
「ロッソ。こんな夜遅くにどこへ行くのじゃ?」
と、呟いた所に我らが幼女こと、エリーが現れた。
「……なぜお前がいる」
「ふむ、ここは妾の寝室でもあるのでな」
「くっ……そうだった」
オレの前に立ち憚る幼女。
これは神がオレに与えた試練なのかもしれない。
この幼女に気付かれない様に……いや、もう気付かれているから、なんとかこの幼女をまるめ込んで行け、というのだな?
いいだろう!この勝負受けて立とう!
この幼女の屍を越えて行こうではないか!
ふっ……オレも舐められたものだ。
我が桃源郷への道、こんな幼女如きで止められると思うなよ?
「あ、ああ。なに、少しばかり夜風に当たりたくなってな……エリー、お前もそんな日があるだろう?」
「ほう、そうかそうか。確かにそんな夜もあるかもしれんのう。では、その手に持った革袋は必要あるまい?」
エリーは当たり前の様に当たり前の事を指摘する。
ああ、その通り過ぎるからどうしよう?
いや、ここで引き下がるのはダメだ。
強気に行け!大丈夫!今のオレはこんな些細な事では止められないさ。
「バ、バカ。これはお前アレだよ?このご時世、どこで何が必要になってくるか分からないだろう?」
「まぁ、そじゃな。備えあれば憂いなしとも言うからのう」
オレの必死な抵抗にエリーも首を縦に振りながら納得する。
ふっ、やはり天才と言えど、ただの幼女じゃオレを止められまいよ。
「だろう?オレは何も用意してなくて、後から悔いるだけのそんな人間にはなりたくないんだ」
「それは、良い心掛けじゃ。妾も見習わなければならんのう」
「だろう?オレの事を敬ってもいいんだぜ?」
「そうじゃのう……」
勝った!ふんっ!幼女も大したことはないな。
これで、我が覇道を邪魔する者はいなくなった。
心の中でガッツポーズを取る。
「じゃあ、オレは行かせてもらうぞ」
そして、オレはエリーの横を通り過ぎようとする――ところを呼び止められる。
「ああ、そういえばじゃがな?忘れておったわ。クロ父様から『ロッソに預けたお金を回収しといてくれ』と頼まれておったのじゃった」
「何……!?」
エリーはオレの顔を見てニヤリと笑う。
この幼女……全て気付いていやがる……やはり、ただの幼女じゃない!?
オレが今からどこに行こうとしているのかも、更に、この金が何のための軍資金かさえも……気付いているのか……
部屋は暑くもないのに、オレの頬を伝う汗。
喉もなぜだか、カラカラに渇く。
オレは唾を飲み込み、エリーを見つめる。
「だ、だが、これ程の大金……幼女であるお前には荷が重い。いや、重過ぎる」
「ふふふ。それには及ばないぞ、ロッソよ?妾にもこの魔法の革袋があるのでな」
「な、なぜだ……」
エリーはとてもいい笑顔で、自分の腰にある革袋を外し、俺に見せつける様に掲げる。
「なに、ハク兄様が『近いうちに必要になる時が来るでしょう』と言って、妾に渡して下さったのじゃ」
「馬鹿な……」
もしかして、オレが今日行動を起こす事を察知していたのか?
「それに、クロ父様には『ロッソの事をくれぐれも頼む』と仰せつかったのでな。まさか、これほど早く必要になる時が来るとは思わなんだわ」
「嗚呼、神よ……」
てか、クソ親父!
あいつ、己の身可愛さにと言うか、幼女可愛さにオレを売りやがったな。
それに、極めつけはオレの行動がハクの兄貴にはバレている事だ。
「くっ……ここまでか……」
先程まで元気が有り余っていたオレの体は、急に重力に耐えられなくなったかの様に、膝を屈する。
どうやら、何もかも兄貴と親父の掌の上であったようだ。
なによりもあいつらの酷い所は、止めを自分で刺さずに、幼女に刺させる所だ。
あいつら……オレの心を折りにきやがった。
「どうやら、今のお主の状況が分かった様じゃな」
「ああ、嫌でも……いや、バカでも分かったぜ」
「ならば、もう夜も遅い。寝るとするか」
「……ああ」
オレの手から落ちた金貨袋を、エリーは自分の革袋へと入れた。
そして、上を向き動かない俺の肩をポンと叩き、ベッドに入った。
なぜかオレの目から、止めどなく汗が流れてきやがる。
口に入るその汗は、少ししょっぱかった。
これこそ、敗北の味なのだろう。
だが、あいつ等はオレをナメ過ぎている。
こんな事でオレの心を折ったつもりでいるのだろうか?
オレが、たかが金が無いというぐらいで諦める男だと思うとは……甘過ぎる!
ナメるなよ、金が無ければ作ればいいんだ。
このロッソ、明日から全力で金を作ってやろうではないか。
オレは過去を振り返らない男だ。
……振り返らないんだ、くそっ!
新たなる決意をして、目の汗を拭う。
霞んでいた視界も回復し、オレも寝ようと前を向く。
すると、エリーのベッドが目に入る。
なぜだか、エリーのベッドには一人分空きがある様に見える。
オレの視界がまた少しぼやける。
「なんか……すまんな」
「…………」
当然、返事はない。
返事が返ってきてもオレは、何も言えないだろう。
オレはそれ以上言葉にするのは野暮だと思い、ベッドの中に入った。
次にオレが覚醒するまで、とてもぐっすり眠れたとだだけ報告しておこう。




