第二十話 いちだんらくって読むんだぜ ハク
〜ハク視点〜
お父さんが、魔剣に止めをさした後、僕は『神憑り』を解いた。
すると、漆黒の衣も、骸骨の面も、大鎌も消えて、僕の黒く染まった髪が、元の白髪に戻っていく。
そして、僕の体に憑依していたお父さんも、黒猫の姿へと戻った。
「ふぅ〜久々の生身は、あ〜ちぃ〜とばかし加減が難しいな」
「そんなものなのですか?」
「ああ、そんなものだ」
「それで、この魔剣の所持者は……外傷は無いようですが、殺したのですか?」
凍りついた魔剣の主を眺めながら、お父さんに質問する。
「いや、ただ意識を刈り取っただけだ。死んじゃいない。お前の体で人を殺すのはな……」
「お気づかいありがとうございます」
そっぽを向くお父さんに、礼を言いながら抱き上げる。
「……なんだ?」
「いいえ、なんでもありません」
「……そうか?」
「ええ、そうです」
お父さんは僕に抱きかかえられるのを、黙って受けいれてくれる。
そんなお父さんを撫でながら、少しそのままでいた。
**********
しばらくすると、お父さんは突然「ああ、そういえば……」と言いながら、アリスの方向へ歩いていった。
どうやら、お父さんはアリスを介抱してくれるらしい。
流石はお父さんだ、なんて優しいのだろう。
優しいお父さんが気を失ったアリスの事を見てくれているうちに、魔剣の主へと近づく。
「では、僕はお目当ての品を……っと」
魔剣の主から離れた場所に転がっている、魔剣を発見して観察する。
「う〜ん。触っても大丈夫なタイプかな?」
と、手を伸ばすが、未だに発せられる禍々しい魔力を感じ、手を引っ込める。
「あ〜これは、触っただけでも危ないタイプだな……どうしようかな……」
僕がどうするか迷っていると、お父さんが戻ってきた。
アリスを見ると、破れた服の上に布が置いてあり、なぜか顔の上にも布が掛かっていた。
死んでしまったのか?と一瞬驚いたが、よく見ると、顔の布は微かに揺れているし、胸の辺りが上下しているので、まぁ問題はない様だ。
「ほう?これはやはり大物だな」
「お父さんはこの剣を知っているのですか?」
「ん?ああ。どこかで見た事あると思ったら『首狩の魔剣』だな。俺がまだ若かりし頃に、この剣の主と戦った事がある。確か……聖戦の前だな」
「聖戦より前ですか……それ程昔のものでしたか……」
「この魔剣は一度浄化してやったら、そのまま使えそうだ。今度あっちに帰った時にでも、あの破戒僧に浄化を頼んでおこう」
「分かりました、お願いします」
魔剣がお父さんの影に吸い込まれていくのを確認し、周辺の戦闘跡に目をやる。
それにしても激しい戦いだったのだろう。
お父さんのあの鎌で斬られた木箱、お父さんの魔法で凍った大地、そして、犯人。
それらを感慨深く眺めていると、頭の中何かで聞こえる。
『兄貴!兄貴!聞こえるか!?』
「ええ、聞こえますよ。ロッソから緊急連絡なんて珍しいですね?」
『ああ、すまん。いや、それよりもそいつの……犯人の顔をもう一度見せてくれ』
「ん?少し待って下さい」
頭の中でロッソと会話をしながら、犯人に近寄り、顔が見える様に覗きこむ。
『あーくそっ!マジか!?あの禿げ散らかしたおっちゃんじゃねぇーか!?』
「……ロッソ?」
『俺の桃源郷へ……進むべき道を教えてくれたと思っていたのに……』
「ロッソ……君とはもう一度、話をしなければならないようですね」
『あっ……いや……プツン……』
「ロッソ!ロッソ!?」
その後、直ぐにロッソとは会話ができなくなった。
どうやら、逃げたようだ。
次に会う時がとても楽しみになってしまった。
どうしてやろうか?
とりあえず、今度はロッソが泣くまで思いっきり叱ってあげようと心に誓った。
「んで、ロッソは何だって?」
「どうも、この犯人を戦う以前に目撃している様です」
「そ、そうか……流石と言うべきなのか?」
「そうですね。ここまで来ると、その言葉が逆にしっくりきますね」
僕とお父さんは呆れながらも、軽く笑った。
「では、後は憲兵か騎士団を呼んで帰りましょうか?」
「だな、俺達も宿屋に帰ろう……少し疲れた……俺は寝る」
「ええ。おやすみなさい」
お父さんはそう言い、僕のフードの中に潜り込み、直ぐに寝息を立てて眠りについた。
その後、善意ある市民からの通報で駆け付けた騎士団に、アリスの保護と犯人確保されるのを、物陰から確認してから、僕達は宿屋に帰った。
これでひとまず、魔剣の関わる事件は終了だ。
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部屋に戻ると、僕が暇をみて縫った寝間着を身に付けたエリーが、椅子に座り、机に突っ伏している姿があった。
「……ただいま」
「……すぅ、すぅ……」
エリーは僕の言葉に返事がない。
どうやら、僕達の帰りを待とうとして、そのまま眠ってしまったらしい。
「…………」
僕は黙ってエリーを見つめる。
いつもはその見た目に反して、大人びた口調と言動だが、寝顔は年相応の幼く可愛い子供だ。
そういえば、こうやって誰かに「ただいま」を言うのも、誰かが帰りを待っているという状況は、お父さん達の店を出て、旅に出てから初めての様な気がする。
どこか懐かしく、なにか心の中に言い表せない感情が燻ぶる。
「こんな所で寝ていたら、風邪をひきますよ」
返事が返ってこないのは知っているが、そう呟きながら、エリーを抱きかかえ、ベッドへと連れて行く。
布団をかけて、前髪が顔にかからない様に払ってやると、エリーは少しくすぐったそうに微笑む。
「……お母様……」
その寝言を聞き、動きを止める。
幸せそうに寝ていたエリーの閉じた瞼から、涙が零れる。
そうだろう。
この年齢の子が、いきなり訳の分からない理由で、知らない所に連れて来られたら、普通は泣いて助けを呼ぶものだろう。
それでも、僕やロッソに悟られぬよう、気丈に振舞っていたのかもしれない。
「貴女を必ず元の場所へと送りましょう」
この子を無事親の元まで返してやろうと、誰にでもなく自分に誓いを立て、その日はベッドに入った。
***********
「いや〜今回はついて無かったですね」
「ああ、タダ働きだったな」
「まったくです」
とか、白々しい会話をしながら、宿屋でお父さんとご飯を頂く。
今回は派手にやってしまったのと、お父さんの様な十二神が関わっている事を隠す為、手柄はアリスと騎士団に譲った。
結局報酬の金貨は貰えず、僕は囮もまともにできなかった、口だけの商人となってしまった。
これがベストな気がするが、それでも少しは愚痴りたくなる。
金貨がぁ……
「はいよ!おまちどう!」
「ああ、ありがとうございます」
「ほらほら、そんな時化た顔してないで、済んだ事なんて気にしたって意味ないよ!ほら、こんな時は美味しい物をたんとお食べっ!」
「そうですね。では、いただきますね」
女将さんがタイミングよく料理を持って来てくれる。
どこか変わった鶏肉の料理を口に運ぶ。
「おや?これはなんのお肉だろう?お父さん、これ美味しいですよ」
「どれどれ……ほう、ここの親父もなかなかやるじゃないか。これはだなっ!俺が先日ここの親父に渡した『戦慄の不死鳥』と言う――」
「ハク殿!ハク殿!聞いておられるのですか!?あの時私を救ったのは、ハク殿なのですよねぇ!?」
お父さんが何やら凄い魔物の名前を出した様な気がするが、とりあえず今は、このうるさい酔っ払いの相手をすることにしよう。
なぜか僕とお父さんの家族団欒としたこの食卓に、騎士の服を着た酔っ払いが混じっている。
全くもってウザ……鬱陶しい。
「ええ、聞いていますよ。それで何でしたっけ?新しい服が欲しいのでしたっけ?」
「そうですが……違いますっ!」
……どっちなんだ、この腐れアm――
「ハク兄様。笑顔が固くなっておるぞ?」
「おっと、これはいけませんね」
いつの間にか隣にいたエリーが、僕に忠告してくれる。
顔を少し揉んで、エリーに笑顔を向ける。
「では、僕は顔を洗ってきますので、少し席を外しますね。エリー、彼女の相手を任せます」
絶好のタイミングで表れたエリーに、その場を丸投げして席を立つ。
賢者曰く『逃げるが勝ち』と言う言葉があるらしいので、ここは是非勝たせてもらおう。
「なに!?待つのじゃ!ハク兄様!」
エリーの言葉を置き去りに、ジョッキを持って逃げだす。
僕はいい妹を持ったようだ。
「おおし!ジャズを演奏している、そこの吟遊詩人共!派手な曲を流せ!」
「ひゃっはー!そういうのを待ってたぜ!クロの旦那!」
お父さんは、ヒャッハーさん達にリクエストを出す。
ジャズはジャズで良いと思うのだけれど、どうやら今のお父さんの気分ではないらしい。
今までの曲とガラッと変わった攻撃的な選曲。
その音楽を聴いて盛り上がるお客さん。
僕は少し離れた場所に座り、楽しそうに飲んでいる皆の声と素晴らしい音楽を肴に、エールの入ったジョッキを傾ける。
「とりあえず……一段落だな」
僕の呟きは、喧しいBGMにかき消される。
別に誰に向けて言った言葉ではない。
それならそれでいいのだろう。
今回の事件で表れた死神の様な姿の謎の人物。
なぜか、犯行に使われていた魔剣の紛失。
聡明な辺境伯には色々とバレバレだろうが、こちらが認めなければ、追及はしてこないだろう。
なんせ、この世界にはこういう言葉がある。
「『触らぬ神に祟りなし』ってね」
少し離れた場所から、独り言を漏らし、大いに盛り上がった皆を眺めた。
これにて、序章終了です。
次の章からはもっと無双させたいと思います。
どんな感想や評価でもを頂けたら「んほーんほー」と奇声を上げながら喜ぶ限りです。
10万字いったら、一度加筆改稿したいと思います。