第十九話 巫 ハク&クロ
〜ハク視点〜
時刻は夕方から夜になり、月明かりが夜道を照らしだす。
僕はお父さんを抱えながら、月明かりを頼りに裏路地を歩く。
自らを囮とすることで、犯人を誘き出す、とても単純な作戦だ。
「さて、今回の『魔剣』はどれ程のものでしょうか……」
「どうだろうな?結構強いかも知れんぞ?全力ではないものの、仮にもロッソの一撃を受けて、あれだけ動けたんだ」
「確かに……そうですね。僕が普通に戦ってみて、ダメなら、アレを使ってもいいですか?」
「ああ、構わんさ。俺も久々に暴れたって、罰は当たらんだろうしな。だが、そこまで心配ないと思うがな」
「ありがとうございます」
お父さんの快い二つ返事にお礼を述べる。
これで勝ったも同然なのだが、問題は犯人が出てくるかだ。
「それにしても……彼女は尾行のつもりなのでしょうか?」
「ああ、アレは尾行だったのか……バレバレ過ぎないか?」
「どうしましょうか……」
後ろから、それはもう怪しい街娘がつけている事に気が付いている。
というかアレで隠れているつもりなのだろうから無視していたが、あんなバレバレな尾行は正直困る。
その街娘とは、僕があげた服を着たアリスの事だ。
僕が困っていると、お父さんが助言をしてくれる。
「ここは、あの騎士のねぇちゃんにも働いてもらったらどうだ?」
「え?彼女を囮に使うのですか?」
「ああ。ここまで来たって事は、それ相応の準備をしているに違いない。領主は『神宝』だって持っているんだろ?なら、アーティファクトの一つや二つ借りてくるなり、ポーションを所持しているだろう」
「なるほど。確かにこれから強敵と戦うと分かっている時に、何も準備していないとは考え難いですね」
「だろう?それに、犯人が一人の奴しか狙わないのを知っているのに、あの尾行だ。そう考えるとあそこまでバレバレな尾行は、逆に考えるべきなのだろう。『私が囮になります』と言う、こちらに対する無言の提案だろう。作戦は変わってしまうかも知れんが、ここは囮になってもらって、俺達は準備をしつつ待とう」
「そう……ですね。彼女の行動にそんな意図があったなんて、流石お父さんです。分かりました。まぁ最悪の場合でも、彼女はそこそこ強いですから、少しは持つでしょうね」
お父さんの意見に賛成し、囮は彼女に任せる事にした。
きっと大丈夫な筈だ。
不安ではあるがお父さんが言うのだから間違いない。
それから、僕達は裏路地の脇道の様な所に姿を隠すふりをして、跳び上がり建物の上に着地した。
それから少しすると、アリスは僕達が姿を消した、脇道を見て驚いている。
どうやら、隠れた僕達には気が付いていないようだ。
「後は待つだけ……ん?……あれは……」
「ああ、どうやら来たようだな……中々せっかちなこって」
アリスの後方に目を向けると、何か嫌な感じがする魔力が近づいてくる。
アリスもそれに気付いたのか、迎撃の態勢を取る。
それから、アリスと犯人が斬り結んでいる姿を観察するが、アリスが一方的に押されている。
「お、お父さん……これは……」
「あ、ああ。どうやらあの騎士のねぇちゃん……何も用意してないな……マジかぁ」
僕とお父さんは、なんとも言えない表情で戦闘を眺めていた。
お父さんの予想を逆の意味で上回る行動をするなんて、アリスはもしかしたら逸材かもしれないとも思った。
そして、お父さんが過去に言った『フラグを回収する』とは、この事なのかと関心さえした。
しかし、何も対策をしていない彼女をこのまま戦わせる訳にもいかない。
「……お父さん。非常に不本意ですが、使います」
「ああ、なんか悪いな……俺のせいで」
「いえ、彼女の命が優先です」
申し訳そうに謝るお父さんを見て、賢者を謝らせてしまったと更に申し訳なくなる。
ごめんなさい、不肖な息子で……色々と止めるべきでした。
僕は気を取り直して、戦闘の準備を始める。
「『神宝:賢者の石』起動開始」
胸に手を当てて賢者の石を起動させる。
賢者の石、お父さんの宝物の一つ。
僕が普段使っているのは、この賢者の石の力の一端に過ぎない。
その本当の性能は、周りにある魔素――魔力の源を際限なく吸収して、己が魔力にする力。
そして、賢者の石から無尽蔵に生み出される、この圧倒的な魔力こそが、この神宝の力だ。
自分に集まる魔力を確認しながら、胸に手を当て、片膝を折り詠唱を始める。
『我、十二神と契約を交わし者。名をハク』
詠唱を始めると、僕の体が光り出す。
ここからだ。
僕の本当の役割は巫と呼ばれる者。
神を祀り神に仕え、神意を人々に伝える存在。
『我、求めるは死を司る力。我、黒き神と契約を結びし者』
僕の声に合わせて、お父さんの体も光り出す。
黒猫という仮の姿がぼやけ、徐々に本来の姿を表わす。
『我が血肉、我が魂を御身へ捧げ賜う』
詠唱が進むにつれて、僕の白い髪が徐々に黒く染まる。
僕が行うのは、神をこの人の世界に呼び出し、己が身に降ろす行為。
『黒き神よ!我が身に宿り賜え!』
これは詠唱であって詠唱ではない。
そうこれは、神との誓い――そして、神への祈りだ。
【神憑り:死神タナトス】
その名と共に顕現する。
漆黒の衣を纏い、骸骨を模した面を付け、魂をも両断する大鎌を手に地に立つ。
死をその身に宿した姿。
それはまさしく、死の象徴。
体から発する、全てを塗り潰す程、神の如く魔力。
いや、神の如くではない。
この世界にはいるのだ。
――そう神が――
そして、今の僕が――いや、俺が神だ。
*********
〜クロ視点〜
久しぶりに戻った本来の姿で、騎士のねえちゃん達を見下ろす。
俺の存在に気が付いたのか、魔剣は剣を振り下ろすのも忘れて、警戒するように、こちらを睨んでいる。
どうやら、間に合った様だ。
正直ギリギリだった。
俺のミスというか、騎士のねえちゃんのミスで、目の前で死なれては寝覚めが悪いからな。
それに可愛い、もしくは美しい女の子は世界の宝だ。
みすみす見殺しにする訳にはいかない、勿体無いお化けが出る。
さて、ピンチに駆け付けた、ヒーローっぽくいくかな。
この闇夜に、乙女の危機に颯爽と現れた謎の男。
うん、カッコいいじゃないかっ!
「その剣……ほう。これはなかなかの大物だな。それにしても、随分と楽しそうな事をしているじゃないか?」
中々決まっているのではないだろうか?
ヒーローの登場シーンとしては、申し分ないだろう。
騎士のねえちゃんが、俺に惚れてもおかしくないシチュだな。
しかし、俺の言葉に反応がない。
ああ……そうか?魔力か。
「ん?ああ、すまんな。くくくっ、久しぶりにこの姿になったからな」
どうやら、魔力が垂れ流しになっていたらしく、騎士のねえちゃんにはちょっときつかったようだ。
魔力を外に漏らさない様に、コントロールする。
「これでいいか?」
俺が魔力を抑えると騎士のねえちゃんは、倒れ込んだ。
マジか……折角、素晴らしいシチュエーションだったのに……
「……今は眠るがいい」
俺は精一杯優しい声で告げておいた。
まぁ、しょうがないか。
後で、寝ているところに悪戯でもしてやろう。
それで色々とチャラだな。
さて、気分を入れ替えて、魔剣の相手をしようか。
「それで、お前はいつまで突っ立っているつもりだ?魔剣よ?」
「…………」
俺の言葉に返事はない。
そうですか、無視ですか……さっきから一人で喋っていて、独り言を延々と呟く怪しい人みたいで、こちらはやるせない気持ちになっている。
君は気付いているのかな?
「なら、こちらから行かせてもらうぞ?」
了承の返事を待たず、建物の上から飛び降りながら、着地時の牽制も兼ねて鎌を振るう。
「くっ!」
魔剣は俺の一撃を受けずに、後ろに跳ぶ事で避ける。
「正解だよ。魔剣」
地面に降り立って、仮面の下でニヤリと笑いながら告げる。
ここは敵を追い詰めた悪役みたいに、ご丁寧に説明してやろう。
「この鎌はな、斬りたいものだけを斬るという、ぶっ壊れ性能の鎌でな。少しでも触れれば――」
道の隅に無造作に積み上げてあった、木箱を斬りつける。
「――ほらっ!この通りだ」
木箱は中に入っていた、鉄の鎧や盾や剣ごと綺麗に切断してみせた。
「なんだと!?で〜も、こ〜れなら!」
俺の鎌の性能を見ても果敢に突っ込んで来る魔剣。
鎌を斜めに構え、その斬撃に合わせる様に、鎌を振るう。
「ぎゃは!か〜かったぁああ〜〜〜!『曲がれ』ぎゃははは!」
鎌と魔剣がぶつかった瞬間、魔剣が叫ぶ。
先程、騎士のねえちゃんと戦った最後に見せた技だろう。
推測すると、奴の魔剣はその言霊に反応して、武器破壊か武器をかすめ取る様な効果、もしくは、斬撃自体が言葉通りに曲がるのかもしれない……本来ならな。
しかし、何も起こらない。
「な……ぜ……?」
「だから説明してやっただろ?」
魔剣を見つめ、あざ笑うかのように告げる。
「この鎌は『斬りたいものだけを斬る』って。つまり、お前のその技をかりとらせてもらった」
「ば、ばかな!?化け物か?」
「失礼なやつだな」
魔剣は俺と再び距離を開け、こちらを睨んでくる。
焦っているのか、さっきまでのナメきった口調では無くなっている。
そうだ!もっと怯えろ!
魔剣はこの鎌の性能が分かったのか、それとも俺との力量差を感じ取ったのか、じりじりと俺との距離を開ける様に後ろに下がる。
でも残念、そんな事はさせない。
『全てをゼロに、凍れ』【アブソリュート・ゼロ】
呪文を唱え、鎌を持っていない左手を薙ぎ払うと、俺を中心として辺り一面が、急激に温度を下げ、白く染まり、美しい銀世界へと変わる。
勿論、逃げようとした魔剣にも魔法はかかっている。
特別に遅行性にしておいた為、汚いボロのローブの先端から手足へと順に凍っていく。
「魔法もだと!?き、貴様何者なんだ!?」
「俺か……俺は通りすがりの死神だ」
ちょっとこのセリフは言ってみたかった。
「死神だと……な、なぜお前の様な存在が……」
「神は皆、気まぐれらしいぞ?」
「そんな……ふざけるなぁ!」
「貴様がそれを言うのか?」
怯える魔剣を見ながら、淡々と答える。
それが奴には恐ろしいのか、凍りつく両足で必死に逃げようとする。
それを見ながら、ゆっくりと近づき、最後に魔剣に問う。
「どうだ?貴様が他の者にやってきた事をされる気分は?」
「くぅぅううそぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」
「ふふふっ、はーはははあっはははあはっ!!」
俺はとても人様に見せられない様な顔で笑いながら、魔剣の顔めがけて鎌を振り下ろした。
仮面があって本当に良かったよ。




