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神様の宝物  作者: 小林 あきら
序章 変態素敵な賢者様
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第一話 人の話は最後まで ハク

 ~ハク視点~




「ん?ん?あれは?」


 シリー帝国の辺境の更に辺境の村を出て、早七日。

 つまり、一週間立った、そんな晴れの日。

 永遠に続くのではないかと思っていた山道で、荷馬車を引く僕の視界に街を捉えた。

 何度も同じところをぐるぐると回っているのではないかと心配していたが、どうやらそれも杞憂だったようだ。

 ここまで来るのに思っていたよりも長くかかったが、あれがきっと辺境の村の村長さんが言っていた『イディオット』という街だろう。


「お父さん!お父さん!クロお父さん!街が!街が見えましたよ!」


 この嬉しさを共有したくて、僕のフード付きローブの中でぐったりとしていた、黒猫(お父さん)に街の報告をする。

 すると、お父さんは僕の声を聞くと元気を取り戻し、フードから這い出て、僕の頭の上によじ登った。


「何!?おお!うおぉぉおおお!!え、マジか!?でかしたぞ!親愛なる我が息子よ!!久々の街じゃねぇか!これで野宿と食い飽きたウサギの魔物とはおさらばだな!新鮮な野菜が食えるぞ!野菜が!」


 僕の頭皮に爪を立てながら登り、ベシベシと猫パンチを僕の頭に入れながら「野~菜!野菜!」と良く分からない歌を歌い、頭の上ではしゃぎまわる。

 正直に言うと、爪が頭皮に突き刺さってとても痛い。血が出ているのではないかと思う程痛いのだが、黒猫であるお父さんは勿論気が付かない。

 ここは息子として注意すべきか、褒められた事を素直に喜ぶべきかどうか悩みどころだ。

 なので、とりあえずお父さんの言葉に元気よく返事をしておく事にしよう。


「そうですねっ!」


 ここの所「流石は辺境!緑が多くて自然を大切にしているのですね!」と言わんばかりで、行けども行けども街が見えず、魔物が出る森の中で野宿だった。

 僕ももう魔物を警戒しながらの野宿は嫌だったので、お父さんのはしゃぐ気持ちはわかる。

 文明の石壁バンザイだね。


「今日は宿屋でゆっくりしましょうね」

「馬鹿野郎!今日は酒場でフェスティバルだ!」

「ハハハ、お父さんは面白い冗談を言いますね」


 お父さんのウィットに富んだ冗談を笑いながら意識を頭の上から前に向けると、荷馬車を操る僕の顔の前でお父さんの二本の尻尾が機嫌良くユラユラと揺れている。

 ここで顔の前で揺れるぐらいなら視界が封じられるだけなのでいいが、お父さんの二本の尻尾が僕の鼻にペシペシと当たるのは些か鬱陶しい。


「おと、お父さん。し、尻尾が……」

「おっと、これはすまんな。どうも尻尾は未だに制御がきかんのだ」

「いいですよ。ちょっとくすぐったかっただけですし」


 邪魔だなんて思わない……けど、できれば頭から降りてからはしゃいでくれると嬉しいなぁ、と思うのは僕の我が儘なのだろうか?

 いや、もしかしたらお父さんにも何か深い理由があって、僕の頭に爪を突き立ててまで頭の上をキープしているのかもしれない。

 お父さんを疑うなんて良くないよね。


「して、ハクよ。あの街でやることは覚えておるな?」

「はい、大丈夫ですよ。僕は他国の商人として、あの街の領主様の所にこれを売りに行けばいいんですよね?」


 僕は片手で荷台の方を指差しながら答える。


「うむ。間違ってはおらんが、それだけではないのだぞ?」

「ええ、もう一つの方もしっかり覚えていますよ」

「なら、俺からは言うことはないな。着いたら起こしてくれ」


 僕の返答を聞き、お父さんが僕の頭の上で、うんうんと首を振り、満足したのかまたフードの中に戻り、寝てしまった。

 僕はこれからの事も大事なのは十分に分かっているが、街に着いたら何を食べようかと考えると、自然と口元が緩んでいく。

 馬を引く手を口元にあて、軽く揉み解しながら、御者台から街を見つめた。




**********




 僕は、骨董品を扱う商人として世界中を旅をしている。

 僕が所属しているは組織からの任務で、こうして旅を続けている。

 組織というと悪の組織みたいに聞こえるけど、実際は違う。

 お父さんが言うには「世間様に顔向けできないような仕事ではなく、まっとうな仕事」だそうだ。

 僕もその事を自覚しているし、この仕事に誇りを持っている。

 そして、僕の目的を叶える為にもこの仕事は必要な事だ。


 今回のその任務というのは――


「うぇえええい!そこの馬車ぁあああ!止まれぇええ!!」


 僕が考えに集中していると、突然荷馬車の前方を塞ぐ様に数人の男が立ち塞がった。

 少しだけ面倒だなって思ったけど、困っている人なのかもしれないので、馬車をその人たちの前に停めた。


 お父さんなら「困っている人には手を貸してあげなさい」って言うに決まっている。

 なんてったって僕のお父さんは、いつもは黒猫の姿をしているけど賢者様なのだから。


「どうかされましたか?僕に何か御用ですか?」

「ひゃっはー!本当に停まりやがったぜ!この馬車ぁぁああああ!!」

「マジパねぇ!マジパねぇって!」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 彼らの返答はとても軽快であるものの、僕は彼らの喜び様に圧倒された。

 やはり、余程困ったことがあったに違いない。

 

「何かお困りですか?」

「ひぃやっはーーー!!やったなぁ!!」

 

 そう言いながら、彼らは互いの肩を叩き合う。

 ここまで喜ばれると、僕も馬車を停めた事がとても嬉しく思う。

 その荷馬車の前で喜ぶ人達は、髪型がモヒカンだったり、トゲトゲの肩パットみたいな物を着けていたり、顔に大量のピアスを付けていたり、意味も無く「はぁはぁ」と息を荒げていたり、盗賊風な服装をしたりと、とても個性的な方々だ。


 僕の心の奥の何かが『関わってはいけないよ!』と警鐘を鳴らしたが……気のせいだろう。

 お父さんから「人を見た目で判断してはいけない」と教えられているので、彼らは盗賊ではなく道に迷った人かもしれない……と思う事にする。

 そう、彼らは盗賊風の格好をしているだけで、まだ盗賊と決まった訳ではないのだから。


「えーっと……」


 ただ、質問に返事が無いのが寂しいので、もう一度訊ねてみよう。

 もしかしたら、聞こえなかったのかもしれないからね。


「どうか、されましたか?」

「ひゃっはー!いいーや、ねぇ〜ちゃん?スンスン……この匂い、別嬪さんだけど、にぃちゃんか。んでよぉお、にーちゃん。どーしたもこーしたもねーよ?ねーんだよ!?こ、ここ、こんな時は、ははっ!ははっ?あれ?なんだっけ?」


 この人達の代表(?)らしき人が答えるが、答えになっていない。

 この人達は、きっと焦っているだけなのだろう。

 言いたい事があり過ぎて頭で整理できないのか、余程、そうここが大事だ!余程、急ぎな用があるのだろう。

 きっと、そうに違いない。

 もしくは、ほんの少しだけ頭の具合が悪……いや、そうほんの少しだけ会話が苦手な、人見知りさんなのかもしれない。


 なぜか額から流れる汗を拭い、彼らとの会話を再開する。


「落ち着いて下さい。ゆっくりで構いませんから……ね?」

「あ?ああ。そいつはぁすまねぇな……にいちゃんよぉ……」


 良かった、本当に良かった。

 一応、意思疎通は可能らしい。

 彼らは僕の言葉を聞き、徐に懐から煙草の様な物を取り出し、火を付け吸い始めた。


「っかー!!これだよ、こ・れ!みなぎってくるなぁああああああ」

「マジパねー!マァジパねーって!」

「はぁー、はぁー。ひゃっっっはぁああああーーーーーーー!」


 どうも彼らの様子が、僕の知っている一般の方々と少し違うので、病気の可能性も考慮して、馬車の上から手を組んで観察することした。

 彼らは煙草の様な物を吸う度に、先程までのプルプルと震えていた体が静まり始め、顔色とテンションが回復していった。

 これはもしかして『麻薬か?』とも思ったが、きっと、精神を落ち着かせる効果のあるハーブかなんかだろうと、僕の愚かな考えを改め、また会話を試みてみる。


 人を無闇に疑うのは良くないし、何より僕は彼らとの会話を諦めたりはしない!

 だって、僕は賢者の息子なのだから!


「それで、どうされ――」

「そこまでだ!この盗賊共め!」


 僕の声は虚しくも、新たな乱入者によって、かき消されてしまった。


 その新たな乱入者は、長く伸びた綺麗な金髪、快晴の空の様な澄んだ青い瞳、そして、目はキリッとして整った顔立ちの女性だった。

 スレンダーな体に紋章入りの高そうな白銀の鎧を纏った女騎士が、いきなり抜き身の剣をこちらに向けて、敵意の籠った目で睨みつけてくるのだった。


 流石の僕もその第一声に驚き、ポカンと口を開けたまま彼女を見つめた。

 それにしても、彼女は勘違いしているようなので、訂正しようと口を開く――


「私が現れたからには、お前たち盗賊の好きなようにはさせんぞ!ここ最近の事件もどうせお前たちだろう!」

「いえ、彼らは僕に――」

「ふん!こいつらを庇うということは、お前もこいつら盗賊の一味か!先ほどから何やら仲良さ気に話していたようだしな!弁解があるなら詰め所で聞こう!神妙にお縄に付け!」


 ――が、この有り様である。

 そして、何やら勝ち誇ったような顔である。


 これで会話が成り立たないのは、何度目だろうか?

 会話が成り立たないだけでなく、新たな乱入者に――もとい、あのドヤ顔に――いい加減、僕も少しだけイラッときた。

 いや、ほんの少しだけだよ?


 でも、僕は誇り高き賢者であるお父さんの子供なのだ。

 こんな事で腹を立てる訳にはいかない。

 賢者の子供ならどんな相手でも理性的に対処して、人として器の大きい所を見せなければならない。


「あの〜話を聞いて――」

「うるさい!」


 器の大きい所を――


「あの――」

「やかましい!」


 大きい所を――


「でも――」

「賊と話す事など無い!覚悟しろ!」


 ……訂正します。

 イラッときました。

 いくらなんでも、これはいただけない。

 対話を放棄するなんて、人としてあるまじき行為だ。

 人ではないのなら対処法も変わってくる。


「ふぅ……少し、あなたは口を閉じていただきますね?」


 また何か言おうとしてきた女騎士に、問答無用で魔法を使う。


『彼の者達に沈黙を【サイレント】』


 僕の魔法を受けて女騎士は口をパクパクさせて抗議をするが、声は出ない。

 その様子に満足し、僕は満面の笑みを浮かべる。

 これで普通に会話が出来そうだ。


 しゃべれない女騎士を無視して、盗賊風の彼らと会話を再開しようとしたが、何か不穏な気配を感じ彼女の方を見る。

 すると、女騎士は御者台に座る僕に駆け寄り、剣を上段から振り下ろした。


「あ、危ないじゃないですか!」


 咄嗟に御者台から横に跳んでその一撃を避け、距離を取ろうとするが、女騎士はそれを許してくれない。

 女騎士は更に距離を詰めてきて、今度は剣を横に構え薙ぐ様に斬りつけてくるが、それを後ろに跳んで避ける。


「もう!貴女はなんですか?馬鹿ですか?頭は大丈夫ですか?今の攻撃、普通の商人なら死んでいましたよ!?」


 女騎士は僕が彼女の攻撃を避けたのに驚き、悔しそうにこちらを睨んで口をパクパクさせる。

 何を言っているのか分からないが、さっきの様な罵声なのだろう。

 そして、女騎士はすかさず剣を正面に構え魔力を練り始めた。


 きっと、彼女は『武技』を使う気だろう。

 武技。

 それは己の魔力を使用し、通常より強力な威力や素早い動きなど可能にする技の事だ。

 武技が使えると言う事は、この女騎士は相当できる人なのだろう。

 だけど、普通なら商人に対して使うようなものではない。

 この人は色んな意味で相当ヤバい人物だ。


 会話が通用しないので、このまま避け続けても諦めてくれそうにないし、僕のフードで惰眠を貪って……じゃなくて、体力の回復をしているお父さんを起こしてしまうので、この人には少し眠ってもらおう。


『疾きこと風の如く【疾風】』


 僕が呟く様に詠唱する。

 彼女が使おうとしている武技とは違い、単純な肉体強化の魔法だ。

 僕の詠唱に、女騎士はそうはさせまいと斬りかかってくる。

 武技の影響か最初の一撃より速く、鋭い一撃だ。


 だが、遅い。


 僕は魔法の効果によって、その一撃よりも素早く体を動かし避け、そのまま反撃しようと近づくと、彼女も体勢を立て直すために、後ろに下がる。

 そして、女騎士は石に躓いて、後ろ向きに盛大に倒れて動かなくなった。


 唖然とする僕は、それでも「何かの策かもしれない」と警戒しながら、彼女に近寄り覗きこむと、彼女は白目をむいて目を回していた。

 女性が人様に見られてはいけないような、そんな表情で気を失っていた。


 何かさっきまでの警戒していた気持ちが、一気に萎えてしまったが、一応、その女騎士を注視しながらしゃがみ、彼女の首筋に手を当てる。


『彼の者に眠りを【暗転】』


 呪文を唱え、彼女のあるかないか分からない意識を刈りとった。

 すると、女騎士はそこがフカフカのベッドであるかのように、安らかにその場で寝息を立てて眠り始めた。

 そして、もう一度眠っている事を確認してから立ち上がる。


 ようやく静かになったので、ほったらかしにしていた彼らに話を聞こうとしたら、彼らも口をパクパクさせてお互いを指差して笑っていた。

 どうやら、彼らにも無意識に魔法を行使していたらしい。

 なお、彼らは声が出ないからといって、めげる事もなく、今度は体を使って会話を試みようとしているようだ。


 ……彼らはとても前向きな性格の様です。

 素晴らしい精神力ですね、お父さん。

 どうやら、僕は心の中でお父さんに話しかけるぐらい、弱っているようだ。


「ふぅ……どうしようかな」


 ため息をついて空を仰いだ。

 僕の心と違って、よく晴れたいい天気だった。





誤字脱字がありましたら、報告して頂けると幸いです。

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