第十七話 小指は逆には曲がらない ハク
〜ハク視点〜
「ん、ん……宿屋って事は戻った様ですね……ありがとうございます、お父さん」
僕の胸の上で眠るお父さんをひと撫でして、礼を言う。
そして、お父さんを抱き上げて、僕のフードの中にしまう。
起きるまでは、いつもの位置にいてもらおう。
「さて、まずは準備からですね」
腰の革袋から辺境伯に調査の為に貰った、この街の地図を取りだした。
今更ながら、いつも普通に使っているこの何でも出てくる革袋。
実はこの革袋も、列記とした『神宝』の一つである。
名を『神宝:錬金術師の宝物庫』と言う。
これは富裕層や一般の人に普及している『魔法の袋』と言う魔道具の強化版みたいな物だ。
『神宝』と名が付いているが、これは荷物を入れたり、出したりと普通の使い方をする範囲では、代償を要らない優れ物である。
外見も一般の物と酷似している為『神宝』だとバレる事は滅多にない。
とても使い勝手の良い『神宝』の一つだ。
「今までの死体が発見された場所と時刻と状況は……それで、昨日ロッソが遭遇した場所がここで、時刻が夜だから……」
そう呟きながら、地図にバツ印を書き込んでいく。
「なるほど……この変態……じゃなくて、犯人は、やはりまだ思考能力が残っていると判断した方が良いのかな?」
ロッソと相対した時の会話や奇行が変に印象的だったが、どうやら、その言動や行動とは別に、しっかり考えて襲う場所や、時刻、状況などを判断して行動している。
「ふむふむ、でも、これだけ暴れると分かる事もあるな……次に襲うなら……ここら辺かな?」
人通りが少なそうな道で、地図にバツ印が入っていない所を指差しながら、考えをまとめる。
「よしっ、これなら案外早く発見できそうだ」
そして、地図を革袋に戻し、にこやかに部屋を出る。
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一階に降りると、エリーが駆け寄ってきた。
「ハク兄様!もうよいのか?」
「ええ。ロッソから話は聞けましたので、今から出かけようかと思いましてね」
「そうか。それで……」
「ああ、大丈夫ですよ。ロッソは五体満足です」
「そ、そうか……うむ、ならよいのじゃ」
僕がそう言い、安心させる様にエリーの髪を撫でた。
というより、僕はそんなにロッソに対して厳しいのだろうか?
少しこれまでの行動を振り返って、ロッソに対する態度を考え直した方が良いのだろうか?
まぁ、今も上手くやっているし、これで問題ないのだろう、多分。
「ああ、それとハク兄様に客人じゃぞ?女じゃ」
「女?ああ、アリスさんですか……」
「アリスと言うのか。もしや、ハク兄様のコレか?」
小指を立て、ニヤニヤしながら聞いてくるエリー。
止めなさい、君はどこか幼女らしくないけど、その行動はちょっと、おっさんみたいだから。
「いえ、違いますよ。彼女は仕事仲間ですよ」
そう言いながら、エリーの小指を握り、笑顔で逆方向に曲げる。
「いた、痛いのじゃ!ハ、ハク兄様!冗談!冗談じゃ!」
「おっと、僕とした事が、つい……大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
僕が笑顔で心配すると、エリーは涙目になりながら「うぅ〜」と唸っている。
「幼女虐待は立派な犯罪じゃぞ!?」
「ええ、今後は善処します」
「善処って、なんじゃ!ハク兄様のバカタレー!!」
僕の玉虫色の返答に、プンプンと怒って去っていくエリー。
「バカたれですか……そうかもしれませんねぇ」
その姿を見て心を満たした後、アリスの元へと向かった。
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「どうも、アリスさん。お待たせしたようで」
「いえ、女将さんと話をしていたので、時間を忘れていました」
僕の言葉にアリスは笑顔で返答する。
なにやら機嫌が良いらしい。
「そうですか。では、さっそくで悪いのですが、今後の行動について、少しお話をしましょうか」
「はい!」
元気に返事をする彼女は、とても眩しいぐらいの笑顔だ。
出会った時もこの様な素敵な笑顔を向けられていたら、少しは優しく出来たのに。
「さて、今回の犯人ですが、情報を整理してみると分かるのですが、なかなか頭が働く相手なようです。僕が仕入れた情報ですが、この犯人はボロの外装を着ており、手には禍々しい剣を持っていた。そして、人とは思えない動きをしたと目撃報告がありました」
「なんと……その目撃した方は?もっと、詳しく話を聞けるかもしれません」
「命からがら逃げ出して来たらしく、大変怖い思いをしたようですね。これ以上は残念ながら分かりませんでした」
「そうですか……」
アリスは残念そうに相槌を打つが、この犯人が変態である事は説明しなくてもいいだろう。
腰の革袋から、先程の地図を取り出し、広げて話を続ける。
「それでですね。これが、騎士団の方と僕が独自に仕入れた情報を明記した物です。どうですか?何か分かる事はありますか?」
それとなくアリスがこの情報から僕と同じ結論になるか、彼女が使える人間か探る。
アリスはうんうんと唸りながらも、指を地図に置いた。
「こことここなのですが、人通りが少なくまだ誰も襲われていません。この犯人は同じ場所で犯行に及ぶ事が無いことから、ここの二つを張るのはどうでしょうか?」
「そうですね……悪くはないと思います」
僕も顎に手を置きながら、頷く。
悪くない、できれば犯行日時の方も気にしてくれたら尚良かった。
及第点と言ったところかな?
いや、逆に僕には都合が良いかもしれない。
是非とも利用させていただこう。
「では、こうしましょうか。僕がこちらの方の道を、アリスさん達、騎士団の方はこちらの道を見張るというのはどうでしょうか?」
「しかし、それではハク殿が危険なのでは?」
「そうなりますが、これは囮の意味もあります。大丈夫です。もし犯人に出くわしたら、火球を打ち上げて合図を送りますので、救援に来て下さい」
「……分かりました」
彼女は渋々ながら頷く。
どうやら、真意は見ぬかれずに、僕の意見は通ったようだ。
もちろん、僕が選んだ方が本命だ。
この犯人は犯行場所をバラつかせているが、癖と言うか法則性みたいなものがある。
まぁこちらとしては、ついてこられると困るし、彼女達が複数でもう一つの方を見張ってくれるのなら、こっちに現れる可能性が高まるのでありがたい。
「それでは、今夜実行に移しましょう」
「はいっ!」
やる気満々のアリスだが、残念ながら今回はそちら側で待機になるだろう。
なぜか不安になって、もう一度念を押す。
「では、そういう事で、計画通りにお願いしますね?」
「はいっ!分かりました!」
「お願いしますからね?」
「はいっ!」
アリスは敬礼でもしそうな勢いだ。
しかし、彼女の元気な返事にとても不安を煽られるのは、僕だけなのだろうか?
いや、気のせいだろう。
辺境伯は彼女達に僕の下に付く様にと言ったんだ。
つまりこの事件に関しては、僕の命令は辺境伯の命令と同等の効果を持つのだ。
騎士であるアリスが反する筈はない。
その筈なのに、この不安感は何なのだろうか?
こうして僕は、なぜか納得いかない様な変な気持ちを抱えながら、作戦決行の時間まで宿屋で過ごした。
もしかしたら、これがお父さんの言っていた『フラグ』なのかもしれないと思いつつ。