第十話 そうだ教会へ行こう ハク
〜ハク視点〜
朝目覚めると、そこは酒場ではなく、宿屋のベッドの中だった。
きっと、ロッソかアッシュのどちらかが、ここまで連れて来てくれたのだろう。
「う〜ん、いい朝だ」
体の調子を確認しつつ、窓を開けて外を見る。
外には、街の人達が市場に向けて、荷馬車を引いたり、出店の準備をしたりと活気のある光景だ。
「さて、今日も一日頑張るとしますか!」
僕が独り言で自分を元気づけていると、僕とは別のベッドがもぞもぞと動いた。
気になって覗いてみると、そこには幼女がいた。
「…………え?」
流石の僕もベッドに幼女がいるというのは想定外だった。
そして、タイミングの良い事なのか悪い事なのか、丁度僕が覗きこんでいる体勢の時に、その幼女の目が開き、僕と目があった。
「「あっ」」
互いに無言。
とりあえず、挨拶からだな。
お父さんも「挨拶は大切にしなさい。いや、マジで!社会人になってから挨拶の重要性に気付いても遅いからな!日々の挨拶だぞ!」って、鬼気迫る表情で言っていたしね。
「おはようございます、小さなレディ」
「お、おはよう……なのじゃ」
僕が満面の笑みで、挨拶すると、幼女――改め、小さなレディも挨拶を返してくれる。
うん、気分が良いね。
さて、状況を確認しよう。
「僕の名前はハクと言います。さて、小さなレディ。貴女は何者ですか?」
「え、え〜っとじゃな。妾はエリーじゃ。あっ!そうであった!ハクという者にこれを渡せと……」
「では、拝見させていただきます」
この子から説明を受けるより、この紙を見た方が早いと思って紙を開く。
僕の予想が正しければ、ロッソからだろう。
こんな、めんど……ではなく、厄介な……うん。
そんな事に巻き込まれるのはロッソに違いない。
アッシュは少し、そう、ほんの少し変わっているしね。
アッシュではないだろう。
その紙の内容は以下の通りだった。
『ハクの兄貴……そのなんだ?とりあえず、先に謝っておく、ごめん。実は兄貴が寝た後、任務の手助けしようと思って、夜の調査をしていたんだ。そしたら、チンピラのおっさんに絡まれてな。そんで、そのチンピラをシメたら、その幼女が賞品として付いてきたんだわ。はっはっは〜……ごめんなさい。なんか騎士団も憲兵もダメらしいから連れて帰ってきた。まぁ、後でなんとかするから、その子の面倒を少しみてやってくれ。ちなみに、これは親父殿の許可も得ているから、あまり無碍にしないでやってほしい。設定はオレらの妹らしいから。ロッソ』
「……ふぅ〜」
大きな溜息を吐いて、ロッソからの手紙を握りつぶす。
「エリーさん」
「は、はい!」
エリーさんは、僕の言葉に姿勢を正し背筋を伸ばす。
おかしいな?僕は笑顔の筈なのに、最近皆この様な態度になってしまう。
恐がらせてしまったのだろうか?
まぁ、この際どうでもいいだろう。
「ロッソから――ああ、彼は僕の弟ですね。そのロッソからの手紙で貴女の面倒を見てほしいと頼まれました。僕の指示に従って頂ければ、悪い様にはしませんので……ねっ?」
「は、はいっ!よろしくお願いするのじゃ!」
深々と頭を下げるエリーさん。
とても素直で良い子そうなので、しばらく面倒見るぐらいなら問題ないだろう。
しかし、お父さんが絡んでいると言う事は、何か僕に言えない様な大きな事件か、それと同等の秘密があるのかもしれない。
はたまた、僕への試練なのかもしれないが、考えても一向に分からないし、埒が明かない。
訳を聞きたいが、お父さんは幸せそうに、壁にかけられた僕のフードの中で睡眠中だから、聞こうにも聞けないし……
もうなる様になるだろうと、考える事を放棄して一階に向かった。
どうやら、僕の思考力は空腹には勝てないようだ。
********
「おはようございます、女将さん」
「おや、ハク坊かい。おはようさん。昨日は儲けさせてもらったよ、ありがとさん」
「いえいえ、僕も久々に羽目を外して楽しむ事が出来ましたので」
「そうかい。そんで……そっちの小さい子はなんだい?」
「あ〜この子はエリーと言いまして、弟が連れて来た子でして……妹という設定です。大丈夫です。誘拐じゃありませんし、素直ないい子なので何も問題はありません」
「設定……そうかい。そんで、その弟はどうしたんだい?」
「え〜っとですね……まぁ、今はちょっと見当たらないようですね。あっ!この子のお金は追加でお支払いしますし、弟の方は後でしっかりシメときますので、勘弁してやって下さい」
「あ、ああ。そうかい……まぁそれならいいさね」
僕が笑顔で対応すると、女将さんはとりあえず納得してくれた。
もう色々とボロボロだが、女将さんはなんとなく大丈夫そうなので、これでいいだろう。
「それで、朝飯は必要かい?」
「ええ、できればこの子の分と二人分よろしくお願いします」
「はいよ。ちょっと待ってな」
女将さんは元気良く返事すると、厨房の方に消えていった。
僕とエリーさんは、カウンターに並んで腰を下ろし、朝ご飯が来るのを待った。
「ところで、先程の会話にもありましたが、エリーさんは妹という設定になっていますので」
「その様じゃな、了解したのじゃ。してハク殿。妹にそのような口調では、まずくはないかのう?」
「ああ、そうですね。では、弟たちと同じ様に扱いますので、そのつもりでいて下さい」
「う、うむ。じゃ、じゃがな?どうやら世間では、うむ、一般的な考えで〜じゃがな?妹というモノは、男兄弟とは別で優しく扱うらしいぞ?シメたりしてはいけないのじゃぞ?」
「そうなのですか?ふむ……では、少し軽めに扱いますね、エリー」
「うむ、お手柔らかにお願いしたい……ハク兄様」
「ええ、よろしくお願いしますね」
僕が笑顔で対応しているのに、エリーはなぜか顔を強張らせて額の汗を拭っていた。
「そういえば、ロッソはどうしたのじゃ?昨日はベッドで寝ておったが?」
「ああ。ロッソは僕の事が怖い様なので、極力顔を合わせたくない様ですね」
「そ、そうなのか……深くは聞かないでおいたほうが良さそうじゃな」
「全く、困った弟です」
そうこう言っているうちに、女将さんが朝食を持ってやってきた。
「はい、お待ち」
「ありがとうございます」
「うむ、美味しそうじゃ」
「では、いただきます」
「いただきます」
「はいよ、召し上がれ」
朝食はパン、サラダ、ベーコン、スクランブルエッグと定番なメニューだった。
僕達が朝食を取っていると、女将さんが話しかけてくる。
「それでハク坊は、これからどうするんだい?」
「えっと、少し教会に寄ったり、その後は色々と散策でもしようかと思っています」
「教会かい?」
「ええ、少し野暮用ですね」
「そうかい。それで、その譲ちゃんはどうするんだい?」
「そうですね……弟には面倒をみるように頼まれていますので、連れていく事にしましょう」
「む?妾も付いて行ってよいのか?」
「ええ、構いませんよ」
「やったのじゃー!」
僕がにっこり笑って承諾する。
エリーは、両手を上げて喜びを表現している。
でもまぁ、しっかり釘は打っておかないとね。
離れて迷子になられても困るからね、僕が。
「ああでも、僕の言う事はきちんと聞いて下さいね?」
「も、勿論なのじゃ!」
僕が笑顔で警告すると、それはもう必死に首を縦に振った。
これは内緒だが、エリーが首を振る姿が、ヘッドバッキングみたいだなぁと思った。
そして、僕達は女将さんにご飯のお礼をしてから、お父さんがフードの中に入った外装を着て、宿屋を後にした。