第九話 幼女なのじゃ ロッソ
〜ロッソ視点〜
「んー!んー!」
オレが現実逃避をしていると、幼女が苦しそうに助けを求めていた。
「あーそうだったな……少し動くなよ」
そう幼女に言い聞かすように呟き、幼女の縄を解き、口に巻かれていた布を取る。
一通り怪我が無いか眺める。
すると、幼女は自分の体を抱くようにして叫んだ。
「い、いやぁーーー!!変態じゃぁあああ!!」
「…………」
なるほど。
確かに、女性の体をジロジロと見るのはいけない事だ、変態行為であることは確かだろう。
でも待ってほしい。
オレは親切心でこの幼女を解放して、この幼女に怪我が無いか確かめただけなのだ。
決して変態ではない。
「お兄さんは、変態じゃないぞ」
「妾が可愛いからといって、ジロジロと下卑た目で見ておったのじゃろう」
「…………」
確かに可愛い事は認めよう。
この子は可愛い。
まるで、お人形みたいに整った可愛らしい顔に、どこか気品の様なものも感じる。
十年か二十年後には、さぞや美人となって、たくさんの男を泣かせる事になるだろう。
だが、オレが求めていたのは未来の美人ではなく、今の美人なのだ!
こんな幼女ではない、そう、幼女じゃないんだっ!
オレが求めていたのは、大人の色気ムンムンなおねぇちゃんだったり、年上なのに可愛い感じのするおねえさんだったり、これが母性かと言わんばかりの胸をお持ちのおっとりとしたおねえさんだったりとか、ほら!他にも色々あるじゃん?
それだよ!オレが求めているのは!
こんな『ツルペタすとーん』な幼女ではない。
決してない。
だが、今暴言を吐いた相手は幼女だ。
年端もいかない幼女なら失礼なこと言ったりを、言葉のナイフで大人の精神を切り刻むことだってあるだろう。
ここは、大人として、お兄さんとしての器を試されているのかもしれない。
ハクの兄貴風に言うなら「なるほど、これはお父さんが僕に与えた試練ですね」とかなんか言うだろう。
ここは言葉選びが大切だろう。
さて、オレがこの幼女にかける言葉は……勿論こうだな。
「てめぇ、ナマ言ってるとぶっ殺すぞ!?」
「ひぃ!」
ああ、つい本音の部分が出てしまった。
いや、でも仕方ないではないか。
オレがこんな幼女に欲情する様な事言われたら、流石に怒髪天を突く勢いでございますよ、ええ。
だが、これでは大人気ない。
「ああ、すまんな。お兄さん恐い人かもしれんが、悪い人じゃないぞ」
「……ほ、本当か?」
「ああ、本当だ。それより、譲ちゃんはなんでこんな所にいるんだ?」
「妾の可愛さのあまり、誘拐されてしまったのじゃ」
「……嗚呼……こいつは世も末だな」
「全くじゃ」
オレと幼女は互いに頷く。
親父が「世紀末にはヒャッハーヒャッハー言う奴が現れる」という妄言を軽く聞き流していたが、本当の事だったのだなぁと感心した。
「そんで、譲ちゃん。お前さん、名前は?お兄さんはロッソだ」
「妾はエリザベス=アリシア=シリー=スタマーレじゃ」
「名前無駄に長ぇな。オレは頭が悪いから覚えられん。エリーで良いだろ」
「エリーか……ふむ、構わぬぞ」
「んで、家は分かるか?両親は?」
「シリー帝国の首都にあるぞ。多分両親もそこにおる」
「マジかぁ……ここ、イディオットなんだけど、ちと遠くない?」
「そうか、ここがイディオットかぁ。南端じゃから遠いのぉ。憲兵や騎士は頼れんし、妾だけでは帰れぬなぁ……」
幼女エリーは残念そうに頭を垂れる。
「ん?なんで頼れねぇの?」
「妾を攫った者の中に騎士もおったのでな」
「マジかぁ……この国ヤバくない?」
「ヤバいのぉ。幼女を攫うのは犯罪じゃからなぁ……あっそうじゃ!お主、妾を送ってはくれぬか?」
「え!?マジで言ってんの!?」
「マジじゃ!!」
「あれ?お兄さん恐い人って言わなかった?」
「妾は見る目はあるのでな!褒美も帝都に着いたら、都合できると思うのじゃが、どうじゃ?」
「マジかぁ……これちょっと、お兄さんに考える時間くれない?」
「うむ!」
これはもう駄目だ。
とりあえずオレは今日、歓楽街に行けそうにないらしい。
しかし参ったぞ……どうすんのこれ?
幼女、誘拐、裏路地、騎士はロリコン、そして、やんちゃ系男子であるオレ。
こんな状況をオレ一人で場を治める自信が無い、てか、皆無だ。
オレの専門は肉体労働だ。
頭脳労働担当は、ハクの兄貴か、不詳の弟アッシュだ。
ハクの兄貴は今寝てるし、アッシュは……いや、アイツはダメだ。
アッシュは英雄病(親父は中二病とか言っていたが)で、ひきこもりだし、コミュ症だし、人見知りだし、魔術オタクだし、もうなんか人としてダメダメだからな。
アレと比較すると、オレが真人間に見えてくる……全くファンタジーだ。
よし、困った時はやっぱりアレだ!お助け賢者様だ。
「よし、譲ちゃん少し待てよ。今ここに我らが賢者様を召喚する」
「ほう!召喚魔法か!お主、さては凄腕の魔術師か?」
「……お、おう」
ただ通信機使って呼び出すつもりだったのに、なんか勘違いされた。
オレの手に握られた魔道通信機をそっとポケットの中にしまう。
すっげぇキラキラした目で見上げてくる、幼女エリー。
うわーこれか……親父がいつもハクの兄貴に向けられている目は。
確かにこんな期待された目をされては裏切りにくいが、オレはそんな高等な魔術や魔法なんて使えない。
お兄さん基本物理攻撃しかできないのよ、脳筋だから。
だが、いいだろう。
ここは幼女の期待に応えてやろうじゃないかっ!
「ふむ、しばし待てよ。やはり賢者様を呼び出すには、少し準備が必要だからな」
オレは努めて親父の口調を真似しながら、準備を始める。
腰の革袋から取り出した、なんか魔力を込めたら光るだけの粉で、それっぽい魔法陣を描き、どっかの街で、ネタで買った強面の猫の置物を魔法陣の中心に置く。
エリーは、それはもうワクワクしながら、オレの一挙手一投足を眺めている。
うわぁ、もう本当やりにくい。
そして、ポケットの通信機のスイッチをオンにして、右手に煙玉を隠し持つ。
「よし、準備はできた。始めるから、少し下がっておけ。いいか?今からこの猫の置物を依り代にして、賢者様を呼び出す。いいか?合図の後その位置に、入れ替わるように賢者がいるからな?いいか?それはもう、素晴らしい登場エフェクトでやって来るからな?」
無駄に「いいか?」と確認を取るように――いや、ここにいない誰かに説明するように話す。
親父マジで頼むぞ。
「うむ!楽しみじゃのう!」
エリーの元気な返事がオレの良心を削っていく。
あっ、これは失敗できねぇわ。
今だけオレは英雄病のアッシュになる。
大丈夫、恥ずかしくない。
オレはアッシュ。オレはアッシュ。オレはアッシュ。
よしっ!我は神の御使いアッシュなり!
「では、始めるぞ!『我はこの世を統べる者。我は理を紡ぐ者』」
片膝をついて、片手で魔法陣に魔力を送る。
光る粉が仕事をして、それはもう光り輝くそれっぽい魔法陣ですね。
「『十二神の加護をこの身に受けし者の名はロッソ。古き盟約に従い、我が呼び声に応えたまえ!来たれ!黒き賢者よ!』……親父、早く来てくれ。幼女でピンチだ!」
大きな声で詠唱をした後、素に戻りエリーに聞こえないように、小さな声で親父にSOSを送る。
それと同時に、更に魔力を込めるフリをして、持っていた煙玉を「うおおーー!」とか吠えながら、地面に叩きつける。
辺り一面が煙で覆われる。
急ぎ過ぎて、意味の分からない事を口にした気がするが、もうオレにはどうすることはできない。
賽は投げられた。
この煙が晴れた後は、きっと親父がなんとかしてくれる。
そんな他人任せ全開の思考をしていると、空から凄い勢いで光る何かが落ちてくる。
同時に地を穿つように鳴り響く轟音。
そして、その落ちてきた勢いで煙が晴れると、猫の置物があった場所には、顔を隠すようにフードを被り、黒い衣を纏った人物がいた。
「ほう、汝が我を呼んだのか?」
「おおーー!凄いのぅ!ロッソ!お主、やるではないか!」
「……あ、ああ」
興奮して両手を上げ、歓声を送る幼女エリー。
これでもかと、荘厳な神々しい雰囲気で相対する人に化けた親父。
流石だ。
ここは裏路地で人通りが少ないけど、こんな街中であんな派手な魔法を使っちゃうとか、流石としか言いようがねぇ。
まぁ、オレのせいなんだけどさ。
しかし、こんな派手な事をしたら、今日ハクの兄貴に絡んだアナルの弱そうな騎士のねぇちゃんが来そうで敵わん。
頭を振り、気を取り直して訊ねる。
「親……黒き賢者よ!御身を呼び出したのはオレだ。どうか知恵を貸してほしい。この幼女エリーが誘拐され、家に帰れぬと嘆いている。しかし、頼みの綱である騎士団にも助けを要請できない。どう対処すべきなのだろうか?」
「ふむ」
親父はなにやら重々しく頷き、幼女エリーに目を向ける。
「な、なんじゃ?妾か?」
突然親父に見られ、先程まではしゃいでいたエリーはややたじろぐ。
「なっ!?……のじゃロリ……だと!?」
今度はエリーの発言を聞いて、親父がたじろぐ。
「ど、どうされた?黒き賢者よ?」
親父はオレの質問で我に返り、また重々しく口を開く。
「あ、ああ。問題ない。汝ロッソと申したな?お前には兄第がおろう?そ奴らと共に協力して、その幼女を無事故郷まで送り届けよ。いいか?幼女は世界の宝だからな。いいか?傷一つつけるでないぞ」
「お、おう……わかった」
先程と変わって、今度は親父が何度も「いいか?」と念を押す。
何か必死な様子の親父の圧力に屈して、首を縦に振る。
いや、皆まで言わずとも分かってしまった。
というか、思い出したと言うべきだろう。
この人が女好きである事、そして、罪深きロリコンだったという事を思い出した。
「よいか?絶対だぞ?」
「ああ、分かったから……後は任せてほしい、黒き賢者様よ」
「うむ。では、さらばだ!」
親父がそう言うと、親父の足元が突然光だし、あまりの眩しさに目を片手で隠す。
光が収まり、片手を退けるとそこには親父の姿は無かった。
「とまぁ、こんな感じになったぞ?」
「うむ。助かったのじゃ。しかし、召喚魔法とは、このようなものであったのか、妾も初めて見たのでな、少し興奮してしもうたわ……少々、はしたなかったかもしれんのぅ」
オレがエリーの方を見て話しかけると、エリーは頬を赤く染め「ふんっ」そっぽ向いた。
「ふっ……そうか」
それを見て、一言だけ呟き少し笑った。
内心思う。
面倒事に変わりないのだけれども「なかなか面白いモノを拾ったかもしれない」と。
「じゃあ、憲兵か騎士様に見つかる前にずらかるぞ?」
「了解したのじゃ」
幼女を荷物の様に脇に抱え、ニヤリと笑い話しかける。
「ああ、そういやな。オレの親父は黒猫なんだぞ?」
「なんじゃ!?その面白い設定は!?」
「いや、設定とかじゃなくて、マジだから」
「意味が分からんぞ?嘘を付いておるのではなかろうな?」
「いやいや、マジだって、しかも喋るから」
「なんじゃと!?」
オレとエリーはそんな会話をしながら、路地裏から逃げるように去っていく。
とりあえず、後の事はハクの兄貴に丸投げしようと心に誓って。