夜は月と少年のために
『月はね、泣いているの。友達がいないといって。哀しくて、顔を覆ってしまうの。だから見えなくなるときがあるのよ』
――――それは、少年が枕元で聞いたおとぎ話でした。
今日は綺麗な満月の夜でした。窓辺に持ってきた椅子に座った少年は、何をするでなくただ座って、お月さまを見上げていました。
やがて、少年の眠る時間が近づいてきます。少年はふわぁ、と1つ大きなあくびをしました。お月さまには少し雲がかかり始めていて、もうすこししたら見えなくなりそうです。
「お月さまもお布団をかぶって、もう眠るのかな? 今日は泣いていないんだね」
嬉しそうに少年は呟きます。そして、あくびをまた1つ。
「僕も、もう眠ろう。そして明日太陽がこんにちはをする前に、お月さまにさようならを言おう!!」
決めると、少年は窓を閉めました。お月さまにさようならがいえるように、少し早めに、買ってもらったばっかりの目覚まし時計をセットします。
「おやすみなさい!!」
そして、少年は眠りました。
………………少年が目を開けると、太陽と同じ大きさのお月さまが、少年に呼びかけています。少年は夜空にふわっと浮いていました。
「少年、もしよければ、私の話を聞いてくれないだろうか?」
少年は快く頷き、お話を聞くために、もっともっと近づこうと飛んでいきました。
「こんばんは、お月さま! なんのご用ですか?」
元気な声で尋ねると、お月さまは、ありがとう、とお礼をいってから、少年を呼んだわけを静かに話し始めました。
「私には友が居ない。私の上で瞬く星々にも、私が夜に照らすこの大地にも友はいるのに、私にはいない。どうか少年、私と違う月を、私の友を捜してきてはくれないだろうか?
少年は喜んで引き受けました。だって少年はお月さまが大好きですから!
少年は、まず空から探すことにしました。
「お月さまは、空に居るもの!」
少年が飛んでいくと、そのちょっと向こうに、お月さまと同じ色丸いものを見つけました。
「あ、あそこで飛んでいるの、お月さまと同じ色だ! あれはきっとおつきさまだ!」
少年は嬉しくなりました。お月さまの喜ぶ声が今にも聞こえてきそうです。
少年は、急いでそのお月さまの近くまで飛んでいきました。
「こんばんわ!」
少年が呼びかけると、お月さまと同じ色のお月さまは同じくこんばんわ、と返しました。
「あなたは、お月さまですか?」
少年が尋ねると、
「いいえ、私はフクロウですよ」
と白い色をした木菟は答えます。
「でも、でもお月さまと同じ色・・・」
と少年は翼を指さします。
「私はね、本当は白色をしているのよ。だけど、今日はお月さまがとっても綺麗だから、こうやって月光浴しに来ているの」
フクロウはそういうとじゃぁね、と方向を変えて行ってしまいました。
「見つけたと思ったのに・・・」
実は違った、というのが悔しくてなりません。
「あ、でも、もしお空にいるのなら、お月さまが先に見つけてるよね!」
気を取り直して、少年はそれから下へ下へと降りていきました。
丘の上に一本の木が立っていました。青白いものを見つけて、少年はそこに近づきます。
「冬のお月さまと同じ色・・・・・ これがお月さまだ!」
少年は嬉しくなって、お月さまに持っていってあげようと手を伸ばしました。
――その時。
「だめーーーっっっっっっっっ!!!」
木の下から一人の少女の声が聞こえます。少年はその側に降り立ちました。
「これは、私が育てているリンゴの木なの!! 実をとらないで!!」
少女は少年に近づきます。
「でも、この色はお月さまと同じ色だよ」
「これはね、リンゴの実なの。太陽をいっぱいいいーっぱい浴びて、近いうちにとっても真っ赤なリンゴになるのよ!」
少女はとても楽しそうに言葉を声にのせます。
「これも、お月さまじゃないのか・・・」
がっかりした少年に、少女は森を指しました。
「木と木の間に、お月さまと同じ色の丸いものがいくつもあるの。それがきっとお月さまよ!」
少年は途端に笑顔を浮かべます!
「ありがとう!!」
少年はまたもや空に飛び立ちました。
「森の中なら。お月さまに見つけられなくても仕方ないもの!」
少年は呟き、心がせくまま、早く早く飛んでいきます。
「早くお月さまを見つけなくっちゃ。 そしてお月さまに喜んでもらおう!」
二つ並んでいるお月さま。それはどんなに綺麗でしょう!
――けれど、それはお月さまではありませんでした。
「あなた! 私たちの子供達をどうするの!」
お月さまに手を伸ばした時、少年は鳥に髪をつつかれてしまいました。それは、鳥の卵だったのです。
それから少年はいろいろなところへ行ってみました。海にも行きました。山にも行きました。林や川や砂漠や湿地や、もちろん町にも行きました。都会にも、村にも。
けれど、お月さまは見つかりませんでした。少年は、疲れていました。
「少し休もう・・・」
少年は湖の側に降りてきました。湖はとても綺麗でした。水面は波紋の1つもない、とてもとても美しいところでした。
そこで、そこで少年はお月さまを見つけたのです!!
「教えてあげなきゃ!」
少年は疲れも忘れて飛び立ちました。お月さまの元へとかけていきます。だって、すごい発見ですから!
「お月さまーーっっ」
少年はお月さまの側に行くと湖の中のお友達のことを教えました。お月さまはどんなに喜んだことでしょう!
「ありがとう、少年!!」
けれど、お月さまは動くことが出来ません。お月さまは、もう一人のお月さまに会いに行くのをあきらめなければなりませんでした。
「お月さま、じゃ、僕が、あのお月さまを呼んできてあげる!!」
少年はまたあの湖へと行きました。湖の中のお月さまへと少年は話しかけます。
「お月さま、おつきさま」
けれど、湖の中のお月さまは答えてくれません。
「お月さま?」
少年は一生懸命呼びかけました。けれど、湖の中のお月さまは答えてくれません。――でも、それは当然のことなのです。湖の中のお月さまは水面に映ったお月さま自身でしたから。
少年は、湖の中のお月さまのことを、お月さまにどう話そうかと迷いました。
「もう一度、お月さまを探しに行こう・・・・」
けれど、少年の声には元気がありません。少年には、力がもうありませんでした。
「お月さまに、本当のことを話そう。そして、ちゃんと謝ろう」
少年はお月さまの元へと帰りました。そして湖の中のお月さまのことをちゃんと話しました。少年の話を聞いてがっかりするお月さま以上に、少年はがっかりしていました。少年はとても哀しかったのです。
――そのとき。少年をみたお月さまは気づいたのです!
「少年よ、ありがとう! 私はすばらしい友を手に入れた!」
少年は、お月さまを見上げました。どこに他のお月さまが居るのだろう、と。
少年は、微笑むお月さまを見つけました。そして、少年も満面の笑顔を浮かべました。少年には、お月さまの言っていることがわかったのです。
ジジジジジジジジジジジジジジジ・・・・・・・・・・・・・!!!!
大きな音がして、少年は目を覚ましました。
外はまだ闇に包まれています。少年は大急ぎで起きあがり、カーテンを開けました。
山の向こうで、お月さまが微笑んでいます。
「また今夜ね!!」
少年は、にこやかに手を振ります。
だって、月は少年のお友達ですから!!