マーガレット一行と黒い騎士団
9巻では、登場人物「スー」→「サラ」に変えました。
他の巻も徐々に直していきます。m(_ _)m
トアフ・シティーでは、カルバン、パウル、クラウス、マーガレットの四人は、相変わらず、食堂で、資金集めに精を出しているところであった。
「待ち人来たり、だぞ」
店主の声に、クラウスたちが客席をのぞくと、五人の団体がわいわい言いながら、木のテーブルに着いていた。
背の高い、黒い長髪の、少々露出が過ぎる甲冑の女戦士に、キャッキャと笑い声を立てている、金髪カーリーヘアをリボンで二つに結わえた、魔道士風マントを羽織った少女、格闘家であるような、中背で筋肉質の、難しい表情をした男、金髪で貴公子風の剣士、それと、一見して魔道士だとわかる、肩にコウモリを止まらせた黒ずくめの中年男ーー店主から聞いた通りのなりをした五人組であった。
マーガレットが、おそるおそる五人に近付いて行く。その後ろに、心配そうに、カルバンがついていた。
「さーて、何を食べようかしら」
背の高い女戦士が、ウキウキと言った。
「マリリン、ホキホキドリのパン包み揚げがいいな~♥」
「何だ、その得体の知れないトリは? 俺は、そんなもの食わんぞ」
魔道少女に、格闘男が、険しい顔で答えている。
「レインボー・トラ魚のベジタブル・アンカケもいいわねぇ。美容に良さそうで」
「俺は、そんな甘いんだか酸っぱいんだかわからんものは嫌だ」
女戦士にも、格闘男は、険しい顔を向ける。
「もう、ダイは好き嫌い多いんだから。いいじゃないの、お嬢さん方の食べたいものでさ」
貴公子剣士が口を挟む。
「そうよ、クリスの言う通りよ。あんた、そんなに自分の主張ばっかしてると、女にモテないわよ」
女戦士が、呆れ顔になるが、格闘男は言い返す。
「結構だ。俺は、女などに、うつつを抜かしているヒマはない」
「マリリン、地ドリのジャム煮がいい~!」
「キサマは、なんでいつもそう気持ちの悪そうなものばかり、食いたがるんだっ!」
「やだやだ! マリリン、トリが好きなんだもん~!」
「だから、トリは悪くないが、調理法を変えろと言ってるんだ!」
魔道少女と格闘男の争いに、女戦士は呆れた顔で見続け、魔道士は無言である中、貴公子剣士が、にこやかに割り込んだ。
「まあまあ、ダイ、大人気ないこと言わないでさ。じゃあ、ダイは、なにが食べたいの?」
「俺は、いつものヨークシャー・ビーフのタン・ソルトでいい」
「それって、ウシの舌でしょう? キャーッ! ゲテモノー!」
「何を言う、ウマいの知らんのか!?」
「あ、あのう……」
なかなか入り込めないでいたマーガレットが、やっと声をかけた。
長い長髪をかき上げた女戦士が、マーガレットに気付いた。
「あら、ちょうどよかったわ、注文よろしくて?」
「あっ、あのっ、そうではなくて……あなた方が、『現実主義の黒い騎士団』の皆さんですか?」
一同、騒ぐのをやめ、マーガレットに注目した。
マーガレットは、緊張に、顔を赤らめながら、両手を揉み絞っていた。
「確かに、私たちは、『現実主義の黒い騎士団』よ。して、何用かしら?」
長い髪を指に絡ませながら、色っぽく、得意気な顔で、そう言ったのは、女戦士のサラであった。
マーガレットは、ごくんとつばを飲み込むと、思い切って、切り出した。
「皆さんに、折り入って、お頼みしたいことがあるんです」
「なんでぇ~、マリリンたちなのぉ~?」
「皆さんは、この町切っての『つわもの』だとお伺いしたので。それに、魔道士の方も、いらっしゃるとか」
マーガレットは、魔道少女マリリンの、首からぶら下がっている、小さい水晶球に、目を落とす。
「その前に、メシだ! 腹が減っては、いくさは出来ん!」
格闘男ダイが、イライラしながら、テーブルを叩く。
「すみませんねぇ、彼、腹が減ってると、心が狭くなるんですよ。だから、砂漠でも、トカゲの取り合いなんかで、いつまでも……」
「クリス! 余計なことはいい! それより、メシだメシだ!」
収拾がつかなくなってしまったため、マーガレットたちは、彼らの食事が済むまで、おとなしく見守ることにした。
「それじゃあ、まずは、そちらのお名前から。そして、ご依頼内容を、お聞ききしようかしら」
食事を終えたサラが、長い脚を組み替えた。
カルバンが、ドギマギした様子で、垣間見ている。
「はい。私は、ある国の神殿に勤める巫女で、マーガレットと申します。こちらは、カルバンです」
マーガレットとカルバンは、小さく頭を下げた。
「実は、……ある人たちの居場所を、探して欲しいんです」
「どんな人たち?」
ダイはまだ、ガリガリのトリの足に、干涸びたように引っ付いている皮までも食べようと、がっついている。マリリンは、焼き菓子を頬張っていた。
それらを見回してから、マーガレットは、サラに視線を戻して、言った。
「女の子ーー私と同じ一六歳で、色が白くて、髪は明るい茶色で。不思議な紫色の瞳をしていて、……ベアトリクス出身の女の子なんです。女の子と言っても、武道や剣術にも長けているし、……ああ、そうだわ! 以前、このトアフ・シティーでは、赤い東洋風の衣服を着ていたこともあったみたいで……」
マーガレットは、だんだんサラの表情が険しくなっていくのを見て、焦った。
「ごっ、ごめんなさいっ! なんだか、とりとめなくなっちゃって……。私、緊張してしまって……!」
「いいえ、それよりも、……その女の名前は?」
「偽名使ってるかも知れないけど、……マリスです」
「ブーッ!」
突然、ダイが、口の中の物を勢いよく吐き出したので、マーガレットもカルバンも、びっくりして固まった。
「マリスだとぉ~?」
ダイが、初めてマーガレットとカルバンに注目した。睨みつけるかのようだ。
(なっ、なんで、この人、怒ってるのぉー?)
(だ、大丈夫だ、マーガレット、俺がついてる)
マーガレットとカルバンは、目配せし合う。
「ちょっと、ダイ、静かに。ねえ、あなた、そのマリスって娘、もしかして、超イケメン魔道士を連れていない?」
サラが、いくらか冷静を装った口調で尋ねる。
マーガレットの表情が、みるみる明るくなっていった。
「そうです! 確か、ヴァルドリューズさんて言ったと思います。それから、伝説の剣を持ったケインて剣士の人も、一緒みたいです」
「なにぃ~、ケインだとぉ~?」
ますます、ダイの目が鋭くなるのには構わず、サラが言った。
「いいから、続けて」
「は、はい。それと、後は……」
「確か、もうひとり、金髪の剣士もいるとか。神官服の巫女も一緒だって、聞いてます」
マーガレットに、カルバンが、後ろから口添えする。
はあ、とサラが溜め息混じりに、呟いた。
「……どうやら、そのマリスって娘、私たちの知ってる女と、同一人物らしいわね」
マーガレットもカルバンも、身を乗り出した。
「そうなんですか!? 良かったー、皆さん、マリスとお友達だったんですね!」
「んなワケないだろーっ!」
ダイが叫ぶと、二人は飛び上がった。
サラも、頭を抱えながら、頷いている。
マリリンは、ぽかんと口を開き、陰気な雰囲気をまとった魔道士は、何も反応していなかった。
「……あのぅ、それでは、引き受けては、頂けないんでしょうか?」
おずおずと、マーガレットが尋ねた。
「いいじゃないですか、サラさん、引き受けても。マリスさんたちとは、知らない仲じゃないんだし、僕も、久しぶりに、クレアさんの顔も見たいしなぁ!」
と、暢気な声を出したのは、金髪セミロングの傭兵、クリスであった。
サラも、笑う。
「そうねえ、今度こそ、あの超イケメン魔道士を、落としてみせようかしら?」
「俺も、あのケインとやらとの決着が、まだだったな。その前に、マリスには、トカゲを取られた恨みもあるし、金髪の軟派な傭兵も気に食わん」
ダイも続いた。
「なあ、マーガレット、こいつらとマリス、もしかして、会わさない方が、いいんじゃないか?」
カルバンが、こっそり耳打ちする。
「そんな気もするけど、ここは、しょうがないわ。会った時に、マリスには、自力でなんとかしてもらいましょう」
マーガレットは、なんとなく垣間見た、彼らとマリスたちとの確執めいたものよりも、一刻も早くマリスに、ギルシュからの伝言を伝えたいと、気持ちが逸っていた。
「さて、マリリンちゃん、さっそく、やつらの居所を占ってちょうだい」
「オッケ~!」
マリリンが、首にかけていた水晶球をはずし、テーブルに乗せた。
「その前に、サーちゃん……」
「あっと、そうだったわ」
サラは、すっくと立ち上がると、手を腰に当て、高飛車な態度と威圧感を背負って、マーガレットたち二人を見下ろした。
「お代ははずんでもらうわよ。なんてったって、私たちは『現実主義の黒い騎士団』なんですからね」
噂の通りだと、マーガレットとカルバンは顔を見合わせてから、「よろしくお願いします」と、頭を下げた。
「さ~て、それじゃあ、いくよ~。ププリカパパララ、水晶球さん、見せておくれ~、ププルルル~!」
マリリンは呪文を唱えながら、水晶球には触れない高さで、両手を撫でるように交差させた。
カルバンもマーガレットも、食事を運んで近くを通りかかったクラウス、パウルも、その様子をじっと見守った。
しばらくして、マリリンが、両手をテーブルの上に置いた。
「どうだった、マリリンちゃん?」
サラが声をかけると、マリリンは首を横に振り、さらに、球を見つめた。
「おかしいなぁ、なぁ~んにも映らないよぉ~」
「なんですって?」
黒い騎士団は、顔を見合わせた。黒ずくめの魔道士も、ちらっと、マリリンの水晶球を見た。
マーガレットもカルバンも、どうしていいかわからず、そのまま、彼らの様子を伺っているしかなかった。
怪訝そうな顔のマリリンが、再び、じろじろと水晶球を覗き込む。
「……やっぱりダメだぁ。なにも映らないよ。おかしいなぁ、マリリンほどの実力があれば、あの魔道士が結界張って移動していたとしても、なんとなく、移動の跡がつかめるはずなんだけどなぁ~。
それに、あの巫女のおねえさんは、まだ魔道士としても新米だから、魔力を隠し切れなかったりするんだけどねぇ~。こんなこと、初めてだよ~」
それは、ケイン、マリス、カイル、クレアはドラゴンの領域へ入り、宿敵との戦いを控えたヴァルドリューズが、例の吟遊詩人を名乗る少年の、不思議な能力で、別次元の森へと、連れられていた時に相当していた。
そのため、例え、能力のある魔道士であっても、見つけ出すことは、ほとんど不可能だった。
マーガレットたちは、落胆した。
「せっかく、これでマリスに会えると思っていたのに……」
「また振り出しにもどったな……」
溜め息をつく、マーガレットとカルバン、それを遠目から見ていたクラウス、パウルも、肩を落とした。
「見つけられなかったとはいえ、もらうべきものは、もらうわよ」
少しのうしろめたさもなく、サラが、仁王立ちになって言い放った。
「ええ、それは、もちろんです」
意気消沈しながらも、マーガレットが代金を払おうとした時だった。
クリスが、口を開いた。
「そう言えば、僕とマリリンさんが最後に会った時は、マリスさんたちは、ヨルムの山のふもと、タイスランの町に行きましたよ」
マーガレットも、カルバンも、クリスを振り返った。
「本当ですか!?」
「本当ですよ、お嬢さん。しかも、ごく最近。その町から、『ドラゴンの谷』を目指す、とかなんとか。今も、まだその町にいるとは限りませんが」
クリスが、何気なくマーガレットの手を握った。それに気付く様子さえもない彼女は、興奮したまま、クリスを見つめていた。
マリリンが、ポンと手を叩いた。
「そうだよ、そんなこと言ってたよ! もしかしたら、本当に、ドラゴンの谷なんかに行ったのかなぁ~? だとしたら、マリリンの水晶球にも、映らなかったわけだ~」
「『ドラゴンの谷』だとぉ? そんなところ、行けるものか」
ダイが鼻をふんと鳴らす。
「そのタイスランの町って、どこにあるんですか?」
マーガレットが、クリスに尋ねた。
「ここから、西の方ですよ。大分、遠いなぁ。マリリンさん、連れていってあげては、いかがです?」
「ご厚意はありがたいんですが、今は、あんまり持ち合わせが……」
「じゃあ、僕のポケットマネーで。ね、マリリンさん、この宝石で、手を打ってくれないかな?」
クリスが、ポケットからピンク色の大きな宝石を取り出して、マリリンの目の前に差し出した。
「やだ。それ、イミテーションでしょぉ~?」
「ははは、バレちゃいましたか」
クリスは、もう一度、マーガレットの手を握り直した。
「というわけで、すみません、なにもお手伝いできなくて。ウマでも買って行った方が、我々に頼むより、安くすむと思いますよ」
「あ~あ、クリスったら、バカ正直なんだからぁ~。それじゃ、商売にならないじゃないのぉ~」
マリリンもサラも、呆れてクリスを見ていたが、クリスは、にこにこと笑っていた。
「それじゃ、お代を払ってもらいましょうか?」
サラが、手をスッと伸ばした。
マーガレットが、言われた通りの金額を支払うと、ふところは、またしても淋しくなってしまったのだった。
「ほーっほほほほっ! それでは、今後とも、『現実主義の黒い騎士団』をごひいきに!」
そう笑い声を残し、黒い騎士団の一行は、店から去って行った。
「またツケか……」
店主のつぶやきが、ボソッと聞こえる。
「あのー、彼らは、なんなんでしょうか?」
マーガレットが、ぼう然と尋ねる。
「金さえ払えば何でもやる、よろず屋みたいなもんだな」
「はあ、そうなんですか……」
マーガレットたち四人は、続行して、同じ店で働くことになった。
タイスランへは、いつになったら行けるのか。
行けたとしても、その時には、もうマリスたちは、別の場所へと、旅立ってしまっているかも知れないと考えると、四人は、改めて、この当ての無い旅の重みを感じた。
「私たち、とんでもないこと、引き受けちゃったのかなぁ?」
自信のなさそうな声で、マーガレットが、仲間たちに呟いた。
三人は、なんとも答えることは、出来なかった。
マーガレットが、泣きそうな顔になった時、そこへ、クリスだけが、戻ってきた。
「そうそう、マリスさんて、ベアトリクスの出身だったんですね。なるほど、あの容姿は、ベアトリクス人ならではの、美しさだったのだと、納得しました。ところで、彼女、貴族でしたよね? もしかしたら、かなり、高位の貴族だったのでは?」
ふいなことで、マーガレットは面食らったが、クリスがどんな人間かもわからず、ましてや、黒い騎士団とマリスが友好関係ではなさそうだと知ってしまうと、黙っていた方が無難だろうと、咄嗟に、なんとかとりつくろった。
「さあ。でも、そんなに高位の貴族でしたら、私も、『マリス』だなんて、気軽に呼び捨ては出来ませんけど」
「なるほど、それも、そうですね」
クリスは、にこやかに笑いながらも、顎に手を当てて、考えるような姿勢になった。
「しかし、ケインさんのあの騎士ぶりは……。ああ、実は僕、マリスさんたちの『白い騎士団』と、行動を共にしていたことがあるんですよ」
「『白い騎士団』!? マリスは、そう名乗っているんですか?」
マーガレットが話に食いつき、カルバンも、クリスに注目した。
「ええ、そうです。普段は、白い甲冑をお召しになっていまして、おそらく、それで、そう名乗ったのかと。ああ、最近、お会いした時は、町娘のような服装でしたがね、少年服の時もあります。どれも、よくお似合いで。
神官服のクレアさんも、時々町娘の格好をしていまして、長い黒髪の美しい、マリスさんとはタイプの違う美少女で、やさしくて、かわいらしい人なんですよ!」
ウキウキと話すクリスを、カルバンの目は、「こいつ、女の話をするために、わざわざ戻ったのか? それほどまでに、女好きなのか?」と言いた気に、だんだん呆れていくが、マーガレットは、聞き逃すまいと、真剣である。
「金髪の傭兵は、カイルさんて言います。彼は、魔法剣の使い手でね、なかなかの腕前で、イケメンです。僕のライバル的な位置の人といったところでしょうか。
ヴァルドリューズさんが超イケメンという話は、もう知っていますね? 僕が同行した時は、彼は不在だったので、魔法の方は、直に拝見したことはないんですが、ただ者ではない雰囲気はありますね。それから、もうひとつ」
クリスは、人差し指を立てて、おおげさに、目を見開いてみせた。
「珍しいことなのですが、……『白い騎士団』には、妖精がついてるんですよ」
「妖精……ですって!?」
マーガレットもカルバンも、目を見張った。
「ええ。美少女ニンフのミュミュちゃんだそうです。そう自己紹介してました。『白い騎士団』に、というより、どうもケインさんに付いてるようなのですが。僕が同行した時には、たまたまなのか、その妖精もいませんでしたねぇ」
唖然としている二人に、クリスは、改めた口調で、語りかけた。
「知ってます? 噂では、『伝説の戦士には妖精が付く』……って」
「伝説の戦士!? そうか! だから、そのイカレ野郎は、伝説の剣を、二つももってやがったのか!」
「イカレ野郎……?」
思わず口走ったカルバンに、クリスが目を丸くした。
「ケインさんのことですか? 別に、イカレてませんよ」
「イカレてないのか!?」
「ええ。彼は、いたって普通の青年です」
「そうか! 助かったー!」
安心するカルバンの横では、マーガレットが「ほら、つまんないこと気にしなくて、良かったでしょ?」などと言っている。
「僕が、マリスさんを、高位の貴族じゃないかと思ったきっかけは、マリスさんの雰囲気もそうですが、ケインさんの態度も大きいんですよ。彼は、口調こそは普通でも、マリスさんに対して、実に、紳士的に接しているんです。まるで、騎士ーーナイトのように。
いつも、必ず、マリスさんに付き添い、守っています。あれは、マリスさんに対して、特別な感情を抱いている、という風にも見えます」
「特別というと?」
「『愛』ですよ」
マーガレットに答えたクリスは、ウィンクしてみせた。
「は? あのマリスに? あんな男女に?」
カルバンが、眉間に皺を寄せ、思わずそう返していた。
今度は、クリスが、眉間に皺を寄せた。
「いくらなんでも、男女はないでしょう? ……まあ、確かに、彼女、見た目は美しいけど、あの強さはハンパないし、無茶な作戦立てるし……ですが」
後半は小さく言ってから、クリスが真面目な顔で、二人を見下ろした。
「伝説の戦士と、大国の貴族のお姫様。端から見れば、お似合いの二人ですが、付き合ってはいないと、はっきり言っていました。なぜ、付き合わないんでしょうか?」
じっと見つめるクリスの視線上で、マーガレットは、目を見開いた。
「さあ? 私に聞かれても」
隣にいたカルバンが、首を傾げながら、言った。
「単に、そのケインてヤツが、一歩踏み出す勇気がないだけ、なんじゃねぇの?」
「まあ、そうかも知れませんね」
クリスは、カルバンに調子を合わせて、笑ってから言った。
「僕には、理由のひとつに、ケインさんが、身分を意識しているせい、というのも、あるんじゃないかと思えて。マリスさんの身分が高過ぎて、ナイトになるしかないのでは、と。
だから、僕は、マリスさんのことを、貴族の中でも、高位な方なのではないか、と思ったんですよ。それも、かなりの」
マーガレットは、表情を変えずに、クリスを見ていた。
「それか、マリスには、他に、好きな人がいるのかも知れないわ」
「ああ! そう言えば、そうだったかも知れません!」
クリスが、思い出したように手を打った。
「以前、黒い騎士団と白い騎士団で、対決したことがあったんです。その時に、マリスさんがお花に詳しくて、オレンジ色の大輪の花『ファナ・ローズ』の名前を当てたんです」
「なんなんだ? 対決って、クイズの対決だったのか?」
カルバンが呆れた顔を、クリスに向けるが、クリスは続けた。
「そうしたら、『セルフィスが、あたしに最も似合うよって、言ってくれたお花なの』って、頬を染めてましたよ」
にこにこと微笑みながら、クリスが、マーガレットをのぞき込んだ。
「『セルフィス』って、誰です?」
「さあ。知らないわ」
マーガレットは、目を反らした。
「ベアトリクスじゃ、別に、珍しくない名前だぜ」
いつの間にか近付いたクラウスが、口を挟んだ。
クリスは、改めて、メガネをかけたクラウスの冷静な顔を、見つめた。
「男にも女にも付けられる。どうせ、マリスが、小さい頃に遊んでた、近所のクソガキかなんかのことだろう」
「ああ、なるほど! 子供の頃の、かわいらしい思い出だったかも知れないんですね!」
クリスは、合点がいった顔になった。
「これ以上、うちのマーガレットに何か用でも? まさか、あんた、ナンパじゃないだろうな?」
クラウスがメガネの奥から睨むと、マーガレットが、びっくりしたように、クリスを見た。
クリスは、ぱちぱちとまばたきをしてから、笑ってみせた。
「ははは、バレちゃいましたか。それでは、僕は、そろそろ。またお会いするようなことがあれば、よろしく」
「また資金が出来た時に、よろしくお願いしますよ、黒い騎士団さん」
クラウスが言うと、クリスは皆に手を振って、もう一度、店の扉から出て行った。
「あいつ、なんだかんだ、マリスたちの詳しい情報、教えてくれたな!」
「マリス一行が白い騎士団て名乗ってて、仲間全員の名前もわかったし!」
カルバンに寄っていったパウルとカルバンとが、喜んでいると、クラウスが、しかめっ面になった。
「逆に、俺たちに、探りを入れに来たのかも知れない。あいつの剣の鞘には、紋章があった。貴族だってことだ。平民と貴族の違いは、なんとなくわかるんだろう。少なくとも、マリスが貴族だってことは、否定しなくて正解だったな。ウソだと見破られると、ますます怪しまれるところだった」
クラウス以外の三人は、顔を見合わせてから、真剣な表情になり、クラウスを見上げた。
「こっちがマリスを探すことだけに、気を取られてたら危険だな。同時に、俺たちの正体も、バレないように気を付けないと」
三人は、クラウスのセリフに、深刻な顔で、うなずきあった。