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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅲ 話 手探りの旅
9/23

マーガレット一行と黒い騎士団

9巻では、登場人物「スー」→「サラ」に変えました。

他の巻も徐々に直していきます。m(_ _)m

 トアフ・シティーでは、カルバン、パウル、クラウス、マーガレットの四人は、相変わらず、食堂で、資金集めに精を出しているところであった。


「待ち人来たり、だぞ」


 店主の声に、クラウスたちが客席をのぞくと、五人の団体がわいわい言いながら、木のテーブルに着いていた。


 背の高い、黒い長髪の、少々露出が過ぎる甲冑の女戦士に、キャッキャと笑い声を立てている、金髪カーリーヘアをリボンで二つに結わえた、魔道士風マントを羽織った少女、格闘家であるような、中背で筋肉質の、難しい表情をした男、金髪で貴公子風の剣士、それと、一見して魔道士だとわかる、肩にコウモリを止まらせた黒ずくめの中年男ーー店主から聞いた通りのなりをした五人組であった。


 マーガレットが、おそるおそる五人に近付いて行く。その後ろに、心配そうに、カルバンがついていた。


「さーて、何を食べようかしら」


 背の高い女戦士が、ウキウキと言った。


「マリリン、ホキホキドリのパン包み揚げがいいな~♥」

「何だ、その得体の知れないトリは? 俺は、そんなもの食わんぞ」


 魔道少女に、格闘男が、険しい顔で答えている。


「レインボー・トラ魚のベジタブル・アンカケもいいわねぇ。美容に良さそうで」

「俺は、そんな甘いんだか酸っぱいんだかわからんものは嫌だ」


 女戦士にも、格闘男は、険しい顔を向ける。


「もう、ダイは好き嫌い多いんだから。いいじゃないの、お嬢さん方の食べたいものでさ」


 貴公子剣士が口を挟む。


「そうよ、クリスの言う通りよ。あんた、そんなに自分の主張ばっかしてると、女にモテないわよ」


 女戦士が、呆れ顔になるが、格闘男は言い返す。


「結構だ。俺は、女などに、うつつを抜かしているヒマはない」

「マリリン、地ドリのジャム煮がいい~!」

「キサマは、なんでいつもそう気持ちの悪そうなものばかり、食いたがるんだっ!」

「やだやだ! マリリン、トリが好きなんだもん~!」

「だから、トリは悪くないが、調理法を変えろと言ってるんだ!」


 魔道少女と格闘男の争いに、女戦士は呆れた顔で見続け、魔道士は無言である中、貴公子剣士が、にこやかに割り込んだ。


「まあまあ、ダイ、大人気(おとなげ)ないこと言わないでさ。じゃあ、ダイは、なにが食べたいの?」

「俺は、いつものヨークシャー・ビーフのタン・ソルトでいい」

「それって、ウシの舌でしょう? キャーッ! ゲテモノー!」

「何を言う、ウマいの知らんのか!?」


「あ、あのう……」


 なかなか入り込めないでいたマーガレットが、やっと声をかけた。


 長い長髪をかき上げた女戦士が、マーガレットに気付いた。


「あら、ちょうどよかったわ、注文よろしくて?」


「あっ、あのっ、そうではなくて……あなた方が、『現実主義の黒い騎士団』の皆さんですか?」


 一同、騒ぐのをやめ、マーガレットに注目した。

 マーガレットは、緊張に、顔を赤らめながら、両手を揉み絞っていた。


「確かに、私たちは、『現実主義の黒い騎士団』よ。して、何用かしら?」


 長い髪を指に絡ませながら、色っぽく、得意気な顔で、そう言ったのは、女戦士のサラであった。


 マーガレットは、ごくんとつばを飲み込むと、思い切って、切り出した。


「皆さんに、折り入って、お頼みしたいことがあるんです」


「なんでぇ~、マリリンたちなのぉ~?」


「皆さんは、この町切っての『つわもの』だとお伺いしたので。それに、魔道士の方も、いらっしゃるとか」


 マーガレットは、魔道少女マリリンの、首からぶら下がっている、小さい水晶球に、目を落とす。


「その前に、メシだ! 腹が減っては、いくさは出来ん!」


 格闘男ダイが、イライラしながら、テーブルを叩く。


「すみませんねぇ、彼、腹が減ってると、心が狭くなるんですよ。だから、砂漠でも、トカゲの取り合いなんかで、いつまでも……」


「クリス! 余計なことはいい! それより、メシだメシだ!」


 収拾がつかなくなってしまったため、マーガレットたちは、彼らの食事が済むまで、おとなしく見守ることにした。


「それじゃあ、まずは、そちらのお名前から。そして、ご依頼内容を、お聞ききしようかしら」


 食事を終えたサラが、長い脚を組み替えた。

 カルバンが、ドギマギした様子で、垣間見ている。


「はい。私は、ある国の神殿に勤める巫女で、マーガレットと申します。こちらは、カルバンです」


 マーガレットとカルバンは、小さく頭を下げた。


「実は、……ある人たちの居場所を、探して欲しいんです」


「どんな人たち?」


 ダイはまだ、ガリガリのトリの足に、干涸(ひから)びたように引っ付いている皮までも食べようと、がっついている。マリリンは、焼き菓子を頬張っていた。


 それらを見回してから、マーガレットは、サラに視線を戻して、言った。


「女の子ーー私と同じ一六歳で、色が白くて、髪は明るい茶色で。不思議な紫色の瞳をしていて、……ベアトリクス出身の女の子なんです。女の子と言っても、武道や剣術にも長けているし、……ああ、そうだわ! 以前、このトアフ・シティーでは、赤い東洋風の衣服を着ていたこともあったみたいで……」


 マーガレットは、だんだんサラの表情が険しくなっていくのを見て、焦った。


「ごっ、ごめんなさいっ! なんだか、とりとめなくなっちゃって……。私、緊張してしまって……!」


「いいえ、それよりも、……その女の名前は?」


「偽名使ってるかも知れないけど、……マリスです」


「ブーッ!」


 突然、ダイが、口の中の物を勢いよく吐き出したので、マーガレットもカルバンも、びっくりして固まった。


「マリスだとぉ~?」


 ダイが、初めてマーガレットとカルバンに注目した。睨みつけるかのようだ。


(なっ、なんで、この人、怒ってるのぉー?)

(だ、大丈夫だ、マーガレット、俺がついてる)


 マーガレットとカルバンは、目配せし合う。


「ちょっと、ダイ、静かに。ねえ、あなた、そのマリスって娘、もしかして、超イケメン魔道士を連れていない?」


 サラが、いくらか冷静を装った口調で尋ねる。


 マーガレットの表情が、みるみる明るくなっていった。


「そうです! 確か、ヴァルドリューズさんて言ったと思います。それから、伝説の剣を持ったケインて剣士の人も、一緒みたいです」


「なにぃ~、ケインだとぉ~?」


 ますます、ダイの目が鋭くなるのには構わず、サラが言った。


「いいから、続けて」


「は、はい。それと、後は……」


「確か、もうひとり、金髪の剣士もいるとか。神官服の巫女も一緒だって、聞いてます」


 マーガレットに、カルバンが、後ろから口添えする。


 はあ、とサラが溜め息混じりに、呟いた。


「……どうやら、そのマリスって娘、私たちの知ってる女と、同一人物らしいわね」


 マーガレットもカルバンも、身を乗り出した。


「そうなんですか!? 良かったー、皆さん、マリスとお友達だったんですね!」


「んなワケないだろーっ!」


 ダイが叫ぶと、二人は飛び上がった。


 サラも、頭を抱えながら、頷いている。


 マリリンは、ぽかんと口を開き、陰気な雰囲気をまとった魔道士は、何も反応していなかった。


「……あのぅ、それでは、引き受けては、頂けないんでしょうか?」


 おずおずと、マーガレットが尋ねた。


「いいじゃないですか、サラさん、引き受けても。マリスさんたちとは、知らない仲じゃないんだし、僕も、久しぶりに、クレアさんの顔も見たいしなぁ!」


 と、暢気(のんき)な声を出したのは、金髪セミロングの傭兵、クリスであった。


 サラも、笑う。


「そうねえ、今度こそ、あの超イケメン魔道士を、落としてみせようかしら?」


「俺も、あのケインとやらとの決着が、まだだったな。その前に、マリスには、トカゲを取られた恨みもあるし、金髪の軟派な傭兵も気に食わん」


 ダイも続いた。


「なあ、マーガレット、こいつらとマリス、もしかして、会わさない方が、いいんじゃないか?」


 カルバンが、こっそり耳打ちする。


「そんな気もするけど、ここは、しょうがないわ。会った時に、マリスには、自力でなんとかしてもらいましょう」


 マーガレットは、なんとなく垣間(かいま)見た、彼らとマリスたちとの確執(かくしつ)めいたものよりも、一刻も早くマリスに、ギルシュからの伝言を伝えたいと、気持ちが(はや)っていた。


「さて、マリリンちゃん、さっそく、やつらの居所を占ってちょうだい」

「オッケ~!」


 マリリンが、首にかけていた水晶球をはずし、テーブルに乗せた。


「その前に、サーちゃん……」

「あっと、そうだったわ」


 サラは、すっくと立ち上がると、手を腰に当て、高飛車な態度と威圧感を背負って、マーガレットたち二人を見下ろした。


「お代ははずんでもらうわよ。なんてったって、私たちは『現実主義の黒い騎士団』なんですからね」


 噂の通りだと、マーガレットとカルバンは顔を見合わせてから、「よろしくお願いします」と、頭を下げた。


「さ~て、それじゃあ、いくよ~。ププリカパパララ、水晶球さん、見せておくれ~、ププルルル~!」


 マリリンは呪文を唱えながら、水晶球には触れない高さで、両手を撫でるように交差させた。


 カルバンもマーガレットも、食事を運んで近くを通りかかったクラウス、パウルも、その様子をじっと見守った。


 しばらくして、マリリンが、両手をテーブルの上に置いた。


「どうだった、マリリンちゃん?」


 サラが声をかけると、マリリンは首を横に振り、さらに、球を見つめた。


「おかしいなぁ、なぁ~んにも映らないよぉ~」


「なんですって?」


 黒い騎士団は、顔を見合わせた。黒ずくめの魔道士も、ちらっと、マリリンの水晶球を見た。


 マーガレットもカルバンも、どうしていいかわからず、そのまま、彼らの様子を伺っているしかなかった。


 怪訝(けげん)そうな顔のマリリンが、再び、じろじろと水晶球を覗き込む。


「……やっぱりダメだぁ。なにも映らないよ。おかしいなぁ、マリリンほどの実力があれば、あの魔道士が結界張って移動していたとしても、なんとなく、移動の跡がつかめるはずなんだけどなぁ~。


 それに、あの巫女のおねえさんは、まだ魔道士としても新米だから、魔力を隠し切れなかったりするんだけどねぇ~。こんなこと、初めてだよ~」


 それは、ケイン、マリス、カイル、クレアはドラゴンの領域へ入り、宿敵との戦いを控えたヴァルドリューズが、例の吟遊詩人を名乗る少年の、不思議な能力(ちから)で、別次元の森へと、連れられていた時に相当していた。


 そのため、例え、能力のある魔道士であっても、見つけ出すことは、ほとんど不可能だった。


 マーガレットたちは、落胆した。


「せっかく、これでマリスに会えると思っていたのに……」


「また振り出しにもどったな……」


 溜め息をつく、マーガレットとカルバン、それを遠目から見ていたクラウス、パウルも、肩を落とした。


「見つけられなかったとはいえ、もらうべきものは、もらうわよ」


 少しのうしろめたさもなく、サラが、仁王立ちになって言い放った。


「ええ、それは、もちろんです」


 意気消沈しながらも、マーガレットが代金を払おうとした時だった。


 クリスが、口を開いた。


「そう言えば、僕とマリリンさんが最後に会った時は、マリスさんたちは、ヨルムの山のふもと、タイスランの町に行きましたよ」


 マーガレットも、カルバンも、クリスを振り返った。


「本当ですか!?」


「本当ですよ、お嬢さん。しかも、ごく最近。その町から、『ドラゴンの谷』を目指す、とかなんとか。今も、まだその町にいるとは限りませんが」


 クリスが、何気なくマーガレットの手を握った。それに気付く様子さえもない彼女は、興奮したまま、クリスを見つめていた。


 マリリンが、ポンと手を叩いた。


「そうだよ、そんなこと言ってたよ! もしかしたら、本当に、ドラゴンの谷なんかに行ったのかなぁ~? だとしたら、マリリンの水晶球にも、映らなかったわけだ~」


「『ドラゴンの谷』だとぉ? そんなところ、行けるものか」


 ダイが鼻をふんと鳴らす。


「そのタイスランの町って、どこにあるんですか?」


 マーガレットが、クリスに尋ねた。


「ここから、西の方ですよ。大分、遠いなぁ。マリリンさん、連れていってあげては、いかがです?」


「ご厚意はありがたいんですが、今は、あんまり持ち合わせが……」


「じゃあ、僕のポケットマネーで。ね、マリリンさん、この宝石で、手を打ってくれないかな?」


 クリスが、ポケットからピンク色の大きな宝石を取り出して、マリリンの目の前に差し出した。


「やだ。それ、イミテーションでしょぉ~?」


「ははは、バレちゃいましたか」


 クリスは、もう一度、マーガレットの手を握り直した。


「というわけで、すみません、なにもお手伝いできなくて。ウマでも買って行った方が、我々に頼むより、安くすむと思いますよ」


「あ~あ、クリスったら、バカ正直なんだからぁ~。それじゃ、商売にならないじゃないのぉ~」


 マリリンもサラも、呆れてクリスを見ていたが、クリスは、にこにこと笑っていた。


「それじゃ、お代を払ってもらいましょうか?」


 サラが、手をスッと伸ばした。


 マーガレットが、言われた通りの金額を支払うと、ふところは、またしても淋しくなってしまったのだった。


「ほーっほほほほっ! それでは、今後とも、『現実主義の黒い騎士団』をごひいきに!」


 そう笑い声を残し、黒い騎士団の一行は、店から去って行った。


「またツケか……」


 店主のつぶやきが、ボソッと聞こえる。


「あのー、彼らは、なんなんでしょうか?」


 マーガレットが、ぼう然と尋ねる。


「金さえ払えば何でもやる、よろず屋みたいなもんだな」


「はあ、そうなんですか……」


 マーガレットたち四人は、続行して、同じ店で働くことになった。


 タイスランへは、いつになったら行けるのか。

 行けたとしても、その時には、もうマリスたちは、別の場所へと、旅立ってしまっているかも知れないと考えると、四人は、改めて、この当ての無い旅の重みを感じた。


「私たち、とんでもないこと、引き受けちゃったのかなぁ?」


 自信のなさそうな声で、マーガレットが、仲間たちに呟いた。


 三人は、なんとも答えることは、出来なかった。


 マーガレットが、泣きそうな顔になった時、そこへ、クリスだけが、戻ってきた。


「そうそう、マリスさんて、ベアトリクスの出身だったんですね。なるほど、あの容姿は、ベアトリクス人ならではの、美しさだったのだと、納得しました。ところで、彼女、貴族でしたよね? もしかしたら、かなり、高位の貴族だったのでは?」


 ふいなことで、マーガレットは面食らったが、クリスがどんな人間かもわからず、ましてや、黒い騎士団とマリスが友好関係ではなさそうだと知ってしまうと、黙っていた方が無難だろうと、咄嗟に、なんとかとりつくろった。


「さあ。でも、そんなに高位の貴族でしたら、私も、『マリス』だなんて、気軽に呼び捨ては出来ませんけど」


「なるほど、それも、そうですね」


 クリスは、にこやかに笑いながらも、顎に手を当てて、考えるような姿勢になった。


「しかし、ケインさんのあの騎士(ナイト)ぶりは……。ああ、実は僕、マリスさんたちの『白い騎士団』と、行動を共にしていたことがあるんですよ」


「『白い騎士団』!? マリスは、そう名乗っているんですか?」


 マーガレットが話に食いつき、カルバンも、クリスに注目した。


「ええ、そうです。普段は、白い甲冑をお召しになっていまして、おそらく、それで、そう名乗ったのかと。ああ、最近、お会いした時は、町娘のような服装でしたがね、少年服の時もあります。どれも、よくお似合いで。


 神官服のクレアさんも、時々町娘の格好をしていまして、長い黒髪の美しい、マリスさんとはタイプの違う美少女で、やさしくて、かわいらしい人なんですよ!」


 ウキウキと話すクリスを、カルバンの目は、「こいつ、女の話をするために、わざわざ戻ったのか? それほどまでに、女好きなのか?」と言いた気に、だんだん呆れていくが、マーガレットは、聞き逃すまいと、真剣である。


「金髪の傭兵は、カイルさんて言います。彼は、魔法剣の使い手でね、なかなかの腕前で、イケメンです。僕のライバル的な位置の人といったところでしょうか。


 ヴァルドリューズさんが超イケメンという話は、もう知っていますね? 僕が同行した時は、彼は不在だったので、魔法の方は、直に拝見したことはないんですが、ただ者ではない雰囲気はありますね。それから、もうひとつ」


 クリスは、人差し指を立てて、おおげさに、目を見開いてみせた。


「珍しいことなのですが、……『白い騎士団』には、妖精がついてるんですよ」


「妖精……ですって!?」


 マーガレットもカルバンも、目を見張った。


「ええ。美少女ニンフのミュミュちゃんだそうです。そう自己紹介してました。『白い騎士団』に、というより、どうもケインさんに付いてるようなのですが。僕が同行した時には、たまたまなのか、その妖精もいませんでしたねぇ」


 唖然としている二人に、クリスは、改めた口調で、語りかけた。


「知ってます? 噂では、『伝説の戦士には妖精が付く』……って」


「伝説の戦士!? そうか! だから、そのイカレ野郎は、伝説の剣を、二つももってやがったのか!」


「イカレ野郎……?」


 思わず口走ったカルバンに、クリスが目を丸くした。


「ケインさんのことですか? 別に、イカレてませんよ」

「イカレてないのか!?」

「ええ。彼は、いたって普通の青年です」

「そうか! 助かったー!」


 安心するカルバンの横では、マーガレットが「ほら、つまんないこと気にしなくて、良かったでしょ?」などと言っている。


「僕が、マリスさんを、高位の貴族じゃないかと思ったきっかけは、マリスさんの雰囲気もそうですが、ケインさんの態度も大きいんですよ。彼は、口調こそは普通でも、マリスさんに対して、実に、紳士的に接しているんです。まるで、騎士ーーナイトのように。


 いつも、必ず、マリスさんに付き添い、守っています。あれは、マリスさんに対して、特別な感情を抱いている、という風にも見えます」


「特別というと?」


「『愛』ですよ」


 マーガレットに答えたクリスは、ウィンクしてみせた。


「は? あのマリスに? あんな男女(おとこおんな)に?」


 カルバンが、眉間に皺を寄せ、思わずそう返していた。


 今度は、クリスが、眉間に皺を寄せた。


「いくらなんでも、男女(おとこおんな)はないでしょう? ……まあ、確かに、彼女、見た目は美しいけど、あの強さはハンパないし、無茶な作戦立てるし……ですが」


 後半は小さく言ってから、クリスが真面目な顔で、二人を見下ろした。


「伝説の戦士と、大国の貴族のお姫様。(はた)から見れば、お似合いの二人ですが、付き合ってはいないと、はっきり言っていました。なぜ、付き合わないんでしょうか?」


 じっと見つめるクリスの視線上で、マーガレットは、目を見開いた。


「さあ? 私に聞かれても」


 隣にいたカルバンが、首を傾げながら、言った。


「単に、そのケインてヤツが、一歩踏み出す勇気がないだけ、なんじゃねぇの?」


「まあ、そうかも知れませんね」


 クリスは、カルバンに調子を合わせて、笑ってから言った。


「僕には、理由のひとつに、ケインさんが、身分を意識しているせい、というのも、あるんじゃないかと思えて。マリスさんの身分が高過ぎて、ナイトになるしかないのでは、と。


 だから、僕は、マリスさんのことを、貴族の中でも、高位な方なのではないか、と思ったんですよ。それも、かなりの」


 マーガレットは、表情を変えずに、クリスを見ていた。


「それか、マリスには、他に、好きな人がいるのかも知れないわ」


「ああ! そう言えば、そうだったかも知れません!」


 クリスが、思い出したように手を打った。


「以前、黒い騎士団と白い騎士団で、対決したことがあったんです。その時に、マリスさんがお花に詳しくて、オレンジ色の大輪の花『ファナ・ローズ』の名前を当てたんです」


「なんなんだ? 対決って、クイズの対決だったのか?」


 カルバンが呆れた顔を、クリスに向けるが、クリスは続けた。


「そうしたら、『セルフィスが、あたしに最も似合うよって、言ってくれたお花なの』って、頬を染めてましたよ」


 にこにこと微笑みながら、クリスが、マーガレットをのぞき込んだ。


「『セルフィス』って、誰です?」


「さあ。知らないわ」


 マーガレットは、目を反らした。


「ベアトリクスじゃ、別に、珍しくない名前だぜ」


 いつの間にか近付いたクラウスが、口を挟んだ。


 クリスは、改めて、メガネをかけたクラウスの冷静な顔を、見つめた。


「男にも女にも付けられる。どうせ、マリスが、小さい頃に遊んでた、近所のクソガキかなんかのことだろう」


「ああ、なるほど! 子供の頃の、かわいらしい思い出だったかも知れないんですね!」


 クリスは、合点がいった顔になった。


「これ以上、うちのマーガレットに何か用でも? まさか、あんた、ナンパじゃないだろうな?」


 クラウスがメガネの奥から睨むと、マーガレットが、びっくりしたように、クリスを見た。


 クリスは、ぱちぱちとまばたきをしてから、笑ってみせた。


「ははは、バレちゃいましたか。それでは、僕は、そろそろ。またお会いするようなことがあれば、よろしく」


「また資金が出来た時に、よろしくお願いしますよ、黒い騎士団さん」


 クラウスが言うと、クリスは皆に手を振って、もう一度、店の扉から出て行った。


「あいつ、なんだかんだ、マリスたちの詳しい情報、教えてくれたな!」


「マリス一行が白い騎士団て名乗ってて、仲間全員の名前もわかったし!」


 カルバンに寄っていったパウルとカルバンとが、喜んでいると、クラウスが、しかめっ面になった。


「逆に、俺たちに、探りを入れに来たのかも知れない。あいつの剣の鞘には、紋章があった。貴族だってことだ。平民と貴族の違いは、なんとなくわかるんだろう。少なくとも、マリスが貴族だってことは、否定しなくて正解だったな。ウソだと見破られると、ますます怪しまれるところだった」


 クラウス以外の三人は、顔を見合わせてから、真剣な表情になり、クラウスを見上げた。


「こっちがマリスを探すことだけに、気を取られてたら危険だな。同時に、俺たちの正体も、バレないように気を付けないと」


 三人は、クラウスのセリフに、深刻な顔で、うなずきあった。


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