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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅲ 話 手探りの旅
8/23

訪問客

 四人が食堂で働いて、数日が過ぎた。


 マーガレットはカウンターの中で調理を手伝い、青年三人は届けられた食材を厨房へ運んだり、料理を客席に運んだりしていた。


 昼食を摂りに来た警備員の制服を着た男が二人、カウンターに腰を下ろした。


「前領主様の敷地の警備は、もう必要ないと思うが」

「いや、でも、まだ妖魔がうろついてるし」

「前ほど強力な妖魔でもないだろ。正直に言うとな、俺ぁ、もう、うんざりなんだよ、妖魔がよ」

「ああ、わかるぜ」

「この際、徹底的に駆除して、新しい領主様のお屋敷を、建て直した方がいいぜ」

「そうだよなぁ。ちょっと高くつくかも知れないが、『黒い騎士団』に頼んではどうだ? 」

「おお、あの賞金稼ぎの『黒い騎士団』か! 」


 二人の警備員は、そんな話をしながら、食事を続けていた。


 その日の仕事が終わり、カルバンたちが、宿屋に帰ろうとした時だった。

 クラウスが、ふと店主に尋ねた。


「ここの領主様というのは、最近になって、代替わりしたのですか? 」


 店主がクラウスを振り返る。


「ああ、つい最近な。代替わりとは言っても、子供はいなかったから、遠い親戚がな」

「お屋敷は、燃えてしまったのだそうですね。火事でも、あったのですか? 」

「いや、それが、どうも奇妙な噂があってな」


 店主は眉をひそめると、小さな声で語り始めた。


 クラウスが店を出たところで、カルバンたち三人が、待っていた。


「遅いじゃねえか、クラウス。なに話し込んでたんだよ」


 落ち着かない様子で、足元の小石を蹴っていたカルバンが、待ちくたびれたように言った。


「どうかしたの? 」


 と言うマーガレットに、「宿に着いてから話すよ」と返したクラウスのメガネの奥では、不敵とも取れる笑みがこぼれていた。




「ねえ、いったい、どうしたっていうの? 」

「早く教えろよ、クラウス」


 パウルもカルバンも、ベッドの上に、ボスッと音を立てて座り、マーガレットは、椅子に、品良く腰かけた。


 窓の外を見ながら、腕を組んで立っていたクラウスは、やっと、彼らを振り返った。


「前トアフ・シティー領主セバスチャンの屋敷の周りには、以前から妖魔、つまり下級の魔物がうろついていた。賞金を()けていたのも野盗にではなく、中級以上のモンスターにだったそうだ。それが、ある時、突然、屋敷が炎上し、妖魔らしい焼死体も発見されたんだと」


「ちょっとぉ、やめてよ、気持ち悪い! 」


 マーガレットは、身体を抱え込むと、身震いした。


「ま、まさか、その領主って、魔物だったんじゃ……! 」


「だから、やめてってば! そんな不気味なこと、口にしないでよ」


 パウルのセリフを打ち消すように、マーガレットは、胸のところで、神の印を切った。


「領主が魔物だったとしたら、おかしくないか? なんで、魔物が、賞金を懸けてまで魔物仲間の死体を集めてるんだよ。まさか、生き返らせてたってんじゃ、ないだろうな? 」


「そこまでは、俺もわからない。だが、店に来る常連の警備員たちの話では、その領主のところを尋ねた最後の客人は、ひとりの、まだ二〇歳前くらいの少女だったという」


 クラウスの言葉を受けて、皆の表情が引きしまった。


「ま、まさか、……マリス!? 」


 皆を見回しながら、カルバンが、おそるおそる口にした。

 が、クラウスは、首を横に振った。


「それにしちゃあ、様子が違い過ぎるようだ。珍しい娘だったから、警備員も覚えていたらしい。その女は、栗色の、長いストレートな髪に、深い青い色の瞳の、超美少女だったと。というのも、単なる噂だからな、実は、マリスだったのかも知れない」


 それは、魔界の王子の術を借りた、ケインの変装であった。術によって女性化したケインと、妖精ミュミュによる計算外れの、滑稽(こっけい)な死闘が繰り広げられたなどとは、ますます彼らの知るところではなかった。


「それに、その火事の後も、妖魔たちが、ちょろちょろしていて、警備員たちも困っていたところ、マリスと旅の仲間に似た連中が、退治したともいう」


 しばらく、クラウスが沈黙した。話す内容を、頭の中で組み立てているようだ。


「それで、クラウス、お前は、いったい何を言いたいんだよ。もったいぶらずに、早く教えろよ。俺は、そんなに頭もよくねえから、それだけじゃ、何のことやらわかんねえし、気も短いんだよっ」


 じれったそうに、カルバンが、貧乏揺すりをしている。

 クラウスは咳払いをしてから、続けた。


「ベアトリクスを立つ前に、ギルシュが言ってたことを覚えてるか? 」


 唐突な質問に、三人は、きょとんとした。


「マリスの手掛かりのことか? 腕の立つ魔道士と、バスター・ブレードを持った男が、一緒だってんだろ? 」

「他には? 」


 パウルが、首をひねりながら、クラウスに答える。


「えーっと、確か、宮廷魔道士のザビアンが、マリスと接触したのが、このトアフ・シティーだってことか? 」


「マリスは、魔物を倒す旅をしているんだそうね? 」


 マーガレットもパウル、カルバンの顔を見合いながら、言った。


「それと、もう一つ、あったはずだ。『強大な魔力を使用した痕跡(こんせき)があれば、そこに彼女がいたということ』だと、マリスが、ザビアンに言い残した……そう言ってなかったか? 」


 三人は、ハッと顔を見合わせる。


「その屋敷が燃えたのは、よほどの業火だったらしい。もしかしたら、マリスと同行している魔道士の放った魔法かも知れない。そして、魔物らしき死体は、真っ二つに割れていたという。それは、バスター・ブレードによって、引き裂かれたのかも知れない……」


 クラウスの話す内容に、全員、固唾(かたず)をのんだ。


「なるほど、ピッタリくるじゃねぇか、クラウス! お前、天才だぜ! 」


 カルバンが喜ぶと、パウルもマーガレットも、嬉しそうな顔になった。


「ちっ! 単純でいいぜ、お前らは」


 舌打ち混じりに、クラウスがそう言ったので、三人は、すぐさま黙った。


「いいか、俺の推測なんて、ただのつじつま合わせだ。それが出来たところで、次のマリスの行き先なんて、まだ何もわからねぇんだからな」


「ああ、そうか……」


 三人は、うなだれた。


 クラウスが、一息ついてから、口を開く。


「これは、客たちの噂話なんだが、『現実主義の黒い騎士団』って賞金稼ぎの常連が、この町を拠点としているらしいんだ。中には、魔道士もいるという。俺が、思うに、その魔道士に、大きな魔力の痕跡をたどって、マリスたちの居場所を占ってもらえないものだろうか」


 他の三人の表情が、さあっと明るくなっていく。


「ナイスアイデアだぜ、クラウス! 」

「さすが、ハヤブサ団の作戦部長だっただけあるぜ! 」

「本当、いい考えだと思うわ! 」


 カルバン、パウル、マーガレットが口々に褒め、クラウスが珍しく、にやっと笑うが、すぐに真顔になり、付け加えた。


「ただし、その『黒い騎士団』に何か依頼する時は、すっごく金がかかるらしい」


 三人の表情は、どんよりと曇った。


「……それって、まだまだ資金集めをしなくちゃならないってこと? 」


 マーガレットの気の抜けた声には、誰も、うなずくことすら出来なかった。


 数日経っても、黒い騎士団は、一向に現れない。

 彼らは、そのまま、辛抱強く、店を手伝っていた。




 ところ変わって、ベアトリクス宮では、定期的に行われる宮廷魔道士たちの会合が、終わったところだった。


「ギルシュ、お前に客人だぞ」


 魔道士のひとりに呼び止められ、セルフィス王子の側仕えであるギルシュは、来客室へと向かう。


 そこは、貴族たちの謁見の間とは違い、質素な室である。

 ごく(まれ)に、魔道士達の家族などが、訪れたりする時に使われる。


 ギルシュが部屋に行くと、知らない老人がソファに腰かけて待っていた。


「えーっと……、どこかでお会いしましたっけ? 」


 軽く会釈をしてから、ギルシュが、いつもの気さくな調子で問いかけた。


 老人は、真っ白な髪が、(おお)(かぶ)さって、ほとんど隠れてしまっている目をぱちぱちさせ、口元も、白い髭に覆われていたが、もごもごと喋り出した。


「ちょっと散歩をしたいんじゃが、いい道を知らんかね? 」


 歯がないのか、ひどく聞き取りにくい発音だ。


(なんだ、このじいさんは? )


 ギルシュは、心の中では顔をしかめていたが、そのようなことは、おくびにも出さずに、にっこりと笑う。


「ご案内しましょう。とっておきの場所があるんですよ」


 そう言うと、老人と一緒に、さっそく室を出て行った。


 ベアトリクス城から城下町を抜け、ギルシュが案内したのは、森に囲まれた湖のほとりであった。


「ここまでくれば、魔道士達の結界も大丈夫じゃろう」


 老人が、もごもごとそう言うと、突然、くるくると、小さな竜巻が地面から噴き出し、老人を包み込んだ。


 それが、すぐにおさまると、まったくの別人の姿があった。


 ギルシュの目の前には、背の高い、銀髪の男が立っていたのだった。


「久しぶりだな、ギルシュ」


 その顔を見るなり、ギルシュは、深々と頭を下げた。


「『魔道士の塔』上層部、ベーシル・ヘイド殿。お久しぶりでございます」


 ヘイドは頷いた。


「事を内密に運びたかったもので、あのようなおいぼれの姿で、訪れることとなってしまったが、さすがは、バルカスが一押しの後輩だな。私の正体に気が付いておったとは」


(いや、全然わかんなかったんですけど……)


 だが、ギルシュは、やはり、そんなことは、おくびにも出さなかった。


 といっても、彼は、マリスがまだ宮廷にいた頃、彼女の守護神を、オーラによって感じ取ったことのあるほど、人のオーラに敏感な魔道士である。それは、どの宮廷魔道士にも出来ないことであった。


 老人が、まさかのヘイドであったとはわからずとも、そのオーラに邪気は感じられなかったからこそ、親切心で、景色の良いこの湖まで案内したに過ぎなかったのだった。


「ヘイド殿ご自身が、わざわざお出でになるとは。わたくしごときに、どのようなご用件でしょうか?」


「その前に、確かめたいことがあるのだが。お前の上司バルカスの消息を知りたい」


 ギルシュの表情が曇り、うつむいた。


「……そうですか。『魔道士の塔』には、報告は行ってなかったのですね」


 唇をかみしめてから顔を上げ、ギルシュは、ヘイドを真正面から見据えた。


 二人を囲んでいた空気が、微妙に揺れたのを、ヘイドは感じた。


「ふむ。結界か。用心深いことだな」


 ギルシュが、重い口を開いた。


「……バルカス殿は、亡くなられました。……抹殺されたんです」


 ヘイドは言葉を失った。

 悔しそうに地面に視線を落とすギルシュを見つめる。


 ギルシュから事の真相を知ったヘイドは、しばらく無言であった。


 その表情は、友人の死を(いた)むようでもあり、どうしようもできないもどかしさに、いらだちを覚えているようでもあった。


「国の内情には関与しないのが、魔道士の塔であったが、そのバルカスを殺めたのが、ヤミ魔道士ならば、実に由々しき問題だ」


 ヘイドは続けた。


「魔道士の塔ヤミ魔道士狩り部隊でも、ベアトリクスへの潜入は後回しとなっている。ためらっているとも言える。このような言い方は、語弊(ごへい)があるかも知れんが、この国を避けているとも言えるのだよ。


 というのも、この国は、東洋に続き、魔道に長けており、宮廷魔道士たちが、独自の組織を築いているだろう? 介入してしまえば、魔道士の塔との衝突は、避けられまい。


 魔道士の塔としては、面倒は、なるべく避けたいのだ。ただでさえ、いろいろな問題が山積みなのでな。かかわっては、いられないというのが、本当のところなのだ」


「それは、充分に存じております。ですから、おそらく、宮廷魔道士長ザビアン殿も、報告なさらなかったのでしょう。バルカス殿ほどの魔道士が、命を落としたとなると、魔道士の塔も、重い腰を上げざるを得なくなると踏んで。


 それと、もうひとつ、女王が、報告を止めたとも考えられます。ご自分の陰謀を伏せておくためでしょう。宮廷魔道士は、下手をすれば、魔道士の塔よりも、国家に忠誠を尽くすと言っても、過言ではありませんから、女王の命令は、絶対的なのです」


 ギルシュの答えを聞くと、ヘイドは深い溜め息をついた。


「なぜこの国の魔道士たちは、そのようになってしまったのか……」


 ギルシュは、しばらく沈黙してから、顔を上げた。


「わたくしも、この国の出身だから、わかるんですが、……おそらくは、この国に根付いている伝説が関係しているのでは、と」


「伝説だと? 」


「はい。ご存知かと思いますが、この地には、あの伝説の大魔道士ゴドリオ・ゴールダヌスが住んでいたという。そして、その彼が、大昔のベアトリクス宮廷に仕えていたという噂でございます。それが、宮廷魔道士となる者たちにとっては、とても誇り高いものなんだと思います」


「なるほど」


 ヘイドは、一旦ギルシュを見つめて、再び口を開いた。


「話が出たところで、本題に入るが、ギルシュよ、お前は、その伝説の大魔道士ゴールダヌス殿に会ったことはあるか? 」


 ギルシュは、驚いて、まばたきをした。


「これはこれは唐突な。なぜ、わたくしに、そのようなことを? 」


 ヘイドは面白そうな目で、くすりと笑いをこぼした。


「なるほどな。なかなかお前は、抜け目がないと見える。こっそり結界を張るのにも慣れておるし、一見親しみやすいが、そうなんでもかんでも喋るというわけではないらしい。さすがに、ヴァルドリューズが、私直々に、おまえに会うよう忠告しただけあるわ」


 ギルシュの目の端が、ピクッと動いた。それは、ヘイドにしかわからないほどの、微妙な動きであった。


「バルカスが、お前をかわいがっていたのと同様に、私にも、かわいい後輩がおってな。それが、ヴァルドリューズなのだよ。知っていよう? 今こそ、お尋ね者となってしまったが、魔道士の塔切っての優秀な若手であった、あの男だ」


(ヴァルドリューズさんが、……この方に、俺のことを……!? )


 ギルシュの鼓動が、大きく鳴っていた。


(本当に、まだ旅をしているんだ。あの方と……マリス様と……! )


 ヴァルドリューズの名前ひとつでも、ギルシュにとっては、生々しいような、居ても立ってもいられなくなるほどの思いが、湧き出てくる。


 ギルシュは、ヘイドに、彼の居場所を問いたくてしょうがない衝動にかられるが、やっとのことで、それを抑えた。


「あの男が、唯一信用している魔道士らしいな、お前は」


 ヘイドが、微笑した。


「そ、そんな、俺なんか……! 」


 と言いかけたギルシュだが、すぐに思い直した。


(でも、ヘイド殿に、俺の名前を出したってことは、そうなのか? )


 そうだとすると、あの無愛想で、何を考えているのかわからなかった魔道士も、なかなかいいヤツかも。それに、見る目がある。……などと考え、思わず、笑みをもらしてしまった。


「えーと、その、……ヴァルドリューズさんは、お元気でしたか? 」


 その間の抜けたセリフに、ヘイドは、吹き出しながらうなずいた。


「まあ、あやつは、いつも無愛想なのでな、よくはわからんが、あれで元気なのだろう」


「それで、そのぅ、王女殿下も……? 」


 ギルシュが、おそるおそる尋ねる。


「おお、そう言えば、あやつと私が会った時は、この国の例の王女は、一緒ではなかったが。これまで、二度、あやつと出会ったが、二回とも、王女は見かけなんだな」


「えっ? マリス様は、ご一緒ではなかったというのですか? 」


 ギルシュの顔色が、さーっと変わっていった。


(ちょっとぉー、ヴァルドリューズさん、何してるんです? ちゃんと、マリス様をお守りして頂かないと、困るじゃないですか。そんなことじゃあ、返していただきますよ! )


 ギルシュが、むっつりしていると、ヘイドが思い出したように言った。


「まあ、それは、たまたまだったのかも知れん。彼が旅に出てから、私と初めて会った時、王女ではなく、ある青年を連れておったな。伝説の剣を二つ持つ青年であった」


 ヘイドに向き直ったギルシュが、真顔で尋ねた。


「バスター・ブレードと、ドラゴン・マスターの剣を持った、ケインて名の青年ですか? 」


「ほう。そんなことまで、知っておるのか? 」


 ヘイドが感心して笑った。


「やはり、ヴァルドリューズさんとマリス王女は、その伝説の剣を持つケインと旅をしていたのですね」


「おそらく、ヴァルドリューズと別行動の時は、その青年が、王女の護衛をしているのだろう。人と群れることのなかったあの男が、それだけ、その青年の腕を見込み、信頼を寄せているということに違いない」


「……なら、いいんですけどね。どうも、剣士などに、王女殿下の護衛が勤まるのかと、ちょっと疑問なんですがね。それは、自分が魔道士だからかも知れないですけど。


 もちろん、ヴァルドリューズさんの実力は認めてますし、マリス様本人だけでも、相当お強いんですよ? 伝説の剣を持っているにしたって、剣士なんかに、あのお方を、ちゃんと守れるんですかねぇ」


 ヘイドは、少々ムキになっているように見えるギルシュを、おかしそうに見た。


「お前は、マリス王女の味方なのか? 王女のことは、この国では、謀反人扱いしていると聞くが? 」


 途端に、ギルシュは、首を引っ込めた。


「すみません。今のは、内緒にしておいてください。宮廷に、このことがバレるとマズいんで」


「私には、関係のないことだから、安心するがいい」


「ああ、恩に着ます、ヘイド殿! 」


 おかしなやつだと笑いながら、ヘイドは、ギルシュの地味な風貌(ふうぼう)を、親しみを込めた目で見ていた。


「話の続きだが、ヴァルドリューズの話では、お前も、ゴールダヌス殿に会ったことがあると聞く。今、魔道士の塔で抱えている問題が、かなりの規模のものでな、我々だけでは、どうしようもなくなってきたので、大魔道士殿方のお力を、お借りしようということになったのだ。そこで、お前に、会いに来たのだ」


 ギルシュは、少し困ったように、首を捻った。


「それが、以前は、この湖のほとりに住んでおられたのですが、どういうわけか、ある時から、大魔道士様の念が、ぷっつり途絶えたのです」


「途絶えたとは……? 」


「わかりません。私には、感じられなくなったのです」


 ヘイドの表情も、険しくなった。


「やはり、ヴァルドリューズの言ったことは、本当だったのかも知れん。ゴールダヌス殿は、もうこの世には、おられないのだと」


「この世には、おられない……!? 」


 ギルシュは驚いて、ヘイドの顔を見つめた。


「知らなかったのか? ゴールダヌス殿は、そのお力を、ヴァルドリューズに分け与え、魔力の弱まったところを、ヤミ魔道士グスタフに襲われたようなのだ」


「……! 」


 ギルシュは、言葉を無くして、立ちつくした。


(……そうか。だから、ここへ来ても、なにも感じられなかったんだ……。それでは、マリス様たちは……! )


 ギルシュの心臓が、不安に、速くなる。


 彼を見つめていたヘイドは、少しの間沈黙し、再び話し始めた。


「バルカスが認め、ヴァルドリューズまでもが認めたとなると、お前には、普通の魔道士以上の力があるのかも知れぬ。私の正体も、はなから見破っていたようだったしな」


「い、いえ、それは……」


 ギルシュが小さい声で言いかけるが、ヘイドは続けた。


「実は、最近になって、発見されたものがあった。それは、今まで謎とされていた、魔道の原点ともなるべきものかも知れない。ヴァルドリューズにも話したが、この世には、古代魔法というものがあったのだ」


「古代魔法……ですか? 」


 ギルシュは、眉間に皺を寄せた。


「そう怪しむな。気持ちはわかるが」


 苦笑しながら、ヘイドは、続きを話す。


「この世の未知の部分、未開の地とされている場所に、古代魔法のカギを解く謎の石板が、隠されているという。未開の地といえば、この国の辺境もであろう? もし、見つけることがあれば、私に知らせて欲しい。


 お前ならば、ヴァルドリューズとは違って、まだ私には会い易いだろう。(れっき)とした正規の魔道士なのだから、堂々と、魔道士の塔を訪れることは出来よう」


「その石板とやらは、見てすぐにわかるものなのですかね? 」


「わかるだろう、お前ならば」


 ギルシュは、なんだか調子良く扱われたような気がしないでもなかったが、ヘイドの頼みを聞き入れることにした。


 そして、二人は、それぞれの職務に戻る。


 魔道『光速』で城に向かいながら、ギルシュは思った。


(古代魔法ねぇ……マユツバもんだが、ヴァルドリューズさんもかかわっているというんなら、信憑性がある。一応、気にかけておくか。いずれにしろ、あの辺境は、ベアトリクスでも、本格的に調査することになりそうだからな)


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