王子の秘密部隊
「なあ、俺、こんなとこ来たの初めてだよ」
「俺だって、初めてだ」
「うわ~、あの置き物、高価そうだなぁ! 」
「ちょっと、カルバン、キョロキョロするの、よしなさいよ。いかにも、田舎者みたいじゃないの」
「おいおい、あんなデカい絵なんか、見たことないぞ」
「すげぇなあ! 」
四人の若者は、ふかふかの絨毯が敷き詰められた、ある一室に立ちつくしていた。
カルバン、パウル、クラウスに、巫女のマーガレットである。
ずっと落ち着かないのはカルバンとパウルであり、眼鏡をかけた、幾分冷静な青年がクラウスだった。
「お待たせいたしました。これより、王子殿下がお会いになります」
数分前に、彼ら四人を、一瞬にして運んだ側付き魔道士ギルシュが現れ、扉を開けると、書物の並んだ棚が、まず目に入る。先の部屋のものよりも、シンプルな家具が少しだけあり、インカの香の匂いが漂っていた。
結界を張った、ギルシュの部屋であった。
四人は、先の部屋が、ギルシュとセルフィスの部屋との間を結ぶ、単なる通路であったと知り、驚いた。
「きみたちが、元ハヤブサ団の方々だね? 」
彼らの目の前で、椅子にかけていたのは、現ベアトリクス女王となったエリザベス元大公妃の息子、王子セルフィスであった。
王子が立ち上がった。
すらりとした細身の体型、肩まで伸びたセミロングの金髪、柔らかな光を放つ緑色の瞳。男にしては色が白く、華奢な青年である。
失踪中の王女マリスとは、いとこに当たる。彼女を知る彼らには、どことなく、中性的な雰囲気であるところは、似てるたと思えた。
(このお方が、王子殿下……)
マーガレットは、しばらくの間、セルフィスの美しさに目を奪われていた。
他の三人の青年たちも、これほどまでに美しく、たおやかな青年が存在したのかと、信じ難く、言葉を失っていた。
そのうち、我に返ったマーガレットが、慌ててひざまずいた。
「は、初めてお目にかかります、王子殿下。わたくしは、ティアワナコ神殿に仕えます巫女で、マーガレットと申します。マリス……あ、いいえ、マリス王女とは、ここにいる者ともども、昔の知り合いでして……。ほ、ほらっ、あんたたちも、ちゃんとご挨拶してっ」
マーガレットにたしなめられて、初めて気が付いたような三人は、彼女にならい、ひざまずいて、頭を低くした。
「公式な場ではないのだから、そんなにかしこまらなくても、大丈夫ですよ。さあ、顔を上げて、マーガレット嬢」
セルフィスは、にこやかに微笑んでから、少し真面目な表情になり、静かに語った。
「既に、ギルシュから聞いていると思うけど……、単刀直入に言わせてもらおう。
きみたちが、マリスの幼馴染みだったということと、元ハヤブサ団という腕を見込んで、頼みたい。僕の密使として、動いてもらいたいんだ」
セルフィスは、宮廷の者にしては、前置きは短く、まわりくどい余計な言い回しなどはせずに、簡素に説明した。母である女王には知られずに、こっそりとマリスを探し出すことを。
話が終わり、一番に口を開いたのは、カルバンであった。
「王子殿下には悪いけど、やっぱり、俺は、気が進まないです。ご存知かと思いますが、俺は、ダンに付いて行こうと決めた身でしたから、ハヤブサ団の時から。だから、……ダンが、この国を出て行くきっかけを作った、殿下のしもべとなるのは、いまいち、気に入らないのです」
マーガレットが青くなって、いさめようとするのも聞かずに、パウルも続いた。
「俺も、カルバンと同じです。失礼ですが、この国の王子という他には、何の義理もない殿下の言うことを聞くいわれは、俺たちにはないと思います。危険の伴う密使なんて、言語道断。だいいち、俺たちとは、今が初対面じゃありませんか。殿下は、初対面のならず者を、簡単に信用なさるのですか? 俺たちには、それこそ、権力を振りかざした貴族が、調子のいいこと言ってるように思えてならないんですが」
「よしなさいよ、パウルも! 王子殿下に、なんてこと言うの! 」
マーガレットは、今度は顔から火が出そうになりながら、二人の間に割り込んだ。
だが、セルフィスには、少しも怒った様子はなかった。ただ、その瞳は、悲し気な光を放っていた。
「ダンからマリスを権力で奪い、婚約しておきながら、その挙げ句に婚約解消か。
けっ! これじゃあ、出て行ったダンが、浮かばれないぜ! 」
最も血気盛んなカルバンは興奮し、もともとぶっきらぼうだったのが、ますます乱暴な言葉遣いになって、そう言うと、それまで黙っていたギルシュが、おもむろに進み出て、じっと彼らを見据えたのだった。
「お忘れかも知れませんが、王子様とマリス様を婚約者と定めたのは、国王陛下です。ですから、王子様が権力で奪ったというのは、間違っています。それと、婚約解消の件についても、王子様が、どんなお気持ちで、婚約を破棄なさったと思うんです? 悩まなかったとでも? そして、そのご決断によって、マリス様の養父であられるルイス・ミラー伯爵だけでなく、あなたがたのご学友が、何十人釈放されて、助かったことか」
カルバンもパウルも押し黙った。
クラウスは、冷静に、セルフィスとギルシュを見つめているままだ。
「地位ある者だからこそ、時には、自分の感情を押し殺してまでも、決断しなければならないことがあるのです。その時の殿下のお気持ちが、あなたがたにわかると言うんですか? 」
「ギルシュ、そのような恩着せがましい言い方は、おやめ」
静かなセルフィスの口調に、ギルシュは頭を下げた。
セルフィスは、再び四人を見つめ直すと、それまでと変わらない穏やかな口調で言った。
「確かに、自分でも、勝手なことを言っていると思うし、見ず知らずのきみたちに、図々しいお願いをしているんだと、わかっているよ。きみたちの言い分も、もっともだよ。それじゃあ、マリスの元婚約者としてではなく、この国の唯一の王子としてのお願いだと、考えてみてはくれないか? また権力に物を言わせているように、聞こえるかも知れないけれど」
一息ついてから、セルフィスは続けた。
「今のこの国の状況を、どう思う? 事の張本人は、僕の母親だということは、承知の上で、言わせてもらうよ。このような恐怖政治的なやり方で、国民のきみたちは、納得するのかい? 母の、マリスに対する恨みは、あきらかに私情だ。私情で動くような者が、この国の最高責任者になろうとしているなんて、最も危険だと思わないか? 」
「そ、それは、確かに……」
カルバンもパウルも、上目遣いで見合わせて、口をもごもごさせた。
「このままでは、きみたちは、今までのように、ずっと素性を隠して、神殿で密かに暮らしていかなくてはならないだろう。母の気が、マリスから反れるまで。それも、いつになることやら。そんな生活で、きみたちは、満足なのか? 」
繊細なペリドットで出来ているような、柔らかい光の瞳であっても、王子としての箔はあった。その証拠に、カルバンもパウルも、言い返せなかった。
「母が女王となってまだ日が浅いが、国王代行時代からすると、一年以上が経つ。それでも、もうこの国は、以前と大きく変わり始めている。民たちの生活も脅かされているが、宮廷内でも、大きな変化が起こっていて、重臣たち、宮廷魔道士たちの中にも、不安が広がってきている。
……情けない話だけど、僕の味方は、このギルシュひとり。この国唯一の王子でありながら、僕は軍隊を持つことも許されず、僕の力だけでは、なにも出来ないんだ。このごたごたを何とか出来るのは、きみたちのよく知っている、あのマリスしかいない。そうは思わないか? 」
一同は、沈黙した。
ハヤブサ団にいた頃、野盗たちを相手に訓練をしていた時のこと、東洋の不思議な武道を操る彼女の、華麗な姿を思い出す。
女だてらに、あの並々ならぬ強さを持つマリスは、ベアトリクスの軍隊の間でも、勝利の女神とうたわれていたものだった。
マリスには、不思議な力があるように、皆には思えていた。
それは、彼らの尊敬するダンも、なんとなく感じ取っていたと、常に近くにいたクラウスには思えていたし、クラウスのみならず、カルバン、パウルも、ハヤブサ団の皆も、漠然と感じていた。
自分の軍隊も持つことを許されない、籠の中のトリのように飼われていたセルフィスでは不可能なことでも、マリスになら、成し遂げてしまえるように、誰もが想像していた。
「マリスを探すより他ない。どうやら、俺たちには、考えている時間はないようだ」
クラウスの声に、異を唱える者は、いなかった。
カルバン、パウル、クラウスの三人と、マーガレットが加わった旅の一行は、翌日、出発したのだった。
ある日の明け方、四人は、ベアトリクスからは遠く離れた、小さな国へ辿り着いた。
干し草を積んだ荷馬車に乗せてもらい、ゆっくりと進んでいた。
「そこの街道を越えたら、もうトアフ・シティーだよ」
荷馬車の男に、マーガレットが頭を下げて、礼を言った。
「なあ、マーガレット、これから、どうするんだっけ? 」
カルバンが尋ねる。
「ギルシュさんが言ってたように、手がかりを探すのよ。ほら、マリスは、宮廷魔道士ザビアンと、この都市で接触したそうじゃないの。今は、もう別の町へ旅立ったみたいだけど。背中に大きな段平を背負った男の子とか、背の高いイケメンな上級魔道士が一緒だったそうだし、そんな人たちなら、目立ったはずよ。町の人だって、覚えてるかも知れないでしょう? とにかく、情報を集めて、マリスの足取りをつきとめるのよ」
「それにしても、あのギルシュって魔道士の、空間を渡る術って、便利だよなぁ。どうせなら、あいつが、トアフ・シティーまで連れてってくれれば良かったのによ」
「何言ってるの。彼は、セルフィス様の護衛と、宮廷のお仕事が忙しいし、あまりに遠距離の移動は、魔力を消耗するんだから。ベアトリクスの国境を越えたところまで、連れてきてもらったのよ、それで充分だわ」
「おい、マーガレット、食料って、どこにしまったっけ? 」
パウルが、のんきな声を出す。
「食料は、今度は、クラウスが持ってるんだったでしょう? ダメよ、考えもなしに食べちゃ。足りなくなるでしょう」
「それでさ、マーガレット、マリスと一緒にいる、その上級魔道士と、もうひとりが背負ってる、でっかい剣って、何て言うんだっけ? 」
「んもう! そうなんでもかんでも、私に訊かないでよ。そんなに、全部は覚えちゃいないわよ! 」
「バスター・ブレード」
マーガレットの代わりに、カルバンに答えたのは、クラウスだった。
「ああ、そうそう、伝説の剣で、バスター・ブレードって言ったんだっけ」
「そうだぜ。そいつ、なんでだか、伝説の剣を、二本も持ってるって話だろ?
もうひとつが、マスターなんとかって……」
そこで、またクラウスが、「ドラゴン・マスター・ソード。ドラゴン使いの剣だ」と、注釈を入れる。
「ああ、そうだっけ? そのドラゴンの剣とやらと、巨大な剣、そんなのを使いこなす戦士ってのは、相当、物騒なヤツに違いない! 」
「ああ、確かに、ヤバそうだぜ! イカレてるかも知れねぇ! 」
「イカレ野郎に、そんなすごそうな剣振り回されて、向かって来られたんじゃ、俺たちなんて、ひとたまりもないだろうなぁ! 」
「ど、どうするよ? 」
そう話し合うカルバンとパウルに、マーガレットは、不可解な顔をした。
「なんで、マリスの味方が、私たちに斬りかかるのよ? 」
「だって、マリス、帰りたくないかも知れないだろ? 」
「そうだよ。だって、王女の身分を放棄したくらいなんだから、もう帰らないつもりなんじゃないか? そしたら、そのイカレた戦士に命令して、俺たちを追い払おうとするだろう? 」
縮み上がるカルバンとパウルに、クラウスは、少々呆れた目を向けただけで、何も言わなかった。
マーガレットは、けろっとした顔で言った。
「いずれは、マリスだって、戻るに決まってるじゃないの。あんな素敵な王子様が、待っていてくれてるんですもの」
マーガレットは、遠くの山の、さらに遠くを見つめ、うっとりとした顔つきになった。
「ちぇっ、女って、ああいう男に弱いのかよ」
カルバンが面白くなさそうにぶつくさ言ったのは、マーガレットには、聞こえていなかった。
マーガレットは、思い起こしていた。
ギルシュが、ある革袋を授けた時に、言っていたことを。
『この中には、皆さんもご存知の、ティアワナコ神殿に奉られている、豊穣と勝利の女神ティアネ像が入っています。セルフィス様は、それを『光の王女』と名付けられ、婚約の品として、マリス様へ贈りました。マリス様が失踪した時に、置いて行かれたのを、セルフィス様が、女王に見付からないよう回収しておいたので、見れば、マリス様には、その中に隠された密書が、罠などではなく本物だと、わかるはずです。
その密書は、私が書きました。あなた方を信用していないわけではありませんが、万が一、この内容がもれた場合、セルフィス様のお名前ではマズいので、私が、ひとりで企てたことにしておくためです。
これには、今の女王が実権を握ってはいられなくなるほどの、重大な秘密が記してあります。女王だけではなく、他国の者にも知られてしまえば、付け込まれてしまうおそれもあります。どうか、無事に、マリス様本人だけに、お渡ししてください』
「お二人は、真剣なんだわ。ベアトリクスを建て直そうと。ギルシュさんは、命を賭けて、セルフィス様をお守りしていると思ったわ。だから、何が何でも、マリスを連れ戻すのよ」
マーガレットは、実際にセルフィスに会ってみて、彼らの気持ちに感動したその時から、二人に協力しようと、心に決めたのだった。
トアフ・シティーへの道を進んで行く道中、四人の一行は、気になる噂を耳にした。
「最近、このあたりでは、野盗が出ると聞くよ。トアフ・シティーでは、領主セバスチャン・トアフが亡くなってからも、悪党の首に賞金を懸けることは続けている。さすがに、以前のように、魔物にまでは、懸けていないけどな。
そういうわけで、よく賞金稼ぎが出入りしてるんだよ。野盗どもは、この街道を通る賞金稼ぎどもを、行きからチェックしておいて、賞金を手にした帰りに襲う。だから、あんたたちも、気を付けた方がいいぞ。見たところ、賞金首を連れてるわけじゃないから、大丈夫だろうけど」
通りがかりの商人は、そう教えた。
「でもよ、おやっさん。賞金稼ぎなら、腕っ節も強いはずじゃないのかい? 賞金かかってるほどの、凶悪なヤツを捕まえられたんだから」
「それがな、その野盗ってのが、結構な集団で現れるもんだから、なかなか大変なんじゃねえの? 」
「うわー、そんな危険なところなのに、おっちゃんたち、よく通れるなぁ! 」
パウルが驚いていると、商人は笑った。
「その野盗の集団は、俺たちの持ってるような物や、はした金には目もくれないのよ。賞金稼ぎどもの持ち帰る金貨や宝石の方が、よっぽどいいってワケだ」
「なるほどね」
トアフ・シティーに辿りついた四人は、さっそく宿屋を探し、予約を済ませ、荷物を置くと、町の中央にある大きな噴水広場へと向かった。
「きゃっ! 」
マーガレットの声に、カルバン、パウル、クラウスも振り返ると、細い路地から駆け出してきた少年が、マーガレットとぶつかり、倒れ込んだところであった。
「大丈夫か、マーガレット! 」
カルバンたちに抱え起こされて、マーガレットは、立ち上がった。
「いたたたた……。ごめんね、ボク、大丈夫? 」
マーガレットが少年にそう言ったが、少年は、服についた土を払いもせずに、すぐさま駆け出していったのだった。
「しょうがねえ小僧だな」
カルバンが仕方のなさそうに言うと、四人は、町のメイン・ストリートへ向かった。
「メイン・ストリートに着いたのはいいが、どうやって、マリスの目撃情報を集める?」
パウルが、皆の顔を見る。
「確かに、この通りを通る人々全員に、聞いて回るわけにはいかないよな」
と、クラウス。
「お店屋さんにでも、聞いてみましょうか? 何か買い物したかも知れないし」
「じゃあ、俺、あっちの店屋に聞いてくるよ」
四人は、通りに並ぶ店一軒一軒に聞いて回ったが、旅人など、いちいち覚えていられないという共通の答えが返ってくるだけであった。
たいした証言も得られなかった四人は、疲れ果て、町の広場の近くにある食堂兼酒場へと、向かった。
無言で料理を口にしていると、カルバンが思い付いた。
「そうだ! 宿屋はどうだ? もしかしたら、記録があるかも知れないぜ」
「そうよ、きっとそうだわ! 」
「よーし! 早いとこ食い終わって、宿屋へ向かおう! 」
すっかり気を取り直した四人は、テーブルの上の食べ物を、さっさとたいらげ、店を出ようと立ち上がったが、マーガレットの顔が、次第に青ざめていくのに、パウルが気が付いた。
「どうしたんだ、マーガレット? 」
マーガレットは、まさかそんなはずは……などと呟きながら、何度も、神官服と荷物を調べる。そして、自分でも信じたくない、信じられない事実を口にした。
「……お金が……ないわ……」
「ええっ!? 」
残りの三人は、驚いた。
「お、おい、クラウス、金は、お前が持ってたんじゃなかったのかよ!? 」
「いや、昨日からは、マーガレットが持つことになったんだ」
「パウル、お前、持ってないか? 」
カルバンがパウルを見る。
「銀貨三枚しかないぜ」
「俺も、銀貨一枚しか……」
その時、皆の脳裏に浮かんだのは、あの路地から走ってきてぶつかった少年であった。
「もしかして、あの時の小僧が……! 」
「そうだ、そうに違いないぜ! 」
「まったく、油断ならねえ町だな」
「うわ~ん、皆、ごめんなさい! 」
泣き出すマーガレットを慰めるものの、三人は、ぼう然と、店の中に立ちつくしていた。
目的地であるトアフ・シティーに着いた途端の、ハプニングであった。
資金がなければ、旅も続けられない四人は、店主に事情を話し、食事代の足りない分の他、ある程度の資金が貯まるまでの間、店の手伝いをすることで、許しを得られたのだった。
それには、神官服姿のマーガレットの存在が大きかった。巫女であるということと、その礼儀正しい謝罪が、信用につながったのだ。
げっそりしながら、四人は、宿へ戻る。
「先に宿代を払っておいたのが、せめてもの救いだったな」
クラウスの言葉に、皆は無言で頷いた。
さっそく、宿屋の主人に、マリスとヴァルドリューズ、ケインの名前を尋ねた。
マリスは、流星軍の時の銀色の甲冑(今では、旅の途中でマリスが白い甲冑に作り替えてしまった)、または赤い東洋風の衣服を着た、一六歳の少女であり、ヴァルドリューズは、背の高い、東洋の男だが、西洋風の顔立ちで、碧い瞳をした、黒い長髪の魔道士、ケインは、背中に大きな剣を背負っている、と説明した。
それらは、ギルシュからの情報であった。
マリスたちは、偽名で宿泊した様子であったが、そのメンバーはインパクトがあり、幸いなことに、主人は覚えていた。
「そのお方たちは、確か、他にも、お仲間がいらしたよ。長い金髪のハンサムな傭兵と、ちょうどあんたみたいな、巫女さんもいたよ。黒くて長い髪をした、きれいな子だったなぁ」
「本当か、ご主人! 」
落ち込んでいた四人には、思いもよらない朗報だった。
やっと得られた目撃証言に、疲れも吹き飛ぶほど、四人は喜んだ。
旅に慣れていなかった彼らが、マリス一行と違い、多少出際が悪かったのは、致し方なかっただろう。
その夜、マーガレットは、碧く光る、ルーナ文字の刻まれた石を通じて、ギルシュに報告した。出発する時に、ギルシュからもらった石のペンダントである。魔力を使えば、交信出来る。
マーガレットは、祈るように両手を組み合わせ、ペンダントの石を握り、目を閉じて、精神を集中させた。
『そうでしたか。それは、さんざんでしたね』
ギルシュの念波が、マーガレットに届いた。
マーガレットは、溜め息をついた。
「大きなことを言って旅に出たのに、その私が、こんなマヌケな目に合うなんて……。ああ、ショックだわ。結局は、私が世間知らずだったのよね」
『そのくらいは、よくあることですよ。そんなに落ち込まないでください、マーガレットさん。マリス様の旅のメンバーがわかっただけでも、すごい収穫ではありませんか!
どうせ、マリス様たちは、ヴァルドリューズさんの空間移動術で、行動していると思われますから、急いでも仕方ないんです。それよりは、確かな情報を集めて、最短距離で向かうのです。
ですから、皆さんは、旅の資金が貯まるまで、トアフ・シティーにいらしてください。そこは、商人の出入りも多い。情報集めには、最適ですよ』
「そう言ってもらえて、救われたわ。わかったわ。皆にも、そのように伝えます」
マーガレットは念を送り終えると、ベッドに横たわり、毛布の中に、もぐり込んだ。
体力的にも精神的にも疲れていた彼女は、すぐに深い眠りへと入っていったのだった。