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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅱ 話 女王誕生【後編】
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犠牲と希望

 ギルシュは、焼け野原に立ち尽くしていた。


 黒焦げになった木々、くずれた石造りの建物の残骸。

 つい一日前に見た光景とは、変わり果てていた。


「……バルカス殿」


 呼びかけてみるが、何の応答もない。

 ここに着く前から、胸騒ぎがおさまらない。


「バルカス殿! 国王陛下! 」


 念で探るとともに、大声で呼びかけ続けた。


『……ギル……シュ……』


 微かな念をとらえ、その方向に向かい、精神を集中させた。


「……あそこか! 」


 ギルシュは、浮かんで移動し、焦げた木々をどけた。

 そこには、バルカスと思えるものの、無惨(むざん)な姿があった。


「バルカス殿! 」


 ボロボロのマントに身を包んだ、以前とは見分けもつかない程に、やせ細ってしまったバルカスを、ギルシュが抱え込んだ。


『……来たか、ギルシュ……』


「はい、俺はここです、バルカス殿。いったい何が……!? 」


『……お前が、今、抱いているのは、私の抜け殻だ。私の魂は、消滅しつつある……』


 ギルシュは、困惑した。


「な、何を言ってるんです? バルカス殿が、消滅だなんて……」


 だが、事実、バルカスの声は、彼の本体から聞こえていなかった。


 ギルシュの顔から、さあっと、血の気が引いていく。


「……まさか……! 」


『そうだ。あやつが……大公妃のヤミ魔道士が、ここへ来たのだ』


 バルカスを抱いたまま、ギルシュは、精神を研ぎ澄ませるが、他に魔道士らしきものや、国王の気配なども、感じることは出来なかった。


「それでは、国王陛下は……! 」


『陛下は、奴には、殺されていない』


「では、どちらに? 」


 バルカスの念は、一瞬途切れたが、返ってきた。


『……それは、あやつですら、わからなんだ』


「どういうことです? 」


『……陛下は、私の結界でお守りしていた。だが、相手の魔道士の力は、私を超えるものであった。……私が戦いに破れ、結界ももたなくなった頃、突如、驚くべきことが起こったのだ』


「驚くべきこと? 」


 ギルシュは、遠くなってきた念を、必死にたぐり寄せるように、精神を集中させた。


『……あのお方が、……陛下を、お連れしたに違いない……! あのヤミ魔道士ですら、追うことは出来なかった……! 』


「あのお方って、いったい誰のことです? 」


 ギルシュが強い口調で尋ねる。遠くなったり、近くなったりしながらも、バルカスの念が、やっとのことで、ギルシュに届く。


『……見ることは出来なかった。だが、強く、白い波動を感じた。……あれは、白魔法を極めた者に、相違ない……! そう、あれこそは、まさしく……! 』


「えっ、誰ですって? 」


『……ギルシュ、後を頼む。……陛下を、……マリス様を、一刻も早く、このベアトリクスに……』


 念は、一気に遠ざかった。

 ギルシュには、最後まで聞き取ることが出来なかった。


「……バルカス殿! バルカス殿! 」


 必死に呼び続けても、もうバルカスの念は感じられなかった。


「……そんな……、バルカス殿……! 」


 ギルシュの青い瞳からは、涙が(あふ)れ出した。


「いやです! ()かないでください! 俺ひとりで、どうやって……! 」


 ギルシュは、バルカスだったものを抱きしめて泣いた。


 間もなく、しゅううっと黒い煙に包まれたバルカスの遺体は、黒いマントの残骸だけを残し、消えていった。

 ギルシュは、その場に、泣き崩れた。




「そんなことが……」


 城に戻ったギルシュの報告に、セルフィスも胸を痛めた。


「マリスを探してくれそうな人たちも見付かったのに、大きな犠牲までが、出てしまったなんて……」


 ぼう然としているギルシュに、セルフィスは、それ以上の言葉はかけられず、ギルシュの肩に、そっと手を添えた。

 その時、ギルシュのマントの中から光るものに、目が留まった。


「その箱は、どうしたの? 」


 ギルシュの方は、セルフィスに言われて初めて、自分が、宝飾品をちりばめた箱を持っていたことに気が付いたようだった。


「……ああ、これは、確か、バルカス殿の遺体の下から、出て来たもので……」


 それさえも、記憶があいまいであるかのような、答え方だ。


 セルフィスは箱を受け取ると、灯りにかざしてみたり、周りをじっくり見るなどして、箱を調べていた。


「何か、結界のようなものが張ってあるね」


「……そうですか……」


 ギルシュは、上の空だった。

 セルフィスは、そんなギルシュを気の毒そうに見つめてから、箱をそのまま調べていたが、ふいに顔を上げた。


「……どうやら、これは、代々王家に伝わる聖杯みたいだよ」


「へっ!? 」


 放心していたギルシュも、一気に正気を取り戻した。


「これを持っていることは、この国の王である証なんだ。代々王家に伝わる聖剣と首飾りは、母が既に持っている。残りは、聖杯だけだった。それだけは、陛下が記憶を無くされてから、バルカスが守っていたんだ。戴冠式では、この聖杯で、新国王は祝杯を上げる。これは、間違いなく、マリスのお父様、ベアトリクス国王陛下のものだよ! 」


 ギルシュは、ただただセルフィスの顔を見つめていた。頭が混乱していて、まだ回転していないようだ。


 セルフィスが、てのひらを箱に向け、念じる。


「だめだ、開かないよ。きっと、僕じゃだめなんだ。何か、結界が張ってある。白魔法みたいだけど、おかしいなぁ。代々王家に伝わる宝にかける結界は、身内なら開けられるはずなんだ。僕だって、陛下の甥であって、血族のうちなんだから、聖杯の箱の結界程度は、本来なら、開けられないことはないんだけど……」


 セルフィスが、いくら結界を解こうと念じても、箱は、頑固に閉じたままだった。


 ギルシュは、はっとした。

 ようやく、彼本来の頭の働きが、甦ってきたようだった。


「国王陛下の結界であれば、公子様でも、エリザベス大公妃でも、開けることができる。公子様にも出来ないということは……! 」


 いきなり立ち上がったギルシュに、セルフィスは驚いた。


「ど、どうしたんだい? ギルシュ、突然……」


 ギルシュは、興奮を抑えながら、口を開いた。


「バルカス殿は、おっしゃった。よく聞き取れなかったが、陛下をお助けしたのは、まさしくマリス様の産みの母君、ジャンヌ様に違いない! 彼女が、箱に、結界をしかけたんだ……! 」


 目を見開くセルフィスに、ギルシュが改めて視線を向けた。


「公子様、彼女は生きていたんです。陛下は、ジャンヌ様に守られて、どこかにいらっしゃるに違いありません! それに、聖杯さえ、こちらが持っていれば、マリス様が戻られた時に、きっと役に立ちます。彼女の実の子であるマリス様であれば、この結界も解けるはずです! 」


 ギルシュの熱い言葉に、セルフィスの顔も、次第に紅潮していった。


「これで、やっと、希望の光が見えてきたね。頑張ろう、ギルシュ! 」

「公子様! 」


 二人は、固く手を取り合った。

 暗闇の空には、一筋の月の光が、分厚い雲の合間から、セルフィスの部屋の窓を照らしていた。




 国王の療養していたサリナエ領の城が、召使いの不始末によって、火事で全焼したと発表されたのは、間もなくであった。


 国王の遺体は見付からず、行方不明とされ、側付き魔道士バルカスのマントらしい切れ端は見付かった。


 国民のほとんどは、王の生還は有り得ないと、絶望した。


 同時に、国王の妹であるエリザベス大公妃が、ベアトリクス王国の女王に即位した。


 その際に必要な、代々伝わる王家の、聖杯を受け継ぐ儀式は、聖杯が、サリナエ城と共に燃え尽きたとされたため、省略された。

 冠も、国王の羽織るマントも、新調していた。

 すべての儀式は、ティアワナコ神殿の司祭が、執り行った。


 母親が女王となった息子セルフィスも、公子から王子へと位が改まり、その儀式も、合わせて行われた。


 女王の側付き魔道士は、本来ならば、宮廷魔道士の中から選ばれていたが、彼女が新たに雇った外国から来た、少し見映えのいい魔道士を指名したことで、さまざまな波紋を呼んだが、女王は、強引に、重臣たちの反対を押し切った。


 ヤミ魔道士ギールのことは、知られることはなかった。




 新女王の誕生は、国中で盛大に祝い、セルフィスもギルシュも、儀式や職務に追われ、人の目も多かったことから、なかなかティアワナコ神殿にいるマーガレットたちと、連絡が取れずにいるうちに、半年が過ぎた。


 それは、マリス王女が失踪してから、約一年半が経った頃に当たる。


 エリザベスの派遣した魔道士団が、帰国した。

 とうとう王女と接触することが出来たという報告が入り、女王と王子、国の重臣たちが集結した。


「して、ザビアン、マリス姫は、どうしたのです? 」


 興奮気味に、エリザベス女王が尋ねた。


 宮廷魔道士の長でもあるザビアンは、女王と王子の座る、赤い絨毯の惹かれた壇上から、下がったところでひざまずいた。


 女王の横には、セルフィスが、その後ろには、ギルシュが、ひっそりと立っている。 エリザベス側の後ろには、側付き魔道士である外国人がいた。

 絨毯の両側には、国の重臣たち、魔道士たちが、ずらりと並んでいる。

 ザビアン率いる魔道士団は、広間の下手(しもて)に立たされていた。


「申し上げます」


 ザビアンが、重々しく、口を開いた。


 女王もセルフィスもその場にいた重臣たちも、緊張する。


「我々魔道士団は、トアフ領主の治めるトアフ・シティーにて、マリス王女と接触することができました。姫と旅を続けているという噂の魔道士はおらず、ひとりの剣士と一緒でした」


 ざわざわと、重臣たちが顔を見合わせた。

 セルフィスとギルシュは、その男はダンではないだろうかと、考えた。


「魔道士ドロワ、そなたの情報では、マリス姫は、得体の知れない魔道士と二人で逃亡を続けているのでは、ありませんでしたか? 」


 女王は、厳しい口調で、重臣の向かい側に並んでいる魔道士のひとりを睨んだ。


「ごもっともでございます、女王陛下。それは、ヤミの魔道士たちの間でも知れ渡っているお話にございます。私の情報にいたっては、確かでございますよ」


 胸元に蒼い石を下げた、小柄でハチのような顔の男が、妙に、(うやうや)しく、女王にお辞儀をしてみせる。


 ひざまずいているザビアンが、じろっと、ドロワを見上げた。


「私の話をお疑いか、ドロワ殿。その時は、偶然おらなかっただけかも知れぬが、決して、私が、そやつの存在を見逃したわけでは、ございませぬぞ」


 ヤミ魔道士であるドロワと、正規の魔道士であるザビアンたち宮廷魔道士が、睨み合う。折り合いが悪いのは、一目瞭然だ。


「もうよい。ザビアン、そなたの報告の続きを聞きましょう」


 女王が、せかすような仕草で、ザビアンに言った。


「恐れながら、マリス王女は、寛大にも死刑にはしないという女王陛下のお言葉にも耳を貸さず、このベアトリクスへ戻る気はないと、おっしゃいました。その理由としては、世界の魔物を退治する旅を続け、多忙であるためと。元宮廷魔道士長ガグラ様を刺した件は、正当防衛だと。さらに、女王陛下に濡れ衣を着せられたようなことも言っておられましたが、旅の仲間である上級魔道士や、その剣士の青年と徒党を組み、この国へ復讐しに攻め込むなどということは、断じてないと誓われました。さらに、ご自分の王女という身分を放棄するという証明をされました」


 途端に、広間は、ざわめく声が充満した。

 セルフィスの表情が、わずかに強張(こわば)った。

 後ろに控えるギルシュは、特に表情は変わらない。


 その中で、女王の瞳は大きく見開かれ、口角が、にやりとつり上がっていく。


「して、そ、その証明とは……? 」


 より興奮を抑えて、女王はザビアンを(うなが)す。


 ザビアンは、ふところから巻き紙を取り出すと、女王に差し出した。

 ロウで封印された、リボンで巻いてあるその証書を、女王が開いていく。


「そちらが、本物だという証拠は? 」


 重臣のひとりが、声を上げた。


 ザビアンは、頭を低くして答えた。


「マリス王女ご本人のサインは、王室付き教師と、セルフィス王子殿下であれば、おわかりになると。そして、王子殿下の側付き魔道士であるギルシュならば、王女殿下の魔力の痕跡(こんせき)を、嗅ぎ取ることが出来るはずだと、おっしゃいました」


 再びざわめく人々を抑え、女王が、まずは王室付きの、マリスの家庭教師であった者数人に証書を渡した。彼らは、マリスの筆跡であることを認めた。


 その後で、セルフィスに証書が回った。

 セルフィスが、じっと筆跡を見つめた。


 ギルシュは、それを、注意深く見守る。その後は、彼が、鑑定する番である。


 広間の人々全員が、息を飲んで、王子の言葉を待った。

 王子は、証書から顔を上げると、真剣な面持ちで言った。


「僕も教師の方々と同じく、これは、間違いなく、マリス王女の筆跡だと思います」


 おおっと、人々のざわめきが大きくなった。

 女王は、安心したように、セルフィスに微笑む。


 セルフィスは、ギルシュに証書を回した。


 広間は、再び沈黙する。


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