エピローグ
タイスランの町の奥にそびえ立つ、巨大な二つ続きの山に、一行は立ち寄っていた。
巨大な魔獣がいるとの噂は、ケイン、マリス、カイル、クレアの四人が、ドラゴンの谷を目指していた時から、耳にしていた。
マリスは、コキコキと首を鳴らすと、腰に手を当て、ヴァルドリューズを振り返った。
「コンビ復活ね。サンダガー呼び出すのは、久しぶりだわ。コントロールする感覚、ちゃんと覚えてるかしら」
自問自答するマリスに、「おいおい、大丈夫かよ」と、カイルが顔をしかめた。
「それじゃあ、いくわよー!」
マリスが拳を振り上げるのを合図に、ヴァルドリューズが呪文を唱えた。
どの国の言葉とも違う言語である。
マリスの身体を白い煙が包み込むと、ヴァルドリューズの三角形を形作った指の間から、金色の光線が、マリスに向けて発射された。
金色に輝く、マリスを包んだ光は強く光ると、みるみる大きくなっていき、山に生い茂る木々と同じくらいにまでなった。
風は勢いよく舞い、山の木々が、ぎしぎしと音を立てた。
金色の光が、形を成していく。
全身が黄金色の鎧に変化していき、太く長い尾が生える。
てっぺんには金色の枠の兜と、輝かしい長い金髪、白く美しい男の顔が現れるが、目も口も吊り上がり、どことなく邪悪な印象を与える。
全身鎧の巨人が、両手を腰に持って行くと、口を開いた。
「はーっはっはっは! 久々のご登場だぜ! 俺様が、ゴールド・メタル・ビーストの化身、雷獣神サンダガー様だーっ!」
サンダガーの声は、明け方の空に、響き渡った。
その足元からは離れたところに、ケイン、カイル、クレア、ラン・ファ、彼女の肩に止まるミュミュ、ヴァルドリューズが、サンダガーを見上げている。
「あれが、ゴールダヌスの編み出した『獣神の召喚』……!」
ラン・ファが大きく見開いた瞳で、思わず呟いた。そのとてつもない魔力を感じ取った彼女は、身動きさえも出来ずにいた。
「久しぶりに、一暴れしてやるとするか! ……おや?」
サンダガーは、辺りをキョロキョロと見回した。
「今日の獲物は、どうした? なんにもいやしないじゃねえか」
『そうよ。今日は、この山にある異次元の通路、つまり次元の穴をふさぐだけよ』
どこからともなく、マリスの声が、それに答える。
「それだけか? ふん、つまらねえ!」
獣神は腕を組むと、非常に不機嫌な顔になった。
『次元の穴の場所は、さっきヴァルが調べておいたわ。魔物が寝静まっている今のうちに、さっさと潰してきて』
「なんだよ、せっかく出て来てやったのに、俺様の獲物はないのかよ? てめえら、この俺様を、いったいどこの誰だと思ってる? カミサマをバカにしやがって!」
サンダガーは、完全に機嫌を損ねていた。
『だって、魔獣を相手にしたら、あんたが調子に乗って、山ひとつ破壊し兼ねないじゃないの。被害を最小限に抑えるには、仕方ないでしょ。特に、この町では、ハッカイさんたちにお世話になったんだから、ちょっとでも、その人たちを巻き込むようなことは、したくないの』
「へん! やなこった!」
マリスの声には従わず、サンダガーはむくれたまま、その場を動こうとしない。
『どうしても言うこと聞かないんなら、もういいわ。あんたを引っ込めて、代わりに、ケインにやってもらうから』
ぴくっと、サンダガーの目が引きつった。
「……仕方ねえなぁ」
しぶしぶ組んでいた腕をほどくと、獣神の身体は、いきなり縮み始めた。
『ちょっと、なにするのよっ!』
「うるせえなあ。たかが穴ひとつぶっ潰すのに、巨大化するは必要ねえ。このサイズで充分だぜ」
サンダガーは、普通の人間と同じくらいの大きさになると、マリスの仲間たちに近付いていくと、まずは、ヴァルドリューズの隣にいるクレアに、目を留めた。
「お? よう、巫女のねえちゃんじゃねぇか。おめえ、白魔法上達したなぁ。あのなんにも出来なかった、おじょーちゃんがよぉ! 感心してやるぜ! はっはっはっはーっ!」
サンダガーは、ゲラゲラ笑った。
褒められた気のしないクレアは、「下品な人!」とでも言いたげな目で見ていた。
そして、カイルを素通りして、次に目を留めたのは、ラン・ファであった。
「おお! 『黒鷹』のねえちゃんじゃねぇか!」
サンダガーは、ラン・ファを、守護神の名前で呼んでいた。
「あんたの活躍は、ベアトリクス時代から、よーく見てたぜ! 人間にしとくには、もったいねぇな。あんた、俺のオンナにならないか?」
片目をつぶって、サンダガーがにやりと笑った。
ラン・ファを含めた、ヴァルドリューズ以外の一行は、拍子抜けして、足をすべらせた。
『ちょっとー! なに口説いてんのよー! あんた、神でしょーが! さっさと仕事しなさいよっ!』
マリスの声が響く。
「うるせえなぁ。俺様の茶目っ気が、わからねぇのか? ……おお、貴様は、ジャスティニアスんとこの小僧!」
サンダガーが、ケインの目の前に、やってきた。
「おめえ、剣をなくしてたよな? ひゃひゃひゃ! いい気味だぜ、ジャスティニアスの野郎、アセッてんだろーな!」
腹を抱えて笑いこけるサンダガーに、ケインは不思議そうな顔をした。
「なくしたのは、魔物斬りの剣『バスター・ブレード』であって、ジャスティニアスの剣『ドラゴン・マスター・ソード』なら、ここにあるけど」
サンダガーは、ぴたっと笑うのをやめると、面白くなさそうに舌打ちしてから、ヴァルドリューズの方に向いた。
「で、その次元の穴ってのは、どこにあるんだよ?」
やっと本来の仕事に戻ってくれるかと、一同、ほっと胸をなで下ろしている。
「こちらだ」
ヴァルドリューズの後ろに、サンダガーが続いて行く。
空は薄明るい程度であったが、森の中は夜のように暗い。
木々を押し分け、進んで行くと、ぽっかりと黒い大きな穴ーーそれは、洞穴ではなく、そこだけが真っ黒な空間であった。
「ここか。よーし!」
サンダガーは、得意そうな顔になると、両手を黒い空間に向かって、かかげた。
そのてのひらには、金色の光が、方々から集まり、球のようになると、みるみる巨大になっていった。
光の球が大きくなるにつれ、サンダガーの周囲に湧き起こった風が、勢いを増していく。
前日に、ヴァルドリューズがロボットに放った光の球とは、威力が違うのが、一行にもわかる。
「すごいエネルギーだわ!」
乱れた髪を押さえながら、クレアが皆に忠告し、両手を前方に向け、防御結界を張った。
ヴァルドリューズとカイルが、その中にいた。
ヴァルドリューズは、クレアを見た。自分のいなかった間に、彼女の腕は明らかに上がっている。
「ラン・ファさんも、はやく、クレアの結界の中に!」
ケインが近くにいたラン・ファを振り向くと同時に、緑色の薄い膜が、二人を取り囲んだ。
「防御結界!? ……そうか、ラン・ファさんは、魔法が使えたんでしたね」
片方のてのひらを、風上に向けたラン・ファが、ケインに微笑んだ。
首には、青い石のネックレスがある。そのひとつひとつに、まじないの言葉が彫られていて、文字が光り、浮き出しているように見える。
魔力を増強するネックレスだと、ケインにもわかった。
風は、びゅうびゅうと、ますます強く吹きすさぶ。
サンダガーの光の球は、とうとう直径が人の背丈ほどにまで大きくなっていた。
「それじゃあ、いくぜーっ!」
わくわくした顔で、サンダガーが、光の球を放った。
ピシャァァァァァーーーーンッ!
ガラガラガラガラ……!
ドガアアアアアアアン!!
轟音が、辺りに鳴り響いた。結界に護られていなければ、人の鼓膜は耐えられなかっただろう。
もくもくと立ち込めていた煙が、風に流されていくと、黒い空間のあったところを中心に、木々はなくなり、草一本も生えてはおらず、焼け焦げた、はだかの地面が、剥き出しになっているだけであった。
「う~ん、いつ見ても、びゅーてぃほー!」
その景色に、サンダガーは、ひとり悦に入っている。
「なんて、凄まじい力なの……!」
初めて見たラン・ファが、思わず呟いた。
ケインも皆も、サンダガーの力が、人間サイズであっても、凄まじい威力であることを、久しぶりに感じていた。
そして、腕を組み、満足げにうなずいていた彼を、急激に、頭痛が襲う。
「うぎゃーっ! なにすんだ、やめろーっ!」
突然、頭を抱え、しゃがみ込むサンダガーを、不可解な思いで見つめているのは、ラン・ファのみで、他のメンバーには、既に見慣れた光景である。
サンダガーの足元から、しゅうしゅうと、白い煙がたちこめた。
「いやだー! 俺様は、もっと遊ぶんだーっ!」
喚き散らす獣神の姿は、むなしく消えていき、代わりにマリスが、姿を現した。
「ふうっ。今回は、なんとか被害は最小限に、食い止められたみたいね」
満足げに、マリスは、額を拭って、言った。
結界を解くと、クレアが、マリスに駆け出した。
「お疲れ様、マリス!」
マリスも、クレアに、にっこり笑った。
「それでは、気を取り直して、妖精の国へ出発よ」
マリスが、皆を見回して、そう言った時だった。
「待ってよぉー!」
どこからともなく、聞き覚えのある声が、聞こえてくると、黒い宝石のような石が、空中を、ふわぁ~っと、浮かんで、近付いて来た。
その石は、マリスの側まで来ると、ぽんっと破裂したかのように、煙を出し、人の姿を象っていく。
やがて、黒い肌に、黒い衣を着た、先が三角に尖った尾を生やしている者となった。
サファイアとエメラルドのようなヘテロクロミア、くりんくりんとカールした黒い髪に、腰には、二匹のヘビが巻き付いている。
ヴァルドリューズが、ミュミュを助けに行く際に、空間に閉じ込めておいた、魔界の王子だった。
「ジュニア……?」
マリスが、顔を歪めて言った。
「うわ~ん、なんだよ、そのイヤそうなカオはーっ!」
魔界の王子通称『ジュニア』は、マリスや皆に向かって、泣きわめいた。
「ヴァルのにいちゃんたら、ひどいぜーっ! 俺を空間にしまったまま、すっかり忘れてただろー? 俺様の家臣が見つけ出してくれなかったら、こうして、ここに来ることさえ、できなかったんだぜ。俺のような無害な魔族に、なんてひどいことするんだー!」
それには、ヴァルドリューズは、ごまかすような、素知らぬ顔をしているのみである。
王子は、ひしっと、マリスに抱きついた。
「マリーちゃん、俺のこと、忘れてないよねーっ!?」
「ひっ! なにすんのよーっ!」
マリスはジュニアを振り払って、投げ飛ばした。
「ひどい!」と誰もが思ったが、今に始まったことではないので、特に誰も何も言わなかった。
「ああっ、相変わらず、なんて冷たいんだ! でも、そんなとこが好きさっ!」
ジュニアは、フッと笑うと、乱れた髪を直し、マリスの後ろで、満足そうな笑みを浮かべていたのだった。
「ヤツは、どMだった」と、ケインとカイルは思い出し、顔を見合わせて納得したようにうなずいた。
「まったく、最後になって、余計なヤツが出て来ちゃったけど、気を取り直して、出発しましょ!」
マリスが、いつの間にか、後ろの方に立っていた吟遊詩人を見つけた。
「それじゃあ、まずは、妖精界とつながってる樹海に向かうよ」
表情のない顔でそう言った吟遊詩人は、皆を自分に近寄らせ、全員、そこから姿を消した。
明け方の山は、何事もなかったように、朝日が差し込み、次元の穴のあった、焦げた地面を、照らしていった。




