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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅶ 話 科学と魔道
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エピローグ

 タイスランの町の奥にそびえ立つ、巨大な二つ続きの山に、一行は立ち寄っていた。

 巨大な魔獣がいるとの噂は、ケイン、マリス、カイル、クレアの四人が、ドラゴンの谷を目指していた時から、耳にしていた。

 マリスは、コキコキと首を鳴らすと、腰に手を当て、ヴァルドリューズを振り返った。


「コンビ復活ね。サンダガー呼び出すのは、久しぶりだわ。コントロールする感覚、ちゃんと覚えてるかしら」


 自問自答するマリスに、「おいおい、大丈夫かよ」と、カイルが顔をしかめた。


「それじゃあ、いくわよー!」


 マリスが拳を振り上げるのを合図に、ヴァルドリューズが呪文を唱えた。

 どの国の言葉とも違う言語である。


 マリスの身体を白い煙が包み込むと、ヴァルドリューズの三角形を形作った指の間から、金色の光線が、マリスに向けて発射された。

 金色に輝く、マリスを包んだ光は強く光ると、みるみる大きくなっていき、山に生い茂る木々と同じくらいにまでなった。


 風は勢いよく舞い、山の木々が、ぎしぎしと音を立てた。

 金色の光が、形を成していく。


 全身が黄金色の鎧に変化していき、太く長い尾が生える。

 てっぺんには金色の枠の兜と、輝かしい長い金髪(ブロンド)、白く美しい男の顔が現れるが、目も口も吊り上がり、どことなく邪悪な印象を与える。

 全身鎧の巨人が、両手を腰に持って行くと、口を開いた。


「はーっはっはっは! 久々のご登場だぜ! 俺様が、ゴールド・メタル・ビーストの化身、雷獣神サンダガー様だーっ!」


 サンダガーの声は、明け方の空に、響き渡った。


 その足元からは離れたところに、ケイン、カイル、クレア、ラン・ファ、彼女の肩に止まるミュミュ、ヴァルドリューズが、サンダガーを見上げている。


「あれが、ゴールダヌスの編み出した『獣神の召喚』……!」


 ラン・ファが大きく見開いた瞳で、思わず呟いた。そのとてつもない魔力を感じ取った彼女は、身動きさえも出来ずにいた。


「久しぶりに、一暴れしてやるとするか! ……おや?」


 サンダガーは、辺りをキョロキョロと見回した。


「今日の獲物は、どうした? なんにもいやしないじゃねえか」


『そうよ。今日は、この山にある異次元の通路、つまり次元の穴をふさぐだけよ』


 どこからともなく、マリスの声が、それに答える。


「それだけか? ふん、つまらねえ!」


 獣神は腕を組むと、非常に不機嫌な顔になった。


『次元の穴の場所は、さっきヴァルが調べておいたわ。魔物が寝静まっている今のうちに、さっさと潰してきて』


「なんだよ、せっかく出て来てやったのに、俺様の獲物はないのかよ? てめえら、この俺様を、いったいどこの誰だと思ってる? カミサマをバカにしやがって!」


 サンダガーは、完全に機嫌を損ねていた。


『だって、魔獣を相手にしたら、あんたが調子に乗って、山ひとつ破壊し兼ねないじゃないの。被害を最小限に抑えるには、仕方ないでしょ。特に、この町では、ハッカイさんたちにお世話になったんだから、ちょっとでも、その人たちを巻き込むようなことは、したくないの』


「へん! やなこった!」


 マリスの声には従わず、サンダガーはむくれたまま、その場を動こうとしない。


『どうしても言うこと聞かないんなら、もういいわ。あんたを引っ込めて、代わりに、ケインにやってもらうから』


 ぴくっと、サンダガーの目が引きつった。


「……仕方ねえなぁ」


 しぶしぶ組んでいた腕をほどくと、獣神の身体は、いきなり縮み始めた。


『ちょっと、なにするのよっ!』


「うるせえなあ。たかが穴ひとつぶっ潰すのに、巨大化するは必要ねえ。このサイズで充分だぜ」


 サンダガーは、普通の人間と同じくらいの大きさになると、マリスの仲間たちに近付いていくと、まずは、ヴァルドリューズの隣にいるクレアに、目を留めた。


「お? よう、巫女のねえちゃんじゃねぇか。おめえ、白魔法上達したなぁ。あのなんにも出来なかった、おじょーちゃんがよぉ! 感心してやるぜ! はっはっはっはーっ!」


 サンダガーは、ゲラゲラ笑った。

 褒められた気のしないクレアは、「下品な人!」とでも言いたげな目で見ていた。


 そして、カイルを素通りして、次に目を留めたのは、ラン・ファであった。


「おお! 『黒鷹』のねえちゃんじゃねぇか!」


 サンダガーは、ラン・ファを、守護神の名前で呼んでいた。


「あんたの活躍は、ベアトリクス時代から、よーく見てたぜ! 人間にしとくには、もったいねぇな。あんた、俺のオンナにならないか?」


 片目をつぶって、サンダガーがにやりと笑った。


 ラン・ファを含めた、ヴァルドリューズ以外の一行は、拍子抜けして、足をすべらせた。


『ちょっとー! なに口説いてんのよー! あんた、神でしょーが! さっさと仕事しなさいよっ!』


 マリスの声が響く。


「うるせえなぁ。俺様の茶目っ気が、わからねぇのか? ……おお、貴様は、ジャスティニアスんとこの小僧!」


 サンダガーが、ケインの目の前に、やってきた。


「おめえ、剣をなくしてたよな? ひゃひゃひゃ! いい気味だぜ、ジャスティニアスの野郎、アセッてんだろーな!」


 腹を抱えて笑いこけるサンダガーに、ケインは不思議そうな顔をした。


「なくしたのは、魔物斬りの剣『バスター・ブレード』であって、ジャスティニアスの剣『ドラゴン・マスター・ソード』なら、ここにあるけど」


 サンダガーは、ぴたっと笑うのをやめると、面白くなさそうに舌打ちしてから、ヴァルドリューズの方に向いた。


「で、その次元の穴ってのは、どこにあるんだよ?」


 やっと本来の仕事に戻ってくれるかと、一同、ほっと胸をなで下ろしている。


「こちらだ」


 ヴァルドリューズの後ろに、サンダガーが続いて行く。


 空は薄明るい程度であったが、森の中は夜のように暗い。

 木々を押し分け、進んで行くと、ぽっかりと黒い大きな穴ーーそれは、洞穴ではなく、そこだけが真っ黒な空間であった。


「ここか。よーし!」


 サンダガーは、得意そうな顔になると、両手を黒い空間に向かって、かかげた。


 そのてのひらには、金色の光が、方々から集まり、球のようになると、みるみる巨大になっていった。


 光の球が大きくなるにつれ、サンダガーの周囲に湧き起こった風が、勢いを増していく。

 前日に、ヴァルドリューズがロボットに放った光の球とは、威力が違うのが、一行にもわかる。


「すごいエネルギーだわ!」


 乱れた髪を押さえながら、クレアが皆に忠告し、両手を前方に向け、防御結界を張った。

 ヴァルドリューズとカイルが、その中にいた。


 ヴァルドリューズは、クレアを見た。自分のいなかった間に、彼女の腕は明らかに上がっている。


「ラン・ファさんも、はやく、クレアの結界の中に!」


 ケインが近くにいたラン・ファを振り向くと同時に、緑色の薄い膜が、二人を取り囲んだ。


「防御結界!? ……そうか、ラン・ファさんは、魔法が使えたんでしたね」


 片方のてのひらを、風上に向けたラン・ファが、ケインに微笑んだ。


 首には、青い石のネックレスがある。そのひとつひとつに、まじないの言葉が彫られていて、文字が光り、浮き出しているように見える。

 魔力を増強するネックレスだと、ケインにもわかった。


 風は、びゅうびゅうと、ますます強く吹きすさぶ。

 サンダガーの光の球は、とうとう直径が人の背丈ほどにまで大きくなっていた。


「それじゃあ、いくぜーっ!」


 わくわくした顔で、サンダガーが、光の球を放った。


 ピシャァァァァァーーーーンッ!

 ガラガラガラガラ……!

 ドガアアアアアアアン!!


 轟音が、辺りに鳴り響いた。結界に護られていなければ、人の鼓膜は耐えられなかっただろう。


 もくもくと立ち込めていた煙が、風に流されていくと、黒い空間のあったところを中心に、木々はなくなり、草一本も生えてはおらず、焼け焦げた、はだかの地面が、剥き出しになっているだけであった。


「う~ん、いつ見ても、びゅーてぃほー!」


 その景色に、サンダガーは、ひとり悦に入っている。


「なんて、凄まじい力なの……!」


 初めて見たラン・ファが、思わず呟いた。


 ケインも皆も、サンダガーの力が、人間サイズであっても、凄まじい威力であることを、久しぶりに感じていた。


 そして、腕を組み、満足げにうなずいていた彼を、急激に、頭痛が襲う。


「うぎゃーっ! なにすんだ、やめろーっ!」


 突然、頭を抱え、しゃがみ込むサンダガーを、不可解な思いで見つめているのは、ラン・ファのみで、他のメンバーには、既に見慣れた光景である。

 サンダガーの足元から、しゅうしゅうと、白い煙がたちこめた。


「いやだー! 俺様は、もっと遊ぶんだーっ!」


 喚き散らす獣神の姿は、むなしく消えていき、代わりにマリスが、姿を現した。


「ふうっ。今回は、なんとか被害は最小限に、食い止められたみたいね」


 満足げに、マリスは、額を拭って、言った。

 結界を解くと、クレアが、マリスに駆け出した。


「お疲れ様、マリス!」


 マリスも、クレアに、にっこり笑った。


「それでは、気を取り直して、妖精の国へ出発よ」


 マリスが、皆を見回して、そう言った時だった。


「待ってよぉー!」


 どこからともなく、聞き覚えのある声が、聞こえてくると、黒い宝石のような石が、空中を、ふわぁ~っと、浮かんで、近付いて来た。

 その石は、マリスの側まで来ると、ぽんっと破裂したかのように、煙を出し、人の姿を象っていく。


 やがて、黒い肌に、黒い衣を着た、先が三角に尖った尾を生やしている者となった。

 サファイアとエメラルドのようなヘテロクロミア、くりんくりんとカールした黒い髪に、腰には、二匹のヘビが巻き付いている。


 ヴァルドリューズが、ミュミュを助けに行く際に、空間に閉じ込めておいた、魔界の王子だった。


「ジュニア……?」


 マリスが、顔を歪めて言った。


「うわ~ん、なんだよ、そのイヤそうなカオはーっ!」


 魔界の王子通称『ジュニア』は、マリスや皆に向かって、泣きわめいた。


「ヴァルのにいちゃんたら、ひどいぜーっ! 俺を空間にしまったまま、すっかり忘れてただろー? 俺様の家臣が見つけ出してくれなかったら、こうして、ここに来ることさえ、できなかったんだぜ。俺のような無害な魔族に、なんてひどいことするんだー!」


 それには、ヴァルドリューズは、ごまかすような、素知らぬ顔をしているのみである。


 王子は、ひしっと、マリスに抱きついた。


「マリーちゃん、俺のこと、忘れてないよねーっ!?」


「ひっ! なにすんのよーっ!」


 マリスはジュニアを振り払って、投げ飛ばした。


 「ひどい!」と誰もが思ったが、今に始まったことではないので、特に誰も何も言わなかった。


「ああっ、相変わらず、なんて冷たいんだ! でも、そんなとこが好きさっ!」


 ジュニアは、フッと笑うと、乱れた髪を直し、マリスの後ろで、満足そうな笑みを浮かべていたのだった。


 「ヤツは、どMだった」と、ケインとカイルは思い出し、顔を見合わせて納得したようにうなずいた。


「まったく、最後になって、余計なヤツが出て来ちゃったけど、気を取り直して、出発しましょ!」


 マリスが、いつの間にか、後ろの方に立っていた吟遊詩人を見つけた。


「それじゃあ、まずは、妖精界とつながってる樹海に向かうよ」


 表情のない顔でそう言った吟遊詩人は、皆を自分に近寄らせ、全員、そこから姿を消した。


 明け方の山は、何事もなかったように、朝日が差し込み、次元の穴のあった、焦げた地面を、照らしていった。


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