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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅰ 話 女王誕生【前編】
2/23

王子と側付き魔道士

大国唯一の希望


王を目指す若者


科学の未来


魔道の未来


光を求め、動き出す



ーー吟遊詩人の予言より



プロローグ



 約一年前、先進国として、最も名高いベアトリクス王国では、国王が不慮の事故で記憶をなくし、職務から離れ、療養すると共に、一人娘である第一王女も失踪してしまう事件が起きた。


 以来、国王の妹であるエリザベス大公妃に政権は委ねられ、国王代行という、事実上、ベアトリクス女王として、君臨して間もない頃であった。


 第一王女が謀反を企み、当時の宮廷魔道士の長を刺し、大公妃をも傷付け、逃走したとのエリザベスの証言により、ベアトリクスでは、第一王女のマリスを謀反人として、各諸国にも見付け次第、生け捕りにするようふれを出し、行方を血眼になって探していた。


 王女マリスと許嫁(いいなずけ)であった大公妃の息子セルフィスは、国の第一王子として、後に王になるための教育も受けていた。


 彼は、表向きは母親に賛同し、マリスとの婚約も、既に破棄している。

 話は、そこから始まる。




   Ⅰ.『女王誕生【前編】』(1)王子と側付き魔道士



 マリスが失踪して間もなく、エリザベスは、マリスが王女だと発覚する以前に預けられていた先であるミラー伯爵を始め、少しでも、彼女と(ゆかり)のあった人物を、次々と投獄していった。

 その必要以上に神経質な行動に、家臣たちは不審に思うところもあったが、義理の娘になろうという者に刺されたショックから来ているのだろうと理解し、沈黙を守っていた。


 エリザベスは、マリスの侍女ソルボンヌにも目を付けたが、その前に、セルフィスの部下である魔道士が、彼女を(かくま)ったため、投獄を免れた。


 城から離れた、とある湖の森に、彼女と、その魔道士の姿があった。

 魔道士の黒いマントに、色の白い、そばかすのある、まだ若い娘は、しっかりと包まっていた。


「もう目を開けても大丈夫ですよ」


 魔道士にしては明るく、抑揚のある声であった。


 ソルボンヌは、うっすら目を開け、魔道士の顔を見上げる。灰色の髪をした青年の、細く、青い瞳が、やさしく彼女に微笑んだ。


「……ギルシュさん、ここは、いったい……? 」


 ソルボンヌは、城の中から一変した、見たこともない森へ、連れてこられ、辺りを見回していた。


「ここは、あなたのご主人様が、よく足を運んでおられたところです。私が結界を張っておりますから、宮廷魔道士でさえ、ここに来ることはありません。安心してください」


 魔道士の明るい声に、ソルボンヌは、ホッとした。


「あの、どうして、わたくしを……? 」


 ギルシュは、彼女から手を放すと、真顔になった。


「大公妃殿下から、あなたを守るためです。これは、セルフィス様のご命令でもあるのです」


「セルフィス様が? 」


 ソルボンヌは、わけがわからなそうに、ギルシュを見上げていた。


「大公妃殿下は、まるで、失踪したマリス様にかかわる者は、すべて投獄してしまいたいかのようです。その前に、あなたを逃がそうと、セルフィス様はお考えなのです」


 ソルボンヌの瞳が、大きく見開いた。


「……そ、それでは、セルフィス様は……」


「公子様は、ご自分の許嫁であった王女殿下の侍女であるあなたを、なんとか守ろうと、私にご命令下さったのです。公子様は、一見大公妃に賛成ですが、心の中では、マリス様を助けたいと、お思いになっていらっしゃいます」


 ソルボンヌは笑顔になっていき、その瞳は、潤んでいった。


「良かった、公子様は、まだマリス様のことを……! 」


 ギルシュは、うつむいて涙を拭っている彼女に、微笑んだ。


「今のうちに、送って差し上げますから、もう一度、私につかまってください」


「わたくしに、どこへ行けと? 」


「あなたの故郷です。あなたのご婚約者のもとへ」


 ソルボンヌは、口に手を当て、またしても、大きな目で、彼を見つめた。


「もうベアトリクスにいてはなりません。これからのこの国は、今までとは一変してしまうことでしょう。それも、近いうちに。あなたは、好きな方とご結婚し、幸せに暮らしてください。牢獄になど、ぶち込まれては、どこか遠くにいらっしゃるマリス様も悲しみます。私がお送りしますから、どうか、その方と別の国へ、お逃げなさい」


「そこまで、わたくしのことを……」


 涙があふれる彼女の瞳を、ギルシュは一度見つめると、腕を差し出した。


「急ぎましょう。どうぞ、つかまってください」


 ソルボンヌが彼の腕に、そっとつかまると、次の瞬間、二人の姿は、消えていた。


 彼女の故郷へ、一瞬で着いた二人は、婚約者に事情を話し、支度をすませると、二人をギルシュが国境まで運んだ。


「本当にありがとう、ギルシュさん。わたくしなどのために……セルフィス様にも、なんてお礼を申し上げて良いやら」


 涙腺が緩みっぱなしのソルボンヌは、ハンカチを手に、ギルシュに頭を下げる。その彼女の肩を、婚約者である青年が、やさしく抱いている。


 ギルシュは、にっこり笑った。


「お幸せに、ソルボンヌさん。もしも、すべてが無事終わって、マリス様が戻られたら、こっそりマリス様をお連れしますよ。彼女も、あなたにお会いしたいでしょうから」


 ソルボンヌが、ギルシュを見上げて、にこにこと笑った。


「ギルシュさん、あなた、マリス様のことが、お好きだったんでしょう? 」


「はっ!? 」


 突然の、予期せぬ言動に、ギルシュは、思わずたじろいだ。


 ソルボンヌは、くすくすと、余計に笑い出した。


「あなたは、魔道士の割には、顔に出ますから。なんとなく、わかっていました」


 困ったように、ギルシュの顔が紅潮していく。


「だから、わたくしは、あなたを信頼していたのですわ。セルフィス様のことは、……こう言ってはなんですが、大公妃殿下の味方なのか、マリス様の味方なのか、いまいちわからないところがありましたけれど、あなたは、マリス様の味方だと、はっきり感じられましたもの」


 ギルシュの心の中は、かなり動揺していた。


(用心していたつもりだったのに、これでは、他の宮廷魔道士たちにも、セルフィス様にだって、バレてたかも知れない……! )


 その心を見透かしたように、ソルボンヌが、またもや微笑んだ。


「安心してください。マリス様のお側にいたわたくしにしか、わからなかったことと思います。女の勘とも言うべきでしょうか。マリス様のことも、あなたのことも、よく存じているわたくしだからこそ、気が付いたのですわ」


 ギルシュは焦りを隠し切れなかったが、ソルボンヌに感心していた。


(女の勘ってヤツですか。侮ってはならないものだと、よーくわかりましたよ)


 ソルボンヌが、まだうっすら赤いギルシュの顔を見上げて言った。


「マリス様をお願いします。あの方は、謀反など企てるようなお方ではありませんわ。なんとか、無実をはらして差し上げてください」


「わかっています。……それでは、ソルボンヌさん、お幸せに」


 名残惜しそうにギルシュを見つめるソルボンヌは、婚約者とともに、歩き始めた。

 それを見守るギルシュは、二人が無事に国境を越えたところを見届けると、安心して姿を消した。




 それから、しばらく経った頃であった。

 大公妃は、相変わらずマリスの行方がつかめないことに(ごう)を煮やし、マリス探索のため、騎士団と魔道士団を結成し、その行方を、なんとかして突き止めようとしていた。


 当時、マリスは王女ながらにして剣の腕が冴え、いくさで業績を上げ、騎士達からは、勝利の女神とまでうたわれていた。その彼女の戦力と、騎士たちの士気の高まりようを覚えていた大公妃は、彼女が、逃亡先で軍を集め、復讐(ふくしゅう)のために、ベアトリクスへと乗り込んで来ることを、一番に恐れていたのだった。


 大公妃は、武術の知識はあまりなかったが、魔道に関しては、非情に興味を持っていたため、魔道士の部隊には、力を注いでいた。それにより、傭兵を雇うよりも、魔道士を、他国からも募っていた。


 これには感心しない国王派の重臣たちが、異を唱えると、これまた投獄していった。


 もともと絶対王制でもあったが、平和であったこの国の均衡が、少しずつ崩れていくのではないかと、国民の中にも不安が見え始めていたが、投獄を恐れるせいで、口は閉ざされていた。


 ますます大公妃は、国民から恐れられていった。


 大公の息子セルフィスは、ギルシュを使い、国民の意識を調査したり、重臣たちの中でも話のわかりそうな者を見定めていったりと、母には悟られずに動いていた。


「セルフィス様、お薬のお時間です」


 側付き魔道士ギルシュが、トレーに、水と薬を乗せ、公子に差し出す。


「ああ、もうそんな時間だった? 」


 夜着(よぎ)に身を包んだ、柔らかい金髪がふわりと肩に下りた、品の良い青年が、書き物の手を留め、振り返る。


 (たくま)しい男性像とは相反する、しなやかな体型で、白く整った顔立ちの中にある、ペリドットのようなやさしげな瞳が、ほころんで、ギルシュに向けられた。


「公子様、少しお休みになられては、いかがです? 」


 ギルシュが心配そうに、セルフィスの顔を覗き込む。


「またそんな心配そうな顔をして。僕なら、大丈夫だってば」


 セルフィスが微笑むが、力はなかった。


「ご無理をなさってはいけません。最近、お身体の調子が、あまりよろしくないのですから」


「そのことなんだけど……」


 セルフィスの緑色の瞳が、陰った。

 ギルシュは、さらに心配そうに、彼を見る。


「幼い頃もそうだった。僕が調子が悪いのは病気ではなく、……高い魔力を、維持(いじ)出来なくなったことなんじゃないかって」


 ギルシュは、黙ってセルフィスを見つめる。


「それにね、最近、変な夢をよく見るんだ。黒い大きな魔物が、僕を包み込んで、連れ去ってしまうという、幼い頃見たものと、よく似た夢を」


 その時、ギルシュが、さっと窓の外を見た。

 黒い爬虫類型の影が、こそこそっと、逃げていく。


「また蒼い大魔道士の使い魔ですか」


 ギルシュは、舌打ちした。


「私が見たところによりますと、確かに、公子様の魔力は、以前よりも増しているようですが、お加減が悪いのは、最近のご多忙な生活により、体力が弱まっているせいもあると思います。お身体の調子さえ戻れば、また魔力をコントロールすることができ、お加減の方も戻られることでしょう」


「……そうだね」


「ですから、よくお休みになってください。お仕事は、明日でもまだ間に合います」


「わかったよ。きみの言うことを聞くよ」


 セルフィスは、ギルシュから薬を受け取ると、水で、口の中に流し込んだ。

 ギルシュに促されるままに、寝室のベッドに入る。


「……懐かしいな……」


 灯りを消そうとする手を止め、ギルシュは、セルフィスを振り返った。


「具合が悪くなってから、余計にマリスのことを思い出すんだ。幼い頃、寝てばかりいた僕のところへ、マリスと、ダンが、よくこっそり遊びに来てくれて、僕を楽しませてくれた」


 公子は、懐かしそうな目で、語り続ける。


「僕が、自分の魔力をコントロールすることも知らずに、魔物に取り憑かれてしまった時、助けてくれたのがマリスと、その師であったコウ・ラン・ファ子爵だったんだよ。ラン・ファさんは、今はもう解散してしまったけど、国王陛下が結成した魔道騎士団『黒鷹団』の将軍で、東方の珍しい武術を、マリスに伝授していたんだ。いかにも東洋の神秘的な、美しい(ひと)だったんだよ」


 セルフィスは、にこりと、弱々しくギルシュに微笑んでから、天井を見つめて、呟いた。


「ラン・ファさんも、マリスも、今頃どうしているんだろう。そして、ダンも……」


 そんなセルフィスに、ギルシュが、やさしい顔になった。


「セルフィス様、もうお休みなさい。お疲れになったでしょう」


「もうちょっとくらい、平気さ」


「いけません。ご無理は、お身体にさわります。元のように元気になられてから、たくさんお話を聞かせてください」


 セルフィスは、くすくす笑った。


「まったく、ギルシュは『(ばあ)や』みたいだね。心配症なんだから」


「セルフィス様もマリス様も、私を心配させる天才なんです。私が『婆や』になってしまっても、不思議ではありません」


 ギルシュが滑稽(こっけい)に肩を(すく)めてみせると、セルフィスは、声を出して笑った。


「さ、もう本当に、お休みになってください。私は、いつものように、隣の部屋にいますから、何かあれば、すぐにお呼びください」


「ありがとう。お休み、ギルシュ」


 ギルシュは、ようやく部屋の灯りを消すと、そっと扉を閉めて出て行った。


 廊下に出たように見えた彼の姿は、唐突に、窓の外に現れる。


 先程の黒い爬虫類型魔物に、てのひらを向ける。

 魔物は、悲鳴のようなものを上げ、シュボッと消えた。


(最近、やたら目につくな。新しく入ってきた魔道士たちの中にも、蒼い大魔道士の息のかかった者も、いるかも知れないし、大公妃が、こっそり雇っているヤミ魔道士に、公子様を見張らせているのかも知れない)


 ギルシュは、もう一匹、木の葉の裏に隠れていた妖魔を見付けて始末すると、他には何もいないことを確かめてから、ひゅんと空間に消え、自分の部屋へと戻っていった。


外伝2『光の王女』その後から始まってます。

本編でも、徐々に明かしていきます。


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