クリスの伝言
9巻では、登場人物「スー」→「サラ」に変えました。
他の巻も徐々に直していきます。m(_ _)m
「クレアとラン・ファさん、もう魔道士の塔で、手続きは済んだのかなぁ」
カイルが、椅子に逆向きに座り、背もたれを抱きかかえながら、溜め息混じりに言った。
「つまんないな。早く帰って来ないかなぁ」
クレアとラン・ファが魔道士の塔へ出発した後、ケイン、マリス、カイルは、ハッカイの店の準備を手伝い、そのまま、店で昼食をご馳走になっていた。
「ほら、カイル、料理が来たわよ」
隣で、マリスが、彼の肩を軽く叩いた。
生野菜と果物が置かれたテーブルには、ケインの運んできたスープも並んだ。
ケインの隣には、いつものように、ハッカイのまだ幼い娘リーシャが座り、ケインに手伝われながら、スープの中の肉団子を頬張っていた。
「ケインも、肉団子スープ好きだったよな」
厨房の中から、ハッカイが笑って言った。
「反抗期でレオンとケンカしたり、どこかで自主トレしてたりで、俺たちと一緒にいなくても、配給が肉団子スープの時は、必ず間に合うように戻ってきてたもんな」
「へえ、そうなの?」
マリスが興味津々に目をかがやかせ、正面にいるケインを見た。
「ああ、まあな」
ケインは、あまり取り合わずに、リーシャの世話を焼いていた。
「反抗期のケインて、どんなだったの?」
「別に、そんなに激しく反抗してたわけじゃなかったよ。『ごっこ遊びをやめてくれ』って言っただけだよ」
その『ごっこ遊び』については、ケインは多くを語りたがらなかったので、マリスにもカイルにも、わからないままだ。
「マリスこそ、反抗期は終わったのか?」
「まっ、あたしの方が二つ下だからって、子供扱いしないでよ。反抗期かどうかわかんないけど、城に連れてこられてからは、毎晩のように国王ーーああ、父親ねーーとケンカしてたし、何度も城から脱走しかけたし、……結局、国からも脱走したけどね」
「……反抗の規模が違うな」
「ホントだな……」
カイルとケインが、顔を見合わせてから、改めてマリスを見る。
「だけど、それって、……『反抗期』なのか?」
「そうだぜ、単に、性格じゃねぇの?」
ケイン、カイルが口々に言うのを、マリスは眉間にシワを寄せて見ていた。
「ああ、やっと見つけた!」
やたら明るい声が、背後から聞こえ、三人が振り返ると、そこには、金髪セミロングの青年が、にこやかに立っていた。
その後ろには、黒い短髪の険しい表情をした青年、長い黒髪の、少々露出気味の衣装の上に甲冑を身に着けた女戦士、カールした金髪のツインテールをリボンで結わえている、黒いマントをはおった魔法少女、そして、肩に黒いイワコウモリを乗せた、背の高い痩せた魔道士の男が控えていた。
「なんだ、クリスと黒い騎士団じゃないの」
「や、やあ、マリスさん。その節は、どうも」
声をかけた金髪の青年クリスは、どこかたじろぐように、ぎこちない笑顔になって、マリスに微笑んだ。同行した当時の恐怖が甦ってきたといったところであろうか。
ケインやマリスの白い騎士団と、クリスたち黒い騎士団が、一対一で対決していた最中に、魔道士の塔の魔道士ドーサたちにさえぎられ、逃げる間に、黒い騎士団は散り散りになっていたのだった。
全員がそろうまで、ケイン、マリス、カイル、クレアの四人とクリスとは、行動を共にしていた時、黒いデモン・ソルジャーと触発したのだった。
クリスの恐怖とは、それだけではなく、その時のマリスの、戦いながら走り通す作戦と、野盗から奪ったあらゆる武器で嬉々として戦ううちに、武器が次々と破壊されていった場面も絡んでいただろう。
「ああ、お前たち、全員見付かったのか。良かったな」
ケインが、リーシャの口を、布で拭きながら言った。
「ふん、ケイン・ランドール、俺に、あれほどの腕を見せておきながら、子守りなんかしてやがるのか。まったく、お前というヤツは、いつも、うだつが上がんな」
黒髪の格闘家ダイが、険しい表情のまま腕を組み、いつものようにケインにつっかかるが、ケインの方は、そう言われても何とも思わなかったようで、リーシャの話を、うんうんと頷きながら聞いてやっていた。
「それ、ケインさんの隠し子ですかぁ~? それとも、白い騎士団の新しいメンバーだったりして。キャッ! やっだー!」
魔法少女マリリンが、甲高い耳障りな声で笑った。
それには、マリスとカイルが、呆れた顔になった。
「ところで、僕たちの方は無事に揃いましたが、そちらは、どうです? クレアさんは元気になりましたか? お姿が見えませんが。ヴァルドリューズさんも、まだお見かけしてませんが、まだ会えないんですか?」
カイルが面白くなさそうに、クリスを見上げた。
「なんだよ、おめえには関係ないだろー」
「あっ、わかった! 仲間割れでしょぉ~? キャッ!」
マリリンが、いい気味だと言わんばかりに笑う。
「……ってことは、人数では、私たちの勝ちね! ほーっほほほ!」
女戦士サラが、マリスたち三人を見下ろし、高笑いをした。
「相変わらず、バカじゃないの?」
マリスは横目で二人を見て、呆れ顔で悪態をついてから、クリスに向き直った。
「ヴァルは多分もうすぐ帰ってくるわ。クレアは、今、魔道士の塔に登録に行ってるの。マリリンこそ、登録しておいた方がいいんじゃないの? あんた、この間ドーサにヤミ魔道士だって、言われてたでしょう?」
「マリリンは、もうママと一緒に行って登録してきたもん~。ママは偉大な魔法の先生なんだからね~」
嫌味な言い方で、マリリンが答える。
「あんた、ママいたの? だったら、なんで今まで登録してなかったのよ」と、またマリスが呆れた。
「おい、クリス、こいつらに用があるなら、さっさと済ませろ。まったく、とんだ寄り道だ」
ダイが、短気な調子で、じれったそうに言う。
クリスは、出来るだけ声をひそめて、ベアトリクスからの一行が、マリスを探していることを告げた。
「マーガレット!? カルバンも! 懐かしいわ! あら、でも、どうして、あたしを探しているのかしら?」
「さあ。僕も、あんまり信用してもらえなかったのか、詳しくは話してもらえませんでしたが」
マリスは、自分の知り合いということで、ベアトリクスで何かひどい仕打ちをされ、国を出て来たのでは……などと考えを巡らせ、彼らの身を案じていた。
「神殿から出たことのないマーガレットが、旅をしているなんて……。過酷じゃないかしら」
クリスの話から、カルバンの他にも、メガネの男子と、もうひとり男子が一緒らしいことがわかったマリスは、クラウスと、おそらくカルバンとも仲の良かったパウルではないかと考えた。
少なくとも、元ハヤブサ団の彼らがいれば、良い用心棒になるだろうと、少し安心することが出来た。
「あたしたち、クレアとヴァルが戻ったら、妖精の国に行かなきゃいけないし、その後は、このタイスランには戻らずに、別の国に移動すると思うわ。それが、人間界なのか、別の世界か、今は何とも……」
ケインのマスター・ソードの魔石をそろえることを最優先としたいが、魔石は、人間界ではないところにあるという。
「とにかく、妖精の国に行かないと、次に旅する所も決まらないわ。異世界に行ってる間は、マリリンの水晶球にも映らないと思うから」
「妖精の国だと? ふん、そんなところ、あるものか」
と、マリスの言葉を打ち消したのは、格闘家ダイだった。
「あるよ。ミュミュの故郷なんだよ~」
突然、ミュミュが、ダイの目の前に、姿を現した。
「おっ、お前っ! いたのか!?」
「いたよ~」
驚いたダイが一歩引き、目の前でパタパタと羽を動かし、浮かんでいるミュミュを見下ろした。
「ふ、ふん! ならば、どうやって行くというのだ?」
「それは……」
「ほら、答えられないじゃないか」
ミュミュは、心外だと、少し頬をふくらませた。
「ミュミュ、『道』忘れちゃっただけだもん!」
「なにっ!? お前、そこまで、バカだったのか?」
「ひどいよー! あ~ん、ケイン~!」
ミュミュは泣きながら、ケインの肩に乗ると、頬にしがみついた。
ケインの頬は、ミュミュの涙で濡れていき、耳の近くで、わあわあ泣かれ、さもうるさかっただろうが、彼は何も言わずにいた。
苦笑いをしていたクリスが、少し真面目な表情になった。
「とりあえず、マリスさん、妖精の国から帰ったら、どこかの国で、落ち合うとか、決めておきませんか? それなら、僕がマーガレットさんたちにお会いした時に、お知らせ出来るので」
「そうね。ありがとう。じゃあ、どこがいいかしら? そう言えば、ラン・ファが、南国ヒョン・カンが過ごしやすくて気に入ってるって、言ってたわ。そこに、魔道士の友達もいるって。だから、時々行ってるんですって。そこにでも、寄ってみようかしら?」
「いや、そいつは、やめておいた方がいい」
と、口を挟んだのは、カイルだった。
「なんでだ? カイル、そこ知ってるのか?」
ケインが不思議そうに、カイルを見る。
「ああ、俺もしばらく住んでたことがあってな。確かに、過ごしやすくて、貿易が盛んで活気があって、俺も好きな街だったが……」
「じゃあ、なんで?」
「あそこには、親友もいて、俺も会いたいとは思うが……、行けば、確実に、俺は殺される!」
カイルの顔は青ざめ、自分の身体を抱え込むと、ぶるぶると震え出した。
「なにっ? そんな凶悪な敵が!」
ケインも深刻な顔になり、そんなカイルの様子から目を反らせなくなった。
「……とりあえず、後回しにするか」
カイルから目を離さずに、ケインがマリスに言った。
マリスは、ケインほどカイルの話を真に受けてはいない様子だったが、頷いた。
「じゃあ、頃合いを見計らってから、マリリンが水晶球のぞいてみてよ。さっきも言ったけど、異次元の世界にいる間は映らないし、人間界にいれば映るから」
マリリンが、思い切り嫌そうな顔になった。
「えーっ、マリリン、タダ働きなんかしないんだからー」
サラが人差し指を立てる。
「あら、だったら、あのマーガレットって子たちに、その分支払ってもらったらいいんじゃない?」
「ああ、そっか。そーだねー!」
二人のやり取りを見ていたカイルが、「セコい! 俺よりも!」と叫んだ。
マリスも「相変わらずね」と言って呆れた。
「マーガレットたちだって、旅費がそんなにあるとは限らないし、……じゃあ、いいわよ。あたしにツケといてくれれば、後でまとめて支払うから」
そのマリスの言葉に、マリリンの目が、キラン! と光った。
それに気付いたマリスは、即座に付け足した。
「ただし、それが不当な請求だとわかった場合は……」
と言いながら、手を組み、ボキボキと指を鳴らす。
「わかっているんでしょうねぇ?」
マリリンの顔は、「ひっ!」と引きつった。
「話はもう済んだか。俺たちは、さっき見つけた食堂に行く。こいつらと一緒にメシを食うと、ロクなことにならんからな」
ダイは、じろっと、リーシャの世話を焼くケインを見下ろした。
「ケイン・ランドール、貴様との決着は、いずれ着けてやる。今度会う時までには、覚悟しておけよ」
それには、ケインは、不審な顔を向けた。
「お前との決着なら、この間、もう着いただろ?」
ダイが、カッと、顔を上気させた。
「あんなもの決着と言えるか、ふざけやがって! いいか、今度こそ、本当に決着を着けてやる! 逃げるなよ、わかったな!」
「それなら、今でも構わないけど?」
きょとんと、ケインが答えると、ダイが、人差し指をケインに突きつけた。
「いや、今はいいから、今度会った時にしろ。絶対だぞ!」
「え? ああ……」
わけのわかっていなさそうなケインに、ダイは背を向けると、逃げるようにして、店を出て行った。
「それじゃ、あんたたち、くれぐれも、私たちの邪魔はしないでちょうだいねっ!」
女戦士サラも、長いストレートヘアを風になびかせながら、さっそうと歩いて行った。
その後を、キャッキャ笑いながらマリリンが付いて行き、イワコウモリをのせたヤミ魔道士ズイールが、無言で出て行った。
「すみませんでしたね、お食事中のところ。それでは、また」
クリスがにこやかに去って行った。
「さ~て、じゃあ、俺もちょっと出かけてくるかなぁ」
カイルが立ち上がった。
「ナンパでもしに行くのか? いつも注意してくれるクレアが、今いないからって、あんまりハメを外すなよ」
「ちげーよ! お前のためだ、バカ! たまには、お前らも、子守りじゃなくて、ちゃんと二人で出かけてこいよ」
ケインに釘を刺すようにして言うと、カイルは、さっさと店の外へ出て行った。
ぽかんと見ていたケインの向かい側では、恥ずかしそうにうつむいたマリスの頬が、うっすらと色付いている。
ケインは、意外そうな顔でマリスを見ると、少し考えてから言った。
「マリスの好きなところに、行くか?」
マリスは嬉しそうに、顔を上げた。
「うん」
「まだケインの記憶が、ちゃんと戻ってないみたいだからな。にしても、俺って、いいヤツ!」
独り言をいいながら、カイルは、街中のある食堂へ入っていった。
広々とした店であった。
窓側の席から、広場の噴水が見える。
たまには、ゆったり、ひとりで茶を飲むのもいいもんだな、と思った。
ドラゴンの谷から帰ってからというもの、カイルは、町娘を誘って遊ぶ気にはなれないでいた。
近頃、皆に内緒で、自主的に剣の練習をしてもいる。
以前の自分では考えられないことだと、最も驚いたのは、彼自身だ。
伝説の魔物ハンター・フィリウス王子が持っていた魔法剣。それを手にしている自分も、もしかしたら、伝説の戦士になれるのかも……!
時々は、そう考えてもきたが、ドラゴンと共に魔族と戦った経験が、その考えを現実に近付けた気がしてならない。
突然、店の木戸が乱暴に開いた。
物思いにふけっていたカイルも、客たちも、思わず注目した。
人々の目についたのは、人の背を頭ひとつ分上回った木の人形であった。
その前には、小柄で、小太りな老人がいる。
着古した色褪せた服、ぼさぼさの白髪に、口の周りにも、ぼうぼうに白い髭を生やし、小型の筒状になった拡大レンズを、片方の目にだけ、頭から被れるよう改造して、装着していた。
人々を、ぎょっとさせるような風貌の老人である。
(なんだ、ありゃあ?)
カイルは顔をしかめて、異様な雰囲気を醸し出す老人と人形とを、そのまま注意深く観察していた。
「失礼だが、あんたは?」
カウンターの中から、中年の男が出て来た。
老人は、男を見上げながら、答えた。
「あんたが店主かい? この店に、ワシの作ったロボット試作品第二号を、置いてみないかね?」
ひどくしわがれた濁声であった。
店主は、ただでさえ、うさん臭く見えるその老人と、その後ろに突っ立っている木の人形とを見比べた。
「ロボットって、一体なんのことだ?」
「人間の代わりに仕事をする機械人形じゃ。使ってみれば、その価値がわかる。ロボットは人間のように疲れたりはせんし、教えられた通り寸分狂わずに仕事をこなすことが出来るのじゃよ。計算ではな。試しに、簡単な掃除にでも、使ってみなされ」
店主も、遠くからはカイルも、じろじろとロボットを見つめる。
頭、胴体、手足の節目までがあり、一見、人間のような作りを真似てはいるが、このようなものに、人の命令通り動くということは、本当に可能なのだろうか。
どう見ても、人々には、そんなことは想像がつかなかった。
「それで、あんたは何者だい?」
「ワシか? ワシは、この世に科学を浸透させようと貢献しておる一科学者、ギロック博士じゃ」
科学と聞いて、カイルは、懐かしい顔になった。
先ほど、ヒョン・カンの話をした時と、記憶が重なる。
彼の親友も、冒険をしながら、科学で、人々の役に立つことを考えていた。
カイルは、老人を、遠目から、多少なりとも尊敬を込めて見つめた。
だが、店主の方は、顔をしかめていた。
「ギロックだとぉ? ああ、思い出したぜ! お前さんか、隣町にも現れた、変なポンコツからくりを売りつけてるじいさんってのは」
「なっ、なんじゃと!?」
ギロックと名乗った老人は、目を見開いた。
「ワシのロボットは、ポンコツなんかではないわい!」
「いいや、隣町の食堂は、お前のからくり人形のせいで、ひどい目にあったと聞いてるぜ。冗談じゃねえ! そんなもん、置いておけるか。さあ、帰った帰った!」
店主が目配せすると、従業員の男たちも、老人と木の人形とを追い出そうと、厨房から出て来た。
「待ってくれぃ! タダで構わん! こやつを、試しに使ってみておくれ!」
「往生際が悪いぞ、じいさん!」
ほとんと悲鳴のように喚く老人を、体格のいい若い男たちが抱え込み、店の外まで追い出しかけたところだった。
ピーッ!
木人形の頭のてっぺんから、蒸気が勢いよく噴射した。
「ど、どうしたのだ、二号!」
「危ねぇっ! みんな逃げろ!」
博士の慌てた声とカイルの声が重なった時、とてつもない爆発が起こり、店の天井を、巨大な炎が突き抜けて行ったのだった!