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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅵ 話 魔道士の登録
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魔道士の登録

 森の中で、ふっと現れた人影が三つーー。


「この坂を下って街へ出ると、外れの方に、一際高い塔がある。それが、魔道士の塔だよ。お土産を売っている魔道士協会は、隣の小さい建物だけど、中はつながってはいないから」


 不機嫌な顔つきで、そう説明したのは、吟遊詩人を名乗る美少年である。


「ご親切に、わざわざありがとうございました」


 クレアが丁寧に頭を下げた。

 その謙虚な態度に、いくらか気分を良くしたのか、詩人の少年は、少しばかり微笑むと、ラン・ファとクレアの二人に言った。


「僕は、街の食堂にいるから、用が済んだら、声をかけて」


 そう言い終わると、ふいっと姿を消した。


「それじゃ、行きましょうか」

「は、はい」


 ラン・ファとクレアは、並んで、森の坂道を下り始めた。


 クレアには、自分の心臓の音が、やけに大きく感じられていた。

 ラン・ファと何を話せばいいのか、考えるほど、ヴァルドリューズとの間柄のことが気になっていく。


 といって、彼とのことを、ダイレクトに聞くことも、或は、それとなく聞くことも出来ないでいた。


「そんなに緊張しなくても、大丈夫よ」


 ラン・ファの声に、クレアは、ビクッとして、顔を上げた。


 考えを見透かされたような気がしたクレアは、後ろめたそうにラン・ファを見るが、ラン・ファ本人は、彼女の想像とは、まったく違うことを切り出した。


「魔道士見習いとしての登録では、試験のようなものはないわ。単に、サインをするだけよ。最も、検定となると、多少の魔法は披露(ひろう)しなければならないけれどね」


「……検定……ですか? 」


 クレアに、ラン・ファが、にこりとうなずく。


「上級の魔道士を目指す者たちが受ける魔道士検定、その前に、見習いを卒業して、一人前の魔道士となるための認定試験もあるわ。任意だけど、魔道士の塔や、魔法関連商品を扱う魔道士協会で働きたい人、魔道士の塔の後ろ盾で、医者や魔法アイテム屋などを経営したい人にとっては、通らなくてはならない関門ね」


 クレアは、目を見開いた。


「お医者さん、アイテム屋さん……? 」


 魔法に(たずさ)わった仕事をしている店や商品には、必ず魔道士協会の印が必要なことは、クレアも承知している。


「もし、クレアちゃんが、単なる魔道士見習いではなく、その上を目指すのだったら、……例えば、魔法アイテム・ショップを開きたいとか、お弟子さんを取りたいとか、占い師になりたいとか、巫女だった経験から白魔法を生かして、魔道士の医師になりたいとか、そんな風に思うんだったら、魔道士協会に相談に行って、それなりの試験を受けることになるの」


 クレアは、しばらくラン・ファの顔を見つめていたが、ふと視線を落とした。


「私、そんなことまで考えたこと、ありませんでした。今は修行中の身ですから、皆の足を引っ張らないよう、なんとか早く一人前になろうって、そればかりで……」


「もちろん、今は、それでいいのよ。一人前になった時に考えても、遅くはないのだから」


 しばらく考えてから、クレアは口を開いた。


「でも、やっぱり、目標を持った方がいいと思えて来ました。マリスは魔物退治、ケインは正義の道、カイルはチャランポランに生きる……皆、それぞれ目標があって、旅をしているんですもの」


「チャランポランって、目標なのかしら? 」


 ラン・ファは苦笑した。


「ただ一人前の魔道士になるというだけではなくて、その先も考えておいた方が、よりはげみにもなるような気がします。ラン・ファさん、ありがとうございます。私、自分の目標も、これから考えていきます」


 クレアは、ラン・ファに対して、少し素直になれた気になった。


(ヴァルドリューズさんが、ラン・ファさんや私のことを、どう思っているかなんていうことよりも、私が自分の足で、ちゃんと歩いて行くことを考えなくてはいけないんだわ。私は、私の目標を見つけなくちゃ……! )


 クレアの黒い瞳は、木もれ日を受け、きらきらと輝き出した。


 それが、単なる光の反射でないことは、ラン・ファにはわかっていた。


 ラン・ファは、微笑ましく、クレアの横顔を見つめていた。




 それから、ほどなくして、二人は、辺りの何者たちかの気配に、気が付いた。

 ちらほらと、木の陰から二人の動向をうかがうような影ーー山賊である。


「……ざっと三〇人足らずってところかしら」


 ラン・ファがつぶやくと、クレアは、表情を引き締めた。


「お姉ちゃん方、こんな淋しい森を通って、どこへ行きなさるんだね? 」


 ひどいあばた顔の男が、不潔そうなボサボサ頭をかきながら、酒のツボを片手に、よたよたと、二人の前にやってきた。


 クレアは、見るのも汚らわしいといった顔で、男をにらみつけた。


「おいおい、その目付き、傷付くなあ。そんなに、オイラが汚いってのかい? 」


 男は、にやにやしながら、頭をかいていた手を腹へ持っていき、同じようにボリボリとかいた。


 その頃には、他の山賊たちは全員姿を現しており、薄気味悪い笑いを浮かべ、値踏みするように、二人をじろじろと観察していた。


 クレアは、我慢ならなくなって、言い放った。


「おどきなさい、山賊ども。さもなくば、あなたたちのような、人に迷惑をかけてもなんとも思わないような人たちは、この私が、成敗いたします! 」


 さっと、両手を、山賊に向け、構える。


「ほおっ? このお嬢ちゃん、おもしろいこと言ってるぜ! 」

「成敗って、どうやんのか、見せてもらおうじゃないか! 」


 山賊は、ゲラゲラと笑った。


 クレアが呪文を唱えようとした時だった。


 ラン・ファが、さっと軽く手を横に振った。


 すると、山賊たちの身体は、何かに弾かれたように、吹っ飛んでいき、地面や木々に叩き付けられた。


 悲鳴を上げる間もなく、強く身体を打ち付けられた彼らは、情けない呻き声を上げながら、「いったい、今のは何だったんだ!? 」と、口々にした。


 驚いたクレアは、ラン・ファを振り返った。


「あんな人たちを相手にしたところで、剣のサビにもならないわよ」


 ラン・ファは何事もなかったような顔で、クレアにそう応えた。

 クレアは、口をポカンと開けていたが、すぐに、興奮して言った。


「ラン・ファさんて、魔法戦士だったんですかっ!? 」


 ラン・ファは、返答に困ったように、クレアを見た。


「まあ、そういうことになるのかしら。魔力を増強する首飾りを、ダグトに取られちゃったから、今は、この程度の魔法しか使えないんだけど」


 クレアは、両手ぎゅっと組んだ。


「私っ、そういうのに憧れてたんです! だから、ヴァルドリューズさんに魔法を習うだけじゃなくて、護身の意味もあったけれど、ケインにも剣を習っていたんです。決めました! 私、ラン・ファさんのような、かっこいい魔法戦士を目指します! 」


 ラン・ファは、クレアの勢いに、まばたきをした。


「あ、あのね、クレアちゃん、そんなこと、今から決めなくても……」

「いいえっ、私、魔法戦士になりたいんです! 」


 瞳を一層かがやかせるクレアを見ているうちに、ラン・ファは、「ま、いいか」と、思ったようだった。




 町外れの細長い塔にたどり着いたラン・ファとクレアは、あまり印象の良くない、大きな鉄格子の門をくぐった。


 途端に、黒いマントをはおった、やせこけた魔道士が、空間から現れた。


如何様(いかよう)か? 」


 表情のない目に、平淡な、魔道士特有の口調だ。


「私は、東方の戦士コウ・ラン・ファにございます。魔法を使用する許可は、既に頂いておりますが、この度は、これから魔道を学ぶことになった弟子の登録に、やって参りました」


 ラン・ファは、にこやかに、門番であるその魔道士に告げた。


 すんなりと門を通ることが出来た二人は、装飾のある重い鉄の扉を開け、室内へ入っていった。


 入り口近くにある、木のカウンターの中にも、黒ずくめの魔道士が、愛想のない冷たい目で、二人を待ち受けていた。


 ラン・ファが同じ話をすると、カウンターの下から書類を取り出し、羽根つきペンを置き、おもむろに説明を始めた。


 クレアが、名前や出身地などを、書類に書き込むと、簡単なペン描きの肖像画を書類に添えるため、画家のいる部屋へと案内された。


 二人は、魔道士の後ろにつき、回廊を進んでいく。


 クレアは、ずっと緊張しっぱなしであった。


 ヴァルドリューズが本当の師匠だと見破られる心配はなかったが、魔道士の塔には、重々しい空気を感じずにはいられなかった。厳かとも受け取れるが、クレアの慣れ親しんだ教会や神殿とは違う、陰湿いんしつさをはらんでいるためだった。


 狭い回廊を抜けると、天井が二階まで吹き抜けになっている、八角形のロビーに出た。


 周りは、ほとんどが窓で囲まれ、ステンドグラスを通して、光が差し込む明るい所であり、陰気くさい魔道士の集まるところには、とても見えない。


 そのロビーから四方に、狭い回廊が続いている。そこから先は、関係者のみと断りがあったため、ラン・ファはロビーのいくつかあるソファのひとつに腰かけ、クレアを待つことになった。


 ラン・ファと別れて、少々心細い思いをしているクレアは、そのまま魔道士に連れられ、狭く暗い回廊を通る。


 その壁の片側には、ステンドグラスのロビーとは打って変わった、重々しい木の扉が、一列に並んでいる。


 扉には、ひとつひとつ、召喚獣や魔法陣など、魔道関連の彫刻がなされていた。


(ここには、いろいろな魔力を感じるわ。白魔法の修行の場である、神殿の神聖な雰囲気とは、まったく違う。攻撃魔法や召喚魔法が主の黒魔法を扱っているところだもの、ちょっと、おどろおどろしい雰囲気が感じられなくもない……)


 だが、クレアの緊張は、そればかりではなかった。未知な世界への介入という期待感もあった。


 画家のいる何番目かの扉に、クレアは通された。

 画家は、魔道士ではなく、普通の人間であった。


 肖像画が出来上がり、その他の手続きが終了するまで、クレアとラン・ファは、そのまま魔道士の塔のロビーで、しばらく待った。


「クレア・フローディア。そなたを、コウ・ラン・ファを後見人とした魔道士見習いと定める。魔道の力を、悪しきことに利用することなく、しっかりと修行に励むよう」


 その威厳のある老魔道士に、クレアが、魔道士の塔の印が刻印された、紫色の石のブローチをもらったのは、ほとんど夕方になりかけていた頃であった。


 手数料として金貨が必要であったが、それほど金貨を持ち合わせていなかったクレアの代わりに、ラン・ファが、持っていた宝石を差し出した。


 遠慮するクレアに、彼女は、「ダグトからもらったものだから。何かの役に立つと思って、持っていただけだから、いいのよ」と微笑した。


 クレアは恐縮しながら、何度も礼を言った。


 二人は、塔の隣にある小さめの建物へ行くと、ミュミュや皆への土産に、菓子の袋詰め(一見、魔法とは関係がなさそうではあったが)を選んでから、ようやく魔道士の塔と魔道士協会を、後にしたのだった。




「吟遊詩人さん、待ちくたびれていないかしら? 」


 気が気でない様子で、クレアが、街まで急ごうとするが、ラン・ファは、とりわけ急ぐつもりはないのか、歩く速度を変えなかった。


 街のにぎやかな部分に入り、二人は、食堂兼酒場を見つけると、軽い木の扉を押し開けて、入って行った。


 ざっと眺めてみたところ、テーブルには、あの美少年の姿は見当たらない。


「吟遊詩人さん、確かに食堂にいるって、言っていたのに……」


 クレアが心配そうにラン・ファを見るが、ラン・ファの方は、特に困った様子もなく、じっと店内を見渡していた。


 奥の方で、人が数人、野次を飛ばしながら酒を飲んでいるあたりを、二人は注目した。


 なにやら歌声のようなものが、聞こえてくる。


 ラン・ファもクレアも不思議に思い、それとなく、その方向へ、近付いて行った。



『教えてグレムリン~

 (みにく)い、醜いグレムリン~

 お前はゴブリンそっくりだー

 なんで、そんなに似てるのかー? 


 ゼンマイじかけをいじくって

 イタズラするのが大好きさー

 (あか)りや、からくり、なんでもぶっこわすー

 町中、魔物が溢れ出すー

 人間たちは追いやられる


 助けてカミサマ! 

 日の光よ、我らをお救いくださいー! 


 朝日が昇ると、奴らは、あっけなく死んでいったー


 ああ、助かった! 


 その瞬間! 

 人間たちは、日の光なんて

 どうでもよくなったのさ~』



 数本の弦が張られた、木製の楽器をじゃらじゃらと演奏しながら、声を張り上げて歌っていたひとりの少年がいた。


 茶色い皮の三角帽子に、皮の服。


 その格好には見覚えのない少年ではあったが、「もしかして……」と思い始めた時から、クレアとラン・ファの表情は、引きつっていったのだった。


「うるさいぞ! どれもこれも、後味の悪い唄ばっか、唄いやがって! 」

「もっとマシなもんはないのか! 」


 誰ひとりとして、喜んでいる客などは、いなかった。


「おい、そこの吟遊詩人、悪いけど、いい加減、出て行ってくれないか。いったい何時間、うちの店にいるんだ」


 料理を運ぶ従業員が、嫌そうな顔で、少年に文句を言った。


「だって、僕、人と待ち合わせているんだもの。もう少し、ここで待たせてくれても……あっ! 」


 少年は、ラン・ファとクレアに気が付き、手を振った。


「なんだ、きみたち、随分遅かったじゃないか! こんな知らないところで、僕、ひとりぼっちで、ずっと淋しかったんだよー! 」


 吟遊詩人は、ホッとした笑顔で、クレアたちの方へと、人混みをかき分けてやって来たのだが、二人は逃げるようにして、店を出て行ったのだった。


「今日の出来は、なかなかだったなぁ! 風刺をきかせられたし」


 吟遊詩人は、いつもの薄い衣装ではなく、先ほどの弦楽器を背負った、典型的吟遊詩人のスタイルで、機嫌良くペラペラと、ラン・ファとクレアに、喋り続けていた。


 そんな彼を、クレアは、じろじろと、横目で見回していた。


(そういう一面もあったのね。ケインの知り合いって、ハッカイさんたちみたいにいい人に限らず、……変わった人もいたのね)


 彼女がそのようなことを考えているとは露知らず、吟遊詩人は、まるで、皆のところへ戻るのが嬉しいとでもいうように、機嫌はとうに直り、森の奥で、二人を自分の近くへ招くと、三人の姿は、瞬時に消えたのだった。


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