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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅵ 話 魔道士の登録
16/23

朝稽古

 朝早く、風を切る音が鳴る。


 居酒屋の裏庭では、いつものように、ケインが素振りの練習をしていた。

 剣が空気を裂く音は、彼が聞き慣れたものよりも、ずっと軽かった。


 ケインは、手にしている剣を、じっと見つめる。


「今までバスター・ブレードで素振りをしていたせいか、マスター・ソードだと、あの重量感がないなぁ」


 父親から譲り受けた巨人族の剣は、段平よりもさらに大きく、重い。


 バスター・ブレードを手に旅に出てからの二年間、朝稽古(あさげいこ)に素振りをしてきた彼にとっては、物足りなさを感じていた。


「ふふっ、今日もやってる、やってる」


 庭の木の上からは、薄い衣をはおった少年が、気配を隠し、眺めていた。


 彼は、ケインと出会ってから、彼の朝稽古を、悟られずして、見守ってきていた。


 彼には、ケインの心情がわかっていた。励ましの言葉をかけたく思っていても、どうも、彼を前にすると、からかいたくなってしまう。


(きみは、バスター・ブレードに慣れてしまっていたから、今は、そのマスター・ソードが物足りなく思えるかも知れないけれど、いずれは、それを使いこなせなければならない時が来るんだよ)


 そう告げようと、彼が、木から下りようとした時だった。


「朝早くから、熱心ね」


 穏やかな女の声に、ケインが振り向く。


「ラン・ファさん」


 木の上の少年は留まった。


 ラン・ファは、シンプルなドレスを着ていた。

 このタイスランの街に着いてから、購入したものだった。


 彼女の神秘的な黒い瞳が、ケインに微笑む。


「しばらく剣を振っていなかったから、私もお相手願おうかしら」


 ドレスの後ろからのぞく彼女の右手には、刀身に近い柄に赤い宝石のついた剣が、握られていた。


 昨日出会ったばかりだが、ドレス姿しか見ておらず、これまでに見て来た女戦士たちとは違う、やさしげな雰囲気のせいか、彼からすると、ラン・ファが戦士とは結びつかなかったが、マリスの武道の師匠であるというからには、(あなど)るわけにはいかない。


 素振りに満足感が得られなかった彼には、相手にとって不足はなかった。


「よろしくお願いします」


 ケインが、頭を下げる。

 ぐだぐだと言い訳をせず、素直にそのような態度に出た彼に、ラン・ファは好感を持ったようだった。


 大抵の戦士は、女など相手にしないものであるが、彼がそうすることで、彼女の実力を認め、敬意までもが表れていた。


 妖精に認められた伝説の戦士の要素を持ちながら、自分の力を過信せず、謙虚に、ラン・ファの申し出を受けたと、彼女には伝わった。


「お手並み拝見するわ」


 にこやかに剣を構えたラン・ファだが、その目の奥が、きらりと光ったと同時に、剣を繰り出した。


 ケインに焦った様子はなく、マスター・ソードで受け止める。


 金属のぶつかり合う音が、空気を震わせる。


「ふ~ん、なるほど。ホントに、油断はしていなかったみたいね」


「そりゃあ、マリスのお師匠様が、お相手であるからには」


 ラン・ファは、満足そうに、ケインを見つめていた。


 ケインの方は、相手がマリスの師であることで、なにか突拍子もない攻撃をしてくるに違いないと、五感を研ぎ澄ませていた。

 マリスと特訓する時は素手であるが、今回は、真剣を使用しているため、緊張感も違う。


 ケインは視線をラン・ファから離さず、剣を押し返した。

 すぐに、ラン・ファが剣を切り返し、左側を狙う。

 それを読んだケインは、冷静に受け止めた。


 繰り返されるラン・ファの攻撃に、ケインは、自分が試されているとわかった。

 それならばと、攻撃に転じる。


 ラン・ファは長身で、ドレスを着てはいても、それを感じさせないほど身軽であった。

 その上、ドレスは、彼女の思い通りに、ひらひらと舞い、彼の視界を(さえぎ)る。


(もしかして、それを計算して、ドレスの生地や丈を選んだ……!? )


 厄介なドレスであった。

 その動きに惑わされないよう、ケインは、より精神を集中させた。


 そして、次にケインが、マスター・ソードを突き出した時、ラン・ファの身体が、ふわっと、宙に浮いたのだった。


「……!? 」


 ケインは、目を疑った。


 ラン・ファは、浮かんだまま、空中から、(なまめ)かしい微笑みをこぼす。


「びっくりした? 私は、ちょっとした魔法も使えるのよ」


 空中からくるりと身を(ひるがえ)すと、ラン・ファの剣を持っていない方のてのひらから、冷気が吹き出した。


 ケインは、すぐに気持ちを切り替え、マスター・ソードを横に構えた。

 冷気は、剣に吸収された。


「魔法を吸収した!? 」


 目を疑いたくなったのは、今度は、ラン・ファの方であった。


 空中から、彼女が魔法を放つたびに、ケインの剣が、魔法を吸収する。


 ラン・ファは、地上に降りた。それからは、魔法は使わず、再び剣のみの戦いとなった。


 鋭い金属音がしばらく聞こえていたが、やがて、止んだ。


「なかなかの腕前のようね。驚いたわ」


 うっすらと汗ばんだ額を拭って、ラン・ファは、にっこりと微笑み、剣をしまった。


「ありがとうございました」


 ケインも頭を下げると、剣を鞘に納めた。


「剣の腕も良かったけれど、あなたの体術は、どこか私やマリスの『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)』と似ていたような……? 」


「実は、俺も、かじったことがあるんです、『武遊浮術』を」


 ラン・ファは驚いて、ケインを見つめた。


「どこで、それを身につけたの? 」


「昔、東洋の雑技団にいた女の子に、ちょっとだけ、教えてもらったんです。何度挑んでも、その子には勝てなかったもんだから、とうとう頭を下げて」


 ケインは、笑った。


「その子、よく教えてくれたわね。これは、女性にしか伝授してはならないと定められているのよ」


「そんな(おきて)があったことは、マリスからも聞きましたが、俺が教わったのは、本当に基本的なことだけで」


 ラン・ファには、なんとなくわかった。


 彼ならば、技を悪用したり、ひけらかしたりはしない。そう確信して、その少女は教えたのだろうと。


 ケインには、何の邪心もなく、真っ直ぐに育って来た、誠実な人間であると、見る人に思わせるところがあった。


「ところで、あなたの剣は、魔法剣なの? 」


 ラン・ファは、積み重なった丸太の上に、腰かけて尋ねた。


「これ、マスター・ソードって言うんです。正式には、ドラゴン・マスター・ソード、と」


「ドラゴン・マスター・ソードーードラゴン・マスターの使う剣ね……! 」


 ラン・ファが、目を見開いた。


 伝説の剣は、どれも入手は困難である。中でも、マスター・ソードは謎に包まれていた。


「私の祖国にも、かつて、ドラゴン・マスターと呼ばれる人たちがいたと聞くわ。昔の話だから、もう伝説になっちゃったけど。……そうなの、あなたが、ドラゴンと心を通わせ、その力を操ることのできる、ドラゴン・マスター……! 」


 ケインは、困ったように笑った。


「でも、それには、魔石を集めないと、完璧にはドラゴンの力を使うことが出来ないんですよ。二年前に、魔石を失って、今はまだ一つしか手に入れてないんです。だから、そんなにたいしたことは、出来ませんよ」


 ラン・ファは、表情を変えずに、ケインを見たままだった。


「それでも、その剣を手に入れられたというだけでも、あなたには、普通の人にはない力を秘めている、ということよ」


 ケインは、ますます苦笑した。


「いや、でも、他の伝説の剣は、手に入れるのは大変ですが、マスター・ソードに限っては、剣を作ったマスターって神の、単なる気まぐれかも知れませんから」


「神? 」


「はい。といっても、神殿で(あが)めるような神とは、また違う役割のようなんですが。だから、俺が、この剣を手に入れられたのは、たまたまかも。その後の、『ドラゴンを卵から育てる課題』の方が重要で」


 ラン・ファは、目の前の、普通の傭兵であり、年齢よりも幼く見えてしまう童顔のケインを、まじまじと見つめていた。


「ラン・ファさんの剣も、魔法がかかっていましたね。でも、普通、魔法能力のある剣同士がぶつかると、緑色の火花が出るはずなんですが、なぜ赤かったんです? 」


 ケインが思い出したように言った。


「やっぱり、わかっていたのね」


 ラン・ファは、もう一度、剣を抜いてみせた。


「この柄にある石はね、『竜眼(ドラゴン・アイ)』と言って、魔力を放つ紅玉(ルビー)なの。それが、魔力の強いものに接触した時、赤い火花を放つのよ。この剣は、『ドラゴン・スレイヤー』と名付けられていて、東洋の腕利きの鍛冶屋が作ったものなの。名前の通り、ドラゴンをも切り裂くほどの威力があると言われているわ。ドラゴンとお友達のあなたにとっては、あまり聞こえの良い名前じゃないわね」


 ケインは、ラン・ファから剣を預かると、瞳を輝かせて、剣に見入っていた。


 彼にも、異色な印象を受ける剣であった。


 刀身に近い柄の部分に、はめ込まれたドラゴン・アイを眼として、柄全体が、ドラゴンを(かたど)っているようにも見える。


 紅玉も、カットされる前の、原石を磨いた程度の、丸い形をしている。

 厳かな雰囲気から、骨董品のようにも見えた。


 ケインの、剣を見つめるその様子を、微笑ましそうに、ラン・ファは見ていた。




 食堂では、ラン・ファと一行が、朝食を摂っていた。

 ヴァルドリューズの戻る様子は、まだなかった。


 ミュミュは、ラン・ファから、食べ物を分けてもらっている。


 いつものように、テーブルの上に、脚を投げ出してペタンと座り、パンを身体中で抱え込んで、頬張っている。

 ラン・ファが、食べやすいようちぎってあげようとしても、大きいままがいいと言って聞かずに、かじりついているのだった。


 たあいもない会話の最中、ふと、ラン・ファがクレアを見た。


「そういえば、クレアちゃんは、ヴァルドリューズに魔法を習っているそうだけど、よく魔道士の塔の許可をもらえたわね。彼、あそこでは、お尋ね者なのに」


「えっ? 魔道士の塔の許可? 」


 皆の手は止まった。


 ミュミュだけは、ケインの皿から、スープをちょっとだけすすり、またパンにかじりついていたが。


「あの、魔道士の塔の許可って……? 」


 クレアが、おそるおそるラン・ファを見上げた。


「もらってないの? 」


 ラン・ファが目を丸くした。


「魔道を習う者は、『この人に、これから魔法を習うことにします』という宣言を、魔道士の塔ですることになっているのよ。そうやって、魔道士見習いの登録をしておけば、魔道士検定試験を受ける前でも、ヤミ魔道士に間違われることはないの」


「ま、魔道士検定? 」


 初めて聞くようなクレアと、皆の反応に、ラン・ファは悟った。


「……ヴァルドリューズったら、話していなかったみたいね」


 ケインが、皆を見回した。


「そういえば、俺も思ったことがあった。魔道士の塔では、ヤミ魔道士と、魔道士と認められる前の見習いとの区別を、どうやって付けてるんだろうって。ヤミ魔道士の方も、『今は魔法修行中の身です』って、言い逃れもしていないみたいだったし」


「そうだよな。だから、黒い騎士団の、あのマリリンてお子様も、魔道士の塔から見れば、ヤミ魔道士だったんだろう」


 カイルも納得した顔で言った。


 マリスが心配そうに、クレアを見る。


「だからといって、今、クレアが、魔道士の塔に登録に行っても、その師匠がヴァルじゃあ、許可なんてもらえるどころか、ヴァルの居場所をしつこく聞かれたり、クレアまでヤミ魔道士扱いされたり、下手したら、彼を(おび)き出そうと、人質にされたり……なんてことも……? 」


「そ、そんな! 」


 クレアは青ざめ、一行にも、深刻なムードが広がった。


 少し考えてから、ラン・ファが口を開いた。


「もし良かったら、私が後見人ということで、魔道士の塔に登録してみる? 」


 クレアは困惑したまま、ラン・ファを見つめた。


「私は、魔道士ではないけれど、魔法も使うから、魔道士の塔に登録してあるの。初歩的なことだけを、私から教わっていることにすれば、大丈夫なはずよ。もちろん、ヴァルドリューズの名前は伏せてね」


 クレアよりも、マリスの顔が、みるみる明るくなっていった。


「そうよ! 他に、魔道士の登録している人なんて、身近にはいないもの。ラン・ファに後見人になってもらうのが、手っ取り早いわ! クレア、ラン・ファと一緒に、魔道士の塔に行ってきたら? 」


 複雑な胸中のクレアは、さらに不安そうな顔になった。


「だけど、魔道士の塔の本部にまで行っていたら、何日かかってしまうか……。ほら、ケインだって、ヴァルドリューズさんがお戻り次第、妖精の国へ行かなくちゃいけないんだし……」


 クレアが、ケインに同意を求めるような視線を送る。


「登録は、本部じゃなくても大丈夫よ。この近くに支部があれば」


「それなら、そんなに時間はかからないわよ。クレア、これは、チャンスだわ。ヴァルの帰ってくる前に、ささっと登録して来ちゃえば? 」


 ラン・ファに続いてマリスが、喜ばしい顔になって、クレアに言った。

 クレアは、ラン・ファの厚意を有り難くも思う反面、複雑な想いであった。


「女性二人じゃ、いくら近所でも心配だぜ。この俺が、用心棒として、ついていってやろう! 」


 カイルが魔法剣を持ち上げ、得意そうな顔になった。


 それを見たクレアは、少しホッとした。カイルが一緒であれば、彼のお喋りで、なんとか間を持たせられそうだと思ったのだ。


「いいや。ラン・ファさんは、かなり強いぜ。お前が、心配するまでもないだろう」


 カイルの魂胆を見破ったケインが、さりげなく引き留めた。

 余計なことを、とカイルが睨む。


 慌てて、クレアが、マリスを見た。


「マリスも一緒に行かない? 」


「あたし? う~ん、あたしこそ、魔道士の塔に、顔出さない方がいいんじゃないかしら? ほら、ヴァルと一緒に旅してるの知られてるから」


「それもそうだよな。やっぱり、クレアとラン・ファさんが、二人で行くのがいいよ」


 ケインもマリスに続いて、クレアに言った。


 とうとう、クレアは、あきらめた。


「では、ラン・ファさん。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


「いいえ、こちらこそ、よろしくね」


 頭を下げたクレアに、ラン・ファは、にっこり微笑んだ。


「ミュミュも行くー! ミュミュも行くー! 」


 テーブルの上に、パンのカスを散らかしたミュミュが、立ち上がって騒いだ。


「こらこら、ミュミュが魔道士の塔なんかに行ったら、珍しがられて、標本にされちゃうかも知れないんだぞ。おとなしく、俺たちと一緒に留守番してろよ」


 ラン・ファに飛びつこうとするミュミュを、後ろから、ケインが衣に指を引っかけて止める。


 前に進めないミュミュが、余計に、手足をバタバタさせるが、ラン・ファにもやさしく説得され、魔道士の塔に必ずある、魔道士協会の販売する土産を買ってくるということで、やっと言うことを聞いたのだった。


 現在地から、最も近い魔道士の塔支部は、ウマで往復一週間はかかる。


 ラン・ファは、ハッカイやケインの傭兵仲間であった元女傭兵ミリーの、昔の甲冑をもらうことになった。


「どうせ、私はもう着ないし、ところどころ()びてもいるから、用が済んだら、捨ててくれて構わないわ」


 ミリーは、今では、一児の母親である。少しぽっちゃりしている彼女も、当時はスマートで、背丈もラン・ファに多少近かったので、甲冑は、ラン・ファにはちょうど良かった。


「女性ものの甲冑は、手に入りにくいので、助かります」


 ラン・ファは、ミリーに、丁寧に頭を下げた。


 鉄色の甲冑に身を包んだラン・ファは、ケインとハッカイにとっては、ミリーの傭兵時代を彷彿(ほうふつ)とさせ、二人は、懐かしそうに、眼を細めていた。

 ミリー自身も、眩しそうに、ラン・ファを見ていた。


 後は、ウマを購入するのみという時、ケインが、何かを思い付いた。


「おーい、吟遊詩人ー! 」


 あたり構わず適当に叫ぶと、彼の目の前に、ひゅっと人が現れ、驚いたハッカイとミリーが、後ずさった。


「やあ、きみの方から、僕を呼んでくれるなんて、まったく、どういった風の吹き回しだい? 」


 薄い衣を着た美少年は、嬉しそうに頬を染めて、にこにことケインを見上げた。


「実は、お前に頼みたいことがあって」


 吟遊詩人は、興味深そうに目を輝かせ、ケインの言葉を待つ。


「ラン・ファさんとクレアを、ここから、一番近い魔道士の塔へ、連れていってもらいたんだ」


 詩人の表情からは、みるみる光が引いていった。


「なんだい、そんなことか……」


「支部までは、一番近くても、ウマで往復一週間もかかるんだぜ。それを待っていたんじゃ、妖精の国へ出発するのも遅くなるし、道中何が起こるかもわからない。もうすぐヴァルが帰ってくるだろうけど、彼が空間移動で魔道士の塔へ連れていくわけにはいかないし、ミュミュは、ひとりずつしか運べない。なるべく早く、妖精の国へ出発するには、お前に、連れていってもらうしか考えられないんだ」


「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 」


 吟遊詩人は慌てた。


「僕は、きみの面倒は見るけどさ、きみの仲間のことまで構ういわれはないよ」


 ケインが、不思議そうな顔になった。


「そうかぁ? ドラゴンの谷では、クレアの傷を治してくれたし、ヴァルのライバル、ダグトに捕まっていたミュミュとラン・ファさんを、ここまで運んでくれたり、ヴァルのことも助けてくれたりしたんだろ? 」


「それは、全部、きみのために、つながることだったからだよ。僕としては、きみの仲間全員を守る義務はないんだ。だから、きみの仲間の都合にまで、いちいち付き合うわけにはいかないんだよ」


「そうか。じゃあ、しょうがないな。それじゃ、妖精の国は、後回しにするかな」


 詩人は、そう言うケインに、一層慌てた。


「どうして、そうなるんだよ!? このことと、妖精の国とは、関係ないじゃないか」


「だって、妖精の国への、唯一のカギだったミュミュが、場所がわからないんじゃ、行きようがないよ。あとは、妖精たちの憧れの人間『ユリウス』ってのを、探すしかないけど、いつになることか。


 そこに魔石があるとわかっているんだったら、行ける時に行けばいいことだろう。だったら、もうひとつの魔石の場所を探しながら、次元の穴をふさぐ旅を続けてもいいわけだ。


 ラン・ファさんとクレアには、この街までわざわざ戻ってきてもらわなくても、どこか途中で落ち合えばいいし、ヴァルは放っておいても、マリスの魔力を見つけ出して、俺たちを追って来られるだろう。早いうちに、クレアには登録を済ませてもらった方がいいんだから、この手しかないだろう? 」


「ちょっと、待ってくれ。……妖精が、自分の祖国がわからない……だって? 」


 目を丸くした吟遊詩人は、ケインの肩から、顔をのぞかせているミュミュに、目を留めた。


「ねえ、きみ、本当に、自分の生まれ故郷がわからないの? 」


 ミュミュは、パチパチッと、まばたきをした。


「だから、ミュミュは、ユリウス探してたんだよー。ユリウスに頼んで、連れて行ってもらおうと思って」


「……ウソだろ? 妖精が、自分の国の帰り方を知らないなんて……」


 吟遊詩人はぼう然と、ミュミュを見るが、ミュミュは飛び立つと、さっとカイルの髪の中に、隠れてしまった。


「そういうあなたは、知ってるんでしょ? 」


 マリスが言った。

 詩人は、無言だったので、マリスが問い詰める。


「ケインが魔石を集めるのに、協力しているんだったら、最初っから、あなたが妖精の国へ、連れて行けばいいじゃない。なんで、わざわざ、ややこしいことさせようとするのよ? 」


 吟遊詩人は、肩を落として、顔だけ、マリスに振り返った。


「そう何でもかんでも僕をあてにしてもらっちゃ、ダメなんだよ。ドラゴン・マスター・ソード継承者の修行にならないじゃないか。時間がないから、僕がいろいろ協力することになっちゃったけどさ、本来は、全部自分でやってもらわないとならないことなんだからね。僕が手伝っていいのは、差しさわりのない部分だけなんだよ」


 ケインが、再度、口を開いた。


「だったら、言った通り、妖精の国は後回しだ。次元の穴をふさぐのも、急がないと、被害に合う町や村が一層増えることになる。やっぱり、次元の穴を防ぐついでに、魔石と、『ユリウス』を探す。そうしよう! 」


 詩人は、溜め息をついた。

 それから、ケインを見た。


「……わかったよ。ラン・ファさんとクレアさんを、魔道士の塔まで連れていくよ。きみには、他の魔石よりも先に、どうしても、妖精の国へ行ってもらわなくてはならないんだ。そこまでの道のりも、出来る範囲で、僕が案内するよ」


「サンキュー! 恩に着るぜ! 」


 ケインが笑顔で、詩人の肩を叩いた。

 詩人は恨めしそうに、横目で、彼を見る。


 そうして、仏頂面で、ラン・ファとクレアを近くに寄らせると、三人の姿は消えた。

 さっそく、魔道士の塔へと、空間を移動して向かったのだと、皆は解釈した。


 マリスには、ケインが「妖精の国を後回しにする」と言ったのは、ハッタリだとわかっていた。


 黒魔法しか使えないマスター・ソードに、残りの魔石をそろえ、最も完全版マスター・ソードにしたいと思っているのは、ケイン自身にほかならなかったのだから。


 同時に、クレアの登録も、今後の旅においても、必要不可欠であった。


「ケインて、案外、したたかなのね」


 マリスが、くすっと笑って、ケインを見た。


「ま、使えるものは使わないとな」


 ケインは、マリスを向き、肩をすくめて笑ってみせた。


ラン・ファのドレスひらひら攻撃? 防御? 書いてたら、ジャッキー・チェンの『ヤング・マスター』にも、そんな場面があったっけ? と、ふと思い出しました。(^_^;


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