朝稽古
朝早く、風を切る音が鳴る。
居酒屋の裏庭では、いつものように、ケインが素振りの練習をしていた。
剣が空気を裂く音は、彼が聞き慣れたものよりも、ずっと軽かった。
ケインは、手にしている剣を、じっと見つめる。
「今までバスター・ブレードで素振りをしていたせいか、マスター・ソードだと、あの重量感がないなぁ」
父親から譲り受けた巨人族の剣は、段平よりもさらに大きく、重い。
バスター・ブレードを手に旅に出てからの二年間、朝稽古に素振りをしてきた彼にとっては、物足りなさを感じていた。
「ふふっ、今日もやってる、やってる」
庭の木の上からは、薄い衣をはおった少年が、気配を隠し、眺めていた。
彼は、ケインと出会ってから、彼の朝稽古を、悟られずして、見守ってきていた。
彼には、ケインの心情がわかっていた。励ましの言葉をかけたく思っていても、どうも、彼を前にすると、からかいたくなってしまう。
(きみは、バスター・ブレードに慣れてしまっていたから、今は、そのマスター・ソードが物足りなく思えるかも知れないけれど、いずれは、それを使いこなせなければならない時が来るんだよ)
そう告げようと、彼が、木から下りようとした時だった。
「朝早くから、熱心ね」
穏やかな女の声に、ケインが振り向く。
「ラン・ファさん」
木の上の少年は留まった。
ラン・ファは、シンプルなドレスを着ていた。
このタイスランの街に着いてから、購入したものだった。
彼女の神秘的な黒い瞳が、ケインに微笑む。
「しばらく剣を振っていなかったから、私もお相手願おうかしら」
ドレスの後ろからのぞく彼女の右手には、刀身に近い柄に赤い宝石のついた剣が、握られていた。
昨日出会ったばかりだが、ドレス姿しか見ておらず、これまでに見て来た女戦士たちとは違う、やさしげな雰囲気のせいか、彼からすると、ラン・ファが戦士とは結びつかなかったが、マリスの武道の師匠であるというからには、侮るわけにはいかない。
素振りに満足感が得られなかった彼には、相手にとって不足はなかった。
「よろしくお願いします」
ケインが、頭を下げる。
ぐだぐだと言い訳をせず、素直にそのような態度に出た彼に、ラン・ファは好感を持ったようだった。
大抵の戦士は、女など相手にしないものであるが、彼がそうすることで、彼女の実力を認め、敬意までもが表れていた。
妖精に認められた伝説の戦士の要素を持ちながら、自分の力を過信せず、謙虚に、ラン・ファの申し出を受けたと、彼女には伝わった。
「お手並み拝見するわ」
にこやかに剣を構えたラン・ファだが、その目の奥が、きらりと光ったと同時に、剣を繰り出した。
ケインに焦った様子はなく、マスター・ソードで受け止める。
金属のぶつかり合う音が、空気を震わせる。
「ふ~ん、なるほど。ホントに、油断はしていなかったみたいね」
「そりゃあ、マリスのお師匠様が、お相手であるからには」
ラン・ファは、満足そうに、ケインを見つめていた。
ケインの方は、相手がマリスの師であることで、なにか突拍子もない攻撃をしてくるに違いないと、五感を研ぎ澄ませていた。
マリスと特訓する時は素手であるが、今回は、真剣を使用しているため、緊張感も違う。
ケインは視線をラン・ファから離さず、剣を押し返した。
すぐに、ラン・ファが剣を切り返し、左側を狙う。
それを読んだケインは、冷静に受け止めた。
繰り返されるラン・ファの攻撃に、ケインは、自分が試されているとわかった。
それならばと、攻撃に転じる。
ラン・ファは長身で、ドレスを着てはいても、それを感じさせないほど身軽であった。
その上、ドレスは、彼女の思い通りに、ひらひらと舞い、彼の視界を遮る。
(もしかして、それを計算して、ドレスの生地や丈を選んだ……!? )
厄介なドレスであった。
その動きに惑わされないよう、ケインは、より精神を集中させた。
そして、次にケインが、マスター・ソードを突き出した時、ラン・ファの身体が、ふわっと、宙に浮いたのだった。
「……!? 」
ケインは、目を疑った。
ラン・ファは、浮かんだまま、空中から、艶かしい微笑みをこぼす。
「びっくりした? 私は、ちょっとした魔法も使えるのよ」
空中からくるりと身を翻すと、ラン・ファの剣を持っていない方のてのひらから、冷気が吹き出した。
ケインは、すぐに気持ちを切り替え、マスター・ソードを横に構えた。
冷気は、剣に吸収された。
「魔法を吸収した!? 」
目を疑いたくなったのは、今度は、ラン・ファの方であった。
空中から、彼女が魔法を放つたびに、ケインの剣が、魔法を吸収する。
ラン・ファは、地上に降りた。それからは、魔法は使わず、再び剣のみの戦いとなった。
鋭い金属音がしばらく聞こえていたが、やがて、止んだ。
「なかなかの腕前のようね。驚いたわ」
うっすらと汗ばんだ額を拭って、ラン・ファは、にっこりと微笑み、剣をしまった。
「ありがとうございました」
ケインも頭を下げると、剣を鞘に納めた。
「剣の腕も良かったけれど、あなたの体術は、どこか私やマリスの『武遊浮術』と似ていたような……? 」
「実は、俺も、かじったことがあるんです、『武遊浮術』を」
ラン・ファは驚いて、ケインを見つめた。
「どこで、それを身につけたの? 」
「昔、東洋の雑技団にいた女の子に、ちょっとだけ、教えてもらったんです。何度挑んでも、その子には勝てなかったもんだから、とうとう頭を下げて」
ケインは、笑った。
「その子、よく教えてくれたわね。これは、女性にしか伝授してはならないと定められているのよ」
「そんな掟があったことは、マリスからも聞きましたが、俺が教わったのは、本当に基本的なことだけで」
ラン・ファには、なんとなくわかった。
彼ならば、技を悪用したり、ひけらかしたりはしない。そう確信して、その少女は教えたのだろうと。
ケインには、何の邪心もなく、真っ直ぐに育って来た、誠実な人間であると、見る人に思わせるところがあった。
「ところで、あなたの剣は、魔法剣なの? 」
ラン・ファは、積み重なった丸太の上に、腰かけて尋ねた。
「これ、マスター・ソードって言うんです。正式には、ドラゴン・マスター・ソード、と」
「ドラゴン・マスター・ソードーードラゴン・マスターの使う剣ね……! 」
ラン・ファが、目を見開いた。
伝説の剣は、どれも入手は困難である。中でも、マスター・ソードは謎に包まれていた。
「私の祖国にも、かつて、ドラゴン・マスターと呼ばれる人たちがいたと聞くわ。昔の話だから、もう伝説になっちゃったけど。……そうなの、あなたが、ドラゴンと心を通わせ、その力を操ることのできる、ドラゴン・マスター……! 」
ケインは、困ったように笑った。
「でも、それには、魔石を集めないと、完璧にはドラゴンの力を使うことが出来ないんですよ。二年前に、魔石を失って、今はまだ一つしか手に入れてないんです。だから、そんなにたいしたことは、出来ませんよ」
ラン・ファは、表情を変えずに、ケインを見たままだった。
「それでも、その剣を手に入れられたというだけでも、あなたには、普通の人にはない力を秘めている、ということよ」
ケインは、ますます苦笑した。
「いや、でも、他の伝説の剣は、手に入れるのは大変ですが、マスター・ソードに限っては、剣を作ったマスターって神の、単なる気まぐれかも知れませんから」
「神? 」
「はい。といっても、神殿で崇めるような神とは、また違う役割のようなんですが。だから、俺が、この剣を手に入れられたのは、たまたまかも。その後の、『ドラゴンを卵から育てる課題』の方が重要で」
ラン・ファは、目の前の、普通の傭兵であり、年齢よりも幼く見えてしまう童顔のケインを、まじまじと見つめていた。
「ラン・ファさんの剣も、魔法がかかっていましたね。でも、普通、魔法能力のある剣同士がぶつかると、緑色の火花が出るはずなんですが、なぜ赤かったんです? 」
ケインが思い出したように言った。
「やっぱり、わかっていたのね」
ラン・ファは、もう一度、剣を抜いてみせた。
「この柄にある石はね、『竜眼』と言って、魔力を放つ紅玉なの。それが、魔力の強いものに接触した時、赤い火花を放つのよ。この剣は、『ドラゴン・スレイヤー』と名付けられていて、東洋の腕利きの鍛冶屋が作ったものなの。名前の通り、ドラゴンをも切り裂くほどの威力があると言われているわ。ドラゴンとお友達のあなたにとっては、あまり聞こえの良い名前じゃないわね」
ケインは、ラン・ファから剣を預かると、瞳を輝かせて、剣に見入っていた。
彼にも、異色な印象を受ける剣であった。
刀身に近い柄の部分に、はめ込まれたドラゴン・アイを眼として、柄全体が、ドラゴンを象っているようにも見える。
紅玉も、カットされる前の、原石を磨いた程度の、丸い形をしている。
厳かな雰囲気から、骨董品のようにも見えた。
ケインの、剣を見つめるその様子を、微笑ましそうに、ラン・ファは見ていた。
食堂では、ラン・ファと一行が、朝食を摂っていた。
ヴァルドリューズの戻る様子は、まだなかった。
ミュミュは、ラン・ファから、食べ物を分けてもらっている。
いつものように、テーブルの上に、脚を投げ出してペタンと座り、パンを身体中で抱え込んで、頬張っている。
ラン・ファが、食べやすいようちぎってあげようとしても、大きいままがいいと言って聞かずに、かじりついているのだった。
たあいもない会話の最中、ふと、ラン・ファがクレアを見た。
「そういえば、クレアちゃんは、ヴァルドリューズに魔法を習っているそうだけど、よく魔道士の塔の許可をもらえたわね。彼、あそこでは、お尋ね者なのに」
「えっ? 魔道士の塔の許可? 」
皆の手は止まった。
ミュミュだけは、ケインの皿から、スープをちょっとだけすすり、またパンにかじりついていたが。
「あの、魔道士の塔の許可って……? 」
クレアが、おそるおそるラン・ファを見上げた。
「もらってないの? 」
ラン・ファが目を丸くした。
「魔道を習う者は、『この人に、これから魔法を習うことにします』という宣言を、魔道士の塔ですることになっているのよ。そうやって、魔道士見習いの登録をしておけば、魔道士検定試験を受ける前でも、ヤミ魔道士に間違われることはないの」
「ま、魔道士検定? 」
初めて聞くようなクレアと、皆の反応に、ラン・ファは悟った。
「……ヴァルドリューズったら、話していなかったみたいね」
ケインが、皆を見回した。
「そういえば、俺も思ったことがあった。魔道士の塔では、ヤミ魔道士と、魔道士と認められる前の見習いとの区別を、どうやって付けてるんだろうって。ヤミ魔道士の方も、『今は魔法修行中の身です』って、言い逃れもしていないみたいだったし」
「そうだよな。だから、黒い騎士団の、あのマリリンてお子様も、魔道士の塔から見れば、ヤミ魔道士だったんだろう」
カイルも納得した顔で言った。
マリスが心配そうに、クレアを見る。
「だからといって、今、クレアが、魔道士の塔に登録に行っても、その師匠がヴァルじゃあ、許可なんてもらえるどころか、ヴァルの居場所をしつこく聞かれたり、クレアまでヤミ魔道士扱いされたり、下手したら、彼を誘き出そうと、人質にされたり……なんてことも……? 」
「そ、そんな! 」
クレアは青ざめ、一行にも、深刻なムードが広がった。
少し考えてから、ラン・ファが口を開いた。
「もし良かったら、私が後見人ということで、魔道士の塔に登録してみる? 」
クレアは困惑したまま、ラン・ファを見つめた。
「私は、魔道士ではないけれど、魔法も使うから、魔道士の塔に登録してあるの。初歩的なことだけを、私から教わっていることにすれば、大丈夫なはずよ。もちろん、ヴァルドリューズの名前は伏せてね」
クレアよりも、マリスの顔が、みるみる明るくなっていった。
「そうよ! 他に、魔道士の登録している人なんて、身近にはいないもの。ラン・ファに後見人になってもらうのが、手っ取り早いわ! クレア、ラン・ファと一緒に、魔道士の塔に行ってきたら? 」
複雑な胸中のクレアは、さらに不安そうな顔になった。
「だけど、魔道士の塔の本部にまで行っていたら、何日かかってしまうか……。ほら、ケインだって、ヴァルドリューズさんがお戻り次第、妖精の国へ行かなくちゃいけないんだし……」
クレアが、ケインに同意を求めるような視線を送る。
「登録は、本部じゃなくても大丈夫よ。この近くに支部があれば」
「それなら、そんなに時間はかからないわよ。クレア、これは、チャンスだわ。ヴァルの帰ってくる前に、ささっと登録して来ちゃえば? 」
ラン・ファに続いてマリスが、喜ばしい顔になって、クレアに言った。
クレアは、ラン・ファの厚意を有り難くも思う反面、複雑な想いであった。
「女性二人じゃ、いくら近所でも心配だぜ。この俺が、用心棒として、ついていってやろう! 」
カイルが魔法剣を持ち上げ、得意そうな顔になった。
それを見たクレアは、少しホッとした。カイルが一緒であれば、彼のお喋りで、なんとか間を持たせられそうだと思ったのだ。
「いいや。ラン・ファさんは、かなり強いぜ。お前が、心配するまでもないだろう」
カイルの魂胆を見破ったケインが、さりげなく引き留めた。
余計なことを、とカイルが睨む。
慌てて、クレアが、マリスを見た。
「マリスも一緒に行かない? 」
「あたし? う~ん、あたしこそ、魔道士の塔に、顔出さない方がいいんじゃないかしら? ほら、ヴァルと一緒に旅してるの知られてるから」
「それもそうだよな。やっぱり、クレアとラン・ファさんが、二人で行くのがいいよ」
ケインもマリスに続いて、クレアに言った。
とうとう、クレアは、あきらめた。
「では、ラン・ファさん。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「いいえ、こちらこそ、よろしくね」
頭を下げたクレアに、ラン・ファは、にっこり微笑んだ。
「ミュミュも行くー! ミュミュも行くー! 」
テーブルの上に、パンのカスを散らかしたミュミュが、立ち上がって騒いだ。
「こらこら、ミュミュが魔道士の塔なんかに行ったら、珍しがられて、標本にされちゃうかも知れないんだぞ。おとなしく、俺たちと一緒に留守番してろよ」
ラン・ファに飛びつこうとするミュミュを、後ろから、ケインが衣に指を引っかけて止める。
前に進めないミュミュが、余計に、手足をバタバタさせるが、ラン・ファにもやさしく説得され、魔道士の塔に必ずある、魔道士協会の販売する土産を買ってくるということで、やっと言うことを聞いたのだった。
現在地から、最も近い魔道士の塔支部は、ウマで往復一週間はかかる。
ラン・ファは、ハッカイやケインの傭兵仲間であった元女傭兵ミリーの、昔の甲冑をもらうことになった。
「どうせ、私はもう着ないし、ところどころ錆びてもいるから、用が済んだら、捨ててくれて構わないわ」
ミリーは、今では、一児の母親である。少しぽっちゃりしている彼女も、当時はスマートで、背丈もラン・ファに多少近かったので、甲冑は、ラン・ファにはちょうど良かった。
「女性ものの甲冑は、手に入りにくいので、助かります」
ラン・ファは、ミリーに、丁寧に頭を下げた。
鉄色の甲冑に身を包んだラン・ファは、ケインとハッカイにとっては、ミリーの傭兵時代を彷彿とさせ、二人は、懐かしそうに、眼を細めていた。
ミリー自身も、眩しそうに、ラン・ファを見ていた。
後は、ウマを購入するのみという時、ケインが、何かを思い付いた。
「おーい、吟遊詩人ー! 」
あたり構わず適当に叫ぶと、彼の目の前に、ひゅっと人が現れ、驚いたハッカイとミリーが、後ずさった。
「やあ、きみの方から、僕を呼んでくれるなんて、まったく、どういった風の吹き回しだい? 」
薄い衣を着た美少年は、嬉しそうに頬を染めて、にこにことケインを見上げた。
「実は、お前に頼みたいことがあって」
吟遊詩人は、興味深そうに目を輝かせ、ケインの言葉を待つ。
「ラン・ファさんとクレアを、ここから、一番近い魔道士の塔へ、連れていってもらいたんだ」
詩人の表情からは、みるみる光が引いていった。
「なんだい、そんなことか……」
「支部までは、一番近くても、ウマで往復一週間もかかるんだぜ。それを待っていたんじゃ、妖精の国へ出発するのも遅くなるし、道中何が起こるかもわからない。もうすぐヴァルが帰ってくるだろうけど、彼が空間移動で魔道士の塔へ連れていくわけにはいかないし、ミュミュは、ひとりずつしか運べない。なるべく早く、妖精の国へ出発するには、お前に、連れていってもらうしか考えられないんだ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 」
吟遊詩人は慌てた。
「僕は、きみの面倒は見るけどさ、きみの仲間のことまで構ういわれはないよ」
ケインが、不思議そうな顔になった。
「そうかぁ? ドラゴンの谷では、クレアの傷を治してくれたし、ヴァルのライバル、ダグトに捕まっていたミュミュとラン・ファさんを、ここまで運んでくれたり、ヴァルのことも助けてくれたりしたんだろ? 」
「それは、全部、きみのために、つながることだったからだよ。僕としては、きみの仲間全員を守る義務はないんだ。だから、きみの仲間の都合にまで、いちいち付き合うわけにはいかないんだよ」
「そうか。じゃあ、しょうがないな。それじゃ、妖精の国は、後回しにするかな」
詩人は、そう言うケインに、一層慌てた。
「どうして、そうなるんだよ!? このことと、妖精の国とは、関係ないじゃないか」
「だって、妖精の国への、唯一のカギだったミュミュが、場所がわからないんじゃ、行きようがないよ。あとは、妖精たちの憧れの人間『ユリウス』ってのを、探すしかないけど、いつになることか。
そこに魔石があるとわかっているんだったら、行ける時に行けばいいことだろう。だったら、もうひとつの魔石の場所を探しながら、次元の穴をふさぐ旅を続けてもいいわけだ。
ラン・ファさんとクレアには、この街までわざわざ戻ってきてもらわなくても、どこか途中で落ち合えばいいし、ヴァルは放っておいても、マリスの魔力を見つけ出して、俺たちを追って来られるだろう。早いうちに、クレアには登録を済ませてもらった方がいいんだから、この手しかないだろう? 」
「ちょっと、待ってくれ。……妖精が、自分の祖国がわからない……だって? 」
目を丸くした吟遊詩人は、ケインの肩から、顔をのぞかせているミュミュに、目を留めた。
「ねえ、きみ、本当に、自分の生まれ故郷がわからないの? 」
ミュミュは、パチパチッと、まばたきをした。
「だから、ミュミュは、ユリウス探してたんだよー。ユリウスに頼んで、連れて行ってもらおうと思って」
「……ウソだろ? 妖精が、自分の国の帰り方を知らないなんて……」
吟遊詩人はぼう然と、ミュミュを見るが、ミュミュは飛び立つと、さっとカイルの髪の中に、隠れてしまった。
「そういうあなたは、知ってるんでしょ? 」
マリスが言った。
詩人は、無言だったので、マリスが問い詰める。
「ケインが魔石を集めるのに、協力しているんだったら、最初っから、あなたが妖精の国へ、連れて行けばいいじゃない。なんで、わざわざ、ややこしいことさせようとするのよ? 」
吟遊詩人は、肩を落として、顔だけ、マリスに振り返った。
「そう何でもかんでも僕をあてにしてもらっちゃ、ダメなんだよ。ドラゴン・マスター・ソード継承者の修行にならないじゃないか。時間がないから、僕がいろいろ協力することになっちゃったけどさ、本来は、全部自分でやってもらわないとならないことなんだからね。僕が手伝っていいのは、差しさわりのない部分だけなんだよ」
ケインが、再度、口を開いた。
「だったら、言った通り、妖精の国は後回しだ。次元の穴をふさぐのも、急がないと、被害に合う町や村が一層増えることになる。やっぱり、次元の穴を防ぐついでに、魔石と、『ユリウス』を探す。そうしよう! 」
詩人は、溜め息をついた。
それから、ケインを見た。
「……わかったよ。ラン・ファさんとクレアさんを、魔道士の塔まで連れていくよ。きみには、他の魔石よりも先に、どうしても、妖精の国へ行ってもらわなくてはならないんだ。そこまでの道のりも、出来る範囲で、僕が案内するよ」
「サンキュー! 恩に着るぜ! 」
ケインが笑顔で、詩人の肩を叩いた。
詩人は恨めしそうに、横目で、彼を見る。
そうして、仏頂面で、ラン・ファとクレアを近くに寄らせると、三人の姿は消えた。
さっそく、魔道士の塔へと、空間を移動して向かったのだと、皆は解釈した。
マリスには、ケインが「妖精の国を後回しにする」と言ったのは、ハッタリだとわかっていた。
黒魔法しか使えないマスター・ソードに、残りの魔石をそろえ、最も完全版マスター・ソードにしたいと思っているのは、ケイン自身にほかならなかったのだから。
同時に、クレアの登録も、今後の旅においても、必要不可欠であった。
「ケインて、案外、したたかなのね」
マリスが、くすっと笑って、ケインを見た。
「ま、使えるものは使わないとな」
ケインは、マリスを向き、肩をすくめて笑ってみせた。
ラン・ファのドレスひらひら攻撃? 防御? 書いてたら、ジャッキー・チェンの『ヤング・マスター』にも、そんな場面があったっけ? と、ふと思い出しました。(^_^;