伝説の勇者
「魔除けの護符って……? 」
新入りの傭兵が、タイガに、おそるおそる尋ねた。
「ああ、ダンの剣には、白魔法の護符がついてるんだ。ベアトリクスを出る前に、友達の巫女が付けてくれたんだと。普通は、神殿に行って頼むんだが、すげえ金がかかるんだぜ。魔道士の塔だか、魔道士協会だかだと、もっとらしいけどな。まったく、いい友達持ってやがるぜ、ダンのヤツ」
タイガは、視線を、ダンとソルジャーの戦いへと戻した。
黒い魔物じみた動物は、緑色の目をぎらぎらとさせ、牙だらけの口を開け、唸り声を上げ、威嚇した。
唾液が、牙の間から、したたり落ちているその様は、狂犬めいている。
ダンは、充分な間合いを取り、剣を逆手に持つと、縦に構えた。
その足元で、小石がジャリッと音を立てたとき、黒いデモン・ソルジャーが、唾液をまき散らし、飛びかかった。
ガツッ!
巨大な爪を、剣が盾になって防ぐ。
先と同じように煙が吹き出すが、それだけでは、ソルジャーの致命傷にはならないようだった。
「なんて力だ! タイガでも、かなわなかったのがわかる! 」
目の前のソルジャーの形相は、一層、凄まじい。
ダンの首を食いちぎろうと、牙を剥き、顔を近付けた。
「ギャッ! 」
悲鳴を上げ、弾かれたのは、ソルジャーの方であった。
ダンの右脚が、ソルジャーの腹を蹴り飛ばしたのだった。
体勢を立て直す時間を与えずに、ダンの右拳が、顎を突き上げる。
「グエッ! 」
ソルジャーは面食らい、飛びすさった。
「二〇〇六号、そいつは、村人や野盗とは一味違うようだ。心してかかれ」
軍人は言い放った。
唸り声を発しながら、距離を置いて、恨めしそうに睨むソルジャーの方も、ダンを、一筋縄ではいかない獲物だと、用心しているようだ。
その様子を見て、ダンは、ふと思った。
(なんで、魔物が、人間の言うことを聞くんだ? あの化け物、さっきから、まるで、あいつら軍人の言うことが、わかるみたいだ。召喚された魔物なら、確か、その召喚士の言うことしか聞かないはずだ。といって、あいつらは、魔道士には見えねえし、……どうも、召喚術の魔物とは、違うように思える)
だが、今は、そのようなことは、関係なかった。
ダンは、それ以上、ソルジャーや、彼らのことを深く考えるのはやめた。
「ガオオオオオ……! 」
地面を蹴ったソルジャーが、ダンに向かう。
僅かに地面を蹴っただけで、右から来ると見せかけ、左へと方向を変えた。
その跳躍力からも、常人の何倍もの筋肉、運動能力を備えているのがわかる。
「へん! フェイントをかけるとは、器用なことするじゃねえか! 」
不敵な笑みを浮かべていたダンが、その動きを見切るには、それこそ、常人以上の観察力、精神力を要する。
ソルジャーが爪を振り上げ、ダンが躱そうというところだった。
牙に覆われた口から、緑色の液砲が飛び出した。
意表をつかれたダンが、目を見開く。
次の瞬間、見ていた者すべての目の前から、ダンの姿が消えたのだった!
「……き、消えた!? 」
黒服の男たちも、ソルジャーも、動揺し、必死に彼の姿を探す。
彼らだけではなく、タイガや仲間の傭兵たち、まだ近くにいた村人たちも。
「俺は、ここだ! 」
そう、天から声が振って来たと思うと、
ごとり……!
誰もが、信じられない光景を、目にしていた。
いきなり、ソルジャーの頭上に現れたダンが、黒い魔物めいたソルジャーの首に、剣を振り下ろしたのだった。
デモン・ソルジャーは、声も上げずに、ただ首が、地面に転がった。
ダンが着地した。
彼は、息を飲む人々の前で笑うと、肩に手を添えて言った。
「助かったぜ、ジャック! お前が来てくれなかったら、ちょっとヤバかったかもな! 」
ダンの肩には、サイスの治療を終えたエルフが、ちょこんと乗っかっていた。
ジャックの特殊な能力で、ダンは、一瞬で、空間の中を移動したのだった。
「なっ、なんということだ……! 」
「またしても、我々のデモン・ソルジャーが……! 」
二人の軍人は、これまでのクールな外見と異なり、冷静さを欠いていた。
「……お、おのれ、よくも……! 我らの組織を、甘く見るでないぞ! 目にもの見せてくれるわ! 」
「ま、待て、少尉! 」
驚き、逆上した男は、もうひとりが止めるのも聞かずに、ダンへ走り出し、腰に差してあったサーベルを引き抜いた。
「この俺に、ケンカ売ろうってのか? 上等だぜ! 」
ダンの身体が、またしても、ジャックの能力で、ふわりと浮かぶ。
サーベルを手にした男は、逆上したあまり、気が付いていない。
「ちょうどいい。お前らには、この俺の伝説を作り上げる手伝いをしてもらおう! 」
ダンの身体がさらに浮かんだと思うと、瞬時に降下し、男の突き出したサーベルを、逆に迎え撃った。
サーベルは、ダンの持つロング・ブレードに、打ち砕かれた。
男の目が、黒メガネの奥で見開かれたとわかる。
さらに、ロング・ブレードは、黒い服の肩に食い込むと、そのまま、胸まで、剣は下ろされた。
ダンは地面に降り立ち、倒れた男の身体から、剣を抜いた。
男が悲鳴を上げ、のたうち回った。
「少尉! 」
もうひとりの男が駆け寄ると、ロング・ブレードが、男の鼻先に、つけられた。
男は、仲間を助けることも出来ずに、腰を抜かし、尻を地面についた。
ダンが笑う。
「いいか、よく覚えておけ。俺は、傭兵団『真ハヤブサ団』のリーダー、『黒いハヤブサのダン』だ! お前ら、この村から、手を引け。もう二度と、ここへは来るんじゃねえ。わかったか! 」
男は、自分の身体が震えているのがわかった。
ダンの剣に恐怖を感じていた。
組織の中で、厳しい鍛錬をこなしてきたこの自分ですら、この青年にはかなわないと悟っていると、誰もが容易に想像できた。
「……伝説の……勇者!? 」
男は、伝説など信じてはいなかったであろうが、ダンを見て、はっきりと、口にしていた。
男を尻目に、タイガ、サイス、残りの傭兵、村人たちは、歓声を上げて、ダンを取り囲んだ。
「ああ、勇者様! ありがとうございます! 」
「村を魔の手から救っていただき、本当に、なんとお礼を申し上げてよいやら! 」
村人が口々にダンを褒め讃えた。
老人たちは、「ありがたや! ありがたや! 」と、手をすりあわせ、何度も深々と頭を下げ、子供たちも、「勇者様だ! 勇者様だ! 」と、集まり、騒ぎ立てていた。
その夜、村では、宴が開かれた。
大きな焚き火を取り囲み、傭兵団は、村人たちに、もてなされていた。
ダンにしてみれば、村を救ったのは、あくまでもついでであったのだが、山脈の抜け道もわかったことで、目指していたナルガス公国へは、一晩、この村に宿泊してからでも、充分間に合うため、遠慮なく、宴に招かれたのだった。
「まったく、おめえは、すげぇヤツだぜ、ダンよぉ! 」
ダンの横では、タイガが、顔中に笑みを溢れさせて、杯にたっぷりと酒を盛り、ダンにも注いでいた。
もう片方の隣では、すっかり怪我の治ったサイスが、ちびちびと酒を啜り、その横には、女戦士アスタルテがいる。彼女は、特に笑いもせずに、目の前にある果実などを、静かに食べていた。
「いつもながら、無茶なヤツだぜ、お前は。だが、俺の老婆心など、いつも不要に終わっちまう。お前のことは、心配するだけ無駄だな」
「ははは、ひでえな、サイス! これからも、心配してくれよ! 」
ダンが笑いかけると、サイスも口の端を少し上げる程度であったが、彼は、それでも笑っているらしかった。
その様子を眺めるアスタルテと、ダンの視線が合う。
ダンが微笑むと、アスタルテも、ほんの少しだけ笑顔を見せた。
焚き火を前に、村の踊り子たちが、その村で代々伝わる踊りを、披露した。
傭兵団も、村人たちも、陽気に歌い、踊りに加わる者もいた。
ダンたちのところには、村人から次々と酒や食べ物が運ばれ、崇めるような言葉をかけられた。
宴も終わり、それぞれが、家や宿屋へと向かう頃であった。
「勇者様」
長老である老人が、ダンに声をかけた。
振り向くと、長老の一歩後ろには、焚き火の前で踊っていた踊り子もいた。
黒い髪が腰まであり、薄手の布を、露出した衣装の上から、はおっている。
まぶたには、きらきらと光る青い粉を付けていて、唇は、深紅に塗られていた。
「踊りの筋も良い、村一番の器量良しですじゃ。金も宝も何もない村ですゆえ、このようなおもてなしくらいしか出来ぬのが、まことに情けないのですが。他にも必要なものがありましたら、遠慮なく、おっしゃってくだされ」
女は、すらりと長い脚で、長老の隣に進み出た。
その美しい顔立ちは、宴の興奮がまだ冷めやらぬためか、村を救った勇者を前に、心をときめかせているのか、わずかに上気していた。
ダンは、その美しい踊り子の、完璧に化粧された顔を見つめたが、彼の瞳には、特に、何の感動もあらわれてはいない。
「タイガには、木の実酒と体格のいい女を。器量は問わない。サイスには、煙草とクス酒を持たせてやってくれ」
「かしこまりました」
長老が、深々と、頭を下げる。
それを背に、ダンは宿へと向かって行き、踊り子が、その後に続いていった。
朝早く、アスタルテは水を汲みに、小川へやってきた。船で渡る川ではなく、山からの湧き水である。
朝の柔らかな日差しが、水面をきらきらと光らせている。
アスタルテは水を手ですくい、顔を洗った。
「よう。早いな」
その声に振り返ると、ダンも、水筒を手に、来たところであった。
別段、いつもと変わらない笑顔であったが、アスタルテの目は、表面以外のところまで射抜いていた。
「どうかしたのか、ダン? 何か、気になることでも? 」
ダンの瞳に驚きが現れるが、すぐに、思い直したように、小さく笑った。
「やっぱり、鋭いな、アスタルテは。お前には、どんなヤツも、隠し事は出来ないだろうな」
ダンの笑顔は、いたずらを母親に見付かった子供のように、隠しても無駄と観念したものだった。
「昨日の話を、お前は、どう思う? 」
そう問われたアスタルテは、不可解な顔になった。
「昨日の話とは……? お前が連れ込んだ女の話か? 」
「ちげーよ! 」
真顔のアスタルテに、ダンは、少しだけ頬を赤らめた。
「俺が連れ込んだんじゃないだろ? いきさつを、よく思い出してみろよ」
「ああ、わかっている」
「そ、そうか。なら、いい」
ダンは、咳払いをしてから、真面目な顔になった。
「昨日のあの組織、あんな魔物じみたソルジャーなんてものを作り出して、あれは、ちょっとヤバそうだったな。あんな技術だか魔術だかを持ってるってことは、何か巨大な悪の匂いがする」
「ああ、そうだな。それで、お前は、あの組織を潰そうだとか、まさか、考えているというわけではないのだろう? 」
「ああ。奴らが、例え『悪』だとハッキリわかったとしても、俺には、かかわりのないことだと思う。俺たちの目標の邪魔をしない限り、奴らを、こっちからぶっ潰しにいこう、などとは思わない」
「だろうな。お前なら、そう言うと思った」
「お、おう。だからな、俺が、昨日から気になってて、お前に尋ねたのは……」
アスタルテは、表情も変えないまま、応えた。
「もうひとりの、伝説の勇者のことだな」
ダンの表情が引き締まってから、緩んだ。
「……さすがだな。やっぱり、お見通しってわけか」
首を引っ込めたダンは、溜め息をついた。
「伝説の剣を持ち、影みたいなドラゴンを操り、妖精を連れているとも。いったい、どんなヤツなんだ……? 」
独り言のように、言葉は、彼の口をついて出ていた。
「伝説の剣……俺が、最も欲しかったものだ。それを、二つも、既に手にしているとは……! 俺とそんなに年も変わらないような話だった。そいつは、いったい、どうやって、二つの剣を、手に入れたんだ? 」
「『強く願い、努力すれば、手に入る。だが、執着し過ぎると、己を見失い、いずれ破滅の道をたどる』ーー私の国の格言だ」
「最もかも知れねえ。だが、俺は、今よりも、もっと強くならなくちゃならねえんだ。今のところ、俺のロング・ブレードは無敵だが、伝説の剣には、かなわないだろう。どうにか手に入れられないものか……」
ダンは、拳を握りしめた。
「それと、影のようなドラゴンを操るとは、どういうことだ……? 」
アスタルテが、静かに口を開く。
「巨大な剣はバスター・ブレードと言ったな。その剣のことは、残念ながら、私は知らないが、ドラゴンを操るというのは、心当たりがある。ドラゴンと心を通わせる『ドラゴン・マスター』という者が存在すると聞く。もし、そうだとすると、その男の持つもうひとつの伝説の剣とは、『ドラゴン・マスターの持つ剣』かも知れない」
「ドラゴン・マスターだって? 」
信じられないとばかりに聞き返すダンに、アスタルテは、うなずいてみせた。
「昔、私の国にもいたらしい。ドラゴン・マスターの伝説は、幼い頃から、聞いていたが、半分お伽噺だと思っていた」
「もし、そんなドラゴンを操るようなヤツが、俺の野望の前に立ち塞がり、敵としてあらわれたら……! 」
「それでも、お前なら、突き進むのだろう? 」
「ああ、もちろんだ」
「ならば、問題はあるまい。伝説の武器を持っている者が、すべて伝説の戦士とは限らないと、私は思う。すべては、実力だ。伝説の武器を使う力量次第。お前には、実力がある。すでに、妖精も付いている。そう武器にこだわることはない」
「だがな、戦士として、武器に興味はある。こだわりもある。当然のことだ」
アスタルテは、黙って、ダンを見つめた。
「ダン、何を焦っている? 」
「……焦ってなんか、いない」
仏頂面になったダンは、さっさと水筒を小川に浸すと、もと来た方向へ、帰って行った。
アスタルテは、水筒に、小川の水を汲んだ。
「あんた、ハヤブサ団の傭兵ね」
アスタルテの後ろには、昨夜の踊り子が立っていた。
踊り子たちの中で、一際、美しかったと、アスタルテは思い出す。彼女が、ダンと同じ宿に向かったことも。
「私に、なにか用か? 」
踊り子は、アスタルテの、無愛想な、表情のあまりない顔を見つめてから、褐色に日焼けした腕や、脚の先までを眺めていた。
「あんた、あの勇者様の女……? 」
そう問いかけた女を、アスタルテは、いぶかしげに、見つめ返す。
「そんなわけ、ないか……」
踊り子は独り言をいい、ふっと笑った。
アスタルテは水筒を腰に下げると、立ち上がる。
「あの勇者様ってさ、もしかして、女が嫌い? 」
踊り子の声に、引き留められたアスタルテは、首だけ振り返った。
「さっきから、なんなのだ? 商売がしたいのなら、ダンではなく、他の男のところへ行け」
「まあっ、そんなんじゃないわよ! 」
踊り子が、腰まである長い髪をかき上げ、立ち上がった。
そして、腕を組むと、余裕に満ちた笑みで、見下すように女戦士を見た。
「勇者様は、雄々しくて、素敵な方だったわ。筋肉のしまり方なんかも全然違っていて、私の知っているどの男よりもたくましかったわ。あのように、強くて男らしいお方と一緒にいられるのも、この持って生まれた美貌の特権というのかしら? おかげで、今までいい思いをして来られたわけ」
女は誇らし気であった。
アスタルテは黙っていた。
しなやかで女性的な身体付きの、その女と向かい合ってしまうと、アスタルテが筋肉質であることが強調されてしまい、男らしく見えてしまう。
といって、アスタルテが、それを悲観しているようではなかった。
「……だけどね」
踊り子は、少々淋しそうな目になって、うつむいた。
「勇者様は、私には、目もくれなかった。目の前の私を、見てはいなかった。心は、どこか遠くにあるように思えたわ。そんなこと、今までなかった。あんなお方は、初めてよ。この私が、彼の心までは、落とすことが出来なかったなんて……! 」
女は、半信半疑な口調で呟くと、アスタルテを向いた。
自分は、決して、他の女にも、この女戦士にも、見劣りしてはいないはず、と言いたげな表情だった。
そんな彼女を、アスタルテは、どこか憐れむようにも取れる目を向けた。
「ダンは、自分を見失うことはない。彼には、大きな目標があるのだ。それを成し遂げるまでは、何者も、彼の心を動かすことは出来ないだろう」
踊り子は、しげしげと、女戦士を見つめる。
「ねえ、あんた、本当に、勇者様の女じゃないの? 」
「しつこいぞ」
アスタルテは、眉をひそめた。
「彼には、もっとふさわしい女性がいるはずだ」
それだけ言うと、アスタルテは、踊り子にはもう構わずに、去って行った。
村の奥にそびえ立つ山脈。
その裾に、『真ハヤブサ団』は集合していた。
半数はウマに乗り、後の半数は、歩いて行く。
昨日の軍人と、村の老人たちの言う通り、山の向こうの国への抜け道となる洞穴が、垂れ下がった木の枝に覆われ、隠れていた。
「ナルガス公国は目前だ。皆、気合い入れて行こうぜ! 」
「おう! 」
ダンの呼びかけに、傭兵団は、勢いよく拳を上げて、応えた。
彼の両脇にいるタイガ、サイスのウマには、酒ツボが、新たにつり下げられていた。
そして、『黒いハヤブサ』のダンの肩の上には、いつものように、ちょこんと、妖精が乗っていたのだった。
暗闇の中。
灯りらしきものは、ろうそくの灯った燭台のみだ。
ぼんやりと、ところどころが、照らされている。
その点々と置かれた燭台からすると、室内は、広々としていることが見て取れる。
「それで、少尉は、ただの剣士などに殺られたというのか」
「は。以前、グラドノスキー少佐が接触した、我々に楯突いた者とは、別人のようであります」
「報告によれば、伝説の剣バスター・ブレードと、ドラゴンを操る剣を持つ青年は、ケイン・ランドールといい、特殊な格闘技を操る娘は、マリス・アル・ティアナと。他にも、魔法剣の使い手である金髪の傭兵なども一緒であった、と」
「我々も、そのように聞いておりましたが、今回の青年は、三〇人ばかりの傭兵団を率いる、『黒いハヤブサのダン』と名乗っておりました。剣も、伝説の剣ではなく、普通のロング・ブレードに、魔除けの札を貼ったものでありました。容姿や剣など、報告を聞く限りでは、ケイン・ランドールとは違っていたので、別人ということは明らかです」
声だけが、殷々(いんいん)と響いている。
暗闇の中で、黒い軍服に身を包んだ男は、床に片膝をついて、より頭を低くした。
「皇帝陛下、いかがいたしましょう? 」
別の方向から発せられた声が、尋ねる。
奥の一角には、香が焚かれていた。
魔道士の使うインカの香とは、違う香りだった。
そこに座る者が、ゆっくりと顔を上げる。
全身を黒いフード付きマントで覆い、枝垂れる植物のように、冠からぶら下がった、数ある装飾品に隠れ、顔は見えない。
飾りがぶつかり合い、じゃらじゃらという音を立てる。
「余のソルジャーたちが、人間の若造どもなどに……! 」
それは、ひどく年を取った男の、絞り出されたような、聞き取りにくい声であった。
西洋の言葉ではあるが、どことなく、東洋に近い訛りのようなものも感じられる。
「バスター・ブレードは北の巨人族のもの。ドラゴンを操る剣とは、ドラゴン・マスターの持つ剣であろう。二つの伝説の剣を持つ戦士などとは、長年生きて来た余でも、聞いたことはない。ヤミ魔道士たちの間でも、既に、脅威となっているという」
しばらく、沈黙が流れてから、声は、再び絞り出された。
「今いる強化人間どもでは、まだまだ世を握るのは、難しいようだ。さらに、強化し、改良する必要がある……! 」
その言葉に、すべての者が、頭を低くした。
次回5話からは、主人公ケインたちご一行の話に戻ります。
7巻の「その後」からです。
よろしくお願いします。