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Dragon Sword Saga9『時の歯車』  作者: かがみ透
第 Ⅳ 話 黒いハヤブサ
12/23

伝説の勇者

「魔除けの護符(アミュレット)って……? 」


 新入りの傭兵が、タイガに、おそるおそる尋ねた。


「ああ、ダンの剣には、白魔法の護符がついてるんだ。ベアトリクスを出る前に、友達の巫女が付けてくれたんだと。普通は、神殿に行って頼むんだが、すげえ金がかかるんだぜ。魔道士の塔だか、魔道士協会だかだと、もっとらしいけどな。まったく、いい友達持ってやがるぜ、ダンのヤツ」


 タイガは、視線を、ダンとソルジャーの戦いへと戻した。


 黒い魔物じみた動物は、緑色の目をぎらぎらとさせ、牙だらけの口を開け、唸り声を上げ、威嚇(いかく)した。

 唾液が、牙の間から、したたり落ちているその様は、狂犬めいている。


 ダンは、充分な間合いを取り、剣を逆手に持つと、縦に構えた。


 その足元で、小石がジャリッと音を立てたとき、黒いデモン・ソルジャーが、唾液をまき散らし、飛びかかった。


 ガツッ! 


 巨大な爪を、剣が盾になって防ぐ。

 先と同じように煙が吹き出すが、それだけでは、ソルジャーの致命傷にはならないようだった。


「なんて力だ! タイガでも、かなわなかったのがわかる! 」


 目の前のソルジャーの形相は、一層、凄まじい。

 ダンの首を食いちぎろうと、牙を剥き、顔を近付けた。


「ギャッ! 」


 悲鳴を上げ、弾かれたのは、ソルジャーの方であった。


 ダンの右脚が、ソルジャーの腹を蹴り飛ばしたのだった。

 体勢を立て直す時間を与えずに、ダンの右拳が、顎を突き上げる。


「グエッ! 」


 ソルジャーは面食らい、飛びすさった。


「二〇〇六号、そいつは、村人や野盗とは一味違うようだ。心してかかれ」


 軍人は言い放った。

 唸り声を発しながら、距離を置いて、恨めしそうに睨むソルジャーの方も、ダンを、一筋縄ではいかない獲物だと、用心しているようだ。


 その様子を見て、ダンは、ふと思った。


(なんで、魔物が、人間の言うことを聞くんだ? あの化け物、さっきから、まるで、あいつら軍人の言うことが、わかるみたいだ。召喚された魔物なら、確か、その召喚士の言うことしか聞かないはずだ。といって、あいつらは、魔道士には見えねえし、……どうも、召喚術の魔物とは、違うように思える)


 だが、今は、そのようなことは、関係なかった。

 ダンは、それ以上、ソルジャーや、彼らのことを深く考えるのはやめた。


「ガオオオオオ……! 」


 地面を蹴ったソルジャーが、ダンに向かう。

 僅かに地面を蹴っただけで、右から来ると見せかけ、左へと方向を変えた。

 その跳躍力からも、常人の何倍もの筋肉、運動能力を備えているのがわかる。


「へん! フェイントをかけるとは、器用なことするじゃねえか! 」


 不敵な笑みを浮かべていたダンが、その動きを見切るには、それこそ、常人以上の観察力、精神力を要する。


 ソルジャーが爪を振り上げ、ダンが(かわ)そうというところだった。


 牙に覆われた口から、緑色の液砲が飛び出した。


 意表をつかれたダンが、目を見開く。


 次の瞬間、見ていた者すべての目の前から、ダンの姿が消えたのだった! 


「……き、消えた!? 」


 黒服の男たちも、ソルジャーも、動揺し、必死に彼の姿を探す。

 彼らだけではなく、タイガや仲間の傭兵たち、まだ近くにいた村人たちも。


「俺は、ここだ! 」


 そう、天から声が振って来たと思うと、


 ごとり……! 


 誰もが、信じられない光景を、目にしていた。


 いきなり、ソルジャーの頭上に現れたダンが、黒い魔物めいたソルジャーの首に、剣を振り下ろしたのだった。


 デモン・ソルジャーは、声も上げずに、ただ首が、地面に転がった。


 ダンが着地した。


 彼は、息を飲む人々の前で笑うと、肩に手を添えて言った。


「助かったぜ、ジャック! お前が来てくれなかったら、ちょっとヤバかったかもな! 」


 ダンの肩には、サイスの治療を終えたエルフが、ちょこんと乗っかっていた。


 ジャックの特殊な能力で、ダンは、一瞬で、空間の中を移動したのだった。


「なっ、なんということだ……! 」


「またしても、我々のデモン・ソルジャーが……! 」


 二人の軍人は、これまでのクールな外見と異なり、冷静さを欠いていた。


「……お、おのれ、よくも……! 我らの組織を、甘く見るでないぞ! 目にもの見せてくれるわ! 」


「ま、待て、少尉! 」


 驚き、逆上した男は、もうひとりが止めるのも聞かずに、ダンへ走り出し、腰に差してあったサーベルを引き抜いた。


「この俺に、ケンカ売ろうってのか? 上等だぜ! 」


 ダンの身体が、またしても、ジャックの能力(ちから)で、ふわりと浮かぶ。


 サーベルを手にした男は、逆上したあまり、気が付いていない。


「ちょうどいい。お前らには、この俺の伝説を作り上げる手伝いをしてもらおう! 」


 ダンの身体がさらに浮かんだと思うと、瞬時に降下し、男の突き出したサーベルを、逆に迎え撃った。


 サーベルは、ダンの持つロング・ブレードに、打ち砕かれた。


 男の目が、黒メガネの奥で見開かれたとわかる。


 さらに、ロング・ブレードは、黒い服の肩に食い込むと、そのまま、胸まで、剣は下ろされた。


 ダンは地面に降り立ち、倒れた男の身体から、剣を抜いた。


 男が悲鳴を上げ、のたうち回った。


「少尉! 」


 もうひとりの男が駆け寄ると、ロング・ブレードが、男の鼻先に、つけられた。


 男は、仲間を助けることも出来ずに、腰を抜かし、尻を地面についた。


 ダンが笑う。


「いいか、よく覚えておけ。俺は、傭兵団『真ハヤブサ団』のリーダー、『黒いハヤブサのダン』だ! お前ら、この村から、手を引け。もう二度と、ここへは来るんじゃねえ。わかったか! 」


 男は、自分の身体が震えているのがわかった。


 ダンの剣に恐怖を感じていた。


 組織の中で、厳しい鍛錬をこなしてきたこの自分ですら、この青年にはかなわないと悟っていると、誰もが容易に想像できた。


「……伝説の……勇者!? 」


 男は、伝説など信じてはいなかったであろうが、ダンを見て、はっきりと、口にしていた。


 男を尻目に、タイガ、サイス、残りの傭兵、村人たちは、歓声を上げて、ダンを取り囲んだ。


「ああ、勇者様! ありがとうございます! 」


「村を魔の手から救っていただき、本当に、なんとお礼を申し上げてよいやら! 」


 村人が口々にダンを褒め讃えた。

 老人たちは、「ありがたや! ありがたや! 」と、手をすりあわせ、何度も深々と頭を下げ、子供たちも、「勇者様だ! 勇者様だ! 」と、集まり、騒ぎ立てていた。




 その夜、村では、宴が開かれた。

 大きな焚き火を取り囲み、傭兵団は、村人たちに、もてなされていた。


 ダンにしてみれば、村を救ったのは、あくまでもついでであったのだが、山脈の抜け道もわかったことで、目指していたナルガス公国へは、一晩、この村に宿泊してからでも、充分間に合うため、遠慮なく、宴に招かれたのだった。


「まったく、おめえは、すげぇヤツだぜ、ダンよぉ! 」


 ダンの横では、タイガが、顔中に笑みを溢れさせて、(さかずき)にたっぷりと酒を盛り、ダンにも注いでいた。


 もう片方の隣では、すっかり怪我の治ったサイスが、ちびちびと酒を啜り、その横には、女戦士アスタルテがいる。彼女は、特に笑いもせずに、目の前にある果実などを、静かに食べていた。


「いつもながら、無茶なヤツだぜ、お前は。だが、俺の老婆心など、いつも不要に終わっちまう。お前のことは、心配するだけ無駄だな」


「ははは、ひでえな、サイス! これからも、心配してくれよ! 」


 ダンが笑いかけると、サイスも口の端を少し上げる程度であったが、彼は、それでも笑っているらしかった。


 その様子を眺めるアスタルテと、ダンの視線が合う。


 ダンが微笑むと、アスタルテも、ほんの少しだけ笑顔を見せた。


 焚き火を前に、村の踊り子たちが、その村で代々伝わる踊りを、披露した。

 傭兵団も、村人たちも、陽気に歌い、踊りに加わる者もいた。


 ダンたちのところには、村人から次々と酒や食べ物が運ばれ、(あが)めるような言葉をかけられた。


 宴も終わり、それぞれが、家や宿屋へと向かう頃であった。


「勇者様」


 長老である老人が、ダンに声をかけた。


 振り向くと、長老の一歩後ろには、焚き火の前で踊っていた踊り子もいた。

 黒い髪が腰まであり、薄手の布を、露出した衣装の上から、はおっている。

 まぶたには、きらきらと光る青い粉を付けていて、唇は、深紅に塗られていた。


「踊りの筋も良い、村一番の器量良しですじゃ。金も宝も何もない村ですゆえ、このようなおもてなしくらいしか出来ぬのが、まことに情けないのですが。他にも必要なものがありましたら、遠慮なく、おっしゃってくだされ」


 女は、すらりと長い脚で、長老の隣に進み出た。


 その美しい顔立ちは、宴の興奮がまだ冷めやらぬためか、村を救った勇者を前に、心をときめかせているのか、わずかに上気していた。


 ダンは、その美しい踊り子の、完璧に化粧された顔を見つめたが、彼の瞳には、特に、何の感動もあらわれてはいない。


「タイガには、木の実酒と体格のいい女を。器量は問わない。サイスには、煙草(たばこ)とクス酒を持たせてやってくれ」


「かしこまりました」


 長老が、深々と、頭を下げる。


 それを背に、ダンは宿へと向かって行き、踊り子が、その後に続いていった。




 朝早く、アスタルテは水を汲みに、小川へやってきた。船で渡る川ではなく、山からの湧き水である。


 朝の柔らかな日差しが、水面をきらきらと光らせている。


 アスタルテは水を手ですくい、顔を洗った。


「よう。早いな」


 その声に振り返ると、ダンも、水筒を手に、来たところであった。


 別段、いつもと変わらない笑顔であったが、アスタルテの目は、表面以外のところまで射抜いていた。


「どうかしたのか、ダン? 何か、気になることでも? 」


 ダンの瞳に驚きが現れるが、すぐに、思い直したように、小さく笑った。


「やっぱり、鋭いな、アスタルテは。お前には、どんなヤツも、隠し事は出来ないだろうな」


 ダンの笑顔は、いたずらを母親に見付かった子供のように、隠しても無駄と観念したものだった。


「昨日の話を、お前は、どう思う? 」


 そう問われたアスタルテは、不可解な顔になった。


「昨日の話とは……? お前が連れ込んだ女の話か? 」


「ちげーよ! 」


 真顔のアスタルテに、ダンは、少しだけ頬を赤らめた。


「俺が連れ込んだんじゃないだろ? いきさつを、よく思い出してみろよ」

「ああ、わかっている」

「そ、そうか。なら、いい」


 ダンは、咳払いをしてから、真面目な顔になった。


「昨日のあの組織、あんな魔物じみたソルジャーなんてものを作り出して、あれは、ちょっとヤバそうだったな。あんな技術だか魔術だかを持ってるってことは、何か巨大な悪の匂いがする」


「ああ、そうだな。それで、お前は、あの組織を潰そうだとか、まさか、考えているというわけではないのだろう? 」


「ああ。奴らが、例え『悪』だとハッキリわかったとしても、俺には、かかわりのないことだと思う。俺たちの目標の邪魔をしない限り、奴らを、こっちからぶっ潰しにいこう、などとは思わない」


「だろうな。お前なら、そう言うと思った」


「お、おう。だからな、俺が、昨日から気になってて、お前に尋ねたのは……」


 アスタルテは、表情も変えないまま、応えた。


「もうひとりの、伝説の勇者のことだな」


 ダンの表情が引き締まってから、緩んだ。


「……さすがだな。やっぱり、お見通しってわけか」


 首を引っ込めたダンは、溜め息をついた。


「伝説の剣を持ち、影みたいなドラゴンを操り、妖精を連れているとも。いったい、どんなヤツなんだ……? 」


 独り言のように、言葉は、彼の口をついて出ていた。


「伝説の剣……俺が、最も欲しかったものだ。それを、二つも、既に手にしているとは……! 俺とそんなに年も変わらないような話だった。そいつは、いったい、どうやって、二つの剣を、手に入れたんだ? 」


「『強く願い、努力すれば、手に入る。だが、執着し過ぎると、己を見失い、いずれ破滅の道をたどる』ーー私の国の格言だ」


「最もかも知れねえ。だが、俺は、今よりも、もっと強くならなくちゃならねえんだ。今のところ、俺のロング・ブレードは無敵だが、伝説の剣には、かなわないだろう。どうにか手に入れられないものか……」


 ダンは、拳を握りしめた。


「それと、影のようなドラゴンを操るとは、どういうことだ……? 」


 アスタルテが、静かに口を開く。


「巨大な剣はバスター・ブレードと言ったな。その剣のことは、残念ながら、私は知らないが、ドラゴンを操るというのは、心当たりがある。ドラゴンと心を通わせる『ドラゴン・マスター』という者が存在すると聞く。もし、そうだとすると、その男の持つもうひとつの伝説の剣とは、『ドラゴン・マスターの持つ剣』かも知れない」


「ドラゴン・マスターだって? 」


 信じられないとばかりに聞き返すダンに、アスタルテは、うなずいてみせた。


「昔、私の国にもいたらしい。ドラゴン・マスターの伝説は、幼い頃から、聞いていたが、半分お伽噺(とぎばなし)だと思っていた」


「もし、そんなドラゴンを操るようなヤツが、俺の野望の前に立ち塞がり、敵としてあらわれたら……! 」


「それでも、お前なら、突き進むのだろう? 」


「ああ、もちろんだ」


「ならば、問題はあるまい。伝説の武器を持っている者が、すべて伝説の戦士とは限らないと、私は思う。すべては、実力だ。伝説の武器を使う力量次第。お前には、実力がある。すでに、妖精も付いている。そう武器にこだわることはない」


「だがな、戦士として、武器に興味はある。こだわりもある。当然のことだ」


 アスタルテは、黙って、ダンを見つめた。


「ダン、何を焦っている? 」


「……焦ってなんか、いない」


 仏頂面になったダンは、さっさと水筒を小川に浸すと、もと来た方向へ、帰って行った。


 アスタルテは、水筒に、小川の水を()んだ。


「あんた、ハヤブサ団の傭兵ね」


 アスタルテの後ろには、昨夜の踊り子が立っていた。


 踊り子たちの中で、一際、美しかったと、アスタルテは思い出す。彼女が、ダンと同じ宿に向かったことも。


「私に、なにか用か? 」


 踊り子は、アスタルテの、無愛想な、表情のあまりない顔を見つめてから、褐色に日焼けした腕や、脚の先までを眺めていた。


「あんた、あの勇者様の女……? 」


 そう問いかけた女を、アスタルテは、いぶかしげに、見つめ返す。


「そんなわけ、ないか……」


 踊り子は独り言をいい、ふっと笑った。


 アスタルテは水筒を腰に下げると、立ち上がる。


「あの勇者様ってさ、もしかして、女が嫌い? 」


 踊り子の声に、引き留められたアスタルテは、首だけ振り返った。


「さっきから、なんなのだ? 商売がしたいのなら、ダンではなく、他の男のところへ行け」


「まあっ、そんなんじゃないわよ! 」


 踊り子が、腰まである長い髪をかき上げ、立ち上がった。

 そして、腕を組むと、余裕に満ちた笑みで、見下すように女戦士を見た。


「勇者様は、雄々しくて、素敵な方だったわ。筋肉のしまり方なんかも全然違っていて、私の知っているどの男よりもたくましかったわ。あのように、強くて男らしいお方と一緒にいられるのも、この持って生まれた美貌の特権というのかしら? おかげで、今までいい思いをして来られたわけ」


 女は(ほこ)らし気であった。

 アスタルテは黙っていた。


 しなやかで女性的な身体付きの、その女と向かい合ってしまうと、アスタルテが筋肉質であることが強調されてしまい、男らしく見えてしまう。

 といって、アスタルテが、それを悲観しているようではなかった。


「……だけどね」


 踊り子は、少々淋しそうな目になって、うつむいた。


「勇者様は、私には、目もくれなかった。目の前の私を、見てはいなかった。心は、どこか遠くにあるように思えたわ。そんなこと、今までなかった。あんなお方は、初めてよ。この私が、彼の心までは、落とすことが出来なかったなんて……! 」


 女は、半信半疑な口調で呟くと、アスタルテを向いた。

 自分は、決して、他の女にも、この女戦士にも、見劣りしてはいないはず、と言いたげな表情だった。


 そんな彼女を、アスタルテは、どこか憐れむようにも取れる目を向けた。


「ダンは、自分を見失うことはない。彼には、大きな目標があるのだ。それを成し()げるまでは、何者も、彼の心を動かすことは出来ないだろう」


 踊り子は、しげしげと、女戦士を見つめる。


「ねえ、あんた、本当に、勇者様の女じゃないの? 」


「しつこいぞ」


 アスタルテは、眉をひそめた。


「彼には、もっとふさわしい女性がいるはずだ」


 それだけ言うと、アスタルテは、踊り子にはもう構わずに、去って行った。


 村の奥にそびえ立つ山脈。

 その裾に、『真ハヤブサ団』は集合していた。


 半数はウマに乗り、後の半数は、歩いて行く。

 昨日の軍人と、村の老人たちの言う通り、山の向こうの国への抜け道となる洞穴が、垂れ下がった木の枝に(おお)われ、隠れていた。


「ナルガス公国は目前だ。皆、気合い入れて行こうぜ! 」

「おう! 」


 ダンの呼びかけに、傭兵団は、勢いよく拳を上げて、(こた)えた。


 彼の両脇にいるタイガ、サイスのウマには、酒ツボが、新たにつり下げられていた。

 そして、『黒いハヤブサ』のダンの肩の上には、いつものように、ちょこんと、妖精が乗っていたのだった。




 暗闇の中。

 灯りらしきものは、ろうそくの(とも)った燭台のみだ。

 ぼんやりと、ところどころが、照らされている。

 その点々と置かれた燭台からすると、室内は、広々としていることが見て取れる。


「それで、少尉は、ただの剣士などに()られたというのか」


「は。以前、グラドノスキー少佐が接触した、我々に楯突(たてつ)いた者とは、別人のようであります」


「報告によれば、伝説の剣バスター・ブレードと、ドラゴンを操る剣を持つ青年は、ケイン・ランドールといい、特殊な格闘技を操る娘は、マリス・アル・ティアナと。他にも、魔法剣の使い手である金髪の傭兵なども一緒であった、と」


「我々も、そのように聞いておりましたが、今回の青年は、三〇人ばかりの傭兵団を率いる、『黒いハヤブサのダン』と名乗っておりました。剣も、伝説の剣ではなく、普通のロング・ブレードに、魔除けの札を貼ったものでありました。容姿や剣など、報告を聞く限りでは、ケイン・ランドールとは違っていたので、別人ということは明らかです」


 声だけが、殷々(いんいん)と響いている。


 暗闇の中で、黒い軍服に身を包んだ男は、床に片膝をついて、より頭を低くした。


「皇帝陛下、いかがいたしましょう? 」


 別の方向から発せられた声が、尋ねる。


 奥の一角には、香が()かれていた。

 魔道士の使うインカの香とは、違う香りだった。

 そこに座る者が、ゆっくりと顔を上げる。


 全身を黒いフード付きマントで覆い、枝垂(しだ)れる植物のように、冠からぶら下がった、数ある装飾品に隠れ、顔は見えない。

 飾りがぶつかり合い、じゃらじゃらという音を立てる。


「余のソルジャーたちが、人間の若造どもなどに……! 」


 それは、ひどく年を取った男の、絞り出されたような、聞き取りにくい声であった。

 西洋の言葉ではあるが、どことなく、東洋に近い(なま)りのようなものも感じられる。


「バスター・ブレードは北の巨人族のもの。ドラゴンを操る剣とは、ドラゴン・マスターの持つ剣であろう。二つの伝説の剣を持つ戦士などとは、長年生きて来た余でも、聞いたことはない。ヤミ魔道士たちの間でも、既に、脅威(きょうい)となっているという」


 しばらく、沈黙が流れてから、声は、再び絞り出された。


「今いる強化人間どもでは、まだまだ世を握るのは、難しいようだ。さらに、強化し、改良する必要がある……! 」


 その言葉に、すべての者が、頭を低くした。


次回5話からは、主人公ケインたちご一行の話に戻ります。

7巻の「その後」からです。

よろしくお願いします。


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