傭兵団
とある山村。背後は山脈に覆われ、前方には、いくつかの小山が連なっている。
その辺りは、ぽつりぽつりと、山の間に出来た、小さな村の集落があった。
最後の山を下ると、川が流れている。
その川を隔てて、町があった。
それほど大きな町ではないが、旅人や商人が行き交い、山村からすれば、活気づいていた。
町と山村の集落とは、渡し船によって、交流があった。
二人の傭兵のようななりをした男が、川を渡り、町へ向かう。
二人は、町の酒屋の扉を開けた。
仲間であろうか、三〇人あまりの、同じような傭兵たちが集まり、木の実酒を飲んでくつろいでいた。
その中に、ひとりだけ異色の戦士がいる。
日焼けした褐色の肌に、黒い皮の防具を身につけ、腰に剣を差している。黒く、つやのある、まっすぐな髪は、肩のところで切りそろえられていた。
明らかに、他の豪傑たちとは違う、まだ若く、しなやかな戦士だ。
二人の男が、その戦士に近付いていった。
「アスタルテ、川の向こうは、山村の集落だ。その向こうは、山脈で、行き止まりだと。モンスコール王国と東洋を隔てている山脈ほど巨大ではないが、ウマで越えるのは、厳しそうだ」
アスタルテと呼ばれた戦士が、顔を上げる。
女であった。
切れ長の黒い瞳は、凛としていて、唇も、キッと結ばれている。
肌の色が濃く、黒髪であっても、その顔立ちは、東洋の者とは違っていた。
といって、ベアトリクスを始めとする西洋とも違う。
砂漠地帯で見かける人種であった。
男たちの中にいれば細身ではあるが、町の娘などと比べれば、腕も脚も筋肉で引きしまっていた。
アスタルテは、組んでいた腕をほどき、椅子から立ち上がった。
「わかった。リーダーには、そのように伝えておく。お前たち、ご苦労だった」
男のような毅然とした態度で、表情も変えずにそう言った女戦士は、酒場を出て、宿屋へと向かった。
宿屋の一室から、灯りがこぼれている。
アスタルテは、話し声のもれる扉の中へ、そっと入ると、入り口の壁に寄りかかった。
男が数人、テーブルに地図を広げ、話し合っていた。
中心の、黒い短髪を立たせた、西洋風の男が、彼女に気が付く。
「どうだ? 」
男の鋭い眼光は、まるでタカのようだ。
まだ若い、少年と青年の間ほどに見えるが、若年さを感じさせないほど、男は、威厳を放っていた。
誰が見ても、彼は、組織を率いる中心人物であった。
「偵察にやった者たちが、戻った」
どことなく、砂漠地方のものと思われる多少の訛りのある西洋語で、アスタルテは言った。
「それで? 」
「川は船で渡ることが出来るが、その先の山村の向こうは山脈で、ウマでは難しい」
「そうか」
男は地図に目を戻すと、そのまま話し合いを続ける。
「山脈を越えられないとなると、ナルガス公国へは、遠回りして入ることになるな」
「いくさに間に合えばいいが……」
「もうひとつ、この町から山をぐるっと回っていく方にも、使者を送ってある。奴らが戻ってから、検討してみよう」
話し合いの間中、アスタルテは、男たちの談合に入ることなく、ひとり黙って、部屋の片隅に寄りかかったままだった。
そして、もう一方の使者も戻り、しばらくして、話し合いは終わった。
黒髪のリーダー格の男が、アスタルテを振り向いた。
「山を迂回して行くことになった。予定を早めて、明朝出発する。皆に、そう伝えてくれ」
「わかった」
他の男たちとアスタルテが出て行こうとすると、部屋に残ったリーダーの男の肩から、何かが飛び立った。
それは、人のてのひらにちょうど乗るくらいの、小さなヒトーー妖精であった。
耳が大きく尖り、髪の毛は黒い。目は緑色に光り、表情のない、いかにもヒトとは別の生き物のようだ。
エルフの中でも、小さな種族であった。
エルフは、男の肩から、テーブルの地図に降り立つと、山村の裏にある山脈の辺りに立ち、地図をじっと眺めていた。
「ジャック、もう地図はしまうぞ」
男がそう言うと、エルフは、さっと、男の肩に飛び乗った。
それを見ていたアスタルテが、口を開く。
「私の祖国エウリュリュプトでは、『伝説の勇者には妖精が付く』と言われている」
男が、フッと笑った。
「伝説の勇者か……。そりゃ、光栄だな。だが、ジャックを見つけたのは、お前だ、アスタルテ」
「私は、『目』が良かっただけ」
「それでも、お前がいたから、ジャックに出会えた。感謝してる」
「何を改まって」
「だがな、アスタルテ、俺の野望は、ただの勇者なんかでは満足しねぇ。言ったろ? 俺は、自分の国を築いてやるって」
「ああ。ジャックがお前を選んだ時から、私には、それも可能だと思えてきたのだ。そして、皆も。だから、皆、お前についていくのだ」
「ちぇっ。俺の実力だけじゃ、不服かよ。なあ、ジャック? 」
男は、肩に乗った妖精に苦笑いしてみせた。
妖精は、うんともすんとも言わずに、緑色の瞳で、男を見つめ返している。
アスタルテは、微笑して言った。
「おやすみ、伝説の勇者ダン」
「おう」
アスタルテは部屋から出て行き、自分の部屋へ向かった。
リーダーの男とは、まさしく、マリスやマーガレット、カルバン、パウル、クラウスの幼馴染みである、ベアトリクスから失踪したダンに、ほかならなかった。
早朝、ダン率いる傭兵団は、町外れの広場に集合していた。これから、山を迂回し、いくさのため傭兵を募集しているというナルガス公国目指し、出発しようというところである。
「待ってくれー! 」
町人が何人か、血相を抱えてやってきた。
黒いウマに乗ったダンは、それに気が付いた。
「この町に滞在していた傭兵団っていうのは、あんたたちなんだろ? 」
「お願いだ! 助けてくれ!」
「我らの町の唯一の姉妹村が、野盗の襲撃にあったんだ! 」
「なんだと? 」
傭兵団では、ざわめきが起こった。
「さきほど、農作物を運搬しようと、渡し船に乗った商人が、山村の上げた狼煙を見て、慌てて引き返してきたんだ」
「あの村には、腕の立つ者なんかいない。こんなこと頼む義理じゃないこたぁわかってるが、あんたがた、すまないが、村のやつらを助けてくれないか? 」
「頼む! 助けてやってくれ! 」
傭兵団の中は、ざわめいていたが、さほど動揺することなく、リーダーの決断にまかせられた。
隣にいる大柄な、リーダーの右腕風の男が振り向く。
「ダン、どうする? 」
ダンは、男を、にやっと見返した。
「決まってるじゃねぇか、タイガ」
ダンの答えを察した、もう片方の隣にいた、中背の、痩せた男が慌てた。
「ちょっと待ってくれ、ダン。そんな野盗どもにかまっていたら、出発が遅れるどころか、仲間にも、いくさの前に傷を負わせてしまうことになるだろう。俺たちは、ナルガス公国へ、急がなくてはならないんだぞ。この町には、宿泊させてもらったが、宿代だって払ってる。これ以上の義理は、ないはずだ。大事な戦力を欠いてしまうようなことは、すべきじゃない」
「わかった、わかった、サイス」
ダンは笑ってサイスを見てから、皆に呼びかけた。
「確かに、俺たちは、この町には、なんの義理もない。だが、いくさの前に、軽くウォーミング・アップなら、しておいてもいいだろう。野盗どもを血祭りにあげ、それで、出発の門出を祝おうぜー! 」
「おーっ! 」
ダンが拳を振り上げたのに続き、傭兵たちも拳を上げた。
「皆、俺に続け! 」
ダンが黒ウマを駆り立て、傭兵団が続いて行く。
「しょうがねえな」
サイスは仕方のなさそうに、だが予想はしていた展開らしく、少しだけ笑うと、ウマを走らせた。
ダンたちが、山村と町をつなぐ川へと急いでいると、既に町の中でも、野盗たちが暴れていた。
体格のいい禿げ頭や、モヒカン、ボサボサに髪を伸ばし放題の者たちが、こん棒やチェーン、斧、段平などを腰に差し、叫びながら、走り回っていた。
「いやがったな」
ダンがウマの足を止め、面白そうに舌舐めずりした。まるで、子供が、オモチャを見つけたように。
「なあ、やつら、なんだか様子がおかしくないか? 」
大柄で、無精髭を生やしたタイガが、ダンの隣に並ぶ。
「そうだぜ、ダン。町を襲っているのかと思えば、……どうやら、なにかに怯えているようだ」
サイスも、解せない顔になる。
よく聞くと、野盗たちは、口々に「助けてくれー! 」と叫んでいた。
町人を襲っている者もいたが、怯えるあまり、そのような行動に走っているように見える。
ダンは、ウマから飛び降りると、走り回っているモヒカン男を捕まえ、胸ぐらを掴んだ。
「おい、てめえら、ここで何してる? 」
「うわああああー! 」
モヒカン男は叫んでいて、まったく話にならなかった。
「こいつっ、正気に戻れっ! 」
パンパンッ! と、ダンが、野盗の頬を平手で殴ると、いくらか落ち着いたが、目は、恐怖に見開かれたままであった。
「助けてくれ! 」
「ああ? 助けろだと? なに言ってやがんだ。てめえらが、村人襲ってるんじゃねえのかよ? 」
「ちっ、違うっ! そ、そりゃあ、そんなこともやっていたが、違うんだ! やつらが、仲間を……ああ! やつら、人間じゃねぇっ! 」
タイガとサイスが、顔を見合わせた。
「こいつ、何言ってんだ? 」
「人間じゃないって、どういうことだ? 」
ダンが真面目な顔で、モヒカン男を見る。
「おい、てめえ、もっとちゃんと話せよ。人間じゃねえって、いったい何がだ? 」
モヒカン男は、ガタガタ震え出すと、ダンの手を振り切り、喚き散らしながら逃げ出した。
「どうやら、野盗どもは、何かから逃げてきたらしい。町を襲ってるわけじゃなさそうだが、町は混乱している。ちょっとだけ、住民のやつらを助けてやろうじゃねえか! 」
そう言い、さっとウマに跨がったダンは、町の中心へと走り出した。
皆は、賛成の雄叫びを上げ、彼の後ろについていった。
野盗のひとりが、道の中央で、老人を殴り飛ばしているのを見つけたダンは、ウマから飛び降りると、野盗に飛び蹴りを喰らわせた。
野盗は、どうっと倒れた。
「大丈夫か、じいさん」
「おお……! どなたか存じませぬが、ありがとうございますだ! 」
老人を抱え起こすダンの正面では、野盗が、むっくりと起き上がったところだった。
「いてえな、小僧! いきなり、なにしやがる! 」
「ふん、てめえが、罪もねえじいさんを、襲っていやがったんじゃねえか」
「襲ってたんじゃねえっ。そのジジイが邪魔だったから、ぶっとばしてやったんだよ! 」
「やっぱり、襲ってたんじゃねえかよ」
ダンは笑うと、老人を逃がし、野盗に向き直った。
だが、野盗の方は、何かを思い出したような顔になると、一刻も早く立ち去ろうと、駆け出しかけた。
「待て。人間じゃねえやつらってのは、どこにいる? おめえら、そいつから逃げてきたんだろう? 」
野盗は、ダンを、ぎょっとした目で、振り返った。
「お、お前、どうして、それを……? ま、まさか、やつらの仲間……!? 」
みるみる顔が青ざめ、怯えたように、その場から逃げ出そうとする野盗の首根っこを、ダンが素早く掴み、抱え込んだ。
「あいててっ! 小僧のくせに、なんて力だ! 」
身体は、ダンの二倍はあろうかという大男である。それが、首を脇に抱え込まれただけで、身動きが取れない。
「ほらほら、絞め殺されねえうちに、答えた方が身のためだぜ。いったい、何があったんだ? 」
野盗は苦しそうに呻きながら、やっとのことで話し始めた。
「俺たちは、あの山脈の裏側を根城にしていたが、そこへ突然、化け物が現れたのよ。あれは、間違いなく、化け物だった! 」
ダンが、眉をひそめた。
「魔物か? 」
「魔物といえば魔物かも知れんが、俺たちだって、下等な魔物くらいは見たことはある。あれは、そんなもんじゃねえ。もっと人間に近いような……いや、もしかしたら、中等以上の魔物なのかも知れねえが、そいつが現れて、いきなり、俺たちを襲いやがったんだ。そしたら、それを操るような人間も現れてよう、その魔物みてえなヤツを、抑えたんだ。仲間の一人がかかって行ったら、またその魔物を使って、あっという間に、仲間をやっちまったんだ! その時の光景ときたら……! 俺ぁ、あんな凄まじいものは、今まで見たことがねえ! 」
そこで、ダンが手を緩めたので、野盗は、地面に倒れ込んだ。
「こっ、こらっ! いきなり、手ぇ放すじゃねえっ! 」
大男は咳き込みながら、しめられていた首を押さえた。
ダンは、腕を組んで、考えていた。
「魔物みてえなモンを操る人間……? 確か、魔道士の使う術で、魔物みてえなモンを呼び寄せることができるとかって、聞いたことはあるが……だが、なんで、人間を襲わせるんだ? 」
ダンが、ぶつぶつ言っていると、野盗が、むっくり起き上がった。
「へっへっ、この俺様を放したのが、運のツキだったようだな、小僧。よくも、首を絞めてくれたな。この礼は、倍にして……! 」
と、野盗が、持っていたトゲのついたこん棒を、両手で振り上げた時であった。
野盗の口からは、鮮血が飛び散り、地面に、ひっくりかえった。
ダンの突き出した右腕が下ろされ、拳についた血を、振り払う。
「うるせえんだよ。おめえらの考えてることなんか、お見通しだ。おめえらのような野盗とは、こっちも付き合いが長いんでね」
野盗が倒れたのを見もせずに、そう言うと、何事もなかったのように、ウマに跨がったダンは、町の奥へと急いだ。