表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完成情景  作者: 宇田川ミツキ
運命編
5/7

歯車

夏をこんなに楽しく迎えたのは、はじめてのこと。薫子、イトキン、七緒。かならずイトキンが俺の家に来ることから夜は始まる。遊びすぎて仕事中は眠いのなんのって。俺の仕事が残業の時はスーツのまま集合することもあった。似合わないなんてバカにされんのは毎度のことだけど。




薫子以外はみんな地元だから帰省することもなくお盆直前は四人で気仙沼に旅行に行くって盛り上がった。イトキンは七緒のことになるとシャイボーイスイッチがONになる。耳から煙を吹き上げ動揺しまくるのがネタだった。そうそう、あまりにトチ狂ってガードレールに車で突っ込んだっけ。






「イトキンがいなくなった」





そう。この電話から運命の歯車は動きだしたんだ。




薫子といい七緒といい。知らない番号からの着信はどうして俺を休ませてくれないんだろう?



俺には心当たりがあった。





「……実は俺も連絡がつかない」





過去は精算出来るのだろうか。俺たちは少なからず幸せなこと、思い出すのも辛いことを経験して自分を形成し今を生きている。それぞれに罪はない。それが複雑にらからみあって、一本の糸になる。ほどけないほど固い結び目になっていたら。あんたならどうする?




その糸をぶった切るのか、放っておくのか。それに正解はない。






ーーーーー浅野ーーーーー





ヤツのガラス玉の目が俺を嘲笑ってるように感じた。





ーーーーー




はじめまして。私は薫子。




私は卑怯者だ。




鉄ちゃんはなかなか「付き合おう」って言ってくれない。そんな状況でも大事にされてるんだなぁって感じる。


鉄ちゃんは橋の建設に関わる仕事をしてて、今日から東京へ行くの。すこし寂くなる。



鉄ちゃんは毎日連絡をくれる。

あの花火の日からずっと。


「元気か?」

「ご飯食べたか?」



とか。普通の会話なんだけど私は凄く嬉しい。




私はーーーーー




まだ鉄ちゃんには話してない事がある。話さなきゃいけないんだけど…。


ううん。「隠し事」を言ったからとしても鉄ちゃんは私を嫌ったり特別扱いはしないと思う。私達の関係は変わらないって。私は知ってる。




知ってるのに「付き合う前には言わなきゃ」って




私は私の心を押しつぶしてしまいそう。




やっぱり私は卑怯者なんだ。




ーーーーー








鉄ちゃん、助けて!!殺される!!」




「薫子!?おい!!この電話を切るな、絶対だぞ??おい、聞いてんのか?おい、おいって!!」




「きゃーー!!」





ーーーーー







うおあっ!!!







はあはあ、ハァハァ





「………夢か……なんつー夢だ……全く……」





薫子は…なんて言うか…時々「裏切られる」という事に敏感なんだと思う。というより「恐れている」ように見える…薫子は本音を言わない。俺の勘でしかないんだけれど。




それにしても…なんて夢だ。



……俺はここ最近ずっとこの調子だ。流石にまいるよ…




今日から東京か…




ーーーーー




「てつ、てつ」





「なに?」





「ココにイキタイ」




朝飯を食いながらかーちゃんはご機嫌だ。B級グルメフェアに行きたいらしい。かーちゃんは平仮名しか読めないし、書けない。可愛いよな。まぁ…それは人によるか…。でも英語ペラペラだぜ?すげぇベッピンだしね。



親父は自分に正直な人だ。ヤクザにもなれない暴れん坊で、働きもしない、継続する度胸もないクソ親父とはおれが小6の時死別した。




小学校の時はかーちゃんが嫌で仕方なかったな。見てくれは日本人だが、喋りに訛りはあるし、香水臭いし。そうそう、得意料理は餃子の王将の冷凍餃子。しかも朝から。友達に餃子臭いって笑われた。




「俺はジャック。劣等感の化身です」




グレた俺に何か言うわけでもなく、恥ずかしがらずに、俺を子供扱いせず育ててくれた。




ーーーーー




「ああ…いつ?」




「ドヨウビ、11時」




「わあったよ、送るよ」




「てつ、カオルコ、in love?」




「…うるせーよ」




「てつは、コドモ。じゃあトーキョーガンバッテ」




「……おう…」




ーーーーー





梅雨は開け、空は青過ぎるくらいの青。今年は例年にない冷夏だそうでチビの頃を思い出す。



チビの頃はラジオ体操行く時は寒いくらいで9時くらいから暑いなって感じる程度。ラジオ体操終わったら小さな庭の植木鉢に水やって。自由研究のヘチマの観察日記をつける。



午後はプールに行って、夕方前には洗濯物を取り込む。かーちゃんに叱られるからね。子供心に親父の帰りを待ってたっけ。けど、ずっと帰ってこねーの。本当にこねぇんだ、コレが。

たまぁーーーーーに帰ってきたら俺にオモチャをくれて…



で、すぐかーちゃんとケンカして、かーちゃんを殴る。クソビンボーのサラブレッドにして、、、、



あれ?




なんの話をしてたっけ?




そうそう冷夏の話か。





この冷夏の夏に俺は最悪の男に会う。最強といえば…ヒョードルとかか?俺は格闘技とか分からんから。確かにリングではヒョードルの方が確実に強いだろう。



そんな括りの恐怖ではない。そんな男だった。ヤツは突然帰ってきた。そして、ヤツはヤツのままだった。




ーーーーー




「おっ!お帰り!君が鉄郎くん??」




「ああ?触るなカス」




「お、っ怒るなよ、チンピラかよ…」




「てつ、オカエリ」




「おい!!かーちゃん、家に男連れ込むなっつったろーが!!!」




「てつ、このヒト、カレシチガウヨ」




「ええ?!ジェニ??俺彼氏じゃねーのかよ??」




「カネヅル」



「おい、オッサンてめえ。人のかーちゃんの事呼び捨てにしてんじゃねぇぞ!!」




「ひぃいいぃ」




ーーーーー




「なぁ、これ美人局だろ」




「コマカイこと、きにしない。シツコカッタから。べつにイイヨ」




「知らねーぞ、バカ。じゃ、俺出かけるわ」





ガチャ





「ひぃいいぃ」





「……イトキン……お前、なにしてんの?」




「ん?……こいつ、鉄ん家から裸で出てきたからさ。ツンツンしてんだよ」




「いやああああ、木の枝でお尻はやめてええ」




「……ったく、バカか?お前ら…」





ーーーーー




「なぁ、お前車買い替えろよ?」




「なんで??」




「床から道路見えてんじゃん」




「エアコンいらずだよな。エコだな。エコ。なぁ、鉄。俺携帯かったんだ」





「うお!マジか??お前が携帯?!いつ?」





「ちょっと前に買ったんだ」




「七緒に告った日だな?お前可愛いとこあんじゃん!」




「うるせー、これが俺の本気だ」




「七緒か?七緒だろ?!七緒のためなんだな?!


答えろ、、



ああ?顔赤くなってんじゃん!!お前ピュアか?ピュアなのか?」





「ぬうう…」






「ああ!!耳から煙が!!


てか、前!!前みろ!!



オイオイオイオイ!!



ああぁああああああ!!!!」






ドゴーーーーーーーン





ーーーーー






「ったく、どうすんだよ。フロントがメコッってなってんじゃん」




「ま、走るっしょ?」




「バカ!お前の車だろ!」




ーーーーー






「…鉄ちゃん…」




イトキンはセッタに火をつけて、邪魔にならないよう車を歩道脇によせた。俺たちはぶつかったT字路のガードレールに腰掛けて向日葵畑をボケーっと眺めてた。T字路と水平に横切る流れの激しい河川の轟音でイトキンとの会話のボリュームが自然とデカくなる。額から流れる汗が痒い。



そんな中、




薫子の呼ぶ声がした。確実に気のせいだが、小さく薫子の声がした。耳ではない、脳みそに直接入り込んでくるような。





ドドドド、



「おーい、イトキン。薫子の……イトキン?




おーい!!どうした?」




ドドドド




…??…



なんだよ…どした??」




ドドドド



「……鉄……」




唇の動きでかろうじて俺の名前を読んだのが分かった。イトキンの顔は真っ青だった。表情のないイトキンの唇は紫に変色し、血の気がなくなった。視線の先には男が立っていた。


ーーーーー




ヤツの名は浅野大輔。




イトキンの高校時代を地獄に変えた張本人。




「…久しぶり」




浅野のガラス玉の目がイトキンをジッと見つめる。




ーーーーー





8/1から始まった俺たちの繋がり。束の間の幸せはなりを潜め、運命が加速した。ニトロを搭載したシェルビーが追っ手を振り切る映画のように。今俺の心は置き去りにされた。




今ーーー冷たい夏が始まるーーー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ