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未完成情景  作者: 宇田川ミツキ
出会い編
1/7

藤間薫子

どこから話そうか?薫子と海に行った。





アイツ。海に着くまでは一言も喋ねーの、ずっと泣き続けてた。俺は意味も分からず慰めた訳よ。





「なに?どーした」





「涙が出る時は、疲れてるんだよ」





唯一反応した言葉が





「明日の事は分からない。だから今ギュッとしてやろっか?」





「へへ、椎名林檎か」





薫子は椎名林檎は嫌いじゃないみたいだ。





俺達はどうやって出会ったか?そう、薫子から電話があるまで俺は最低な気分で洗濯してたんだ。出会いってどこでどうなるか分からないもんだよね。



そして、楽しいこともーーーーー

辛いことも、ある






ーーーーー




あっつい。




めちゃくちゃあっつい。




コインランドリーの洗濯機がぐるぐる。昨日までひっきりなしに着信していた携帯は、うんともすんとも。バカみたいにソワソワしていて、何かを期待している。





何をかって?彼女が出来たからに決まってんだろ。





世界一のハニーは今、たった今。浮気をしているかもしれないのだ。




それにしても、あっついぜ。クソったれ。





彼女が連絡をしてこなくなるのは、初めてじゃない。世界一じゃないのかって?最低の方のだよ。





あのクソアマ。明日で3週間記念日だぞ?こーゆーのは女の方が大切にするもんだろ?





俺はこのイラつきに耐えられそうにない。なにせ付き合ってから一度も会ってない。来るのはテンション任せの絶え間ないメールくらいだ。それも3日に1日ありゃいい。






今日でお終いにしてやる。精神衛生上、待つ事が1番心身に悪い。






名残り惜しいといえば付き合う前のSEX。狂うようにしたのが忘れられない。





俺達はこんなもんなんだろ。クソ、あっつい。これであっついって言うの3回目だぜ。





あーあ。女神っていないのかね?女神って。






勃起したチ○コに天からダイレクトに騎乗位降臨してくれる女神がさ。





青春ってのは性が9割。残りは嫌な事だよ。





ピピピ、ピピピ





「着よったぞ、ゴラァ」





アホエロアマめ。別れたるわ、クソったれ。





「もし」





??誰だ??聞いたことねー声だ。





「君、誰?」




「鉄郎くんでしょ?芹沢鉄郎でしょ?」





なーんで俺の名前を知ってやがる?この女、イタズラか?





「違うけど、じゃあ切るな」





「ちょー、ちょっとちょっと待ってよ!あたしサキの友達、あんたサキと付き合ってんじゃないの?」





サキの友達か…あのアホの友達なら、きっとアホに違いない。





「いや、今別れようと思ってたんだ。友達ならサキに伝えといて」





「そーなんだ、よかった。サキ、今バイト先の先輩と遊んでると思うよ」





「…マジかよ」





皆も分かると思うけどさ、流石にショックだ。訳の分からん電話で教えられると余計に心臓がバクバクしてきた。





「あ、落ち込んだ?もしもし?」





ついブチっと電話を切った。せめてもの防衛本能だ。この暑さの上に計り知れないストレスで頭の血管がブチ切れたら大変だ。





ピピピ、ピピピ





「なーんで切るのよ、あんた失礼じゃない?」





「うるさい、お前は誰なんだ?」





「あたし、薫子。好きに呼んでいいよ」





このアホは距離感がないのか?





「で、イタ電して楽しいか?」





「ちーがーうし!サキの携帯の待ち受けを見て鉄郎カッコイイと思って。あのプリクラはラブラブだったのにねー、サキはヒドイ女だよ」





「はは、なぐさめてんの?」





「ねぇ、今ヒマ?」





ーーーーー




こいつはテンポが早いな、小学校のとき隣の部屋のニーチャンが聞いていたUSメロコア並に早い。俺達は冠水公園で待ち合わせる事になった。冠水公園は駅の北側にあって、近くにスタバがあるから時間は潰せるだろうから。





5分遅れでついて車で待ってると、左から白いワンピの女がヒョコヒョコ歩いてきた。





俺は窓を下げて手招きした。やっぱり外は暑かった。けど、少しだけ雨の匂いがした。




俺のボロボロの外車のドアの開け方が分からないみたいで、俺がドアを開けると





「暑いですね~、外」





敬語なのが意外。





「本当だな、なんか飲むか?」と聞くと





「もう買ってきましたよ」と言った。





ミルク入りのコーヒーをご馳走になり、薫子はキャラメルフラペチーノを満足そうに飲んで





「んめっ」





と言って笑った。




ーーーーー





コインランドリーで洗いたての洗濯物がイイ香りだ。車内に芳香剤を置かない主義の俺はこの香りが一番好きだ。ま、嫌いなヤツなんていないだろうけど。





「うう…うう…」





急に薫子が泣き出した。





キャラメルフラペチーノの入れ物を力強く握る音がする。頼むからこぼさないでと言えるほど俺は無神経じゃないぜ。そっと手から取り上げた。





俺は慰めるのが下手くそだ。顔が引きつってるって言いたいんだろ?分かってるさ。でもこんな時は皆なんて言ってんの?





あっついぜ。これで4回目だぜ。





精一杯慰めたんだ。俺の辞書にある言葉を全部使ったんだ。でもうんともすんとも。





「明日の事は分からない。だから今ギュッとしてやろっか?」





「へへ、椎名林檎か」





良かった。俺の事が嫌な訳じゃないみたいだ。





やっと喋ったかと思うと薫子は俺のラルフローレンのシャツを掴んで顔を押し付けてまた泣いた。





このシャツはお気に入りだけど、気分は悪くなかった。





フラれたばっかりなのにね。すっかり忘れてたよ。





なぁ、青春ってこんなのを言うのかな?





はぁ?何が?と思う?





意味不明の電話があり、彼女にフラれた途端にお気に入りのシャツをティッシュ替わりに使われる事だよ。





俺はキャラメルフラペチーノを差し出した。





黙って口に含んで





「んめっ」




さっきより小さな声だった。でも少し安心したようだ。





風が少し吹いてる。心地よい風が。暑さって気付くと居なくなってるよね。


今日は5回目を言わなくてよさそうだ。


明日もあっついんだろうな。その次の日も。





ーーーーー






薫子が泣き出す前に、海が見たいと言った。





なので地元に3つしかない浜辺から一番良いのをチョイス。まぁ俺のお決まりのデートコース。






去年はノブってヤツと3日に一回は合コンしてて、良く合コンで仲良くなった子とこの浜辺に来て時間を潰した。そんなノブも年末には一児のパパになる。






薫子は相変わらず喋らないので俺も何も言わなかった。こういったケースでは過去一度も良い方向に持ち直したためしがない。





波は寄せては返し、誰かが花火をして盛り上がっている。教科書通りの夏の浜辺。薫子がヒールを脱いでペタペタ砂浜を歩きだした。






「さっきはごめんなさい…」





蚊のなく様に薫子は言った。





うん、とだけ返事をして。また俺達は黙りこんだ。綺麗な顔がグシャグシャになってる。ツラいんだって十分俺に知らせてくれた。




何も言わなくても俺は側にいるつもり。なんか…変な気持ちだ…





「おー」「キレー」





遠く離れてても分かる爆音が肌を震わせた。





そうだ、今日は花火大会だ。




そういえば薫子を迎えに行った駅北は浴衣姿の女子高生がはしゃいでいたっけ。




8月1日は毎年恒例の花火大会。戦後から続く鎮魂の儀式。とは皆知らずにみんな浮かれて綿アメを食べる日。





「キレーだね、鉄郎君」




ビックリした。薫子が花火を見上げてる。涙で流れ落ちたマスカラがパンダのみたいだ。





「祭り、行ってみっか?ベビーカステラあっぞ?」




あえてのベビーカステラってのが俺流。




「ううん、ここがいい。ありがとー。」





ハズレ。次に誘う時は綿アメにしておこう。





エヘヘと笑う薫子。そうだよな。綿アメよりベビーカステラより今が大切だ。





俺は薫子の横に座って一万発の花火を黙って見た。さっきまでの沈黙の苦痛は夏の花火の中に消え、薫子は控え目に俺のシャツをつまんで





「たーまやー」





薫子は恥ずかしそうに俺を見て笑った。だから俺も負けじと言った。





「たーまやー」





今度は2人で一緒に笑った。





ーーーーー





花火はあっという間に終わり、浜辺のギャラリーは拍手を贈っていた。薫子もパチパチと手を叩いて喜んでる。良かった。





「全ての些細なこと。ALL THE SMALL THINGSだっけ?私もあの歌好きだな。ボーカルの人も可愛いじゃん」





多分、車で流れてた曲の事かな?





「お前趣味悪いな」





「鉄ちゃんも悪いよね。ジョンとヨーコのバラードなんて普通聞かないよー。」





もう、鉄ちゃん呼ばわりか。俺もお前って呼んでるし変わらないか。





「レインが聞きたくて、間違って入れたんだ。」





「パストマスターズ?」





「そう。よく知ってんね」





「すごいでしょ?」





「別に」





「あー、ひどーい」





買ってきたアイスコーヒーはまわりに水滴を垂らしてるから一時間くらいかな?




すっかり薫子も元気になり、砂に落書きしながら歌っている。





多分、TALES OF ANOTHER BROKEN HONE だと思う。





薫子の趣味はいい。短いんだけど良い歌だ。薫子のか細くて甘い声が心地よくて、いい加減な英語も可愛らしい。このまま眠りたいよ。膝枕で。




ま、俺のほうは趣味が悪いと言われるんだけどね。





「魚いるの?」





「海だからね」





「アジとか?」





「わかんね。腹減ったの?」





「泣いたらお腹すく」





「この時間だと太るぜ?」





「理由はね…」





「え?腹ペコの?」





「ちーがーう!泣いてた理由!聞いてよ」





薫子は涙の理由を教えてくれた。





「お母さんが入院してるのね。もうよくならないんだって。私にはお母さんしか身内がいなくて…。みんな私をおいて行っちゃったの…。ってサキの彼氏にこんな事言っちゃダメだよね…。」





薫子は苦笑いをした。





「それはいいよ。別れるつもりだし。」





「私ね、生まれは宮城県なの。気仙沼ってとこなんだ。お母さん、入院する前に里帰りしたいって言ってたの。お医者さんは無理だろうって。そしたら泣けてきちゃって。」





泣き顏があまりに綺麗だ。不謹慎なのに。俺は薫子を抱きしめたかった。ちょっと前に悲しい話を目の当たりにしたから余計に辛い。大切な人を失う事がどんなに辛いか。




静かで凛とした夜だった。





こんなに星が見える夜なのに、雨の匂いがする夜。でも、それは勘違いじゃなかった。これから起こる事。起きていた事。











可愛い指の先で俺のシャツの袖をつまんで、薫子は黙って俺の一歩後ろを歩いている。今は話さなくてもいい。




こんなに星が見える夜だから。





ーーーーー




話は少し戻る、




偶然イトキンに会った。油まみれのラーメン屋で。でも美味しいからやめられない。




イトキンというダサいニックネームはかつて、ヤンマガでやってた漫画かららしい。その主人公にソックリなんだとか。





顔は…なんと言うか無機質で感情を出さない仏頂面。





共に通っていた工業高校史上最悪の三年間を過ごした幼馴染。その「最悪」は今はおいておこう。





少し痩せた?





反応はなし。この質問に興味がないらしい。




イトキンは…意識が宙に浮いてる時があって、何人もその領域を犯せない。イトキンタイムが存在する。





「あー…」





イトキンは思いの丈を宙に煙と一緒にプーっと吐き出した。





セッタは高校の頃から変わらない。





セッタって草履(ぞうり)の事かって?





違うよ。





俺たちはセブンスターをセッタと呼ぶんだ。田舎の人だけかもしれないけど。





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