六十五話 最終準備
旅の出発前に、する準備がある。
昨日、ようやく世界地図が完成した。最初の一ページの中に東西南北の体(分からないから勝手に決めた)で全体図を描き、次のページから大陸ごとの細かい地形を描いてアラビア数字とアルファベットを使って細かく区切り、見易くしている。
これを旅に持っていく。まだ資料だけで描いた部分もあるし、細かい情報はまだまだ加えなければならないからだ。つまり以前と違って道に迷うことはない、僕はこの世界の伊能忠敬的な存在になったわけだ。
因みに二冊目の本には同じものを書き記したが、これが最も苦痛だった。
こっちはコンスタリエに渡して見方も教えてあるから、まあ大丈夫だろう。あんな性格でも彼女は頭がいい。
次に食糧。
この一年で保存食も進化したもんだ。ただ干しただけの肉とか野菜ではなく、どこかの誰かさんが運良く発見した腐らない食べ物がこの都市ではよく販売されている。
無味無臭、歯応えがよく弾力のある木の実を砕いたもので、名を『パキル』と言う。第一発見者の名前が付けられた。
まあ、米の代わりにはなるんじゃないかなというくらいだ。これが保存食に加わった。
キャッチフレーズは『永久に腐らない!』だが、残念ながら水に浸けたり湿気た場所に放置していると腐る。保存方法には気を付けよう。
これらを動物の毛皮から作られた入れ物――鞄に詰め込む。最近麻袋はもっぱら通貨入れになって荷物は皮の鞄が主流になっているがこれも一つの進化か。
そして例の如く今まで稼いだ通貨の余りは使わなさそうなので、どうしようかと三人で考えていた次第だった。
この辺りはいいとしよう、決まったことだ。
「私、もっと仲間を増やしたらいいんじゃないかと思うのです」
アリシー、リセルさんの家。リビングにて。
両手を合わせたリセルさんは、真剣な顔で提案してきた。
「仲間を増やす……ね」
仲間、というか。今後旅を共にするメンバーを増やしたいというか。
「はい。もしも今後三姫の誰かと鉢合わせになってしまった場合、戦闘は避けられないのでしょう? 私も頑張ります。けど、心強い仲間が何人か居れば違うと思います」
リセルさんが言う。
戦闘のできないリセルさんに頑張って貰っちゃ困るんだけど、戦力を増やしたいということには賛成だ。
欲しいのはエステ並みの戦力。心当たりは――どう考えても、一つしかなかった。
「じゃあ、声だけ掛けてみようかな」
頭に浮かぶのは、圧倒的な力で以て凍竜を一瞬で蹴散らしたアグリル・エスペランサー。頼むとすれば、彼しかいない。アリシーも同じ考えに至ったようだ。
「それってランサー?」
「うん、強いとなるとあの人になるかな。来てくれるかは分からないけど」
破壊された地形に運良く――彼にとっては運が悪かったのかもしれないが――転移してきたランサー。
彼の実力は相当だ。
旅に同行させるのなら、ランサークラスの人間でなければいけない。ある程度の治癒能力を持つランサーなら旅には必要だし、戦いに巻き込む形になったとしても死ぬことはない……だろう。
勿論、ちゃんと説明してから旅をお願いするよ。
嫌がる相手を無理にとは思っていないし、来てくれたら、だ。
「行くなら三人で行って交渉しよう。普通に向かってもいいんだけど、今回はこれを使おうか」
準備していた持ち物の中からある物を取り出した僕は、それを二人に見せることにした。
こん、と固い音と共にそれをテーブルの上に置く。二人は不思議そうな視線をそれに寄越していた。見たことないだろうな、こんな機械みたいな物。
そう、シャインハートから大分前に受け取っていた移動用の端末である。勿論ティリカ行きにも使うことができる、彼女お手製の力作だ。
この三人なら街路で一週間と掛からないだろう。だが、どうせならこの機械を使っておきたい。
稼動可能時間は一人で十二時間。二人なら六時間で、三人なら四時間分空を飛べる計算になる。過去に使用した際のスピードとエンダーを使った際の体感で言えば、ぎりぎり間に合うのでは無かろうか。
これで着かなかったとしても、その後は歩けばいいわけだし使わない手はない。
あ、ってか一年放置してて込められた念動力が無くなってる、なんてことはないよね。大丈夫だと思うけど……。
どんな物なのかを軽く話すと、アリシーもリセルさんも少なからず驚いていたようだった。
ここには人力車しかないからなぁ。前よりは遥かに良くなったけど。
「便利だね、それ。よくわかんないけど、短時間でティリカまで行けるんでしょ?」
「そういうこと。旅ならティリカから始めればいいし、問題はないと思うよ」
「そうだね。特に不都合はないかも」
「ふふ、少し楽しみです」
無事に二人の了承が得られた。
ってリセルさん、四時間空飛んでるだけだよ。あんまり楽しみにされても……。
その後はそれぞれがそれぞれの準備をし、荷物を作った。生活に必要な道具は一通り揃え、どんな環境でも対処できるようにした。昔の恐ろしい旅ではない、今回は一年以上の作成期間を経て進化した地図本が手持ちにあるのだ。
大丈夫。簡易で火も起こせるし、料理もできるし。
「じゃ、行こう」
慣れない操作で黒い端末のボタンを押し、ティリカのコードを打つ。
最後に一つ、言っとこう。
「えー、アリシー。あと特にリセルさん。一応最初の衝撃とか結構来るんで覚悟しておいて下さい」
ごわ、と。背後から背中を叩く強烈な衝撃が起こり、僕達三人は遥か空中に投げ出された。
「――え、ひゃあああああああああああああああああああ!」
案の定リセルさんは叫び、隣であたふたしながら遥か下の地を眺め、血の気を引かせている。
アリシーは特に反応しなかったが、浮遊する感覚に慣れていない様子だ。
そんな中。僕だけは呑気に街並みを見下ろしていた。
ティリカ。
木造建築建ち並ぶ、依頼の町。
面積は日を追うごとに拡大していき、現在では貿易都市エクサルには及ばずともかなりの広さを持っていた。
そして、遠くから見ても分かるように、この町の象徴とも言えるような巨大な石城が中心に建っている。そこがティリカの主なお仕事である『グループ』の依頼受付所になっていて、この町の金回りの大半はその依頼で動いているのである。依頼とは言うが、人材派遣業みたいなものだ。
固定の仕事もあるのだが、依頼という形が先に定着しているのでこの形態自体が風化することはそうそうないのだろう。
大きく見れば何でも屋さん、だ。需要は絶えない。
さて、そんな町に四時間掛けて到着した僕にアリシーにリセルさんの三人は。
「こ、怖かった、です……心臓に悪いです……」
飛ぶ位置が高過ぎてリセルさんがグロッキーな状態になり、
「なんか、気持ち悪い」
乗り物酔いというか、空中酔いというか。アリシーが気分の悪さを訴えていた。
「とりあえず町入ろうか。上階の宿屋行けば休ませて貰えると思うし」
「そこまで気持ち悪いわけじゃないけど、リッキーが言うなら行こっか」
「……ふ、ぇ」
重症なのがリセルさんだけでよかった。
とりあえず、今後端末での移動は止めた方が無難だ。一応シャインハートに再充填はして貰うが、使うとしても僕だけだな。
町に入り、商店通りを抜け住宅街を抜けて奥へ進む。若干の懐かしさと町の変容を楽しみつつ十数分歩いていると、変わらない様子の宿屋を発見して静かに安堵した。
道に迷わなくてよかった。正直迷ったら終わりだと思っていい、目印は石城しかないわけだし。
「お久しぶりです、アルベルトさ……あれ」
宿の扉を開いて第一声。しかし当人は居ないようで、受付は藻抜けの空。
「あっれー。いくらなんでも仕事サボるのは感心できないなぁ」
「サボってねぇよ」
「おわっ」
ずん、と浅黒い巨体の巨大な手が僕の右肩を叩き、びくんと硬直した。
振り向くと、彼は相変わらずのハゲ頭だった。陽射しが暑そうな頭をしている。卵乗せたら目玉焼きができそうだ。
冗談。
外に居たのか。
「……俺の頭になんか付いてるか?」
「ああ、いえ。別に何でも」
あははと笑い飛ばすと、アルベルトは細めた目で睨んでくる。
「馬鹿にしてんのか? お前の頭燃やすぞ」
「別に髪の毛が少ないなぁ、とかなんて思ってないですよ。安心して下さい」
少ないんじゃなくて、ないからな。嘘じゃない。
「間違いなく馬鹿にしてんな……まあいい、久し振りだな。で、今日はどんな用だ?」
宿に来る理由は二つある。休憩と、ランサーの勧誘だ。
だがアルベルトに詳細を話していいものなのか。
エステの仲間なんだから、どう転ぶかは分からないのだし……少なくとも今回は止めた方がいいな。
「顔出しに来ただけですよ」
「ウェインならいねぇぞ。アイツは依頼で外に出ていてな、あと三日は帰ってこない」
「三日? 随分遠出なんですね」
「場所はそれほど遠くはないがな。何でもそこら一帯の敵対動物を処理して土地を確保して欲しいんだとよ。鉱山を探すらしくてな、それらしき山の梺に経由する場を作りたい、と。ウェインはそこで狩りの依頼だ」
そうか。ウェインもそういった依頼をこなして上手くやっているのか。
盗人から成長したものだ。一時期は地下牢に放り込まれていた彼としては、どんな気分なのだろうか。
「ウェン君居ないのかぁ」
アリシーが少しばかり寂しそうに洩らす。なら三日待とうかと提案したが、何のために急いだのかと軽く怒られたため提案はあっさり下げた。
だが、聞く所によるとアリシーはウェインに中々感謝しているそうだ。名刀か定かではないものの、心の込められた短剣を譲り受けたのもそうだが、ただそれだけというわけでもない。
己の鍛練に最後まで付き合ってくれた、その事実が彼女にとって嬉しいことのようだ。お陰でウェインは強くなったわけだが……。そのため、会って話をさせてやりたいとは、思う。
何となく気になった首元の襟を正しながら、ふと思考に沈む。
当時から一年。日数に直して三百六十五。相当な歳月、彼は僕とは違って己を鍛え続けているだろう。成長期の身体に過度なトレーニングは宜しくないが、更に強く逞しく成長しているだろうことは安易に予想できる。
……この旅には誘いたくはない、な。彼が来たがる可能性はあるが、死闘に連れ出したくはない。それは、いつになっても変わらない気持ちだ。が、会ったらどうなるか分からない。ならば会わない方がいい。
全て終わってから、いくらでも話せばいい。
「ところでアルベルトさん、ランサーは?」
それよりも、彼はどうしているのだろう。訊くと、アルベルトは右手を頭の天辺に乗せ、どことなく気にした風に擦りながら返事をする。ごめん、本気で言ってたつもりじゃなかったんだよ。
「ランサーってのは、アグリルのことか。随分懐かしい奴の名を出したもんだな、残念ながら奴も町にいねぇぞ」
「え、ランサーも依頼ですか?」
ランサーは流れでこの町に住み始めた感じだったが、グループの一員になることで落ち着いたのかな。
「いや。随分前のことだが、アイツは世界中を見て回りたいと言って旅に出た。それきり見ていない」
アルベルトはいつだったかな、と唸らせて頭を撫でている。
懐かしいというのは、彼が既に町からいなくなっていたからか。彼が死ぬようなことはないと思うが、これでは頼むことすらできない。
「それじゃあどこに居るのか見当も付きませんね。ああ、じゃあ部屋とか空いてたりします?」
「半分ほど空いてるな。都市に出る奴も多くて、今じゃこの有り様だ」
がらん、と寂しげな廊下を指してアルベルトは渋面を作る。グループの宿屋の部屋が埋まったところで直接的に金が入るわけじゃないだろうが、アルベルトとしては居た方がいいそうだ。
じゃあということでもないが、アルベルトに頼んで一日だけ部屋を借りることにした。
僕は一人部屋、アリシーとリセルさんは二人部屋。合計二つ。
第一の目的にあったランサーが居なかったのでどうするかをアリシーと話し、僕は一旦借りた部屋に戻っていた。
「どうするかな……」
ランサー以外に頼ってもいい人物は今のところいない。状況をどうにかするのであれば、数ではなく質が必要だ。
だから言い方は悪くなってしまうが、凍竜討伐メンバーには頼れない。今の僕であれば、凍竜程度なら一人で討伐できる。
「シャインハートのとこでも行くか」
とりあえず、端末の充填だけは頼んでおこう。時間が掛かるかも分からないし、済ませられる用事は先に終わらせたかったので、彼女達に一言伝えて出掛けることにした。
「どうぞ」
片道数時間の道をランニングで時間短縮し、到着した研究所の扉を叩くこと数十秒、シャインハートは一年前と変わらない応対で登場してきた。
無愛想な立ち振舞いだが、彼女が親切なことは知っている。
「お久し振りです。シャインハートさん」
「話は方々から聞いている。街道の助力、御苦労様」
数ヶ月前に開通した街道。僕はただ手伝いをしていたに過ぎないが、こうして言われるとむず痒いものがある。
「ほとんどはグループの依頼で来た人がやっていましたし、労われるほどではありませんよ」
比較的危ない動物が住む地形の道はほぼティリカの人間が狩っていたし、危ない道に木柵を立てたのも僕ではない。ただ整地の手伝いをしていたばかりで、疲れるほど働いた日もなかった。代わり、手伝いなので給金はなかったが。
中に入れてもらい奥に行くと、凍竜が置かれていた施設の一階は変貌していた。前のような無骨さはなく、自作の実験器具が大量に置いてあってごちゃごちゃとしている。だがその中のどこにも凍竜の亡骸がないのを確認し、そんな僕を見てかシャインハートは説明をしてくれた。
「――ああ、解剖したからここにはないんですね。それで、冷却機能を造るのは理論上可能ってことになったんですか」
死んでもなお冷気を生み出していた冷却器官が膨張と収縮を繰り返す点に着目したシャインハートは、それを解剖してみたそうだ。
すると中には液体が入っていて、その液体が気化、液体化、気化、というサイクルを絶え間なく続けていることが判明。
解剖してしまうと凍竜自体の機能は失われてしまったらしいが、原理は理解したので何らかのエネルギーさえ発見できれば人工的に冷却器官を造ることができるんだそうだ。
「専門外なので詳しいことは分かりませんが……エネルギー、ですか」
地球で言えば、電気。僕のような電気人間ではなく、水力火力風力原子力などを元に発電が可能なエネルギーだ。
この端末もシャインハートの念動力というエネルギーを使って動いている。が、僕に原理を理解できるだけの知識はないし、例えばどのようして電池に電気を溜められるかも知らない。
昔は普段使っていた代物なのに原理も知らないのは恥ずべきところだが、そうだな。助言できないでもない。
シャインハートにはエネルギーの切っ掛けさえ掴んで貰えればいいのだ。
電池のような役割も持った端末、念動力というエネルギー。それを別のエネルギーに置き換えるだけ。
電気人間の僕なら説明は容易い。
「そう、ある程度は完成している。凍竜の永久器官は解明できなかったが、動力さえ見付けられれば下位互換の装置を造ることが可能」
「僕に案があります」
「……?」
眉をひそめたシャインハートに親指を立て、僕はその手を彼女に差し出す。そこから放出されるのは、電気。彼女はそれを興味深そうに凝視して、思考の海に沈んでいた。
「これは電気です。僕の世界ではこの電気をエネルギーとして、“冷房”や“冷蔵庫”などの機械を造っていました……あ、今のは感覚だけ聞いて貰えれば結構です。前者は部屋の温度を下げる物、後者は食物などを冷して保存するための物です。それに使われていたエネルギーが電気なのですが、その電気を人工的に生み出すことが可能であれば、エネルギーとして活用できるのでは――」
「付いてきて」
今ので何かを掴んだのか。僕の右手を引っ張ったシャインハートは、そのままずるずるとどこかに引っ張っていく。
「サンプルが欲しい」
という彼女の要望に答え、指定された四角い金属の箱に電気を流した。それで十分なのか、シャインハートからありがとうと礼をされた。
大したことは言っていないとは思うのだが、お礼の気持ちは素直に受け取って置こう。
流れで端末に念動力を充填して貰い、それからすぐ研究に没頭し始めた彼女とは別れることになった。
集中すると研究所から一歩も出ない彼女のことだ。会話を続けるのも悪いと思ったので、そのまま研究所を後にする。
目的は達成したのだからいいだろう。シャインハートには、感謝の一言に尽きる。
宿に帰って再びアリシーと話し合い、最終的に仲間は増やさないとの結論で落ち着いた。アリシーも中途半端な戦力では逆に危ないという僕の意見には賛成のようで、結局ティリカへ足を運んだのは無駄骨になってしまった、ということになる。
夕食はアルベルトが出してくれたので食料を消費することなく一日を終え、その日は宿屋で一夜を明かした。
朝食も出してくれたアルベルトに感謝をし、僕達三人はようやく宿から外に出てきていた。
「宛が外れたのでしたら、仕方ありません」
「ランサーが加わってくれれば頼もしかったんですけど、ティリカに居ないならどこにいるかも分からないですしね」
一応捜索には彼も追加だ。捜す気は別にないが、あの存在感なら近寄るだけで見付かりそうでもある。
「なんだかペース崩されたけど、行こうか。元より三人、これでいいよ」
元は二人だが、そこはいい。もう一人はこちらが望んで引っ張り出したんだ。
「何も真正面から戦う必要はないし。勝てない事実がそこにあるのならば、戦わなきゃいい。弱い者は弱い者らしく、姑息にやろうじゃないか」
絶対的な心の支えであった禁術を無くし、己の技にしか頼る術がなくなった自分。
逆に考えろ、全身の激痛と傷が消えてなくなったんだ。代わり、軽い後遺症は残っているのだけども。
奥の手を有してないだけで、他は前よりずっと、格段にいい。
「今までそんなのと真正面からやり合って来たのは、誰なんだか」
アリシーが苦笑を浮かべる。ごめん、何も言い返せない。
あの頃も一年前も……同じ土俵に立とうと頑張っていたのかも、しれない。けれど、そんな馬鹿なことをする必要は最初からなかったのだ。
「残された期間は三年と少し。ルリさんはギリギリまで絶対に姿を現さないと思う――だから、こっちから姿を暴きに行こう」
中々猶予も磨り減ってきた。知らない内に、僕も少しは歳を重ねた。
……だが今は、一人じゃない。
やりようはいくらでもある。腐ってる暇はどこにも存在しない。
やる。そう、決めた。




