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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第一章 誘われた者達編
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五話 困惑と心配と

「よぉ。終わったか」


 職員室での用事はあれにて終了した。


 あまり浮かない顔をしていただろう僕の眼前に真っ先に入ってきたのは、不良の姿だ。そういえばいたなぁなどと若干失礼なこと考えてから、不良と言葉を交わす。


「まあ、はい。終わりました」


 あまり喋るような気分ではないのだけれど、そうもいかないのが現実だろう。


「おい。んだよその表情、浮かねぇ顔してんぞ」


 壁に体重を預けた不良は僕の落ち込んだ様子に気付いたか、何の戸惑いもなしに思ったことをぶつけてきた。


「なんでもないですよ」


 話して理解が得られるとも思っていないので、話さないでおくことにした。

 ――いや、違う。きっと。

 僕は、彼の口からも“同じ言葉が繰り出される”のを危惧していたのかもしれない。

 そんな言葉は、聞きたくなかった。


「あっそ、ならいいんだが」


 不良はそれに対しては必要以上に訊いてはこず、ここで会話は閉じられた。


 エルリア・アヤクスィダント。

 竹内洋介の言った名前だ。後半は学校名と一緒のようだが、それは僕の想い人はそこまで名乗っていないことだった。

 だから、ルリさんと同一人物だと決めつけるのはまだ早い。


 だが彼女の力――恐らくあれだけじゃないのだろう――を見せられた僕からすれば、必ずしも全く無関係だとは言えなかった。

 荒唐無稽な異世界の力、ルリさんの力は確かに本物だった。


 もしあのルリさんのことを言っていたのだとすると、竹内洋介は彼女に何かをされたのか――。


 ひとまず、直接会わないことには話しが進まないだろう。


 今のところ、あの先生に言われたことを素直に守るつもりは全くない。

 ――大丈夫、いい返答が聞けると胸に刻んで、いつの間にか落としていた視線を目の前の不良へ戻した。


「おい。抱え込むのは結構だが、言った以上は俺の目の前で考えるんじゃねぇよ。せめてわからないようにやるか、それができないなら話せ」


 ああ。

 見せていたつもりはないのだけれど、見られていたのなら仕方ない。

 とりあえず、これ以上の思考は止めておくことにした。どうせ一人で考えていても答えは出ない。

 すみませんと一言謝って、僕は鼻の頭を掻いた。


「それで、これから僕を呼んで何をするつもりなんですか?」


 気分転換だ。

 気になった点として、彼が僕に付き纏う理由を訊ねてみた。どう考えても、この筋肉野郎が僕に用を持っているとは考え付かないのだ。

 カツアゲ的なことをしているでもなし、暴力を振るおうということでもない。

 じゃあなんだ。


「何をするって? あぁ、そうだった。まだ何も教えてなかったな、俺はこれからとあるターゲットを殺しに行くんだ。それにはお前が丁度よさそうだからな、手伝ってくれ」


 ……え?

 とんでもなく物騒な言葉が平然と飛び込んできた気がするんだが、僕の聞き間違いだろうか。


「何呆けてんだ。殺すんだよ、生きている生物を。人をだ。今からな」


 やはり聞き間違いではなかったらしい。

 僕は無言で一歩後ずさり、眉をしかめて不良を睨めつける。


 最悪人殺しの発言には目を瞑ってやろう、ここは法の外だ。

 だが、僕に手助けを求める理由がどこにあるのか。


「何故ですか?」

「一つ聞こう。お前は、ここの配布所で毎日飯を貰ってるか?」


 その施設が存在しているのは、ここに来てすぐに知ったことだ。

 飢えを凌ぐために何度かお世話になったが定期的に受け取ってはいないし、学校に入学してからは最早存在さえ忘れていたくらいなのだが。


「いや、毎日ってわけじゃないですね」


 配布所から貰える食物は日によっててんでばらばらなのだが、一度行くだけで四食分ほどの量を渡してくれるので、一度の食事量を少な目にしていれば僕の場合二日は持たせられる。


 そもそも、配布所の設置された施設がここら辺からかなり遠い位置にあるので、そこまで意欲的に行こうとは思えないだけだった。

 食事にそこまでのこだわりを持っているわけでもないし、食べられればそれでいい。


「へえ、珍しいな。そんな奴はそうそう見掛けないんだが」


 若干不思議そうに言った不良は、腕を組んで壁に体重を預ける。


「じゃあ質問を変えよう。お前は、毎日飯が貰えると思っているか?」


 はい?

 ……質問の意図は分かったが、大体の人は貰っていると言ったのは自分ではないのか。


「貰えると思っていましたが、わざわざ訊くということはそういうわけでもないんでしょうね」

「ああ、そうだ」

「それと殺しには何か関係が?」


 今のところ関連性が見受けられないのだが、いつ話が繋がるのだろうか。


「それは今から話すが、ここで飯が代償なしで貰えるのは学生までだ。食糧も無制限に増やせるもんでもないらしく、必然的に貰える人は絞られてくる。このような公共施設を卒業後、街に何の貢献もしない奴はいずれ殺されるんだよ」


 驚きの台詞が飛び出した。

 そうか、つまりニートは物理的に生きていけない仕様になっているのか。


「まあ、言いたいことは分かりました。ですが、貴方が行うのは何故ですか?」

「配布所の依頼だからな」


 なるほど。

 依頼ということであれば、僕から言えることは何一つとしてない。ないが、どうして僕をその一員に加えようとか思ったんだろうか。


「僕を誘う理由がどこにあるんしょうか」

「お前、ここに来て間もないだろ。それもあって、グループに誘いやすいと思ってな」


 つまり、彼は右も左も分からない僕に一つの道を示してくれたわけだ。

 でも、グループだかなんだか知らないが、その誘いには乗るつもりはない。


「悪いですけど、遠慮しておきます。僕はこう見えても平和主義者なので、とても人殺しができる性質じゃあないですよ」


 ここに法はないから殺しに口を挟もうとは思わないが、自分の手で人を殺めるのはちょっと。

 ひとまず、提案はお断りさせていただく。


「そうか、まぁいいだろ。気が変わったら言ってくれ」

「そんなことになるとは思いませんが、もしも僕の気が変わったとしたら、よろしく頼みますよ」


 気が変わるはずもない。

 ただまあ、いいことは聞けたと思う。ニートになったら殺されるんなら、今後怠けたりはしないと誓えるだろう。

 怠けた結果、こういう人種に命を狙われている人もいるわけだが、そんなの僕には関係ない。

 自業自得だ。


「ああ、一つ言っとく。俺達がやっていることを、“悪いこと”だとは思わないでくれよ。強いて言うなら、“偏った正義”だと認識してくれ」


 去り際に不良が言った台詞は、僕にこう思わせた。


 この人は人間ができているんだなぁ、と。

 恐らく、どの人種どの国でも同じような法律があったように、彼の世界にも法律なる縛りはあったのだろう。人間が考えたルールなんて、そんなものだ。

 僕が言いたいのは、そんな取るに足らない考えではない。

 彼は、法律なんてものに縛られなくても、何が“悪い”のか、何が“良い”のかを自分で考えられる人だ。

 その上で、彼は自分の正義を貫くことを決意したのだ。だから“偏った正義”。

 言葉は言いようだが、その通りな気がする。その方が、しっくりと来る。


「思ってませんよ」


 この世界の選択にはどれも間違いがない。

 どれも正しい。きっと、そういう世界なのだ。

 少なくとも、僕はそう思っている。


 短く「おう」と返答した不良――と考えるとこの不良という呼び方はおかしいな――男子は、この場から居なくなった。


 さて。

 彼とは別方向にとぼとぼ歩を進めつつ、僕は再び思考の海に埋もれていった。


「……はぁ」


 彼と話して実感させられたのは、僕はこの世界を知らなすぎる、ということだった。

 それは当然のことであって、実はそうでもない。

 問題は、別段知ろうともしていない姿勢のまま生きている僕にある。死にもの狂いでこの世界を知ろうとさえすれば、現時点でもっと理解があったはずなのに。


 何も知らないからこそ、僕は今日起きた様々な非日常に一々狼狽えているのだ。

 特に。


「エルリア・アヤクスィダントに近寄るな……か」


 思考は振り出しへと戻る。


 その名前は、この学校と関係はあるのか。

 ――そもそもルリさんと同一人物なのか。分からない。


 自分の悪い癖は考え過ぎることだ。良い癖と呼べることも、考え過ぎることには違いないが――この場合に置いて“良い”とするのは間違っている。そんなの、僕は自分で自分を許せない。


「――僕は、ルリさんを疑っている?」


 どっちかと言うのなら、彼女との関係は昨日今日程度の薄い関係だ。だから、基本的に“疑ってしまう”のは仕方ない。


 しかし。

 僕は彼女に惚れたのだ。外見も、内面も、仕草も、口癖も、その敬語も。全部。


 友達がいないと自称する空虚な彼女は、とても優しかった。

 百歩譲ったところで、彼女が忌み嫌われる人物だとは思えない。


 でも。

 僕は疑っている。だって、そんなことを考えている時点で、心が揺れているのだ。

 今の時点で僕はルリさんを全面的に信じてはいるのだけど、何か一つでもそういう行為があった場合――僕は彼女をどう思ってしまうんだろう。


「状況整理だ」


 ロッカーから自分の靴を取り出した僕は、代わりに内履きをしまいこんで下校の準備を整えた。今から授業を受ける気にはならないし、今日は早退でいい。

 

 その一、まず僕は何でもありの世界に来ている。これはオーケイだ。

 その二、ルリさんと友達になった。これもオーケイ。

 その三。ルリさんが“関わってはいけない人物”らしい。これは駄目だ。


 だから、直接ルリさんに話をするのだ。

 ルリさんが一言「違う」と発してくれればいい。そうしてくれれば、僕は全部信じる。もしそうでなくても、それはきっと先生の勘違いだ。


 だって声を掛けたのはあちらからではなく、僕からなのだから。友達になろうとしたのも、僕からだ。

 彼女は嬉しそうだった。喜んでいた――気がする。それからのことだって、全部彼女の善意でここまでやってこれた。


 関わってはいけない要素がどこにあるというんだ。


 つまり、疑うには値しない。

 僕はぽっと出の先生の言葉よりも、ルリさんを信じる。


 ――ってか、人違いの可能性だってあるんだ。


 外。

 夕方になった空が鮮やかな橙に染め上げられて、幻想的に色付いていた。

 もうこんな時間だ、帰ろう。


 僕は、先程よりは軽い足取りで帰宅の道を進んでいく。多少道には迷ったけど、気にしない。


 しかし。けれども。

 この時の僕はまだ知らなかったのだ。これから、ルリさんどころの騒ぎではなくなることに――。

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