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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第一章 誘われた者達編
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四話 忠告と驚愕

 僕達が戻る頃には既に五限の授業が始まっていた。意外にも時間が経っていたらしい。


 そんなこんなで、教室に入った瞬間ウインクを僕に送って逃げるように走り去る彼女の背中に「後で覚えて置けよ」的な目線を送り、一足早く席に向かった二人に続いて僕も席に着こうとした。


 着こうとしたのだが、忘れていたことがある。


「僕の席ないじゃん」


 ないというか、まだ知らないだけなのだが。初日から保健室に送り込まれた不幸がここにまで影響するとは思わなかった。

 皆の目線がどことなく痛い。こっち見んな。


「ああ、君が鈴峰律樹君かな?」

「……あ、はい。そうです」


 と、困っていたところで教卓から生徒と同じく僕を凝視していた講師が声を掛けてきた。

 今日の転入生は僕だけなのか、名前も言っていないのに呼ばれるとは。とりあえず早く自分の席に座りたい。そしてできればあそことあそこの金髪と赤髪の二人を廊下に立たせてやってくださいお願いします。


「君をある先生が呼び出しているんだが、今からでも構わない。職員室へ行きなさい」

「へ?」


 予想外の先生の言葉に思わず困惑が浮かび上がった。


 席の位置を教えてくれるわけじゃないんだ。しかも誰だか知らないが先生が僕を呼び出したと。

 おかしいな、どの先生とも面識はないし呼び出される理由はないと思うんだけど。


「多分今から行ったら多少は怒られると思うけど、行かないよりはマシだろう」


 鏡を見なくても表情が固まるのが感じられた。


 それは行きたくない。顔も名前も知らない人に怒られる意味が分からないし、そもそも僕は被害者だ。

 

 とまあ。

 呼び出された説明も理由も皆無のまま、強制的に誰とも分からない先生の元へ行く羽目になった。


 勿論気が乗るはずもなく、亀さんもビックリな速度で廊下をとろとろ歩いていた僕は、職員室の場所を捜索すべく動いていた。


 というか案内してくれてもいいだろうに。入学者への配慮が足りなさ過ぎる。

 ルリさんという存在がいなかったらこの時点で寮に帰ってたぞ。


 さて、職員室の場所の相場は決まって二階だ。とりあえず足を運ぼう。


「って……二階にしても広すぎでしょ」


 到着するなり階段横の壁に掲示された校内マップを見て、僕は発狂した。

 外観からしてとてつもない広さを有していたのは理解していたが、これは流石に広すぎだろう。

 この階だけできっと普通の学校の総面積を越えるんじゃないか?


 先生の馬鹿野郎、何をどう思って僕を一人で寄越しやがったんだ。場所くらい教えてくれ。

 などと溜め息を吐いてまごまごしていると、右肩に誰かの手が置かれた。


「あ? なんで生ゴミ君がこんなところを彷徨いてやがるんだ」


 振り返ると、不良だった。

 いきなりの登場で、いきなりの暴言だ。さて、これはなんて返事をすればいいんだろう。下手なこと言うと殴られる恐れがありそうだ。


「まだ授業中じゃねぇのか? 初日からサボりとか、随分と肝の座った野郎だな」


 お前にだけは決して言われたくない。


「まぁ、別にいい。お前、今暇か」

「今から職員室に用があるんで、暇じゃないかな」

「んじゃ終わったら暇なんだな」


 そのまま状況を説明したつもりだったのだが、そんな風に捉えられるとは思わなかったよ。用事が終われば確かに暇にはなるけれど。


「……まあ、はい。そうですね」


 何故か敬語になってしまったが、このままで行こう。この人相手に慣れ慣れしくすると面倒な目に遭いそうだ。

 押されるがままに、あたかも彼の言葉を承諾したような台詞を吐いてしまった僕は、弁明できずにいた。


 結局。


「ホラ、着いたぞ。ここだ」


 二階ではなく、一階昇降口の右隣に配置されていた職員室まで案内された僕は、少しの間ぽかんとしていた。

 ここ、通ったじゃん……。全然見てなかった。


「ありがとうございます」


 案内はしてくれたのだ、なので一応感謝の意を込めて頭を下げる。


 まるでパシられてあんぱんを買わされているいじめられっ子の構図みたいだ。

 しかしそうではない。僕が職員室までの道程が分かりませんと呟いたところ、不良は顔にも体格にも似合わず懇切丁寧に職員室に連れて来てくれたのだ。

 決して牛乳も買ってこいなんて言っていない。


 そんな彼は「行ってこいよ」などと僕の肩を叩いている。


 端から見たら、不良に殴られたけど「怪我です」と言って嘘を吐いて、保健医に応急処置をしてもらういじめられっ子の構図みたいだった。だが実際はそうではない。しかもここは職員室である。

 もしかしたらこの人不良じゃないのかもしれない。健全だけど見た目のせいで不良扱いをされてしまう優良高校生みたいなポジションのアレ。


「おい、何してんだ。いいから行けよ」


 背中をど突かれた。

 やっぱり不良だった。



 ◇



「おせぇ!」


 職員室に入るなり怒号を浴びせられた僕は、苦笑いを浮かべながらしばらく硬直していた。

 見知らぬ顔を見て気付いたのかどうかは知らないが、僕に気付いた荒々しそうな先生が突然立ち上がったのは、なんでだろうな。


 ――あ、何時間も待たせていたんだっけ。

 僕は思い出したようにわざとらしく右手の平をポン、と左拳で叩く。

 でもこれ自分のせいじゃなくね?


「ふざけやがって、俺が何時間待ったか分かっててその馬鹿にしたような面拝ませてんのか」


 先生、それが生徒に話す言葉遣いなのか。

 ……いや、端から見れば確かに僕にも非はなくもないけど。


「いやぁ、すみませんでした。学校来て早々、得体の知れない幼女にお腹を抉られてしまったものでして。先程まで保健室で寝込んでいたんです」


 嘘じゃない。いや本当に嘘じゃない。

 通常なら入院クラスの傷だが、なんてことはない。知らぬ間に保険医が僕の傷を綺麗さっぱり治してくれたのか、それとも巻かれた包帯とかガーゼに治癒能力があったのか、まあそういうのは分からないけど痛みは退いている。


「ああ? さてはメリーに手を出したなお前」


 だが驚く様子もない辺り、彼女の奇行は世に知れ渡っているらしかった。

 はた迷惑にもほどがある。警察が居たら捕まれ、二度と檻から出てくるな。


「ええ、まあそんなところです」


 今だからこそ吐ける軽口を適当に吐き、深い溜め息を一つ。

 僕の腹の傷なんてものはどうでもいい、本題に移ろう。


「それで、一体どんな用件なんですか?」


 まずは呼び出された理由が知りたい。


「あぁ、用件ね。そうだな……んじゃあ聞くが、お前の名前、すずみねりつき、って言うんだよな」


 今更僕の名前を尋ねる必要があったのだろうか。


「ええ、確かにそうですが……それが?」

「“漢字”ではどう書く?」


 彼はそう言い、職務机に置いてあった紙とペンを渡された。

 それがあまりにも唐突だったので返答にも行動にも困ったが、渡された紙に素直に自分の名前を書き記していく。


「つまり、お前は地球から来たってことだ」

「ああ……なるほど」


 そういうこと、理解したよ。

 この先生は、僕が“漢字を書けるか”どうかのテストをしていたんだ。

 日本の名前は特徴的だし、僕の名前で勘付いたのかもしれない。ということは彼も僕と同じ場所から来た人間ということになるのか。

 顔もそれっぽいし。


 あれ?


 気付いたことがある。

 なんでここは日本――そもそも地球ではないのに、日本の言語がここの人に通じるのか、と。


「実は俺も日本人なんだ、大きく分けると地球人だがな。ここで唯一の日本人講師。それでお前の名前を見てピンと来た。俺の名字は竹内(たけうち)、名前は洋助(ようじゅ)。よろしく」


 彼は右手を差し出してきたので、僕も同じように右手を出した。

 握手も、恐らく僕らの世界だけの挨拶だろう。いや分からないけど。


「さて、先生。僕も先生も日本人だと分かったところで一つお訊きしたいことがあるんですが、いいですか?」

「お、なんだ」


 先生は握った手を離し、ようやく笑顔を見せた。

 同じ日本人に会えたことが割と嬉しいのだろう。僕も仲間意識が芽生えた気がする。


「よく考えてみれば最初に気付くべきでしたが、僕の言葉が知らない人に通じるのは何故でしょうか。そもそも僕も相手の言葉を理解できるのは可笑しくはありませんか?」


 切実な疑問を述べてみた。

 今更感があるのは否めないが、今までこのことに一切気付かなかった僕に落ち度があるような。

 いやあまりにも言語が通じてしまうので逆に違和感を感じなかったんだ。ともかくだ、確かに言葉が通じてしまうのはおかしな点である。


「言語の統一化――って、知ってるか? まだ知らないよな」

「ええ、全く」


 勿論知っているわけがない。

 言語の統一化。それは即ち言葉通りの意味であってそうではない“何か”のことだ。


「まあそういう……アレだ。俺達の世界で例えると“魔術”“魔法”“能力”の類いだ。『言語の統一化』って名称の、異世界の術があってだな。言葉通りそれが行われる術式がこの世界に組み込まれていてな。信じられんだろうが、その魔法が発動しているから言葉が通じるんだよ」

「信じられなかったらのうのうと学校に居るはずがありませんよ。まあ、分かるわけないですね、でもたった今理解したんで大丈夫です」


 つまりルリさんの使った瞬間移動のように、またもや“異能”とやらの登場なわけだ。

 驚くことばかりだけれど、信じるしかないのも現実だ。何せ、僕は立派なこの世界の住人なのだから。


「へえ、物分かりはいいんだな」


 実のところ、話せるという結果があれば十分なだけなのだと思う。

 実感が湧かないしそもそも能力っていう能力ではないし、僕としてはルリさんに見せられたアレの方がよっぽど信じられない。物理法則を目の前で無視したわけだし、当たり前なんだけど。


「ただ何となく受け入れられるってだけの話で、別に分かっているわけではないですよ」


 いつの間にか、本音を呟いていた自分がそこに居た。


 理解するのが早いというか、考えてもしょうがないから受け入れるだけ。

 それが良いのか悪いのかなんてことを僕に決めることはできないけど、そうなんだろう。


 ここに来る前の僕は、この世界――断層世界パラノイア――という都市伝説のような世界を、毛ほども信じてはいなかった。

 でも、それは話の規模が見えなかった地球に居た頃の僕であって、今の僕はここを受け入れている。

 そういうものなのだ。


「なあ鈴峰。お前、バベルの塔って知ってるか?」

「馬鹿にしないで下さいよ、それくらい知ってます」

「じゃあ続き言うぞ。そのバベルの塔って言葉は、地球以外の奴らには通用しないからな」


 つまりこういいたいのか。

 自分達の世界にしかない言葉、固有名詞なんかは相手に伝わらない、と。


「例えば“ピサの斜塔”は通じなかったり“東京タワー”は通じないけれど、“塔”は通じるみたいな感じなんですかね」

「何で建物繋がりなのか謎だが、そんなところだ」


 最初に建物の例えを出したのは先生でしょうが、とは思ったものの、口にする代わりに苦笑いだけしておく。


「俺も結構前にうっかり東京って単語出しちまってな、東京って誰? って聞き返されたことがあったな。人じゃねぇから」

「あはは、そりゃ失態ですね。ところで先生、言葉って翻訳されて伝わるみたいな感じなんですよね。それにも限度があるんじゃないですか?」


 僕が知ってる翻訳機器には限度があったし、その異能も例外ではないんじゃないかな。

 ……そもそも翻訳されて出力されるんなら、気付くのも不可能か、だとすると先生に何でも訊くのは野暮だったかもしれない。


「それはないな。例えば俺が四字熟語を言ったとしても、相手には内容が伝わるんだよ。向こうに熟語がなければ、俺の発する言葉が意味そのものを相手に伝えることになる。その代わり、言い回しが長くなるんだがな」

「それ試したんですか?」

「勿論やったよ。そうだな。威風堂々って言って復唱してみろ――ってな風に」


 なるほど、そんな方法があったのか。ってか、確かにそれなら謎が解明できる。

 僕にそんな考えは全く湧かなかったなと感心して、何度か小刻みに首を縦に振った。


 そうなると時間的とか色々な問題点も発生しそうなもんだけど、ちゃんと対策してあるんだろうか。


「まあ、あれだ。伝えたいことはしっかり伝わるから、気にすることでもないと思うがな」


 とのことらしい。

 なら気にしないでおこう。どうせ考えても意味はないのだし。


「あー、そうそう」


 一旦口を閉じた先生が、何かを思い出したように手を叩いた。

 人のことは言えないが、その仕草は古臭いアニメキャラクターを彷彿とさせる。気にしないでおこう。


「んで、なんだっけ。伝えたいことがすっかり頭から飛んでたわ」


 思い出したのはそれだったみたいだ。そういえば脇道に逸れてからどんどん話がずれて行った気がする。雑談ならそれもいいんだけど、一応用事があるみたいだったし何かあるなら先に聞いた方がいいに決まっている。


「鈴峰。まだ登校初日だから色々と慣れないだろうが、上手くやれよ。お前にファンタジー要素はないが、他の奴にはファンタジー要素がある奴も沢山いるんだからな」


 彼は、ルリさんみたいな台詞を、(のたま)った。


「え、それだけですか?」

「馬鹿、話は最後まで聞いてから訊き返せ。ここからがお前に伝えておかなきゃならんことだ。この世界に蔓延る異能の中でやっていくには知っといた方がいいこともあるからな」


 突然、真剣な面持ちで僕を真っ直ぐ捉えた先生の目は、必死に僕を守ろうとしているように見えた。

 その瞳は、何処か寂しげだった。


「別に異能を持つ人間に近寄るな、とかって言いたいんじゃなくてな。だが、ある人物には近寄るな。いや、近寄らないべきと忠告しておくのが正しいな、もし関わってしまったのなら、なるべく迅速かつ早急に、自然に関係を断ち切るのがベストだ」


 そんな危険な人物がいるっていうのか。

 まぁ、この先生がそこまで真剣にその人物の“危険性”を語るのだ、普通に関わろうとも思わないけど。


 そこまで断言した先生は、僕にとってはかなりと言うか、物凄く驚くべき人物を口に出したのだった。


「――エルリア・アヤクスィダント。彼女に、関わるな」

「……え?」


 エルリア?


 そして、それは。僕にとっては、一番信じ難く。

 思考停止を引き起こした後にただただ疑問符を頭上に浮かべて考えを放棄してしまうほどには、頭が回らなくなるくらいの衝撃だった。

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