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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第三章 失われた物語編
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三十四話 アリシード・ソニア

短めです。

 右腕を失ったアリシードは、リッキーとランサーが出掛けた後、自身の不便さに何度も悩まされていた。


 まず、歩行。重心の感覚が掴めず、綺麗に歩くことが困難だ。慣れてしまえば通常通りに歩けるようになるのだろうが、現時点では克服するには時間が足りない。加えて言えば、彼女独特の戦闘スタイルは構える以前の話だった。

 自室に戻り、気分転換のつもりで身体を洗いに風呂へと入った時にも問題は発生した。

 片手で身体を洗うというのは、アリシードが思っているよりも大変で、かなりの苦戦を強いられたのだ。普段より三倍も四倍も時間が掛かってしまい、憤りと寂寥を覚えたアリシードの心がより沈む。


 服を着るのも脱ぐのも難航し、ストレスが着実にアリシードへと溜まっていく。

 リハビリがてら、片腕だけで済ませられるように様々なことを練習してはいたものの、どれも上手くいかない。

 ――そんな嫌な発見を夜までし続けたアリシードは、布団に身を包んですすり泣いていた。


 辛かった。

 一人になると凍竜との戦いが何度も何度も再生され、自らのミスで鼓膜を破られ腕を凍らされたことや、リベルがやられた姿、アルベルトを助け損なったことがしつこく頭に浮かび上がる。

 あの時こうしていればと何度もシミュレートして、想像してしまう自分自身が嫌だった。全員が助かって全員が無傷で帰れるだなんてことは有り得ないのに。

 ふと右腕を動かそうとして“存在しない”ことを思い出し、えずきながらも左腕で布団をかぶる。

 腕を失った程度がここまで生活にも影響されると、休まる精神も全く休まらないのだが――。

 全ては無理に戦いを続けた自分の責任だった。リッキーの意に反して凍竜へと特攻してしまった結果。だから、自業自得だ。


 すっかり夜になってしまった空を窓越しに眺め、泣き腫らした目蓋を静かに閉じる。

 リッキーがまだ帰らないなと思い始めていたアリシードは、次の瞬間に扉を叩く音が部屋中に響き、ビクンと身を震わせた。

 鍵は掛けていないから、恐らくリッキーではない。掛けていた布団を剥ぎ、まだ慣れない足取りで玄関まで向かう。


「アリシーか?」


 扉を開けると、リッキーを担いでいたランサーが何事もなかったように部屋に入ってくる。それを止める理由はなかったが、どうしてリッキーが担がれているのか理解は及ばなかった。

 ベッドにリッキーを寝かせたランサーは何やら申し訳ない表情をしていたので、アリシードは不審げに顔を歪める。


「ああいや、実はな――?」


 ――が、事情を聞き、アリシードの表情は柔らいだ。何度もすまないと謝られ、早足に去っていくランサーを見送り、爆睡しているリッキーのベッドへと座る。

 少々酒臭い彼の寝息がアリシーに吹きかけられるが、特に気にはしない。


「ア、リシー――……」


 そんな彼が、確かにアリシードを呼んだ。寝言なのかなと自己解決しつつ、リッキーの口から続きが紡がれるのを待ち通しにしていると。


「アリシーは、僕が……僕が、守らなきゃいけないんだ……」


 突然のそれにどきりとしたアリシードは、優しげにリッキーの頭を撫でる。


「どんな夢を見てるのかな……リッキーは」


 どこか嬉しそうにごちて、アリシードはリッキーの眠る布団に潜り込む。


「なら、ずっと、守ってね。約束だよ……」


 強く、強く。残された腕で泥酔したリッキーを抱き締め、彼の胸に顔を埋める。赤く腫らした目から流れ出た涙は、果たしてどんな涙か。

 それは、あっという間にリッキーの衣服に吸い込まれて消えてしまった。

 アリシードのその言葉は、リッキーには届いていないだろう。だから、


「……好きに、なっちゃったよ」


 悲しそうに打ち震えた声は、誰に届くのでもなく、静かに部屋へと溶けていった。



 ◇



 朝。僕が起床すると、アリシーがべったりと身体に張り付いていた。


 どういうことだ。確か夜まで飲んで、ランサーに介抱して貰って、それから……宿に着いてからは全然覚えてないぞ。無事に部屋に戻って寝られたのだろうか。それにしては、何故かアリシーと同じベッドで寝ているのだけど。


「頭が痛い……飲み過ぎたな」


 昨日のことは最後を除いて覚えている。酒を飲み始めてから、色々と狂ってしまったんだ。


「うわぁ、恥ずかし……」


 昨日のことを思い出す度、顔が真っ赤になっていく自覚がある。この際金を全て失ってしまったのはいいとしよう。後々報酬できちっとアルベルトに返せばいい。が、僕はランサーに何を言ってんだ、いくら酔ってたからとはいえ、出会って一日足らずの奴に相談する内容ではない。

 いや、すっきりはしたけどさ。

 良い寝顔を見せてくれているアリシーを眺め、何となく恥ずかしい気持ちに駆られた僕は彼女を引き剥がそうとして――、


「泣いてた、か」


 目の辺りが赤くなっていたのに気付き、その行為を中断した。もう少しこのままでいよう。彼女は、僕が飲み散らかしていた間も一人で戦っていたんだ。僕一人では耐えきれなかった、重圧感に。


 ああ、そうだ。

 首に付けていたままのペンダントを外して、手で弄んでみる。きらきらと輝くそれからは、妙な美しさと違和感がある。それをアリシーの首に掛けてやって、一息吐いた。

 多分。アリシーが起きていたらこれを受け取ってはくれないだろう。

 そして、僕はきっとこのペンダントを今まで大切に扱っていたんだろう。だからこうして突っ掛かりまで感じてしまうんだと、そう思っている。

 だからこそ渡すんだ。僕の一番大切だったであろう物をアリシーに持っていて欲しい。彼女には、それで一先ず僕を信頼して欲しい。


 ……僕は、大切な時に自分のことしか考えられない駄目な野郎だ。雷なんて使えもしないし、他人を励ますことすらできないクズ野郎だ。だがそれは、昨日で終わり。

 僕はこれからの人生を精一杯生きていく。ランサーに言われるでもなく分かっていたことだが、酒を大量摂取したお陰である意味整理が付いた。

 ペンダントは必要ない。しかし要らないから捨てるというのもアレだ。だから、アリシーにプレゼントすることにした。装飾品として普通に付けてくれればいいし、お守りにしてもいいし、どうするかは彼女次第だが……。


「まあ、大切にしてくれれば、嬉しいかな」


 これでいいんだ。

 安らかな寝息を聞きながら、そっと呟いた。





「……んん」


 アリシーに抱き付かれたと気付いてから十分ほど経過した辺りで、くぐもった呻き声を上げたアリシーが目を覚ました。


「えへへ……すごいでしょ」


 相変わらず訳の分からない寝言を垂れ流しにしつつ、ゆったりとした動作で起き上がった彼女に続いて僕も身体を起こした。


「まだ……だめ」

「ちょ」


 座った状態で彼女にまた抱き付かれ、色々と目のやり場に困った僕は明後日の方向へ視線をずらし――。


「起きて、アリシー」


 横っ腹の辺りをつつくと可愛く叫んで仰け反り、目をぱちくりさせた彼女の瞳が僕を捉える。


「お、おはよ。リッキー」

「おはよう。よく眠れた?」

「うん……あれ?」


 眠たそうに欠伸をしたアリシーは、首元に提げられていたペンダントに気付いた。


「それ、アリシーにあげるよ」


 渡してからこういうことを言えば、大抵の人は断れない。


「え、でも」


 僕は、おどおどしてペンダントを外そうとした彼女の手を、そっと押さえて言う。


「僕からのプレゼントってことで。要らないんだったらそこら辺に捨ててくるけど」

「えっ……じゃ、じゃあ……私が付けるよ?」

「どうぞ」


 不安げに言葉を返したアリシーに微笑んで、僕は立ち上がった。


「とりあえずグループへ顔出しに行ってくる。起こしといてなんだけど、眠そうだしまだ寝ててもいいよ」


 鈍い頭痛に後頭部を押さえつつ、そう告げる。

 報酬もまだだから定期的に見に行く必要があるし、僕の勝手な事情で……ええと、一銭もない。流石にアルベルトに借りるのは気が引けるし、適当な依頼をこなして稼いでおかないと。

 これ言ったら、流石にアリシー怒るよね。……覚悟しておこう。


「もう目覚めちゃったし、私も行くけどさ」


 アリシーは気だるそうに立ち、僕をジト目で睨んだ。


「リッキー。昨日のこと、覚えてる?」

「……昨日?」


 いつだ。思い当たる節といえば、飯時のことだけれど……。


「うん、覚えてないみたいだね」


 にやにやと嫌らしい笑みを顔に張り付けたアリシーは、自身の口元を指で差した。


「お酒臭かったよ、リッキー」


 ――全身が、硬直する。おいおい待てよ昨日の夜か、夜だよな。アリシーが泣き腫らしていたのと何か関係あるのか、僕はどんな余計なことを彼女に言ってしまったんだ。記憶がない間、僕は――。


「グループ行こ、リッキー?」


 アリシーは僕の手を取り、引き摺るように扉へと引っ張っていく。転けそうになりながらも、混乱と頭痛がぐちゃ混ぜになった脳内から確かにあったはずの記憶を探し出す。

 出てこない。


「あ……アリシー、僕は何か、した?」

「んー? そこまで動揺されると、教えたくなくなっちゃうなー」


 悪戯めいた口調で返され、僕は何も言及できなくなってしまった。

 うわああ。

 全部、酒のせいだ。何が少しなら飲んでもいい、だ。僕はアリシーに取り返しの付かないことをしてしまったかもしれないんだぞ。

 いいや、自業自得だ。お酒を二十歳になってないのに飲んだから、失敗したんだ。


「ご、ごめん……ごめん! アリシー、怒っては、ない?」


 もし彼女が怒っているのなら、直ぐにでも謝らなきゃいけない。

 ――が、何故だか肩を震わせて笑い始めた彼女は、前を向いたままこう言った。


「責任取ってね?」


 顔も見ずに言ったアリシーの言葉は、深く、深く、僕の心臓をずきんと痛ませた。

 僕は何やってんだあああ!

 酔っ払いのリッキーを恨む悲痛な声は、心の中で留めておくことしか叶わなかった。



 ――直後。

 盗人のガキが逃げ出したぞという怒声が耳に入り、僕は眉をひそめた。

この話で第三章は終わりです。

楽しんでいただけたか心配ですが、次の章も気合で進めていきますのでもうしばらくよろしくお願いします!

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