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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第一章 誘われた者達編
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二話 溢れる異常

「近頃は“平和”なの」


 ほっそりとした、人形のような白い肌に、純白と漆黒とで装飾されたドレスを纏って、鮮やかな桃色の花を花瓶に挿す。

 無い胸に手を当てて、妖美ならぬ幼微――幼児体型の身体を余すことなく微動させて深呼吸を数回した。


 成長の止まった精神と、共に止まった身体。


『忘却の幼女』と。そう異名付けられた幼女は、退屈で退屈に困っていた。

 が、しかし。


「転校生、なの」


 その退屈を弾き飛ばすかのように透き通っていて甘く、囁くような可愛らしい声で、歓喜が介間見える程に興奮しながら、それを抑えるように独り呟く。

 幼い手には似つかない一振りの刃を携えて、頬を紅潮させた。


「……楽しみ」


 彼女は口をひしゃげ、(いびつ)な笑みを浮かべる。


「フフ、フフフ、ウフフフフ……」


 新しい玩具を見付けた子供みたいに、純粋な喜びを隠すことなく露にして。


「早く会いたい。会いたい、会いたい、久々の来訪者なのだから、手厚く手堅く、丁重にお扱いしないと……いけないね」


 クローゼットの扉に手を掛けると、幼女は中から制服を引きずり出した。

 フフ、と。その笑い声はしばらく部屋に響き渡っていた。




 ◇




「さてさてぼっちの律樹さんに訊きたいのですが」

「僕は決してぼっちじゃないとは思うんだけど。……訊きたいこと?」


 この学園は全寮制だ。


 まあ、なんと言う突拍子もないことを言うんだと思うかもしれないが、つまりは必然的に、パーティー? いや、お食事会?

 なるものをルリさんの寮の部屋で行ったわけで。


 もののついでということで、終わった後に今日からお世話になる自分の寮部屋に来ていたのであった。

 パーティーという名のただの雑談は時間が短く感じられる程には楽しかった。

 もっと彼女と話していたかったのだが、ルリさんの就寝時間が近づいていたというのもあって、仕方ない。


「以前の世界についてなのですが。律樹さんは、どのような世界にいましたか?」

「以前ってことは、パラノイアに来る以前のこと、か……」


 殺風景な部屋を見て失望し、しかし当たり前だなと納得しながらも、ちょっとばかり考えてみた。

 どんな世界。それは僕の目線から見れば普通であって見慣れてしまっていた全てであって、それこそ普通と言ってしまえばそれだけで終わりかもしれないが、それでは通じない。

 でも僕はこう答える。


「普通だったよ」


 それ以外にどう説明したらいいか、分からなかった。

 彼女――ルリさんは、僕の世界のことを知らないだろう。逆に言えば、僕はルリさんの住んでいた世界も知らないことになる。

 この世界は、全て僕達が元々居たところからやって来たわけじゃないのだから――。


 例えばの話としてだ。これは、“虫”が存在しない世界の住人に“虫”という存在を教えるようなことなのだ。口だけではいくら説明したところで、理解できないだろう。


「そうですね、確かにその通りです」


 こくりと頷いて、ルリさんはその黒目で僕を凝視する。長い睫毛と二重が可愛らしさを強調していて愛らしい。


「じゃあ、こう言っておきましょうか。この世界には、律樹さんの普通でない普通が普通にありますので、気を付けて下さいね」

「ああ、……うん。ありがとう、ルリさん」


 ああ。

 これでルリさんの言いたいことが何となく分かった気がする。忘れていた。先程も言ってある通り、ここは僕達だけの世界じゃない――それは一つの断片。それが集まって、パラノイアは成り立つ。

 だから、僕が知らない“何か”が普通に存在する可能性がある危険性を、ルリさんは教えてくれたのだ。


「それでは私は眠気が限界なようですので、この辺でおいとまさせて頂きます。明日は朝八時に迎えに行きますので、起きて準備をしていて下さいね、律樹さん」

「わざわざありがとう。それじゃあ、また明日」

「ええ、また明日」


 柔らかな笑みを僕に見せて、ルリさんは視界から離れて行く。


 普通じゃない普通、か。想像はしていなくもなかったが、彼女がそう忠告するくらいのことだ。

 きっとその目で体験するまでは、僕の平凡な脳味噌で予測するのは不可能なのだろう。


「魔法、なんてのがあったりしてね」


 異世界に来たらまず思うであろう言葉を口にして、自室へと入室する。


 そこは最低限の家具が置いてあるだけの殺風景な光景が広がっていて、少々悲しい。まあ、その辺りはおいおい何とかするとして……。

 一週間ぶりに安心できる場所に来たからか、突然眠気が発生した。


「寝ようか」


 携帯やパソコンなんて持ってないし、暇潰しは愚か宿題などもないのでこれ以上起きている理由がない。

 備え付けの簡易ベッドの上に布団を敷いて寝そべると、僕はすぐに眠りに落ちた。





 翌朝。


「ん、んあ……」


 がつん。

 額に鈍い痛みの反応を示したところで起き上がった僕は、窓から差し込む暖かな陽を感じて朝だと言うことを確認した。


「……」


 ベッドに敷かれた掛け布団は悲惨なほどに飛散していて、部屋の端に叩き付けられたように縮こまっている。

 疲れていたのだろうか。それにしても自分はどれだけ寝相悪いんだと苦笑して、今更痛み出した額を押さえながら布団を元に戻した。


「何もないよなぁ」


 ベッド同様、またもや備え付けの冷蔵庫を開ける。どかかのホテルにあるような小さい冷蔵庫を開けるが勿論何もない。

 例えあったとしても恐ろしいだろうが……。


 食材すらないと分かった瞬間に眠気が発生した。

 これでも寝起きは良い方のはずなんだが、きっとこの一週間の疲れがそこそこ溜まっていたのだろう。ずっと空き地で寝食をしていたのだ。ろくに疲れもとれないのは確かだった。


「さて、なら寝ようかな」


 二度寝というのはかくも重要な事項でありる。幸いにて目の前には綺麗で寝心地のよさそうな布団があるぞ、さあ飛び込もう。

 そんな調子で暖かい毛布にくるまろうとして、ふとベッドの隣に時計があるのに気付いた。いやらしくも的確な位置に置かれていた目覚まし時計なるものが指す時刻は、朝八時ジャスト。


「……って、ルリさんが迎えにくるじゃん」


 飛び起きた僕は、あくびをしながら後方の布団を見やる。あの感触が名残惜しい。ああ、布団にもぐりたいもぐりたいもぐりたい。


 ――それから。

 家のインターホンが高らかに鳴らされたのは、秒針が四十を過ぎた頃であった。


「あ、すみませんルリさん。まだ――制服に着替えてないです」

「いえ、私も四十秒は遅刻してしまったので、そのくらいの時間の遅れは全くこれっぽっちも気にすることはありませんよ」

「なにその悪意前回のフォロー! 止めましょう!?」

「そうですか、なら早く着替えて下さい」

「あ、はい……」

「一日置くと敬語になってしまうのですね……一線置かれた気分で私は少し悲しいですよ律樹さん」

「え、あ、ああとりあえずすぐに着替えるから待ってて、くれ……?」

「分かりました、それでは着替える姿を拝見させて頂きますね」

「なにそれ恥ずかしい!」


 閑話休題。


 普通に恥ずかしかったのでトイレに制服を持って入り、ものの二分で制服に着替えた僕は部屋にて待機していたルリさんと一緒に玄関へと踊り出た。


「異世界の学校は初舞台ですね、律樹さん」

「ちょっと緊張するよ」


 この場合に置いての緊張――とは、ルリさんと一緒に登校するという緊張が大半であるが。


 これが制服デートというやつか、何だかドキドキしてきた、

 ヤバい動悸が可笑しいぞ僕。それにこんな美少女を傍らに登校なんてのは、俗に言われるリア充――が行う一般行事で。

 僕には一切合切無関係だと思っていたよ。まぁ、無関係ではなかったとして、それと不釣り合いかそうでないかとは、また違う話だけれども。


「フフ、可愛いですね。さ、時間が迫って来ていますので、早く行きましょうか」

「そうしよう」


 そうだね、早くから学校という物に慣れておいて損はないだろうし――って。今なんと。可愛い?

 もしかして、もしかすると僕に対して言ってるのか? だとしたら、非常に恥ずかしいぞ。


「着きました」

「……んっ?」


 精神世界から現実世界へ。

 唐突に変貌した景色に驚いた僕は、眼前に広がる校舎を呆然と眺めていた。


「えっ、学校が目の前に、これは、どういうこと……で?」

「徒歩だと遅れてしまいそうなので、ちょっとした裏技です」


 ――さて、この裏技なるものは校舎に入った辺りで聞いたのだが、どうやらこういった厨二心をくすぐる奇想天外、そんな荒唐無稽でチート紛いの異質な力がこの世界の一部であり“普通”なのだと彼女は言う。


 一言でこの現状を表してやるのなら、『怖い』っていう表現が正に寸分の狂いなく的を射ているだろう。好奇心が半分、怖さが半分だ。


「あぁ、普通でない普通って、こういうことなのか」

「ええ、こういうことなんです」


 あっけらかんと平然と言ってのけるルリさんを尻目に、そりゃあ気を付けないといけないはずだなんて、如何にも他人事のように考えてしまっている僕が居た。

 しかし、あくまでも他人事のように考えてしまっているだけなのであって決して他人事というわけもなく――。


「登校初日から死を覚悟したよ」


 こりゃあ学校に投降するしかない、なんていう上手くもない冗談は微塵も口に出せなかった。いや学校は敵じゃないけれど、敵になる前に、敵と出会う前に敵前逃亡しておくのが最善の策だと僕は思うんだよ。


「やっぱり怖いですよね。ただ、だからといって、顕著に人と関わるのを避けたり恐れたり怖がったり逃げたりはしないで下さいね? 前にも言った通り、この世界は目的がありません、矛盾です。崩壊した成れの果ての世界です――なので、ひょっとしたら、ふとしたことで除け者にでもされてしまいますよ」


「いや、流石にそんなことはしないよ」


 それは“前の世界”でも同じだった。

 場に適応出来ない人物は強者から食い物にされ、理不尽に虐められてしまう。これは単純明快にして、誰でも分かる心理だ。


 いくら、僕が心の中で敵前逃亡だなんて思ったのだとしても、絶対に行動には移さないのだ。それをしてしまえば、逃げてしまえば、誰からも煙たがられる存在になってしまうから。人間口だけ、僕も口だけだ。この場合は心だけ、ってのが正しいけど。

 だから、僕は本当の最良の策“敵前逃亡”をしなかった。


 入学する前に逃げてしまえば良かったのに――それこそ。単純明快であり、簡単過ぎて僕が浅はかな思考の人物なのではないかと自分自身、思ってしまう程に。


 いくら最良といえども、僕は決して『ルリさんに失望されたくないし、ルリさんに嫌われたくない』。ただ、それだけなんだ。


 ――と、言ったのは良いけれど。


「――テメェ、俺の肩にぶつかったな?」


 現在。ルリさんと別れてから教室に入った瞬間、誰かが走ってきて激突してしまった。しかしながらぶつかられたのは僕であり、僕が被害者なのに僕が悪いと決め付けてくるオールバックで金髪のどこにでも居そうなヤンキー、否、体格が大変ゴツい筋肉隆々な恐い人に殺されそうになっていた。


「すみません」


 ルリさん、約束守れませんでしたよ、ごめんなさいと心の中で先に謝っておくとする。

 いや、でも言いわけをさせて頂くと、ここまで傍若無人で身勝手な人間に初っぱなから目を付けられるなんて思わなかったのである。


 しかしいきなり謝ってしまった、きっと今の僕の顔面は絶賛虐められっ子フェイスなのだろう。相手は瞬間移動も何もしてこないただの不良なんだろうけど。だが実際、その不良と対峙したのは初めてであって、体験してみると怖い。


 まあ、今回のケースは多目に見よう。オーケーだ。きっと、今頃僕はただの可哀想な善良市民の枠を獲得していることだろう。セーフ。


「おぉ、謝ってくれればそれでいいんだよ。じゃ、俺は授業出ねえから。名前も知らねぇし、とりあえずあだ名付けとくわ。じゃあな『生ゴミ』君」


 おぅ、マジかコイツ。


 勝手に人を馬鹿にした後に廊下から姿を消してしまった変な人を無かったことにして、教室に入り込んだ。原点回帰、いや何か違う気がするけれど、まあいいや。


 取り敢えずはあの場に適応できたんだ、と言うことで。一時を凌ごう。


 さてさて、僕が教室で自分の座るべき椅子を探して迷っていると(ルリさんの口調が僕にも現れてしまったようだ)、色々と幼女っぽい女の子が僕の腕をちょいちょいと可愛らしげに触ってきた。

 特に気にせずに幼女に視線を向けたのは、中々いい選択だったと思う。もしかして僕の席を教えてくれる妖精か何かかと思ってから数秒――。あることに気付いてしまった。

 幼女が、鋭利な刃物を空いた手に構えている。


 えっ。


「初めまして、さようなら」


 今日最大の驚きである。残念ながら、ここには僕が知っている常識、という物は何一つとして存在していないみたいだった。

 さて、僕はこのクラスで一日、いや一分も生きていられるのだろうか。


「うわっ!」


 情けない声を上げた僕は、一先ず後ろに跳ぶことにより幼女の刃物の範囲から逃れた。そのままの勢いで壁にぶつかって背中が痛いけど、しょうがない。


 どうしてしょうがないのか?

 何故なら、僕が後ろに跳んだ瞬間刃物が空を切った――横に一閃、銀色の軌跡が見えてしまったのだから。

 もし咄嗟の判断で避けようとしていなかったら、今頃腹部から内臓が飛び出していることだろう。想像するだけで吐き気がする。


「むすぅ、逃げられた」


 ヤバイ、全然可愛くないよこの女の子。女の子って言うか、そもそもここにいるので僕と同じ年齢なのかも分からないけれど、危ない。

 なんだこのクラス、初めましての挨拶でお別れ告げられて殺されそうになる――だなんて予想外過ぎる。

 とてもじゃないが冗談にもならない。


「逃げたということは内蔵を滅多刺しにされたいのかな」


 なんでそうなるんだ。この娘ちゃんと言葉の意味分かってんのか? いいからその危ない刃をしまいなさい、いや棄てて下さいお願いします。

 心の中で率直な突っ込みをお見舞いする。


「頼むから一度だけ刺されてほしぃなぁ……」


 幼女の上目遣いが僕の視界の真ん中で直撃してくる。

 これがナイフを持ってない女の娘だったのなら萌えポイントだったのだろうけど、明らかに何かが狂ってる。しかも僕はロリコンじゃない。


「そんなに刺したいなら自分の腹があるじゃないか。僕は遠慮しておくよ」


 ここは一つ、強く出なければ。

 さっきみたいに謝ってちゃ今頃僕のあだ名は『ごめんなさい』だ。そんなあだ名はごめんだね。


「ふっふっふ、ふっふっふ。こぉんなに愉しいのに、遠慮しないで、ね?」


 僕が「えっ?」と惚けるのも束の間。

 幼女は自身の腹部に、鋭利なナイフを突き付けた。その所作にはなんの躊躇いもない、まるで箸を動かすかのような手馴れた動きで銀色が身体に収まっていく、赤い血が制服を染め上げる。


 ば、馬鹿なにしてんだ――とかなんとか言う前に、彼女は自分の腹部へナイフを完全に埋め込んでしまった。

 見る見る内に制服全体どころか床をも鮮血で染め上げる。僕は口をポカンと開けて、唖然とその光景を見つめていることしかできなかった。


「あ……はははは。あは」


 しかし、力無き薄れ声で幼女は笑う。

 狂喜に塗れた、狂った笑み。


 僕は、笑いながら血の海にダイブしてちゃぷちゃぷと笑顔で目を血走らせる幼女を見て、ただただ戦慄していた。


「……ん?」



 そこで。

 誰かが僕達の前に寄ってくる気配をうっすら感じた。そちらの方向をちらりと見れば――、


「またやってるねぇ」


 うんざりしたような、それでいて包容力のある女性の声が一つ。今度こそ確かな視線を送れば、そこには大人びた容姿の女子生徒が居た。


 正反対だ。

 何がって? いやいや正反対だろう。“幼女”と。そして、どちらも高校生とは呼べない身体付きをしている。


 まず幼女は幼女と呼ぶに相応しいぺったんこな胸――言うなれば平地に小石。身長一七十センチそこらの僕の頭一つと半分下の背。


 対極に位置する大人びた彼女。

 その胸は、これはもう堪らないくらいにセクシーに制服のシャツを突っぱね、しかも腰のくびれがあるために凹凸がより強調して見える。更に言えばスカートから下へのスラリと長い脚。肌は艶のある桃色の肌で、身長は僕と同じ程であった。


 さて、性格も幼女と対極であればいいのだけど。


「駄目じゃない、綺麗な肌を傷付けちゃ」


 彼女は血溜まりに躊躇なく手を突っ込み、既に痙攣して意識のない幼女をお姫様だっこの形で持ち上げていた。それは中々素晴らしい行動力だと思うんだけれど、何か違う。


 まさかこんな緊急事態に毛ほども動じないとは。あまつさえ悠々と血液の池にその美しい手を差し伸べて、血だらけの幼女を躊躇もなく抱き抱えるとは。僕にやって欲しい。

 いやいや、いやいやいや今の無し――というか、皮膚どころか内蔵まで達してますよそれ。


「ちょっと皆、ゴメンだけどこの娘また保健室に連れて行くから、ホームルーム遅れますって伝えておいてくれない?」


 数コンマの後にブンブンと首を縦に振る大多数の男共。なるほど媚を売っているのか。

 これは僕の居た世界と何ら変わりのない光景だ。


 異常なまでの量の『血』を除けば、だが。

 というか“また”って何だ“また”って。いやさっきも言ってたよな、確か。まさか、この娘毎日こんなことしてるのか。


「君、今日から来る転校生?」

「おわっ」


 いつの間にか。本当にいつの間にか彼女は僕の前に立っていた。よく考えると今僕の後ろは教室の引き戸で、つまりは進行の邪魔だと言うわけか。


 訴える目線と美貌に負けて僕は横に退く。「そういうことじゃないよ?」と、方向転換して僕の方へ寄ってきた彼女、僕はあっと言う間に教室の隅に追いやられていた。追い詰められた、の言い方が正しいか。


「二回目だけど。君、転校生?」

「は、はい」


 そう言えば無視してた。

 質問ではなくその質問の真意を読み取るべく目線を読み取り、邪魔なのかなと思って避けたけど、肝心の質問そのものの返答をすっぽかしていた。完全に忘れていた。


「じゃあしょうがないね」


 何がしょうがないのか理解できないが、ふーんと首を傾げた彼女は。


「まあ、でも。お咎めなしって言うのは流石に罰としては軽すぎだよね」


 え? ちょっと、何を言っているのこの人は。僕を見つめて言うってことは何、僕がお咎めされちゃうの?


「……う?」


 腹部に鈍い痛みがあった。軽く視線を下に下げると、赤い血液でまみれた異様な刃物が一つ、それが僕の制服を貫いて皮膚を僅かに裂いている。いつの間に幼女を片腕で持っていたんだ、てかなんでナイフが僕に突き立てられているのでしょうか、どういうことですかおねえさん。

 あのですねおねえさん、僕こういうの慣れてないんで大人しく引いて下さい、後生の願いで何とかなりませんかね。


「普通なら惨殺物だけど、転校生サービスってことで一刺しで今回は許してあげる」


 ちょっと間――。


「――ごはっ」


 頭の中で試行錯誤の思考をするのすら無理だった。ナイフの柄の部分以外が僕の身体に入ってくる。

 瞬間的に口から血液が零れた。


 意識が遠のいて行き、呆気なく僕の視界は閉じられる。


 ああ、お腹刺されるってこんなに痛いんだ。

 通り魔に刺される被害者ってのは皆こういう複雑な気持ちを抱いて死ぬのかな。

 頭が床に激突した音ががうっすらと耳に入った。倒れたんだろう。単純に。


 ヤバい、死ぬ。

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