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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第二章 胎動の戦編
24/100

二十三話 偏った正義

更新早めましたが、近況見てくだされば分かります。ちなみにいい報告です笑

今週はなんと三話分書けてしまったので、全部投稿しようと思います

0000二十四話

0100二十五話

二十五話でこの章は完結します、ぜひぜひお楽しみください!

 荒野に、夥しい血液がへばり付いている。黒く変色した血の固まりから真紅が彩る鮮血まで、大量に。

 だが、それらは戦争の跡地ではない。死体など一つも転がってはいないし、巨大な怪物が倒れているわけでもない。

 そこには、一人の男が血塗れで立っていた。


 戦場の血は、ほぼ全て男から流れ出たものである。

 しかし。荒野に降る血液の雨は、男の身体に入っているべき血の量を遥かに凌ぐ量だというのに、一向に倒れる気配もない。ましてや、弱る様子も素振りも晒してはこない。


「話は聞いている。グリーフ……予想を上回って余りある、ぶっ飛んだ能力じゃねぇか」


 男にそこまで怪我を負わせたのは、グリーフの力。

 大気に混じって戦場を満たしているのは、深い蒼。それら全てがグリーフ一人による結界だというのだから、男は笑うしかなかった。


「貴方は、不死身なのでしょうか?」

「いいや、ちっと頑丈なだけだ。死ぬときは死ぬ――そこのボロ雑巾みてぇにな」


 男がくい、と顎を向けた方向には、両の脚を破壊された男――竹内洋助が膝を付いて、右腕を押さえていた。死んではいなかったが、押さえた腕の先、肘から先は無くなってしまっている。関節代わりに嵌められた青の宝石は、砕け散って大地に落ちている。

 竹内洋助はまだ倒れてはいないが、既に戦闘不能だった。


「私に挑発が効くと思っているのなら、心外ですね」

「だろうなぁ? 戦うってのは、そういうことだぜ」


 グリーフは、明らかに格下である眼前の男に気圧されつつあった。

 何度殴っても。力の塊を直撃させても。男は重傷を負わずに向かってくる。

 戦いを重ねる度に、男は楽しそうに笑うのだ。

 グリーフには、そのような男の在り方にエクサルのそれが被さって見えていた。

 快楽の化身、戦いを楽しんで行えるのは――狂喜を宿すエクサルと、この男だけだと。


「それで。そろそろ貴方の死で決着が付きそうですが……どうですか?」


 グリーフは分かっていた。男が、勝ちに来ていないということを。学生服に身をやつしているこの男は、ただ全力で暴れたいだけなのだ。

 直に限界は訪れる。それだけは、決定事項だった。


「そうだなぁ……まだ全然戦ってないんだが、死ぬ時は死ぬもんなぁ」


 ドン、と。男が地面を凄まじい脚力で蹴って突貫を始めた。難なく避けるとノータイムで拳が追撃として放たれ、それを避けても連撃が待っている。


「だが……死ねねぇだろ。まだやるべきことは、やってねぇからな」


 グリーフが繰り出される全ての格闘を躱し、横に避けると――仕掛けられていた爆弾の連鎖が襲い掛かった。

 だが当たらない。全てを紙一重で躱したり防御したり跳ね返したりするグリーフの表情は、崩れなかった。

 限りなく無に近い殺意を一点に集中させたまま、悲哀を存分に振る舞い、邪魔者を排除する。


「はっ! クソが、一発も当たりゃしねぇぜ、ハッハハハ!!」


 一方、流れるように、かつ不規則に行われるグリーフの攻撃を避け切れない男は、どうしても少しずつダメージが蓄積されていく。

 しかしどうしてか。そこまで傷を受けても尚、笑っていた。


 ――そこに、二人の新手が唐突に現れた。



 ◇



 相変わらず、この急な場面の移動には慣れない。とは言っても、まだ四回か。


 瞬間移動によって、文字通り一瞬にして変貌した視界に目眩を覚えつつ――。

 眼下で広がる悲惨な光景に、たじろいだ。


「あ……大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるのか?」


 すぐ前で倒れかけていた竹内洋介を支えると、そう返された。


「全く見えないですね」


 どうして半裸なのか知らんが、右腕の肘から先が無くなっている。右足は粉砕骨折でもしているのか、見てもいられない。左足は、腱を切り裂かれてぱっくり割れていた。

 胴体もかなりやられてる。


「しれっと言いやがるな」

「しれっとはしていません」


 僕が目線を移動させると、丁度ルリさんが男を蹴り飛ばす場面が入ってきた。ルリさんの隣には、腹を押さえたグリーフの姿が。彼女までもが、怪我をしている。

 最後に蹴り飛ばされた男を見て、僕は状況を飲み込んだ。

 ……ああ、これエステの仕業か。

 立ち上がった男の、全身筋肉とも呼ぶべき完成された肉体。金のオールバックは真っ赤に染まり、形を崩している。

 やっぱ凄いよ、お前は。


 僕は、エステの方へ歩み寄った。グリーフとの交渉はルリさんに任せたよ。僕は、エステを担当する。


「久し振りだね。エステ」

「お? ……テメェ今更来たのか、おい」


 口調が小物臭漂ってるけど、コイツがえらい強いのは既に承知している。


「単刀直入に言わせて貰うよ。邪魔するなら本気で抵抗する。エクサルと何があったのかは僕の知るところではないけど、できれば引き取って欲しいな」


 エステは目を見張った。驚きもあるし、感心もしているみたいだ。だがなんだ、今のエステはなんかヤバイ。危ない臭いが僕でも嗅ぎ取れる。

 この前とは、比べ物にならないってことだ。実力も、覚悟も。桁外れに。

 さて。「テメェ」と吐かれた辺り、僕は彼に何かをしたらしい。心当たりは、ある。あるにはあるが、僕は決して謝らないし、逃げもしない。


「テメェ、無理だと分かって言ってんだろ」

「そりゃあ、そうだよ」


 大方、彼の考えはこう。エクサルを“裏切った”から、彼は怒っている。確かに一つの側面で見れば、僕はエクサルを裏切ったように見えていただろうね。

 それで彼が怒るのは一向に構わないし、結果として僕に刃を向けるならそれでもいいよ。

 けれど勘違いしないで欲しい。僕は、最初からルリさんの味方だったのであり、エクサルを裏切ってなどいないのだ。だから僕も、僕だけの信念を貫かせて貰う。


「律樹。俺がこの世で一番嫌いなのが、何だか分かるか?」

「“裏切り”かな?」

「残念、嫌いだが一番じゃねぇ。俺が一番嫌いなのは、“隠し事”だよ。馬鹿野郎」


 ああ、そっちか。そうだね。僕はエステに隠し事をし続けていた。ルリさんのことも、エクサルとの関係も。

 エクサルから真実をじっくり聞かされたであろう彼は、結論として僕らに敵対することとなったのだ。


「僕はあの日、確かめなきゃいけないことがあると言ったね」

「……ああ」

「確かめた、そして決断した」

「……で?」


 畜生本人の前だよ、どうする。言うか? ああ、でも。なんだ、どうしよう。ここまで溜めて溜めて、なのにまだ躊躇うのか?

 言っちゃえ。


「僕はエルリア・アヤクスィダントが好きだ。だから守る」


 言ってて恥ずかしくなったけど、これはもうどうしようもない真実なのだからしょうがないじゃないか。

 後方から、ルリさんの視線が凄く浴びせられている気がする。ええい、知ったことか。誰にも聞こえてない聞こえてない。


「そうだろうな。エクサルも残念がってたよ、“律樹君”は私の物だったのにってな」


 ……はい?

 ちょっと良く聞こえなかったんだけど。つまり、メリーさんは僕を私物扱いしようと企んでたの?


「不思議そうな面してんじゃねぇ。エクサルはそりゃもう、お前のことを気に入ってたぜ。妬けるぐらいにな」


 予想打にしなかった真実を知って、僕は動揺した。え、だって、僕を気に入る要素今までで一つでもあった?

 メリーさんはそんな素振り見せてたか――あ。見せてた、かもしれない。なんだよそりゃ。


「テメェ、エクサルと俺に何があったかとか言ったな? 付き合ってんだよ。アイツとな」


 そりゃおったまげた。マジかよ。混乱の渦中に投げ飛ばされた脳味噌を気合いで引き摺り戻して、もう一度思考。

 停止。

 そんな、馬鹿な。あれだけ暴言吐いたり貶し合ったりしといてデキちゃったの? 本当に何があったんだ。

 ただ、まあ――これだけは分かったよ。


「へぇ。それじゃあ、僕はエステの恋敵で、エステは彼女のために戦うってことかな?」

「エクサルのために戦うのは勿論だ、否定はしねぇよ。だがな、それだけじゃねえ。こいつは俺のためにやってることでもあるんだ。別にお前を恋敵だとは思っちゃいねぇが――分かるだろ?」


 僕も馬鹿ではない。それだけハッキリ言われちゃ、応えてやるしかないよな。僕も人を好きになった身だ。


「要するに、気持ちは纏まってない。でしょ」

「その通り」


 裏切り、隠し事、恋敵。信念、決意、覚悟。友達。そいつらが渦巻いて纏まらないんだろ。僕は、それに巻き込まれただなんて軽々しく思ってはいけない。


「けじめだ。学校に来た最大の理由は――お前を叩きのめすことだよ、鈴峰律樹」


 このロリコンめ……こりゃあどう足掻いてもやるしかないみたいだ。再三言うけど、心底良かったよ。力を身に付けて。


「偏った正義、とは良く言ったものだね、エステ」

「あ?」

「こういうの、正義対悪だと思うかい? 悪対正義だと思うかい? 違うね、偏った正義対偏った正義だ。僕には僕の考えがあるし、エステにはエステの考えがある。それが火花散らしてぶつかり合うんだ。いずれぶつかるかもしれないとは、職員室の前で会話した時、ちょっと思ったよ」


 話が臭くなり過ぎた。話がこじれた。通常通り、僕はエステを倒してグリーフと手を組み、メリーさんをぶっ倒す。オーケー、そいつは揺るがない。


「やろうか」


 僕は、全身に雷の恩恵を施して。構えた。


「前置きが長かったな。さてと」


 エステも構える。

 今日僕は、一つの正義を叩き潰す。


 開戦。


 先手を取ったのは、僕だった。限界まで強化させた肉体を電気で動かして、直線に駆ける。エステは一瞬だけ動きが止まり、僕を凝視。その一瞬を突く。


「――はぁ!」


 殴り飛ばした。バチ、と弾ける音がオプションで追加され、エステは打撃と感電のダブルパンチをその身に受けた。油断してはいけない、怯んだところに鳩尾を蹴り飛ば――。


「はぁん、テメェもやるようになったじゃねえか。デカイ口叩くわけだ」


 彼が放った回し蹴りが、後頭部に直撃した。


「ぐう……あっ!」


 たった一撃。それだけで数十メートルも弾き飛ばされた身体は荒野に二バウンド、止まった。

 即座に体勢を整えると、もうエステは目の前に。勢いを付けた膝蹴りがぶち当たる前に、足場を後ろに蹴って回避した。

 最初の一撃は、僕の力を計るために受けていたのか。


「ほう」


 続いて僕が披露したのは、エステの周囲に電子を撒いて暴れさせること。グリーフがやる青色の力のように、いつでも攻撃を送れるよう下準備を施す。

 電気は、電子であり物体だ。従って、放てば電子は自由に空間を移動できる。

 電子と言っても意思のままに操れるから、操るのにはさほどの苦労は要らない。


 何がしたいのかって?

 エステを中心に強制磁界の発生。これにより、磁力が生まれた。その磁力を活用し、電流を放出しながら宙に浮かぶ。相応の電気を使って応用に応用を重ねた、空中滑空だ。

 エステの半径五メートル付近を警戒しながら滑空する僕は、移動に消費する電気量を考えながらエステの反応を見る。


「厄介だな」


 彼は動こうとしなかった。機会を狙っているのか、周りを暴れまくる電流に警戒しているのか、はたまた旋回している僕に注意を集めているのか、ともかく動かない。

 なら、発動させようか。


「厄介なのはこれからだよ」


 エステを中心に作成した『回路』、それに放電した。

 名付けるとするならアレだ。電流が空間内を不安定に駆け巡るわけだし、エレクトリックというよりはプラズマ、おまけに竜巻の名を借りて《プラズマサイクロン》なんてどうだ。

 ダサい、止めよう。

 ともかく。発動させてしまったからにはもう逃がさない。一際明るい電気が、ぐちゃぐちゃな螺旋を描いてエステを往復し始めた。


「――っ、テメェ!」


 ハッと、我に返ったエステが驚愕の眼差しで叫んだ。今更気付いても遅いんだよ。

 どれだけエステが速く動けようと頑丈であろうと、所詮人には限界がある。

 雷の速さを人間単体の地力で凌駕するのは絶対に不可能。加えてエステよ、電気のことなんざほとんど分からないだろう。

 僕も分からない。だが理科の授業はウチの世界じゃ必修科目だ、何となくだけど、少なくともエステよりは知ってる。


 僕の放った技はエステを無限に焼き切って、感電させた。

 そこまで広範囲ではないが、雷だけの竜巻は――自分で作っといてなんだが、幻想的な光景だ。

 その人為的現象は、エステが大量所持していた爆薬共を使う前に起爆させて、終幕を迎えた。


「……ふぅ……」


 爆発の煙で視界が悪くなったので、一旦エステから離れる。思ったより電気を使い過ぎた。が、単調な電撃を放つよりかは消費は少なく、威力は強化できる。

 電気の速度に対応可能なメリーさんには、こんな手間ばかり掛かる大技は使えなさそうだが。

 まあ、技は成功した。これでエステは酷い感電で動けないだろうし、敵の攻撃手段である爆弾を蹴散らして敵だけにダメージを与えた。一石二鳥だ。弱ってはいるだろうが、こんなのでエステが倒れるとは思えないけど。


「グリーフ達、協力してくれるみたいですよ」


 硝煙が晴れ上がるのを見つめながら「メリーさん、煙で気付きそうだなぁ」とか呟いていると、ルリさんにそう言われた。

 なんだが、顔を合わせづらい。うっ、フラッシュバックしてきた。


「あの……ルリさん」

「はい。なんですか?」


 さっきの、聞こえてないわけないんだよなぁ。


「あの、聞こえて……た?」

「フフ。ばっちり聞こえましたよ、律樹さん」


 死にたい。そんなの公開処刑だよ。放心してしまってそれとなく目を逸らすと、いつの間にか怪我を治していた竹内洋助も、グリーフも微笑ましい物を見るような生温い視線を注いでるし。

 穴があったら入りたいとは、正にこのことだね。


「ま、まあ。あれだよ。うん、ごめん。ここで言うのもあれだけどさ……好きだよ、ルリさん」

「言われなくても、知ってましたよ。というかあれだけされて、好意の一つも寄せられていなかったのなら、私はなんなのですか」


 ですよね。好意ぶちまけてましたもんね、僕。過去を振り返っても、こっちに来てからはルリさんのことしか頭に入ってなかったもの。あはは。


「律樹さん、私――」


 そこで。

 先程の、悪い予感が的中した。


「見付けた」


 淡々とした、幼女の宣告。燃え盛る真っ赤な髪の毛は逆立ち、空から着地してきた彼女は赤く、ドス黒いオーラを宿している。

 遅かれ早かれ、いずれは見つかっていたのだろうが……。

 頭上には【ローンギング】。これに乗って、高速移動してきたのか。

 笑みはない。ただ、荒ぶる力の渦が空気を汚していた。


「赤い……オーラ?」


 初めて発現した彼女の力に、僕は剣呑な臭いを感じ取った。ルリさんが危惧していた“奥の手”とはどこか違う。何か。

 今までのメリーさんの力の色は、総じて紫だった。龍の色もそうだ。ルリさんは白銀で、グリーフが青で、メリーさんが紫。自然とそういったイメージがあった。

 いや、よく考えろ……違う。グリーフも、一度だけ真っ赤なオーラを顕していたことがあった。雰囲気は、似ていると言われれば似ている。

 なんだ。どうにも不安だ。


「よそ見してんじゃねぇぞ!」


 煙の中から、全身に火傷を負ったエステが飛び出した。怒鳴り声で意識を散らされた時、自分の足元で塊が光るのに気付いた。爆弾? 仕掛ける隙があったか?

 まさか。あの時動かなかったのは、この爆弾をぶつけるため? そんな馬鹿な。

 逃げられない。通常の走りでは爆発の圏外には到底間に合わないし、電気を纏えば起爆が早まる。


「くそっ!」


 一かバチか、前に駆けた。一歩進んだ時点で電気を下半身に纏わせる。

 鼓膜が破れそうな破裂音が耳をつんざいて、熱に呑まれた。


「ぐあぁっ!」


 直撃は免れた。が、両足は無惨にも焼け焦げ、前方に転がって地に倒れた。


「よぉ。やってくれるじゃねぇか」


 髪の毛を鷲掴みにされ、エステの無理矢理持ち上げられる。


「そりゃ……こっちの台詞だよ」


 実践経験の差か。単純に、力量の差か。いいや、両方か。一撃で両足が使い物にならなくなった僕とは違い、それ以上の攻撃を受けたエステは致命傷の一つも喰らっていないだろう。

 何が人よりちょっと頑丈だ。装甲かよ、こりゃ勝てないぞ。


「で。まだ抵抗するのか?」

「すると言ったら?」


 拳が鼻面にめり込んだ。容易く鼻は潰れ、多分頭蓋骨にもヒビが入った。


「かひゅっ……」

「これでも抵抗すんなら、両腕を折る」


 痛くて喋れない。目も開けられない。

 ……コイツ、僕を殺すつもりはないのか。

 足が完全に焼けてしまってるのは誤算だった。ぴくりとも動いてくれない、さっきから何度も電気を纏わせているのに。

 すぐ後ろでは、誰かが争っている。もう始まっているのだ。ルリさんとグリーフ、エクサルと【ローンギング】の戦いが。

 男が足手まといってのは、情けない。


「ぐっ……」


 手足ならともかく、顔面部分の骨折はここまで酷いのか。


「お前はもう戦えねぇな、そこらで寝てろや」


 止めを刺そうとしない物言いに、僕はかっと目を見開いた。

 涙が溢れていて見にくいが、ちゃんとエステの顔が映っている。


「あ?」

「敵に情けを与えると、言うんだね」


 僕としては嬉しい限りだ。見逃してくれるというならそれ以上の幸福はないぐらいに。

 だが、ここでエステを野に放てばルリさん達に迷惑が掛かる。

 それに、情けは求めてないんだよ。お前はここで僕が仕留める。

 足に溜め込んだ電気を、電撃としてエステに放電した。ゼロ距離攻撃なら電気が散って威力が落ちることもなく、エステが避ける暇はない。


「……テ、メェ」


 感電して動けなくなった彼の邪魔くさい腕をはたき落として、左手に電気を込めた。

 足が使えないのなら、手で応用するしか道はない。思い切り地を横に殴って、反動で身体をすっ飛ばした。

 なんだ、やけに、軽いぞ。

 ぼすっ、と五メートルは飛んだのを彼との距離間から測って確認し、すぐに下半身に目を向ける。


「ああ、なるほど、ね」


 やられた。なんだ、全然守れてなかったじゃん。そりゃあ、いくら足に力を運ぼうとしてもぴくりともしないわけだ。

 根本からないんだから。


「律樹、よぉ。テメェ馬鹿だぜ」


 感電から立ち直ったエステは、五体満足の身体を存分に使って歩いてくる。ああ、羨ましいねぇ、身体があるってのは。

 なんだよこりゃ、何もないじゃないか。痛いはずの足は痛くなかったし、寒気がしてくるし。なんだよ、全く。

 エステの後方では、【ローンギング】にグリーフが立ち向かっている。ちょっと離れた場所で、メリーさんとルリさんが一騎討ち。助けに、行けなかったなぁ。


「悪いが、おしまいだ」


 爆弾ストックはないみたいで。剛腕を振りかぶった彼は、僕の頭に狙いを定めた。

 悪あがきにもう一発電撃を浴びせてやると、彼は感電しながらも憤っていた。


「ざまあないね」


 もう放つ電気がない。終わったんだ、全部。


「……」


 エステは拳を固めたまま、微動だにしない。窮地に落とされているというのに、その情けない格好を垣間見た僕は、余裕たっぷりに笑えてしまった。

 泣いているのだ。筋肉野郎が。一切の表情に変化を付けず、目頭熱くする奴なんて他に見たことない。


「おしまい、じゃないの?」


 反撃の札は使い果たした。僕は、グリーフと戦って疲弊していたエステに完全敗北したのだ。

 笑うと痛い。顔の骨に亀裂が入っているからかもしれない。意識がはっきりしないのは、血液が足りないからか。だけど危機感はまるでなかった。


「……悪いんだけど、早く殺してくれない? もう辛い。喋るのも、息をするにしても激痛が走るし、ご覧の通り自害する元気も残ってないんだ」


 ぎり、と奥歯を噛み締めたエステは、物憂げに拳を降ろす。自殺する気は毛頭ないが、放置されて苦しんで死ぬのは御免蒙るよ。冗談じゃない。マゾヒストでもない限り、笑い転げながら最期は迎えられないさ。


「俺にはお前を殺せない」

「止めを刺さないだけで、僕はお前に殺されるよ」


 ここまで来て、なんだよ。殺るなら殺れよ。

 僕の身体もしぶといな、ここまでしぶといと性質が悪いね、筋トレとランニングが妙にタフな不運を招いたのかな? どっちにしろこれじゃルリさんに加勢するのは叶わない。


「律樹。良いことを教えてやる」

「今更だねぇ」

「コイツを聞いたら、テメェ死にたくても死ねねぇぞ」

「お前が僕を殺したんだよ。まぁ、僕もエステを殺そうとしたけど」


 鬱陶しかった。ああ、でもポジティブに頭を回転させてみろ。何も価値がない今の僕でも、エステと語らうことで動きを封じることができるんだ。死ぬまで話し相手になってやれば、その分ルリさんが優勢になる。


 いいね。そうしよう。


「いいや、聞こうか。で、何? 死なない内に頼むよ」


 エステは、僕の頭を優しく撫でた。悲しげに。

 元は一緒に戦った仲とはいえ、これが現在進行形で敵のすることかよ。


「エクサル、グリーフ、そして未だ顔も存在も知れぬレイジ。あいつら、アヤクスィダントが例の禁術を使った際に三つに裂けた、身体の一部なんだよ」


 は? いや、話が読めない。――てかコイツ、やっぱ話の全貌は掴んでいるんだな。エクサル視点の話を聞いたか。聞いたよな、そりゃあ。彼氏さんだもの。


「わりぃ、これじゃお前に分からなかったな」


 ああ、全然分からないね。だから、もっと詳しく話してくれ。できれば死んだ後も物思いに耽りながら長々と説明してくれるのがベストだ。お前は規格外クラスに強いからな、エステ。


「アヤクスィダントは、エクサルが現れる前の記憶を取り戻すことはないからな」


 ……ちょっと、待て。


「そこまで知ってるんだ。エクサル達三人が好き勝手戦争してるからルリさんがそれを止めたんだろ? それより昔ってなんだよ」


 死ぬ間際になんてこと伝えてくれやがる。わざとらしく自暴自棄になってるってのな、それじゃあ死にたくても死に切れなくなってしまう。


「エクサルはな、アヤクスィダントの肉体の一部だったんだよ。グリーフも、レイジもそう。この三人は、アヤクスィダントの禁術の副産物だ」


 ああ、残念だけど理解しちゃったよ。聞いた瞬間、情景が頭に浮かんださ。

 一人孤独になんでもやってしまう、ルリさん。そんな彼女は、自分が対処し切れない事態を独りで対処しようとして、禁術を使用した。そうして彼女は弱体化し、三つの力を失ったのだ。


 エクサルに。

 グリーフに。

 レイジ。


 ああ、そっかそっか。ルリさん、記憶も魂も肉体も引き裂かれてるもんなぁ。何回も。何やってんだか。馬鹿かよ。

 道理で力が似てたわけだ。いや、元が同じだったんだから当たり前だよな。お母さんとはよく言ったもんだ。


「訊いていい? 冥土の土産代わりに」

「何でも聞けよ。答えられる質問なら、答えてやる」


 結局興味沸いてきたよ。さっすがエステさんだ。


「エクサルに使役されてる龍、あれってどうせ禁術から産まれたんでしょ? ルリさんが最初に使ったという」

「そうだ。名は【ルーイン】。代償を払うと共に【ルーイン】も三つに裂けた」


 ああ、うん。

 ルリさんは、必死に自らの尻拭いをしていたわけか。ずっと。今まで。馬鹿だなぁ、目には目をって言うけど、 自分の産み出した禁術に禁術で対抗してどうするんだっていうんだよ……。

 果ては自分の魂も使っちゃいますぅ、ってことか。やってること変わらないじゃん。進歩してないじゃん。それ失敗したら、四回も同じ過ち繰り返してることになるんだよ。何やってんだエルリア。


 もう死ぬんだよ、僕。なんでまた心配事増やすかなぁ。心配過ぎて死にたくない。

 死にたくないなぁ……。やっぱ一撃本気でぶん殴って分からせるまでは、死ねないよなぁ……。


「ああ、もういいよ。最期に嫌な話聞けて満足したよ。――死ねねぇよ、馬鹿が」


 僕を死亡寸前まで追い詰めた野郎に介抱されつつ、仰向けにしてもらった僕は空を見る。晴天だ。空は青い。ああ、まだ朝か。


「死ねるわけないだろ……」


 痛みは意識と一緒に薄れてきたってのに、涙が止めどなく溢れては耳の後ろを伝っていく。仰向けだからな。仕方ない。


「だってよ。あの馬鹿、記憶も何もかも失っちゃって、また過ち繰り返してるんだぞ。僕が傍に居てやらなかったら、誰があの阿呆を助けるんだよ……。誰が、アイツに喝を入れてやれるんだよ。僕がいなかったら、あそこで戦ってる孤独な姫は、ずっと独りぼっちなんだぞ」


 エステは、僕がぐだぐだ垂れ流している愚痴を黙って聞いていた。

 コイツイケメンだわ。そりゃエクサルも、こんなイケメン野郎と一ヶ月も行動を共にしてりゃ……付き合うよなぁ。


「テメェ。自分が死ぬってのに、相手のことばっかりだな。俺ならそんな奴は見捨てちまうぜ?」


 そう、だろうな。僕も前世だったらそんなメンヘラ野郎は放って置いたさ。付き合い切れなくて……関わろうとも、思わないさ。


「うっわぁ。死にたくなくなったと思ったら、急に気分が……悪くなって、きたよ」


 でも……な。わかる、だろ。放って、置けないんだよ。そう。

 あの馬鹿は、優しいんだ。僕を……僕のことを、ずっと、気遣ってくれていたんだ。……使い捨ての駒だったはずなのに。

 ああ、そろそろ。頭も停止してきたな。もう休みたいな。うん、ちょっと、仮眠。


「なぁ、エステ。ちょっと、眠いんだけど。なぁ、良かったら、起こして、くれない? 一時間くらいしたら、起き、る。からさ……」


 うんうん。死なないよ。エステのお陰。変な話聞いたから、死ぬに、死ねない。


「分かった。少し休んどけよ、律樹」


 ありがとう。敵なのに、悪いねぇ。

 目を瞑ると、急速に身体が冷えていく気がした。でも、心地良い感じがした。これなら、ゆっくり休めそうだ。

 と、思ったら。エステの怒号が、微かに耳に入った。え、何。折角眠れそうなんだから、もうちょっと静かにしてくれよ。

 ……。


 ごめん。

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