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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第二章 胎動の戦編
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十九話 とある名無しさん

 その日は、豪雨だった。《断層世界パラノイア》に来てから何日が経ったか、この世界で初めて雨を観測した気がする。

 窓の外で淀む空を眺めつつ、ぱっとしない心地の中で、僕は教室の机に横顔を擦り付けていた。


「……ああ、今日ぐらい何もないといいな」


 “疲れ切った”身体を癒すため、そっと目を閉じた。



 昨日……正しくは今日の深夜のことである。

 眠くないとか思っていたのにも関わらず、いつの間にか爆睡してしまっていた僕が目覚めると、すっかり夜だった。壁に掛けてある時計を見れば、十二時を回っていることに気付く。慌てて飛び起きると、椅子に座っていたルリさんが僕の方へ首を回した。


「起きましたか」

「ごめん、寝ちゃってた。起こしてくれればよかったのに」


 まだ少しばかり痛むが、それでも寝る前よりマシだ。グリーフは死ぬほど手加減して僕と戦っていたらしいな。安堵する反面、腹立たしい。


「あまりにも寝顔が安らかでしたので、てっきり死んでしまったのかと思ってましたよ」

「ちゃんと呼吸してたよね? 心臓動いてたよね?」

「あ、律樹さん。一応料理できてますよ」


 華麗に僕の突っ込みをスルーしたルリさんは、机の上へ視線を促した。段々と覚醒してきた脳味噌は、真ん中に置いてある料理を認識する。


「お、お、おお……肉じゃが……肉じゃがだ!」


 酸だらけの胃袋に、大量の唾液が滴り落ちたのを実感。やばい腹減ってきた。どうやって作ったんだこれ、肉以外はよく分からない材料が入ってるみたいだけど、見た目それっぽい。じゃがいもは入ってないだろうけど。

 完食。

 それまで律儀に待ってくれていたルリさんと肉じゃがらしき料理を取り分け、ご飯がないのは我慢しつつも舌鼓を打って堪能した。砂糖が入ってなくて甘くはないが、これはこれでいい。旨い。ルリさん今まで日本料理作ったことなかっただろうに、上手い。

 因みに箸はなかったので、細長い棒二本で代用した。


「感動した。頬っぺたが溶け落ちるかと思ったよ」

「えっ、私料理に酸性の毒でも入れてましたっけ?」

「いやいや喩えだよ! そんな物食べてたら今頃僕は死んでるって……」

「『そんな物』……うう、律樹さん酷いです……」

「うっ、なにその僕が悪いみたいな台詞回し止めてくれないかな? 表現だから」

「はいはい、冗談ですよ」


 とても冗談には聞こえなかった。

 一先ず、閑話休題。


「……ルリさん。すっかり身体も元気になったし、触りだけでも教えてくれないかな?」


 ルリさんが呆れた様子で僕を見つめると、観念したのか、可愛らしい吐息を漏らして立ち上がった。


「少し見ない内に、すっかりたくましくなってしまいましたね……。いいでしょう、では少しだけ練習しましょうか」


 ん? 言葉は違うけど、似たようなことをセラさんにも言われた気がする。僕の何が変わったというのか、僕だけが分からない。


「まずは頭の中に、ある物をイメージしてください、最初は目を瞑ると良いですよ。はい、それでは何でもいいので“棒”を思い浮かべてくださいね」


 教師か。

 言われた通りに目蓋を落とした僕は、棒を頭に浮かべた。何でもいいのなら、そうだな……。ルリさんがさっき言っていたように、詳しく考えてみようか。

 難しいことは最初から知識にないので分からないが、だからこそ単純な物を想像できるはずだ。

 ……材質は鉄、真ん中が空洞で鉄の厚さが……三センチ。


「うわ」


 やばい、いざ集中して考えると、上手く頭に入って来ない。どうしても想像図がぼやけてくる。……てか錆び付いてないか鉄棒。あ、駄目だ霧散した。


「えっ、難しくないコレ」

「言ったでしょう。簡単にできる芸当じゃありませんし、大体完璧に習得するとしたら……ええ、律樹さんの寿命が尽きるまで頑張っても無理ですね」


 結構、辛辣だね。まあ、お世辞を言われても嬉しくはないけれど。一度目を開けた僕は、難しそうに佇むルリさんを視界に入れて深呼吸をした。


「棒如きでこのザマだと、戦車なんて想像したら僕の頭が爆発しそうだね」

「ええ。さて、そんな律樹さんに良くて悪い知らせです。実は、二つだけ素早く習得する方法があります。どちらも推奨できる物ではないですが、それでも聞きたいですか」


 難しい顔をしていたのは、それについてか。ルリさんがそこまで言うのだから、どちらにも明確な欠点が含まれていると思われる。

 だが、普通にやっていても死ぬまで身に付かないのは明白。


「気掛かりなことはあるにせよ、訊きたい、かな」


 通常よりも早いペースで人外な技術を身に付けられるのであれば、是非ともそうしたい。“欠点”の内容にも寄るけれど。


「では、まず一つ目ですね。私がイメージを何かの媒体に記しておいて、それを律樹さんに預けます。すると、律樹さんはその媒体に力を流すだけで簡単に力が使えるようになるわけです」


 なるほど。そうすれば、第一段階を丸々すっ飛ばして次の段階に入れるのか。

 しかし。同時に様々な欠点を見付けた僕は、首を横に振った。


「ああ、駄目だね。それで行くと、僕は決められた術式しか行使することができない。加えて、その媒体を奪われてしまえばルリさんの“力”をばらしてしまうことになる」


 ルリさんは、二人よりも実力が劣っている。にも関わらずメリーさんを圧倒したのは、“力”その物が別の次元の技だからだ。即ち、対処の方法を相手はまだ知らない。

 そんな中、僕の中途半端な参戦のお陰で彼女らがその情報を手にしてしまえば、もう笑えもしないね。


「二つ目は?」


 あまり教えたくない、といった表情の彼女は、僕をじーっと見つめる。純粋な、漆黒の瞳が見せるその姿は、どこか愛くるしさを匂わせた。


「律樹さんはこの手段を取るでしょうから、仕方ないので言ってしまいます。それは、“トラウマ”です。身体に無理矢理教えるのですよ。考えたくなくても植え付けられたトラウマは、一々考えて拙速極まりない技を発動させるよりも……よっぽど素早く強力に使えます。少し、質が悪い手法ですが」


 トラウマ、ねぇ。思わず苦笑いを浮かべた僕は、最初から決まっていた決断を下した。


「うん、ごめん。本来だったら選びたくないけど、それしかないよね。少なくとも、現段階で僕が一番早く力を覚えるにはそれしかない」


 と言ってしまったのが地獄の始まり。正直舐めていた。トラウマってのが、どの程度の物なのかを。


「やるからには、私は手を抜きませんよ。必死で食らい付いてきてくれないと、間違って殺してしまうかもしれないので……頑張ってください」


 ルリさんの瞳が漆黒から“白銀”に変化した時、僕は悟った。あ、マズイ、と。


「律樹さんが覚えなければならないのは、一撃必殺の大技だけです。小賢しい術式をトラウマに刻み付けたところで、意味がありませんので――」


 彼女が視界から消滅。かと思いきや、背中に鈍く重い衝撃が轟いた。


「《インビジブル・スレッド》」


 考える暇がなく。判断する余裕もなく。投げ捨てられた玩具のように宙に放り出された肉体は、壁にめり込んで激突音を生じさせた。

 何が起きた?

 と現状を理解することもできず、第二陣。腹部を抉るように放たれたその技は、ただでさえ凹んだ壁を更に陥没させた。


「……っあ、が?」


 力を逃がす場所さえなく、直撃した腹部から胃を真っ平らに叩き潰して、勢いで先程食したご飯を吐き出してしまった。

 この時点で意識が朦朧としてきた僕は、繰り出される同じ技を何度も受けながら、地獄を覗いていた。

 こりゃ、半分は死に足を突っ込んでいたのかもしれないな。

 如何せん、彼女の攻撃は絶妙なタイミングなのだ。限界寸前で気絶させないように設定された技が定期的に僕を襲うので、意識を手放したくても放せない。


 攻撃の合間に受けた痛みが少しだけ回復する。その無限サイクルの繰り返しを、延々と。

 殺られる度に凄惨な悲鳴を上げていた僕だったが、少しずつ反応が薄くなり、無言というか極限状態にまで落とされた。

 でも、気絶できない。何故か覚醒したままの脳味噌は、麻痺もせずに“定期的な痛み”を負い続けていく。

 ――ルリさんの仕業だ。

 自分から頼んだ癖に、これ以上ないくらいに彼女を恨み始めた僕は、ふつふつと沸き上がる様々な感情を無表情のまま消化していった。


 痛い。痛い。痛い。いたいいたいいたいいたい嫌だもう嫌だイタイイタイイタイイタイイタイツライツライツライツライツライ。

 いたい。


 三秒のインターバルを置いて必ず現れる攻撃。いつの間にか、僕はその三秒を数える木偶と化していた。

 いち、に、さん。ここで顔に一撃。いち、に、さん。次は肩に一撃。

 ――正に拷問。それが終わりを告げたのは、確か朝の五時だったということだけは覚えている。

 終わった瞬間、ただ泣きじゃくる僕。しばらくはルリさんを見るだけで反射的に後ずさり、震えた身体は止むことをしなかった。

 今にして思えば、“こうなられる”のが彼女にとって一番嫌だったのかもしれない。あまり記憶に残されてはいないが、廃人状態の僕を必死に励ましたり抱き締めたり、ということに数時間も費やしてくれたのは何とか覚えている。最初の内は逆効果だったが、ほんの少しずつ目的を思い出した際には、ルリさんに抱き付いたまま涙を流している自分が居た。


「まだ……考えるだけで。もう」


 芯から恐怖したトラウマ。あの技を完璧にマスターするまで拷問レベルの攻撃を受け続けることを考えると、一度思考が回らなくなってしまった。

 クソ。

 彼女の方が辛いに決まってるのに。初日からどれだけ弱音を吐いてるんだ。忸怩の思いに駆られて、僕は苛立ちに身を任せて頭を掻きむしる。

 何が「今日ぐらい」だ。頼んだのは僕だろう。彼女は、嫌々ながらも僕に力を授けるため、頑張ってくれているのだ。

 少しでも弱音が滲み出るようなら今すぐ止めてしまえ。ルリさんに迷惑だ、薄情だ、最低だ。くだらぬ世迷い言を平気で垂れ流すくらいなら、そんな体たらくな気持ちしか“力”を手にしたいという想いがないのならば、今まで通り全部ルリさんに任せてしまえばいいんだ。

 生半可な苦労じゃ結果は付いてきやしない。頑張りましたじゃ何にもならないのだ。

 何故か全身打撲で済んでいる身体を伸ばして気分転換をしていたところ、


「だ、大丈夫?」


 “あっくん”が、真底心配した様子で話し掛けてきた。隣の席だ、僕の状態は相当な異常であったのだろう。


「……程々に、大丈夫ですよ。“あっくん”」


 セラさんに聞かされていた名前を言ってから、言葉の可笑しさに気付く。敬語の後に“くん”呼ばわりはないな。


「大丈夫ならいいんだけどね。というか、鈴峰君って僕とは同じ学年で、同じクラスだよね。そこまでかしこまらないで欲しいな」


 敬語に突っ込まれた。この機を境にタメ語に戻すのが懸命だろう。いいや、賢明か。このまま行くとクラスメイト全員に敬語で対応しなければいけなくなってきそうだし。個人的な気分で。


「ああごめん、僕の癖でね。最初は必ずこうした言葉遣いをしちゃうんだよ」


 嘘ではない。事実、僕は初対面だったり仲のよくない人と話すと敬語になってしまう。後は、絶対的に僕が下の立場の間柄とか。悪い癖、ではないんだろうけど。


「そうなんだ。あっ、鈴峰君、今さっき“あっくん”て呼んだ?」


 呼んだけど、いけなかったのだろうか。


「ああ、特に深い意味はないんだけど。実は僕って捨て子でね、名前とかは今までなかったんだ。それでセラさんに名前を尋ねられて困り果てた挙げ句“あ”でいいよって」

「それで“あっくん”ね」

「そうそう」


 捨て子の話には突っ込まないでおいた。人には深く関わっては欲しくないラインが必ずある。失礼を承知で訊く内容でもないし、あっくんでいいならそれで十分なのだ。

 何でもないことのように、日常の話を語るようにペラペラ喋るコイツもコイツなのだから、敏感に対応してやる必要はないのかもしれないけど。


「うん。鈴峰君は何も言ってはこない人なんだね」


 それにはちょっと驚いていたみたいだった。


「言わないよ。特に訊く意味もないしさ」

「なるほど、そうくるのか……君って面白いね」


 突然面白い人扱いされた。なんだそれ。


「いやぁ、ごめん。誰も彼も、そのことを話した途端、腫れ物を扱うみたいに気を使ってくれるからさ。鈴峰君みたいな人は初めてで」

「いいや、僕も気は使ったよ。使った上で、気にする必要がなかったってだけ」


 わざと言葉に出して、人を試してたってのか。アレ、俗に言うかまってちゃん? 違うか。


「……うん、やっぱり鈴峰君って面白いね」


 二度目。悪意なさげな表情でふっと笑みを溢した彼は、そういえばと付け足した。


「“関わってはいけない人”。見付かった?」

「――ああ、やっぱりどこにもいないね。ただの噂みたいだよ」


 ルリさんは“関わってはいけない人”ではない。現に僕という例外がいるんだ、そんな下らない“噂”は“噂”のままに消し去ってやればいい。


「そっか」


 特に何の反応も見せなかった。さほど興味もなく、話題の一つでしかないのだろうね。


「あっくん。君はさ、“魔法”とかって見たことある?」


 ふと、気付けば僕は口に出していた。


「はぁ、魔法、か。その言い方だと何とも言えないけど――」


 癖なのか、数回机を叩きながら、魔法について考えていた。あ、結構真面目な方向で話を捉えてくれてる。


「これが魔法と称せるのなら、うん。見たじゃなくて、あるね」

「え?」


 予想外の展開に、僕は目を見開かざるを得なかった。

 バチり、と。電気が彼の右手の指から弾けては消えるという、その光景を目の当たりにしたのだから、驚くのも無理はない。そりゃ、まあ散々異能力を確認してきた僕からすれば、微々たる物かもしれないが。


「あっくんはそういうの持ってるんだね」

「しれっと言っちゃう辺り、鈴峰君は他にも見ているみたいだね」


 鋭い。電気の放出を止めた彼は、右手を握り締めて苦い表情をしていた。


「うん、やっぱり僕のは魔法じゃないと思うよ」


 意味のありそうな言い方だが、僕からすれば、人体に不可能な技は総じて魔法だ。呼び方はどうでもいい。


「僕は、捨て子って言ったでしょ? 僕がまだ小さい時、親から捨てられ路上に放置されていたらしくて、ある日誰かさんに拾われた時、僕は右半身不随の障害を受けてしまうほどに弱っていたんだよ」


 彼が右腕を伸ばすと、微力の電気が腕を這って胴体に行き渡る。意図してやっているのか。


「その後、右半身が障害に侵された代わりに電気を扱えるようになったんだ。それで、動かない部分は生体電気を流して動かしているんだけど……残念ながら感覚はないんだよね。多分、度重なる電流の廻りによって神経が焼き切れちゃったんだと思ってはいるけど」


 名前さえも授けられずに捨てられて、障害を負ってしまったのか。その生い立ちに同情するつもりもないけど、だからといって何も思わないほど僕は無感情人間ではない。


「これを、僕は『代償機能』と呼んでいる。だから、魔法だなんて夢のある代物じゃないのかな。やっぱり」


 さも当然かのような発言だけど、電気を自在に扱える時点で十分に凄いよ。

 自分は、何にも秀でていないというのに。


「僕からしてみれば、立派な魔法だよ。普通、半身不随になったら二度とまともには歩けない。でも君は、少なくとも僕目線から見たら違和感は感じないよ。だから誇っていい魔法だと思う」

「うん。鈴峰君がそう言うのだから、そういうことにしておこうかな」


 彼は、持ってきていた鞄からノートとペンを取り出して机に置いた。釣られて僕も同じ行動をと思ったが、生憎手ぶらだった。

 授業も間近、他の生徒達もぞろぞろ入ってくる。

 メリーさんとエステの姿は、今日もなかった。




 昼休み。僕はとある名無しさんこと“あっくん”の元へ近寄った。自分から誰かにアクションを掛けることはそうそうないが、僕に気付いた彼はどこか嬉しそうだ。今朝の会話で気に入られたのも理由にあるのか、かくいう僕も満足だった。

 正直、学生らしいことをしているなと思えるのは、あっくんと居る時だけなのだし。


「今日も来なかったね、メリーさん」

「ついでにエステも姿を見せないね」


 僕がその名前を出すと、あっくんはハテナを頭上に浮かべた。


「あ、ああ不良だよ。学校をよくサボる」

「思い出した、あの自由奔放な人ね。エステって名前なんだ、よく知ってるね」


 やはりエステはクラスに馴染めてはいなかったようで。ほとんど授業も受けていないのだろう、名前以前にクラスメイトと会話をしていたのかさえ怪しい。


「彼とは地味に話したからね。それだけの関係だけど」


 生きているのかさえも分からないエステ。さてどうしたものか。彼の頑丈な身体ならば死んでいない可能性は大いにあるが、だとすれば何かがあったのだろう。戻って来ない、来れない理由が彼にはあるはずだ。

 メリーさんについては説明をするまでもない。ルリさんをどこかで狙っているのはどうしようもない事実。

 今はまったり時間が流れているが、いつ何時メリーさんが現れてもおかしくない。


「仲良くなってるねぇ、お二人さん」


 ……あっ。


「あっくん、さっきの会話に少しばかり関係のある話なんだけどさ」

「ちょっと、何で無視するの?」


 横っ腹を殴られた。普通に痛い。


「なんですかセラさん、お腹痛いですよ」

「あー、あー、二言目にはすぐそうやって言うんだから……そんなに私を除け者にして楽しみたいの?」


 いや、今のは貴女が僕の腹を殴ったからですよ。


「ところで何しに来たんですか?」

「酷い! 休み中なんだから、お話しに来たに決まってるでしょ」

「じゃあ何を話しに?」

「ざ、つ、だ、ん!」


 ローキックが飛んできた。

 太股にクリーンヒットしたが、大して痛くはなかった。この人感情豊かだなぁ、第一印象とは大違いだ。


「あはは、仲良いね二人とも」


 本当に面白いのか、それともノリだけなのか判別が付かない適当な笑いを起こした彼は、続けて言った。


「セラさん、鈴峰君にまで“あっくん”って言ったの?」


 あ、それ訊くのね。


「えっと……。その、駄目だった?」


 彼女ははっとした表情を隠しもせずに出している。


 駄目だと思いますよセラさん、彼が鷹揚な性格だから許してくれるだけであって、平然と言いふらしていたらいずれ彼が傷付くかもしれないんだ。全く、基本的な処世術くらいは身に付けてくれると助かるんですがね。例えばあの時僕のお腹をブッ刺した時とか、大顰蹙もいいところ。僕だから許してあげてるだけであって……よく考えてみたら別に許してなかった。


「いやいや不肖、別に大丈夫なんだけど、まさか鈴峰君にも言われるとは予想外で」

「そういうことか……ゴメン。嫌じゃ、ないんだよね?」

「うん、嫌ではないよ。呼ばれ方にも困ってたし、丁度いいかな」


 なんと穏やかで大らかな心を持っているんだ。


 まあ。あまりに気を遣われると、必要以上に腫れ物扱いされていると感じるのかもしれない。それでは逆に傷口を開きかねないか、人間ってのは気を使われた方が苦痛になることもあるからな。万人が当て嵌まるわけではないけど。

 ……ていうか心の底から僕にも謝れ。今くらい真剣に謝罪してくれたら考えるのに。


「それで、鈴峰君。さっきのに関係ある話ってのは?」


 そうだった。とってつけたように言った台詞に聞こえただろうけど、実はそうでもない。ただセラさんをいじめようとしたのではなくて、本当に訊きたかったのだ。


「魔法。この単語を出したのはさ、僕が魔法とやらを使えるようになってみたかったからなんだよ」


 今回ばかりは意図せずとも彼女は会話に着いてはこれない。ん? そこまで計画的にいじめ抜こうとは流石にしないよ、鬼畜じゃないんだし。

 そんなわけで。ぽつりと置いてけぼりにされてるセラさんが一人残され、話が進行していった。


「うん。なるほどね。言いたいことは理解したよ」


 ありていに言えば、魔法だけではなくそういった“力“全般を手にしたいということ。つまり、あっくんのいうところの『代償機能』とやらですら欲しいということだ。失礼極まりないのは承知の上、怒られても仕方がないことを僕は口にしている。

 でも、僕は本気だった。

 だから多目に見てくれとは言わないけど、許してくれとも言わないけど。


「どうして魔法を使えるようになりたいの?」


 必要であれば答えるつもりだった。ある程度ぼかさなければいけないが、伝えられる限界ギリギリまでは教えてもいい。

 僕はそこまで本気だし、真剣だ。

 ルリさんに与えて貰っただけの力じゃ不十分だし、その練習の段階で彼女に負担が掛かり過ぎる。


「友達で、僕より強い女の子がいるんだけどさ。その子、やたらと一人で無茶しては自分を追い詰めちゃうんだよ。それもあって、彼女の支えになりたくてさ」


「ふぅん」と、含みのある相槌を打ってから、あっくんは弁当らしき箱を机の上に置いた。すっかり忘れてたが、今は昼の時間である。僕は弁当がなくて食べられないけど、他は違う。セラさんは知らん。


「強い……? ああ、その子は何かと戦わなきゃいけないのかな」


 眉根を寄せた彼。僕は自分が何を言ったのかを反芻して理解する。

 そりゃ、そうなるよな。戦うんだ、戦わなければいけないんだ。どんなに避けようとしたところで、あと一回は避けらぬ必然なのだから。


「そうなんだ。だのに残念ながら僕は“無能”でね、何にも力になれていない」

「なるほど。大変そうだね」

「え、どういうこと? 律樹君がどうしたの?」


 約一名の推定Eカップはスルーの方向で。彼女にも分かるように説明するのは、ちょっと面倒臭そうだ。


「それをここで言うってこと。その真意は、僕の魔法――『代償機能』を教えて欲しい、ということなんだね」

「そうなるね」


 あっくんは静止して、考え込むように顔を渋らせた。

 僕の言葉が何を意味するのかは分かってる。そう、彼の心の中身を踏み散らかすのと同じだ。


「……いいよ、僕に教えられることは少ししかないけど」


 了承した彼は、箱の蓋を開けた。中に入っていたのは……まあ食べ物、か。どんな食べ物かは形容できない。


「じゃあ、また放課後ね。先に言っとくと、タメになるのかは分からないし、僕が教えるのは理論ときっかけのみだよ」

「十分過ぎる、ありがとう」


 こうして、昼休みは終了した。一人最後まで理解できてなかったのがいたけど、まあよしとしよう。

 ルリさんだけにこれ以上辛い思いは背負わせたくない。自分が、彼女の力になるのだ。そのために。

 席に戻った僕は、拳を強く握り締めた。

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