十三話 戦いの真相
灰色の空。荒廃した大地。――そこで目にしたのは、身体の半身がない、メリーさん。相対するは、真っ白の仮面を被った――。
僕は、全身が凍り付くように、そこから一歩も動けなかった。
――数分前、僕はなんとか、地下へと潜った初期地点まで帰ることができていた。正直自分の記憶を何度も疑ったが、着いて安心信じて安心だ。
寝転んでる首無し死体を一瞥するも、吐き気も何も起きない。これが成長なのか悪い兆候なのかは別にせよ、僕は何の反応も示さずに、“男が出てきた”開きっぱなしの扉へ目を向けて安堵した。
中はモニタールームのようで、様々な外の情報が画面を媒介に侵入してきた。壊れた画面もあるにはあったが、これなら外の状態くらい分かるだろとは思う。
が、今そんなのはどうでもいいと即座に判断した僕は、上に繋がる蓋を開くスイッチか何かを探し始めた。
もう頼れる出口はここしかない。あの時一度開いたんだから、必ず開く。
「……スイッチが多すぎる」
何の説明も書かれていないスイッチなんて、僕に分かるわけもない。
「適当に押してしまえ」
それが一番てっとり早い。そう考えた僕は、押せるスイッチを片っ端から押し始めた。時々機械音が耳に届くが、知らない。どれかには必ず蓋を開閉するスイッチがある。
「……は?」
その行為がよかったのかいけなかったのか、映し出されたモニターが一斉に違う画面を表示し出した。まあただ単純に監視するカメラみたいな物の視点を変えただけなのだろうが。
僕は見た。メリーさんが、敗北を喫するところを。
「な、なんだあれ……!?」
画面越しに彼女が見えたと思いきや、縦に真っ二つにされて、半身が細切れになって消滅。残る彼女は……死んではいないみたいだが……すこぶる驚愕していた様子だった。
僕は、手に持っていた核をその場に落としてしまったのも気に止めずに、画面を食い入るように見る。
相対する敵……ソイツは、白銀の粉塵を全身に張り巡らせて、白い仮面だけが目立つような、そんな姿をしていた。粉塵のせいで、僕がそれの正体を見た目で判別することができないが、何故だか僕は、一目で分かってしまった。
「ルリさん……?」
佇まいが、雰囲気が、そう。どれだけ姿形を隠そうとも、僕が感じた“仮面”は明瞭に、とても色濃く残っていたのだった。
――今に至る。
唇を噛み締めた僕は、もどかしい気持ちで俯く。最初から予想していたような事態なのにも関わらず、舌打ちせざるを得なかった。
そりゃ何とも言えないさ。友人が殺し合っているんだ、そんな光景をモニター越しに見るとか、胸糞悪いにも程がある。
苛立ちの勢いに任せて、眼前のスイッチを殴った。瞬間――ギギ、鉄と鉄が擦れる開閉音が部屋にまで届いてきたのは、流石に失笑物だった。
コロコロと端に転がってた核を取った僕は、モニター室からおさらばすると。
「どうするかな……」
手が届かない高さで開いている蓋を確認して、苦笑いした。
◇
断層世界パラノイア。そう呼ばれた世界はここにある。簡単に“僕の居た世界”の話で説明すると、どうも“異常者がここに来る”らしい。
――ああ、語弊が生まれてしまったかもしれない。異常者というか、外れた者、だ。だからこその、パラノイア。
その定義が曖昧過ぎてなんて言ったらいいのかは分からないが……僕は、その断層世界パラノイアに堕ちたんだ。つまり、僕の世界での定義からすれば、僕は外れている。それが世界の判断。
ここまで言って置いて何を伝えたいのかって? 一つしかないだろう。つまりは、僕の考え方がおかしいのかもしれないってことだ。自分でそう考えたことなんて今の今まで一度もなかったが、元からそう考える奴もいないだろう。
「なんとか外に出られた」
結局、無差別ボタン連打をしてたら梯子が下りてきたというオチ。予想はしていたさ。
空を仰ぎ見た僕は、もう朝がやってきているんだなと認識してから嘆息する。空も大地も一面灰色に染まった世界は、とてもではないがまともな空間だとは信じ難かった。
朝、か。
微妙に明るい単色の空。何が起きてこうなったのかの理解は及ばないが、早朝がやってきたことだけは、時計のない今も判別が付く。
「こりゃひっどい有り様だよ」
建物は全壊。半数以上から煙が立ち登って、残りは全壊している。僕達が目印にしていた建物は、見るも無惨な光景となってしまっていた。
地下がどれだけ頑丈で、しかも街において重宝する重要な器官だってのが身に染みたよ。
けれども街はもう復活しない、他ならぬ僕の手によって。なるほどこの惨状だから、僕の元に敵の応援がやってはこなかったのだ。
恐るべき、両名の熾烈な争い。これからその死地に向かおうってんだから、僕はとんだ馬鹿だ。
撃ち抜かれた右肘はもう腕である意味を為さないほど腫れて、感覚が無くなっている。本来ならば即入院コース、自由に動ける身体ではとうになくなっている。後気にもしていないが、アドレナリンが大量に分泌されているだけで全身打撲はしてそうだ。
それでも、行かねばならない。
「――ルリさん、メリーさん」
まだ戦いは終了していない。激しい戦闘が継続するその場所へ、僕は最後の力を絞って歩く。一歩、一歩、確実に。
そして。
「……鈴峰、律樹、君……?」
僕がその場に到着すると、それまで行われていた戦いが嘘だっかのように、ピタリと止んだ。
メリーさんも、“もう一人”も。両者が僕へ視線を向けた。
まだ僕は喋ってすらいないのに、よくもまあ第三者に気付けるもんだよ。
「フルネームってのは、些か呼びにくいんじゃないですかね。メリーさん?」
僕は、大怪我している彼女に心底安堵した。表現が可笑しい? 可笑しくないね。彼女は頭から縦に真っ二つにされたはずなのに、その傷は治っている。これ以上の安心があるだろうか。
ていうか、なんですか今の反応は。まるで僕が来るのが驚きみたいな返事だ。
僕はメリーさんから視線を逸らした。その眼で捉えるのは、未だに仮面を装着し続けている、相手。
「久し振り、という期間でもないですが……。まあ、そのくらい濃い時間を過ごしちゃいましたよ。お久し振りです。ルリさん」
まだ姿を現してもいないのに、僕は勝手にその名を“呼んだ”。
「……あら、やっぱり気付いていたんですね。律樹さん」
ビンゴ。仮面を霧散させて素顔を晒した彼女は、くすりと笑った。大して驚いてもいない笑み、僕が見抜いていることを知っていたのかな。分からないけど。
「駄目ですよ。そんなに僕のことを凝視してちゃあ、“確定”しちゃいます」
「フフ、“予想”はしていたんですね」
この切り返しの早さ。口が回る回る、僕じゃ彼女には言葉でも敵わないのかも。
“さてさて”。二人とも僕に釘付けになってしまっている今なら、僕次第で現状を変えられるかもしれない。
「すみません、ルリさん。現状、貴女が悪者扱いされてしまっているのですが……これってどういうことなんですか? 僕では理解が及びません」
双方に関係があったことが一つの幸いだ。言い方次第じゃあ、こっちのが問題だけど。
ルリさんはいつもと変わらない。
「……ええ。今の私が何を言ったところで、という感じですけど……見方によっては私が悪者だったり、正義だったりしますよね」
私はどちらだとも思ってはいませんが。
こう呟いたルリさんの横で、メリーさんが怪訝ながらも怒りの矛先を僕へ寄越した。
「貴方は、やっぱりアヤクスィダントの味方なの?」
流石はメリーさん。色んな可能性をぶっ飛ばして、ただの一言でもうそこまで考えが辿り着いている。悔しいけど、僕はこの人にも言葉で歯が立たない。
「いいえ。僕はルリさんの味方ではありますが、アヤクスィダントの味方ではありませんから」
本当だが、真実ではない戯言。いくらなんでもありのままを話すわけにもいかないよ。
「ふん……そっかぁ」
妙に納得したメリーさんは、俯きがちに頷いた。
「敵とか味方とかじゃあないんです」
ここで騒いだり癇癪を起こさなかったのは、メリーさんだからなのか。……下手に怒鳴られるよりも、こっちの方が数段怖い。
「僕から見れば、二人とも大切な人です。ルリさんは僕がこの世界に来て初めての友達ですし、メリーさんは――まあ僕を殺しかけましたが、助けてもくれました」
よくもまあ僕に耳を傾けていられるもんだと思って、思い直す。
もしも僕の立場が彼女らのどちらかで、“アイツ”が相対したとしたら。そこに、燐華さんが第三者として現れたのなら。
さてね。
自惚れすぎだな、まず前提条件が違うんだ。
「僕からすれば、二人は友達です。なので、できれば戦って欲しくはない……というのは、駄目なんですか?」
あぁ……右腕が痛いなあ。黙ってしまった二人の間で、再発した腕の痛みに一人苦悩する。腫れ上がった腕は直視したくないな、見たら卒倒する自信があるぞ本当に。
今、二人はどんな思考を張り巡らせて僕を見ているんだろうか。メリーさんからすれば、ルリさんは自分の半分と国を消し去った張本人。逆にルリさんは、“そうするだけの理由”があってメリーさんに攻撃したんだ。大層な理由無しに動く彼女じゃない。
それが、だ。一介の男子高校生の説得で応じるのか? 果てしない力を持った二人が、何も持たない僕に。
「律樹さん」
作り物の笑顔を失ったルリさんが、極めて哀しそうに佇んでいたのに、僕は気付いた。
ああ、こりゃ駄目なんだな。どんな理由かは後で聞くにしても、
「すみません。ちょっと、それはできないのです」
戦いは避けられない。片方が死んで、初めて終わる。悟った僕は、何も口答えできなかった。
「最悪の状況だね。うん、とっても最低な戦況だし、私は裏切られたよ――律樹君。でも、せめて、最後に私の役には立たせるよ」
それまで静観していたメリーさんが、心を決めたのか。決意の固めた瞳でルリさんを見つめた。
僕から感じた“災厄”。それによって訪れた、新たな人間との邂逅。どんな理由があろうと、どんな事情があろうと、僕が彼女を裏切ったのは事実だ。
彼女からすれば、僕はアヤクスィダントを知っていたのと同じなのだから。
「アヤクスィダント。私は今、最高の気分だよ。他が全て最低なのはこの際いいや。私は多分、全てに納得している」
よく分からないけど、多分、今のが彼女ならではの宣戦布告。
「……記憶が戻ったよ。貴女に、“私”が分かる?」
邪悪な狂喜を展開させて、彼女は黒紫のオーラを惜し気もなく溢れさせた。
記憶? そうだ、彼女は記憶が半分無くなっていた。このタイミングで失われた記憶が戻った――ルリさんと接触したから?
「律樹君。貴方も大事なことを隠していたし、今更私が何かを喋る必要はないよね」
僕に降りかかる、明確な敵意。……ああ、人に嫌われるって、こういう感覚なのか。嫌ったことしかなかったから、今まで知らなかった。
彼女が僕の方へ歩いてくる。禍々しい、粘着質な殺意を持って。腰を抜かして後ずさると、瓦礫に躓いてこけてしまった。
「……あ」
仰向けの僕の目と鼻の先に、メリーさんが居た。
気が狂うほどの笑顔を僕に突き刺して、“狂喜”は笑う。見える力そのものが僕を包み込む。寒い。こんなにも、寒い物なのか。
――本気で敵意を差し向けられるってのは。
「【ローンギング】」
彼女の口から、新たな何かが叫ばれた。
◇
ピキ。パキリ。球状の塊が僕の手を離れ、巨大化を始めた。独りでに浮遊したソレは、卵の殻が割れるかのようにピシピシと亀裂が入ってゆく。
産み出されたのは、龍だった。
数百倍に体積を増大させた力の塊を喰い破って、悪魔を体現したような黒紫の翼が左右に広げられる。メリーさんの比ではない量の力を撒き散らして、龍は遂に胴体を露にした。
「ローン、ギング……?」
登場する龍の下。仰向けのまま呟く言葉に覇気はない。
僕を役に立たせるって……こういうことか。
恐らくこれが、龍を呼び出す合図。核とまで称された塊の、本来の姿。
「私の大切な核、しっかり持ってきてくれたのにはお礼を言わなきゃね。ありがとう」
一つ、解せないことがあった。見るだけでショック死してしまいそうな、物語でしか語られなかった龍が上空で顕現されている今……僕は、別の考えを張り巡らせている。
「どうして、腕を?」
問題はそこにあった。
感覚が狂うまでに腫れていた肘が、いつの間にか治っていたのだ。原因は一つしか考えられない。そんなことを今実行できるのは、メリーさんだけ。
「なんでだろう。分からないかな」
僕の手を引っ張って立たせた彼女は、頭一つ以上背の高い僕の肩に、手を置いた。
「アヤクスィダントは見付かった。もう、私は貴方を拘束しないよ」
冷や汗を流す僕に言った、台詞。そういえばそうだ、彼女はアヤクスィダントを探すために僕を連れてきたんだ。見付けさえすれば、倒せさえすれば、僕はもう要らない。
例え、僕がアヤクスィダントの仲間であろうとも。
――龍が、咆哮を放った。
天地を揺るがすほどの形容しがたい叫びが、空気振動を巻き起こす。迫力と恐怖の余り、僕はただただ硬直しているしかなかった。視界の奥で臨戦体勢に入っていたルリさんは、無表情のまま白銀の粉塵を辺りに漂わせて待機している。
「友達だと言ってくれたのは嬉しかったけど、同時に悲しかった。……それじゃあ、さようなら」
肩から、幼い手が離れた。かと思えば、メリーさんは目の前から消えた。
少しの間呆けていた僕は、龍の背中に飛び乗ったメリーさんとルリさんとを順番に確認して、今がどうなっているのかを正しく認識する。
もう、既に戦闘は始まっていた。
巨体を優雅に動かして空を裂く龍が、大口をぐわんと開けてルリさんへ照準を合わせると――、
真っ赤な球体が、大口の前で形を造った。
僕でも知っている。いや実際に見たことはないが、それしか考えられない。
ブレス。これは、そのための準備期間。こんなもん披露されなくても恐ろしさは伝わってくる。
当たったらおしまい、骨も残らず跡形も無くなって、この世から消滅してしまう。
「律樹さん、しっかりと掴まって下さい」
「……ルリさん!」
あんな大振りにも程がある攻撃、ルリさんに当たるはずがない。隣へ瞬間移動してきた彼女は、半ば強引に腕を掴んできた。
「……っ?」
必然的にルリさんの“力”に触れた僕は――彼女からメリーさん(・・・・・)と同じ雰囲気がすることに、眉を潜めた。
一緒なんてレベルじゃない。力の形や色も全然違うのに、ルリさんとメリーさんの“力”そのものが、全く同じなのだ。
どうしても考えてしまう。二人の間には一体、何が。
「《フィア》」
メリーさんみたく、ルリさんも何かを呟く。魔法でいう「呪文」のソレか。まあ似たような物であるのは間違いない。
呪文を発した数秒後、寒気のする災厄が前方に幾重にも張り巡らされた。
「《スタブ》」
次なる呪文と同時、首をこちらに向けた龍が赤と黒の混じった力の塊を放出してきた。
アレに当たったら、死ぬ。その事実だけで、僕の足が震えるのは許して欲しい。
「《インジェクション》」
なのにどんどん呪文を張っていくルリさんは、敵の攻撃には全く動じていない様子だった。
「な、なにしてるんですかルリさん?」
半透明に展開されていく何らかの術の数々は、最初以外視認できないので分かりようもない。
やるからには、対抗する術を行使しているのだろうけど……。
「《スキャッタリング》」
無視された。流石のルリさんでも、かなり切羽詰まってるっぽい。
瞬間移動で逃げれば一発で避けられるというのに、それをやらないのは何故なのだろうか。
「《オーバーロード》」
ここに来て、ルリさんがまた呪文を唱えた。刹那、半透明に展開されていた彼女の力が一気に作動。白く、神々しく輝いたソレは無数に広がる針を形成して、襲い来るブレスに真っ向から突き刺さった。
「うぁっ!」
結果は見え見えだったけど、衝突時の炸裂音が僕の鼓膜をつんざく。即座に両耳を手で塞いだからいいが、もう少し遅れてたら耳聞こえなくなってたぞこれ。
しかし……厳しいな。
マンガとかでよくあった力のぶつかり合いを間近で体験して、素直にそう感じた。
明らかに、メリーさんが操っている龍のブレスに力負けをしている。
相手の圧倒的な物量に対抗して、ルリさんの技術を多重行使した繊細な技が上手く入っているのはいい点だ。無数の針が突き刺さって爆発することによって、敵のブレスを抑えることには成功している。
だが、時間の問題だ。単調なブレスとは違ってあれだけの数の術を一辺に使ったルリさんの力の消耗は激しい。一見すると辛そうには見えないが、そうしているだけ。
にもかかわらず、少しずつ押されているのだ。このことから、真っ向勝負自体が得策ではないのが素人目にも分かる。
「どうして、逃げないんですか?」
僕は訊いた。あのブレスが地面に激突すれば街一つが吹っ飛ぶであろう。勿論居合わせた僕も例外なく消え去る。でも、少なくとも僕を連れて瞬間移動してくれれば無茶はせずに済むのに、と。
「逃げられないんです」
術を起動させてブレスをせき止めたまま、彼女は淡々と言い放った。
「正しくは、逃げてはいけないんですよ。だから、少し無理をしますね。すみません、律樹さん――」
「……えっ」
僕へニコリと微笑んだ彼女が、何と返したらいいか分からず黙ったままの僕を置き去りにして、また新たな言葉を吐き出した。
「《ディスオーダ・シール》」
それが、彼女の最期の台詞で。
突如、白銀の力が“赤と黒”に変色して、それまで猛威を奮っていたブレスをいとも簡単に呑み込んだのだ。こんな概念を知らない僕からすれば、何がどうして起きているかなんざ分かりっこない。
ただ事実として受け取った情報としては、最後の呪文を言った瞬間にルリさんがぶっ倒れたのと――。
紫の龍とメリーさんが、ルリさんが起こした“無茶”によってずたずたに破壊され、地面に落下してくるということだけ。
明らかルリさんが不利だったというのに、どうして。
「……僕に、どうしろと」
地面に落下した幼女を尻目に、僕は顔を引き吊らせることしかできなかった。
ぶっ倒れて意識のないルリさんは、まるで眠り姫のようにすやすや息をしている。このような事態でなければ、何もせずにじっと眺め続けることを選択していただろう。
「……ルリさん」
何がなんだか。さっぱりだ。突然戦い始めたかと思えばそれも突然に終わって、僕だけ蚊帳の外。
……けど、彼女は最後の呪文を唱える前、確かにこう言っていた。そこだけ小さくぼそぼそしていたが、「後は頼みます」と、こんな僕にも言ってくれたのだ。それも、何の能力も力もなく、後を預ける価値さえもない人間に。
だったら、後は頼まれるしかないじゃあないか。
どんなに頭がパンクしそうな状態でも、彼女から言われてしまったら答えるしかない。
「でも後で、みっちり訊きますからね……」
彼女を優しく抱き抱えた僕は、静かにその場を後にした。
◇
あれから何時間か経過した。陽は頂点に昇り、昼時の時間を知らせてくれている。今更ながら、太陽ってこの世界にもあるんだね。
学校はとうに脱出して、僕は帰りの道をひたすら歩いている。多分、こっちの方角で合っているとは思うんだけど……正直なところ自信はない。
抱えたルリさんは、思いの他軽かった。
彼女の身長はそこそこあれど、痩身の僕が楽々担げるというのだからかなりいいスタイルをしている。
……と余裕くれて吐いたものの、やっぱり何時間も継続的に担いで歩くのは辛かった。万全の状態でも数十分で限界だろうに、数時間って。勿論何度も休憩しての時間だが、流石に歩けそうにない。
よく頑張ったとは言い難いが、いつもの僕と比較すれば、まあ及第点くらいはくれてやってもいいんじゃなかろうか。
僕は、近くに生えていた大樹の根にルリさんを寝かせて、一息吐く。ここだけ、正に異世界のような幻想的な空間だった。数百メートル先まで草木が生い茂って、心が安らぐ香りが漂う。ちょっと頂けないのは、右に向けば遠くにビル群が見え、左を見ればこれまた遠くに砂漠が広がっていることか。
この世界も地形ごとパラノイアに呑み込まれたんだな、と勝手に納得して、未だに起きる気配を見せないルリさんの隣に座った。
「こりゃ、下手に遠出し過ぎると二度と帰れなさそうだなぁ」
噛み合わないパズルを無理矢理はめたといっても過言ではない、断層世界。ちぐはぐの世界に、外れた生物達、か。
ぶっ飛んだ世界だこと。一体、どういう理屈でこの世界は残っているんだろうね……。ここでは永遠に退屈しなさそうだが、逆に永遠に困り続けそうだ。
「……ん……っ」
寝言かな。右隣で可愛らしい声が耳を柔らかに撫でて、僕はそれに魅了されつつルリさんへ視線を戻した。
相変わらず、彼女の周りには戦闘時にも舞っていた粉塵が展開されている。なので恐怖を感じさせる災厄の香りが常に僕の全身を突いてはくるが、ずっとなのだからいい加減慣れ始めていた。
「――ん、え?」
そんなルリさんを眺めること数秒、僕は自身の目を疑った。
いや、いやいやいや。マジで?
ルリさんの周りに佇む粉塵。何も戦闘はしていないのでそれらを展開させておく必要があるかと問われれば無いんだろうけど――実際、少しずつではあるが彼女が纏う白銀の数は少なくなっているように思われる。
それはいい。でも肝心なのはそこじゃない。
纏う粉塵が消えていくってことはつまりルリさんの姿が鮮明に見えてしまうわけで。
「下着……じゃん」
目を逸らした僕は、とりあえず自分を落ち着かせるために瞼をシャットダウンさせた。
ええと、三回は見てしまったぞ。あれは完全に下着姿だった、それも純白。他はルリさんの素肌素肌素肌、もう肌色しか見えない。
……何やってるんですかルリさん。
どうして下着姿で戦場に来たんですか? 下着身に付けるくらいなんだから服着ても粉塵纏えますよね?
「はぁ」
深い溜め息を一つ、赤面しつつも僕は目を開けた。となると、僕は下着姿のルリさんを何時間も抱き締めていたわけか。……なにこれ恥ずかしい、しかも恥ずかしさを手に入れたというのにも関わらず、粉塵のお陰でで触り心地が分からなかったのは悲しすぎる。
ひとまずぼろっぼろのブレザーを脱いで、掛け布団よろしくルリさんにかけてあげた。その間僕は彼女を見ちゃいない。凄く見たいけど、罪悪感が果てしなさ過ぎて死ねる。
「ボロ上着一つしかなくてすみません」
「大丈夫ですよ」
この際下着なのは気にしないことにしよう、見なきゃいいんだ。いつか合法的に見られる日が来るまで絶対に見ないぞ。
「……って、起きてたんですか」
「ええ。下着じゃんって言ってたんで、つい」
「さてはもっと前から起きてましたねルリさん」
「また敬語に戻っちゃいましたね」
「……あ、ああ……この下り何回目だっけ。ごめん」
「許します」
本当にいつから起きていたのやら。起きてたんならいいさ、体調管理は大事だからねぇ、そのボロブレザーで冷える身体を存分に温めたらいい。
僕はルリさんを見ずに、一言発した。
「――話してくれない? “エクサル”のこと。ルリさんのこと」
「こっち見ないんですか?」
「察して! 頼むから弄らないで!?」
「もしかして私が下着姿なのがアレなんですか?」
「アレだよ!」
「でも私も律樹さんの下着姿見ましたし」
「見たの!? え? 個室に逃げ込んだのに?」
「実は見てません」
「お、おうそれは良かったよ……」
「で。エクサル、ですよね」
僕の肩を掴んだルリさんが、ようやく質問に答えで返してくれた。
この後僕は知ることになる。
予想を越えた、彼女のお話を。どれだけのことを、僕が行ったのかも。
――全てはここから、始まった。
ここまで読んでくれた皆さん、まずはありがとうございます。
さて、ここまでの話はどうでしたか?
この物語は、これからようやく進展していきます。もしよければ、もうしばらくお付き合い願いたいです!(お付き合いと言っても恋人関係にはなりませんので安心しry)
びしびしコメントくださったり評価くださると発狂して喜びますので、そこのほうでもよろしくおねがいしまふ(ゲスい)




