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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第一章 誘われた者達編
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十話 共闘②

 校内……だと思われる、の内部。聳える建物郡に囲まれる通路を僕ら三人は進んでいた。

 メリーさんは眉根を寄せ、頻りに周囲を警戒している。


「馬鹿みてぇに広い敷地だな」


 先程から落胆した視線を四方八方へ運んでいたエステが、遂に悪態を吐いた。確かにでかい。学校というか、この部分だけ取って見ても都市と表現できてしまうほどに広大な土地と建造物だ。


「何か、来てる」


 立ち止まったメリーさんは苛立った様子で呟いた。


 ――向こうは今も一定距離から僕達を監視しているのだろう。

 ここは一応敵地のど真ん中、気は抜けない。


「今のところ、追ってくる者以外は敵じゃないけど」


 メリーさんは小声で僕らに伝えた。確かに結構人通りはあるけど、皆が皆、それぞれがバラバラになって動いている。深夜にしては結構いるが、何に警戒している様子もないのでただの通行人だと判断できる。

 ともあれメリーさんが言うのだ。十分に信用があるだろう。


 ならば今ここで追っ手を叩いてもいいのかもしれないが、念の為だ。どっちにしたって、最終兵器とやらを手に入れるのが先決か。

 後は、どう目標の建物に侵入するか、だが……。


「メリーさん。あの建物、おかしくないですか?」


 僕は、視界の奥で聳える異質な外見の建物を眺め、ふと呟いた。


「あの建物、窓や扉がないけど」


 かなりの高さを持っているみたいだが、窓や扉が一つも設けられていないのだ。反対側に設置されている可能性もあるが。


「メリーさん、質問が二つほどあります」

「なに?」


 相手となる者の戦力は未知数。メリーさんが警戒するほどの相手なら、何か作戦を練っておきたいところだ。


「広いところと狭いところ。どっちが戦いやすいですか?」

「広いとこ」

「ではメリーさんは、地下の“核”をどうやって認識しましたか?」


 この際忘れ物だとか誤魔化す必要もなさそうだ。


「気配と感覚だよ。そこにあるということは認識している」


 なるほど。それじゃあ……こうするしかないか。

 僕の立てた予定はこんな感じだった。

 まず、メリーさんと僕達は別行動。彼女が外で敵と対峙し、僕とエステが地下攻略。


 “広い”方が得意な彼女は狭い戦闘――精密な動きや範囲を絞った一点集中の戦い方が苦手だってのは理解した。そんな暴れん坊タイプは狭い地形には向かない。

 逆に、縦横無尽に暴れ回ったり、強大な力を振り回して敵を蹂躙するのが得意なわけ。

 彼女が広いところの方が戦いやすいと言うのであれば、やはり狭い地下に行かせるべきではないのだ。


 加えて、僕達が近くにいると彼女の力が最大限発揮できない、というのが別行動の一番の理由になる。

 僕もエステも、メリーさんの人外な力はこの目で確かめている(僕に至っては彼女と対峙したわけだが)。僕らが彼女の傍にいると、彼女の邪魔にしかならないのは明白だ。

 僕とエステは、なんとかして地下への道を探して中央地下の目的地まで行く。彼女によると、核の外観は「手のひらサイズの球状で紫色の輝く玉」とのことなので、見れば分かるだろう。紫色のスーパーボールが光ってるみたいなもんでしょ。


 普通に考えればメリーさんには直接核を取って欲しいし、彼女も自分で取りたいだろうけど、何より僕達が取りに行くのが一番効率がいいだろう。メリーさんを信じるなら、敵は基本的には“僕達を狙わない”そうだし。先にメリーさんが敵と戦っていれば、核を取りに行ったとしても敵が僕達を狙い撃ちする余裕はないはずだ。

 以上。ほぼ自分達だけの情報を活用した、何の解決にもなってない僕の策である。だが、これが彼女にとっても、僕にとっても最善だ。


「生き残れよ、ガキ」


 エステはそう残して、僕の肩を掴んだ。


「エクサル」


 空中へ飛び上がった彼女は、禍々しい力を惜し気もなく放出して僅かに頷いた。僕は、何も言わない。

 メリーさんに背を向け、僕はエステに引っ張られながらその場を去った。

 前方を走る、エステの覚悟を決めたような瞳。彼には、何か考えがありそうだった。



 ――直後。

 後方で、耳を塞ぐ程の爆音が学校都市全体に轟いた。



 ◇



「――うわぁああっ!」


 想像を絶する大爆発から約五秒。一歩遅れて爆風の余韻が僕らを襲った。

 おかしい、メリーさん力ぶっ飛びすぎ――っ!


 強烈な風に吹き飛ばされた僕達は、そこから体感時間約十秒の間地面を転がって、ようやく止まる。

 一瞬意識が遠退いた。打ち所がよかったから大丈夫だったものの、下手したら死ぬ。頭ぶつけたらやばかった。

 いやいやいやいやまじで余韻とか言ってられるレベルじゃない。じゃあ何、あの時僕と戦った時の彼女はどんだけ手を抜いてたっていうの。


「テメェ、もうちっと時間置いてから能力使いやがれぇぇ! 俺達までぶっ殺す気か!」


 後ろを睨み付けたエステが、びっくりするぐらいぶち切れていた。しかし、メリーさんはもうそこにはいない。あるのは融解した地形と、立ち込める黒煙のみ。


「はは……エステ、あんな攻撃しなきゃいけないくらい敵さんは強いのかな」


 相手は、アヤクスィダントか否か。僕がこの目で見るまでは何も信じられないけど――もしもメリーさんの相手が――アヤクスィダントの正体が、ルリさんだったら。


「知るかよ……。だが乗り掛かった船だ、途中で降りることはできねぇよ。着いてこい!」


 立ち上がるなり、彼は前に走り出した。前に何があるのか見てみると、マンホールのような蓋が一直線上五十メートルほど先にある。

 なるほど、地下水路か。ここが地球でないために地下水路かどうかは定かではないが、それに準じた何かであることは確実だ。

 “もしも大事な物を奉るように置いていた”のなら、厳重な設備は当然。言葉的にはおかしいが、裏道でしか通れなかったりする可能性も高い。何せ、全身核兵器のようなメリーさんが“核”と称するんだぞ。きっとあのスーパーボールはとんでもないパンドラの箱だ。出るのは希望か絶望か、どっちにしたってとんでもないエネルギーを秘めているに決まっている。


「開けられる?」


 蓋に近付いた僕は、エステへ判断を仰ぐ。蓋は蓋でも相手は鉄の塊みたいな物だ。僕じゃ開けられない。


「はっきり言って、無理だ」


 エステが無理矢理蓋の持ち手を引っ張り上げて剛腕で開けようとするものの、蓋はびくともしない。

 早々に諦めたエステは、歯噛みした。最初から分かっていたのだろうが、一つの手を潰されたことによるショックはでかい。

 でも。


「これだけ厳重なら、あの建物に入る道は本当にありそうだ」


 エステの読みは多分当たっている。問題は、どうやってこの蓋を破るかだ。


「ちょっと後ろへ行け。少し無茶する」


 マンホールみたいな蓋(実際はもっと厳重なのだが)を睨み付けた彼は、懐から何かを取り出した。

 サイズはビー玉のような黒い球体。それを蓋の上に置いて、拳を固める。

 爆弾? ――と思う頃には、彼は体重を入れて拳をビー玉に落としていた。ガン、と鈍い悲鳴が蓋から上がる。同時、橙色の炎が小さな爆発音と共に炸裂した。


「チッ」


 叩き付けた拳から大量に煙が現れて、空気に溶け込んでゆく。僕はそれを見て、十分にコイツもヤバイ奴だなと認識した。

 舌打ちした彼は右の拳を上げて、傷の惨状を確かめている。殴った箇所は爛れているが、他はそんなに酷いダメージが見当たらない。

 今の爆弾だよね? 普通なら腕ごと弾け飛んでもいいはずだけど……。


「……あ? ああ、こりゃ能力じゃねーぞ。俺は生まれつき身体が頑丈なんだよ」


 僕の頭の内部を透かしたのか、彼はわざわざ腕が無くならない理由を説明してくれた。

 どうりで筋肉質でムッキムキなわけだな。メリーさんと比較にはできないが、それでも彼は十分な“特異体質”だ。


「やっぱ無理だな。あのガキくらいのパワーがありゃよかったんだが、こんなんじゃ無理だ」


 あんな荒唐無稽の力があったら、ここまで苦労してませんよ。

 しっかし、弱いとはいえ爆発は爆発だ。彼の拳の力と合わさって炸裂した爆発は、強靭な拳に邪魔されて上への行き場を失い、極めて濃縮された威力で蓋に衝撃を与えたはずだ。それが無傷となると、このルートは諦めるしか――。


「――おい、誰だ!」


 蓋の内側から、くぐもってはいるが……人の声が聞こえた。警戒と焦りが混じって震えた声。


「エステ」


 小声でコンタクトを取ると、彼はニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 名前しか呼んでいないのに、最初から示し合わせていたように僕らは行動を起こす。


「すまねぇ、開けてくれ! 外の……外の爆発で大変なことになってる! 俺はエクサルの学生だ、理由は後で話す、頼む!」


 なんたる名演技。彼は鬼気迫る言葉の数々を、蓋の奥にいる何者かにぶつけていた。


「上はどうなっている!」


 どうやら、まだ開けてくれないみたいだ。


「わかんないですよ! ……何がなんだか、火の海だらけで!」


 今のは僕。

 この人は、メリーさんが先程引き起こした大爆発で飛び起きたはず。何せ今は深夜、寝ていて当たり前だ。寝起き……それも叩き起こされてパニックに陥った頭は正常には回らない。もしもこの人が地下へ続く道の管理人か何かだったら、直接蓋を開けてくれるかも。

 どうせなら、もっとパニックを起こしてしまえ。


「この状況が、分からないんですか? もう、外は終わりです……僕達は……ここで、死ぬんです……」


 びっこを引き、上擦った口調。言葉にならない言葉を震わせながら放った泣きの台詞、中々上手くいった気がする。


「……分かった。少し待ってろ」


 地下から良い返事が聞こえて、僕はガッツポーズをした。下の男性の気持ちを裏切るようで気分はよくないが、そんな綺麗事を言い始めたらキリがない。


「入れ!」


 閉じられていた頑丈な蓋が重たそうに少しずつ開かれ、下から響いた男性の声を合図に、僕は中に入り込んだ。


「うぁっ……と?」


 蓋の下は、そのまま車一台は通れそうな広さの通路になっていた。中の構造が分からず、無様に落ちて転がった僕は、痛みを我慢してなんとか立ち上がる。

 続いて落ちてきたエステは、馬鹿みたいに転がることもなく華麗に着地した。これが僕との身体能力の差か、流石にメリーさんみたいになりたいとは言わないけど、エステが少し羨ましい。典型的な日本人の鏡である謙虚な僕にそんな力を下さい。

 二人が入ると、開かれていた頭上の蓋がまた閉められていく。

 ……これって入る時はいいかもしれないけど、出る時はどうするんだ。梯子も何も置いてなさそうだけど。


「大丈夫か?」


 通路横にあった扉が開かれると、先程会話していた男性が現れた。全身真っ白の頑丈そうな服を着ていて、いかにもな人間だというのが窺える。


「ええ、ありがとうございます。助かりました」


 定型文的な言葉で、まずは礼を一つ。さて、これからどうしようか。今のところこの人には警戒されてないみたいだし、今の時点で倒す必要はなさそうだ。


「……あの、すみません。ここってなんですか? 前から気になってましたけど、えらい頑丈だったんで」


 まずは無知なる学生を演じて、情報を引き出す。実際、僕のできることはそれだけだ。力がない分、頭でカバーするしかないんだ。

 “僕達”が死なないためにも。


「ああ、これね。まあ、知らないのも無理もない。この都市に幾つもある“地下への入り口”の意味を知ってる人間は、そんなに多くはいないからな」


 ……ん? 今のはこの学校、いや都市内部限定での言葉なのかな。

 地下への入り口、それが無数にあるってことは、やはり地下には通路が張り巡らされているわけか。


「意味って何だ?」


 ちょっとエステそれはストレート過ぎるよ……いや、今の感じならこうして訊いた方が違和感はないのかもしれないな。


「この街は自己修復される。ってのは流石に知ってるよな」

「ええ、まあ」


 少したりとも知らなかったけど、適当に相槌を打っておくことに。


「実はこの地下が、修復用の“魔力”を送るパイプになっててな。中央に聳え立つ馬鹿デカイ建物の地下に繋がってるんだ。つまるとこ、このパイプから直接地上へ送り込んで壊れた街を直すんだよ。流石にさっきの爆発はマズイが……ま、二日すりゃ直るさ。多分な」


「へぇ、なるほど、そんな意味があったんですね」


 ――何かおかしいな。この男性の説明のどこにも嘘はなさそうだけど……どうも、引っ掛かる。

 ちょっとばかり整理しようか。まず、“魔力”。これはこの街限定での話と見ていい。次に馬鹿デカイ建物、これは僕らが侵入しようとしている建物だ。だから魔力ってのは、メリーさんの言う核から供給されてる物だと睨んだ。

 待てよ。自己修復? ……いくらなんでもそんなプログラムを街に組み込む必要があるのか? いや、それはいい。

 ここでの一番の問題は……“自己修復”そのものだ。メリーさんのあの力でもって破壊した地形を“恐らく二日で完治できる”修復力を持つプログラムなら、この男の驚きようはあまりにもおかしい。

 わざわざ修復されるってことは、破壊は日常茶飯事ってこと。


 ――どこかに見落としが。


「おいおい、あんまり考えちゃいけねぇぜ? 二人とも」


 僕が答えに辿り着いた頃には、遅かった。


「……ぐ、ぁあ!」


 首を、絞められてる?


「スパイ共が。どうせ死ぬんだからよ、考えるなら楽しいことでも考えてな、ハッハハハ!」


 ……クソ、重要なところを見落としていた。

 相手から、それも敵から情報を抜き出すってのは、立派な心理戦だ。それをやるには、この街の絶対的な情報が足りない。

 例えば“地下への入り口”の意味とか。

 コイツは、とっくに僕達にカマを掛けていたんだ。僕もエステも絶対に知らなくて、ここの住人なら絶対に知ってることを使って。


 “自己修復”、普通はそんなのに使われる大事な言葉の意味を住人が知らないわけがない。

 つまり、ここで僕が「なるほど」と頷いたのがいけなかったのだ。その時点で“よそ者”が確定する。

 奴は一番最初に最もらしい嘘を吐いて、ぼくらが敵か味方かを見極めたんだろうな。

 僕が見落としたのはそれだ。同時に違和感を覚えたのも、それだ。簡単に内部へ入れたことで敵を舐めすぎた、同時に敵だと思わなかった、それが僕の敗因。


 奴は、最初から僕達を誘き寄せようとしていたのだ。だから僕達の演技に、同じく演技で返していた。

 あれが演技だと確証を持てた理由は――どうせ自己修復されるのだから“爆発程度で住民は狼狽えない”だ。

 となると、僕達が取った行動は愚の骨頂。本当の意味で無知だった。

 というか、これだけ綺麗に僕の後ろを取って、綺麗に首を絞めて、丈夫な服を整えた奴が間抜けだなんて万が一にもない……! その道のプロに決まってる。


 ……畜生。


 エステが懐から新しく爆弾を取り出して、右手に構えた。


「おっと、来ない方がいい。コイツの首が折れるぜ? 武闘派の相棒さんよ」


 ――しかし、どうやら誤算は向こうにもあったみたいだ。


「それがどうした? テメェ俺を舐めてんだろ。折りたきゃ折れよ馬鹿が。ここがどんな世界だか知ってて言ってんのか? ああ?」


 僕の首が折られるというのにも関わらずに、彼は全速力で僕の方へ突っ走ってきた。


「おい、冗談じゃなく折る、ぜ……?」

「大体よ――人質取ってる時点で、テメェは俺に負けてんだよ」


 炸裂。心理戦特有の掛け合いもクソもなく、たった数秒の間にエステの放った拳が僕の頬を掠って――敵の頭が吹き飛んだ。

 首絞めの呪縛から解放された僕は、咳き込んで少しずつ息を整えていく。……大丈夫、メリーさんにやられたのよりは数段マシだ。

 しかしまあ。あとほんの少しエステの攻撃が遅れてたら、本当に僕の首の骨はこの世からお陀仏してたね。助かった助かった。


「いやぁ、まさか僕の首が折られるってのに、間髪入れずに突っ込んで来るだなんて」


 相手の誤算は、エステの力量と性格だ。それと、この世界を勘違いしていたこと。人質なんてのは、エステに通用するはずがない。前から関わっていて、ずっとそう思っていた。コイツはそういうやつなんだと。

 自分のミスでは仲間を殺させはしないが、本人のミスで死ぬ分には仕方ないと思っている。コイツは、そういう風に物事を割り切った、とてつもなくスゴい奴だ。


「あ? テメェが油断すっからそうなんだろうが。俺は最善を尽くした」


 でも、こうして怒ってくれている。こんなにも優しい奴は、コイツくらいだな。きっと。


「そうだね、あそこで立ち止まったら寧ろ相手の思う壺だったよ。ありがとう、エステ」

「感謝は要らねぇよ。精々、言うなら全部終わった時にでも言うんだな、律樹」

「そうするよ」


 尻餅をついて休んでいた僕に、彼は手を差し伸べた。すぐにその手を掴んで、僕は立ち上がる。休んでる暇などない。


「おい律樹、目標の建物の方向は――あっちだろ?」

「多分そっちだよ。手早く済ませたいし、もう行こうか。次からここで人に出会ったら、心理戦とかいう圧倒的に不利な情報の探り合いは止めにして、躊躇なく倒して行こう」

「おうよ」


 とにもかくにも、地下へ侵入できた。あとは、核を見付けてくるだけだ。

 僕はボロボロの肉体に鞭を打って、先頭を突っ走るエステに着いて行った。


 あくまでも、“僕”のために。

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