それは初めての感情にして
――『一目惚れ』。
なんと単純な言葉だろう。今僕は、ある少女に一目惚れをしていた。
空っぽ。空虚で何も入っていなくて、入れ物だけが不自然に動く、不完全な姿。そんな彼女はどこかの制服を着用していて――長い黒髪と、どこまでも透き通った虚ろな黒い瞳が印象的だ。
大量の感情を埋めてやりたい。そんな印象を与えさせた、そんな少女と僕は出逢ってしまった。
元は別の世界で製作されたであろう十字路の道の真ん中に置かれた置物、言い換えれば人形。ぺたりと座りこんだ彼女の虚ろな瞳が僕の瞳と交差する。何もかもが薄くて、今にも消滅して広がってしまいそうな、心を見た。
僕は声を掛けた。
「初めまして。僕とお友達になりませんか?」
「……いいですよ。実は私も友達が欲しかったところなんですよ」
そこに感情はなかった。一切の挙動もせず、口だけを動かして押し出されたその言葉。合わせもしない虚ろな視線。それに似合わない、お誘いへの返答。
仮面。
一つのキーワードが頭に浮かんで、僕の中で納得させる。
この女――全てが作り物だ。
少女は、今まで忘れていたかのように足を動かして歩く。
「友達の証に握手をしましょう」
空っぽの意味を持たされた好意の行為で差し出された左手を、僕は右手を差し出して、不自然に握手を成立させた。
「そちらの手の握手は、お別れですよ」
「いえ、私に別れはありませんよ。最初から出会っていないのに、別れる選択肢などあり得ませんから」
一目で分かる異常の片鱗。それだけで理解してしまう程、少女はどこまでも仮面だ。一言一言が偏屈で、屁理屈で、あぁ可愛らしい。
「でも僕は出会ったんです。じゃあ、これを誓いの握手にしましょう。あなたの知らない僕は、あなたを離しません」
そして、この世界。
《断層世界パラノイア》に来た以上。経過した日数が数年だろうと数秒だろうと、破片の一部の僕も、少女と同じだ。
「ありがとうございます。友達さん」
空っぽの笑顔で笑う少女は、どこまでも、例え最後まで行ったとしても空白で仮面が覆っていた。
「しかし最初に言っておきます。私と貴方は“友達”であって、“友達”ではない、と。それでは、よろしくお願いしますね」
そんな少女に、一目惚れ。