大地の進化
菫堂に置いてもらうことになった俺だが、信長さんから色々と注意事項を受けた。大学にはちゃんと行くこと。失った100万をまた貯めるなりなんなりして作ること。そして芳乃ちゃんには手を出さないこと。だ。セクハラ発言みたいなのもNG。だけど芳乃ちゃんは俺を兄みたいに慕ってくれてほんとにかわいい。こないだも信長さんから店用に着る白いワイシャツを着てたらとにかくブカブカで芳乃ちゃんが笑いながら話しかけてくれた。
「大地、それデカすぎ。ちょっと私ののほうがいいんじゃない?」
と言って芳乃ちゃんの!白シャツを貸してくれたんだ!!女の子のシャツ!と思って興奮したが信長さんの目があったので冷静に着てみたらほんとにピッタリだという。まぁそのシャツは芳乃ちゃんの制服用の予備で買ってあった新品で信長さんが「返すんじゃない買い取りなさい」ってなって女子用のシャツを着る俺、になっちゃいました。
そんなこんなで菫堂で住み込み始めて一ヶ月。目玉商品としてロールケーキを売り出すことにし、店に人もたくさんきてくれるようになって、大学がない日や早く終わった日にはなるべく店を手伝っている。
そんなある日、店が終わった後信長さんに呼び出された。行くと封筒をポンと渡された。
「給料。諸経費引いた分ね」
「え?! いいんすか?」
「いいに決まってるだろ」
信長さんはニッと笑うとエプロンを外し店内の片付けを始めた。早速封筒をみると、中には万札が、1、2……10枚!!
「こんなにいいんすか?!」
「空いてる時間ほとんど店やってくれたろ。あ、無駄遣いせずにちゃんと貯めろよ」
「信長様! 掃除なんかワタクシめが!」
信長さんのそばに行き信長さんが掃除しようと手に持っていたモップを取った。
「大袈裟だなぁ。あそうだ、それでちょっと相談があるんだけど」
「なんでしょう?!」
床をゴシゴシしながら信長さんを見る。
「車買って、移動販売を始めようと思うんだけど、それの担当を大地やってくれないかなって思って」
「え?!」
「弁当屋でもクレープ屋でも、あるだろそういうの」
「ああ、わかりますわかります! そこでロールケーキ販売っすね?! いいじゃないっすか! やりましょう! いや是非やらせてください!」
「大地は実直で助かるよ」
「じっちょく……?」
信長さんは俺を見て少し困った顔をした。
「販売は大学の合間でいいから、ちゃんと勉強しろよ」
「はい!」
きっと褒められたんだろうと満足に思いながら、掃除を終え、受け取った給料を手にウキウキと部屋へ戻った。部屋に戻り、このお金何に使おうかと考えた。とりあえず5万は貯めておいて、あとの5万で身の回りの物少し買って、役者の勉強のために映画や舞台を観に行ったりして、あ、あと芳乃ちゃんをデートに誘うってのはどうだろう!信長さんの許可をもらえば遊園地とかいけそうじゃね?!
と色々考えていたら携帯が鳴った。通知を見ると、小劇団の代表の人からだった。あ、そういえばと思いながら俺は電話に出た。
『相葉君ー?! 練習に全然来ないけどどうしたの?!』
「あ、あのーその最近色々ありまして」
『連絡くらいしてよね?! 次の公演、お前、役いらないの?!』
「えっと……」
この小劇団、役と言ったって端役しかもらえないし、チケットノルマはキツイし、今のお金がない自分には正直なんでこんなとこ所属してるのかわからなくなっていた。
「あ、俺」
でも、自分が唯一俳優っぽいことができる場所でもあった。どこの芸能事務所にも入れない自分がここにいれば、他人に一応「舞台役者やってます」と言える場所でもあったので、なかなか辞める決心がつかなかった。
「次の練習日には行きますので」
その場に行けばまた心境が変わるかもしれない、と思ってそう答えて電話を切った。そうやってまたズルズルと無駄な時間が続いて行くのはわかっていながらも決断を先延ばしにしていた。
気を取り直そうと風呂にでも行くかと部屋から出たらちょうど風呂から出てきた芳乃ちゃんがいた。
「あ、お風呂空いたよー」
「おお、うん……あのさ」
自室に入って行こうとする芳乃ちゃんを引き留めた。
「ん?」
「俺、劇団入ってるんだけど、全然イイ役とかもらえなくてさ」
「ふうん」
「このままそこに居続けてもいいのかなーなんて思ってるんだけど」
「嫌なら辞めちゃえばいいんじゃないの? 劇団なんて他にもいっぱいあるんでしょ?」
「そっ……」
そうだ、簡単なことだ。俺はバカか。
「そうだよねー! うん! ありがと芳乃ちゃん! 風呂行ってくる!」
「うん。いってらっしゃーい」
役者の勉強ならどこでもできる!結局風呂に入って上がった後、速攻で劇団の代表に電話して「辞めます!」と言ってアッサリ辞めた。
そして数日、大学にもちゃんと通いながら、主に土日に移動販売車でロールケーキを売り歩く日々が始まった。こちらも売り上げは上々で、信長さんに褒められるので本当にやってて楽しい。そんなある日、公園で販売しているときに芳乃ちゃんが友達と一緒に買いにきてくれた。
「大地ー! しっかりやってるー?」
「芳乃ちゃん! いらっしゃい!」
「こちらリエちゃんと絢ちゃん。プレーンロールケーキ大3つとオレンジジュース2つとコーラとくーださいっ」
「はいよ!」
さすが高校生キラキラしている。可愛いよおと思ってると友達が話しているのが聞こえる。
「この人もう一人のほう?」
「そうそう」
「えー、可愛い! ジャニ系じゃん!」
「え?! うそ?!」
ふふふ、なかなか評判いいんじゃないの?とニヤつきながら俺は商品を出す。
「お待たせ~! 俺可愛い?」
「はい! 可愛いです!」
若干派手目の子が答えてくれる。この子はリエちゃんだったかな?
「芳乃がいつももう一人の店長さん? がカッコイイって話ばっかするんですけど、貴方もちょーイケてます!」
「へーそうなんだ。信長さんは確かにカッコイイ。うん」
「けどうちらとじゃ年の差ありすぎですよね? どう思います?」
「へ?」
「あーリエいいからいいから! あっち行って食べよ!」
芳乃ちゃんがリエちゃんを制して離れたベンチのほうへ行こうと指を指した。
「芳乃と、その信長さん? 付き合えると思います?」
「え? 芳乃ちゃんって信長さんのこと好きなの?」
「ちょ」
芳乃ちゃんが顔を真っ赤にしてリエちゃんをはたき引っ張っていく。絢ちゃんという子が商品を持って俺にお辞儀してその後に続いた。
「大地、内緒だよ!」
芳乃ちゃんは人差し指を口の前に立てて大きな声で俺に言って離れたベンチのほうへ走って行った。
そ、そうだったのか。あれ、信長さんって30で芳乃ちゃん15だよな。15も離れてるのに好きなのか。うわーショック。俺の方が年も近くて好かれてると思ってたのにうわーバカじゃん俺。確かに信長さんはカッコイイけどさぁ。俺、どうしたらいいんだろう……。
その日、店に帰り売上金やなんやを信長さんに報告しながら俺は信長さんを見つめた。整った顔立ち、紳士的な振る舞い。弱点とかないのかな?と思ったら急に思いついた。
「信長さん! 飲みに行きましょう!」
「はい?」
「働いてばっかじゃ大変じゃないっすか! たまにはそういう息抜きもしないと!」
「ああ、今んとこ大変とも思ってなかったんだけど、大地がそういうなら」
「はい! じゃあ早速行きましょう!」
「ああー、ていうか俺あんまり飲めないんだけど」
「大丈夫っす! 潰れたら俺がちゃんとうちまで連れて帰りますから!」
半ば強引に信長さんを連れ、芳乃ちゃんには出かけてくる旨をメールして、近所の飲み屋に行った。最初こそ普通に注文してゆっくり飲んでいたのだが、信長さんの本心でも聞きたいなと思ってじゃんじゃん信長さんにお酒を勧めた。
「そんな一気に飲めないよ」
「大丈夫大丈夫! これ意外と飲みやすいやつですから! こんな機会もうないかもしれないですからお願いします!」
基本的に信長さんは優しくて、俺が子犬のようにねだると聞いてくれてしまうところがあるのをわかってるので子犬戦法で飲ませた。ある程度信長さんがボケーッとしだしたところに色々話してみた。
「信長さん、芳乃ちゃんって可愛いですよね!」
「うーん。くぁいいよ。でもお前間違いをおこすんだないお」
「はいはい、なんでそんなに心配するんですか」
「そらあ人から預かった大事なお嬢さんですから。まだ15歳だよ?!」
「でも15だったら恋愛も普通にするでしょう?」
「そらけどうちらは家族みたいなもんだしょ、年も離れてるしナイナイ」
「そうっすねぇ、ハイどうぞどうぞ」
と、勧めた酒を信長さんはイキナリ一気に飲み干した。あ、それロック……と思ったら信長さんがコップをガンッと机に置いた。
「オイ、猿、お前ロリコンかよ?!」
「え?!」
「芳乃芳乃ってそれ以上変な目で見たらぶっ殺すぞ!」
「えええーーーー」
ヤバイ、信長さんが豹変した。
「猿よ、お前は俺に忠誠を誓ってんだろ?」
「はい! そりゃあ!」
「だったら俺だけ見てりゃいいんだよ! このクソチビ猿が!」
「はい、わかりました、わかりましたからもう出ましょう!」
酒で豹変する人初めて見たよコエーと思いながら慌てて会計を済ませると半分寝かかっている信長さんの腕を自分の肩に回し家路を急いだ。家に着き信長さんの部屋まで連れて行き、ベッドにほぼ投げ込む形で信長さんを置いた。
「信長さん、水持ってきましょうか?」
「様! だろーが猿」
「の、信長様?」
「下、穿くやつ出せ」
信長さんがベルトを取りながらクローゼットを指さす。クローゼットを開けると中から物があふれ出てきた。
「え?!」
きたねえ。どこになにがあるんだよ。信長さんって見えないとこはこんなんなんだ、と衝撃だった。これでもないあれでもないと服をあさって、ジャージみたいなズボンが出てきたのでとりあえずそれを渡した。
「これでいいっすか」
「下がれ」
「ええー。あ、はい」
寝ころびながらズボンを履き替え始める信長さんを横目に、クローゼットのあふれてしまったモノだけでもしまわねばと目立たないようにそっと整理をはじめた。洋服はたたんで、おもちゃみたいなものは綺麗に並べて、と大体整理が終わって信長さんを見たら、キチンと着替え終わって静かに眠っていた。脱いだ服はそのままだったのでそれは近くにあったカゴに入れた。信長さんも人の子だな、なんて少し安心しながら、俺は自分の部屋に戻った。
翌日、朝起きると既に信長さんは起きて朝食の準備をしてビシッとエプロン姿でキメていて、昨日のはまさか夢だったかな?なんて思いながら「おはようございます」と言うと信長さんが下を向いた。
「おはよう、大地、昨日……」
「はい」
「ゴメン俺何も覚えてないんだけど、変なこと言ってた?」
「あ、ああー! 大丈夫! 大丈夫でしたよ! 俺しか見てないっすし!」
「ゴメンなさい……」
「わー! 気にしないでいいっすよお! 俺が無理に飲ませたんすから! ね!」
「うん……」
「今日も頑張りましょう! 信長さん! 俺はあんな信長さんが見れて良かったと思ってるんですから! ね!」
「ありがとう。あ、ハイ牛乳」
「あざっす!」
信長さんから牛乳を受け取ると一気に飲んだ。また将軍ぽい信長さんを見たくなったら酒を浴びせようと思いながら。
それから月が過ぎ、季節は夏になっていた。相変わらずあちこちの事務所に履歴書を送ったり、オーディションに応募しまくったり、劇団も以前いたとこのような小さいところではなく、なるべく大きいところに面接にいったりした。ある日店に帰ってくると、俺宛に封筒が届いていた。業界では大手の劇団からの封筒だった--。