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菫堂  作者: 商人商会
4/9

芳乃の恋心

 少女漫画の展開のような突然の二人きりの生活にドキドキワクワクしていたけど、信長さんは朝には部屋のドアをノックして私がちゃんと起きているか確認して、朝ごはんを用意して食べさせて学校に送り出してくれ、私が帰ってきたら「宿題は?」なんて聞いてきて、夜6時には夕飯ができていて、食べ終わったら「お風呂入って歯磨きしておやすみなさい」と、そつなく私の一日を見守ってくれています。って、おかんか!!!ってツッコミたくなる日常ですが、ホントのおかんからは若干放置ぎみだった私にはありがたくもあります。特にごはん。

 なんでそんなに料理が上手なの?って聞いたら「父も母も上手で、よくその様子を見てたからかな」なんて言ってて、信長さんは愛されて育ったんだろうなぁーと羨ましく思ったりした。


 そんなところに突然、新たな同居人が増えた。名前は相葉大地。信長さんは、私をすんなり受け入れてくれた時みたいに、この猿みたいな男を受け入れたってわけ。信長さんって見かけによらずお人よしだよね。信長さんは優しい人というよりはスカしたイケメンって印象のが強い。

 猿みたいな男、大地については、菫家にきてすぐ「大地って呼んでください!」って言ってたから遠慮なく大地って呼ばせてもらってる。

 他には、大地が店の手伝いをしようと信長さんのシャツを着たらあんまりにもブカブカだったので私のシャツを貸したらピッタリだったんだよね。小さくて細い上にハタチには見えないので五歳も違うけどまるで弟のよう。

 こんな大地は、菫堂にきてそうそうチャーハンを作ってくれて、これが結構おいしかった。だけどレパートリーがそれ以外ないらしく、だったら中華屋に住み込めば良かったのにって思ったけど、どうやら信長さんが試作中のロールケーキにもハマったらしくて、店の手伝いもしながら日々信長さんと一緒にロールケーキ作りに励んでいる。このロールケーキは菫堂の目玉商品にするみたい。

 

「芳乃ちゃーん、ちょっといいかなー」


 信長さんに呼ばれて一階に降りると、何本かのロールケーキがカウンターにズラッと並んでいた。


「これ、味がプレーン・チョコ・季節の商品、今回はみかん。となっていて、そこから大・中・小とサイズが選べるようになってます」

「こんなに?」

「大地が腕が良くて、助かるよ」

「いえ! 俺は下ごしらえくらいしかできなくて! 信長さん正確で早くてホントすげーっす!」

「好きなように選んでみてよ、芳乃ちゃん」


 信長さんに言われて役得~!と思いながら、並べられたロールケーキを前にして大きく息を吸い込んだ。


「じゃあ小サイズで3種類の味全部!」

「かしこまりました」


 信長さんは小さいサイズのロールケーキをそれぞれ一切れずつ切って、一つのお皿に3つ乗せて私の前に出してくれた。


「いただきます! うん、うん!」


 一気に3つの味を一口ずつ食べた。


「どれも美味しい! うーんやっぱりプレーンが一番好きだけど、このみかんも酸っぱさがあって甘ったるすぎなくていいし、チョコも中にチップが入ってる! 美味しい~!」

「良かったー。みかんは大地君が色々案を出してくれたんだよ。ありがとね早速明日から出すことにするね」

「大地もすごいねー!」

「いえいえいえ! あ、俺も食っていいっすか!」

「もちろん」


 それから数日、信長さんがいつの間にか作っていたお店のホームページでロールケーキを大々的にアピールしたり、チラシを作って大地が配りまわったりをしたおかげで、店には若い女性客がよく来るようになった。

 店に一旦来て、イケメンな信長さんを見て、ロールケーキを食べれば、女性客は一気に菫堂の虜である。私だってただの客だったら通いつめる。なんて思うが、正直信長さんの魅力があちこちに知れ渡るのは自分一人のモノじゃなくなるようで少し嫌。同じ女子高生、女子大生くらいだったらまだいいが、OLさんとみられる大人の女性達がちょくちょくきて信長さんに熱い視線を向けているのを見かけると、信長さんがその人と間違いを起こさないか不安だ。

 と、ここまできて重大なことを聞いてないことに気づいた。


「信長さんって、恋人は?」


 カウンターで大地、信長さん、私と横並びに座って朝ごはんを食べながら聞いた。


「会社で働いてる時いたけど、辞めた時に振られたよ」

「えー?! 信長さんを振るなんてもったいない女っすね!」


 大地の言葉に私も頷く。


「いやあ、三年も付き合っててもう30になるってやつがいきなり普通の企業勤めから不安定な仕事するってなれば、ね……」


 そんなもんなのかなぁ、私ならどこまでもついていくわ!なんつって夫婦になって一緒にこの菫堂を盛り上げていくのにな!うへへって思っていたら大地が納得いかなさそうにしゃべり続ける。


「えええー、なんすかその女。結局信長さんの給料目当てだったってことじゃないすか」

「どうかなぁ。でも俺も悪いとこあったと思うし」

「悪いとこって、浮気でもしたんすか」

「いやいや、なんか流されるままに付き合ってた感じだったし。俺も彼女がいるのはステータスの一つみたいに思ってたとこあったから、お互い様だったんだよ」

「ふうん?」


 大地が首を傾げながらご飯を食べる。つまり信長さんはその元カノのことあんまり好きじゃなかったってことよね?大人って、究極に誰かが好きー!とか思わないでも誰かと付き合えるものなのかー。


「あ、ちなみに俺もフリーっすよ! 芳乃ちゃんは?」

「芳乃ちゃん、そろそろ時間じゃない?」


 信長さんが私のほうに顔を向けてくる大地を遮って言った。


「あ、ホントだ。ごちそうさまでした。行ってきます」


 席を立ち鞄を手に取って慌てて店を出た。


 学校に行き、いつもの絢とリエと集合する。もうすぐ夏休みなので、夏休みの間の遊びに行く計画を立てているところだ。


「とりあえずプール!プール行きたい!」


 大体行く場所を提案してくれるのはリエ。私はそれに激しく賛同し、絢が冷静にそれを取りまとめてくれる。


「じゃあスプラッシュランドがいいかな。スライダーも色々あるし波の出るプールもあるし」

「オッケー!!終業式の次の日でいいよね?」

「オッケッケー」


 その日はすぐ訪れた。三人で仲良く集合し電車に乗りスプラッシュランドに向かう。更衣室で水着に着替え、リエが大きな浮き輪を持ってきてたので入ってすぐ空気入れを見つけ「これどうやっていれるの」「こうでしょ。うお、早い! 破裂するって! こわいこわいこわい!」などキャーキャー言いながら空気を入れた。

 その後はスライダーに乗ったり波の出るプールを堪能したあと、流れるプールに入ってゆらゆらと流れに身を任せてみた。

 すると元気な男子グループみたいなのが寄ってきた。年は私達の2、3歳上というあたりだろうか。


「ねぇー3人できてんのー?」

「うんー!」


 リエが元気に返事する。私と絢は引き気味だ。


「えー! じゃあ一緒に遊ぼうよー」

「えぇー」

「どっからきたのー」


 いつの間にか元気な男子グループは私達三人を取り囲んで一緒に流れに乗っていた。リエは恋愛に積極的なほうで彼氏が欲しいとかよく言っているので興味津々なのかもしれないが、私と絢はあのアイドルがカッコイイとかあの俳優が好きだとかそういうレベルで、あまり現実的な男子には免疫がないのでこんなときどういう対応をしたらいいのかよくわからない。でもそういえばうちに男性がいることはいるが信長さんや大地はこういうチャラい絡み方をしてこないからますます戸惑ってしまう。

 そうこうしているうちに、一人の男子が横にピッタリ寄り添ってきた。周りを見ると、リエと絢にもマンツーマンで男子が寄り添っているではないか。慌ててリエに目をやると、リエはキャッキャと男子と話が合っているようでどうにもならない。絢は真顔になりつつ、次の上に上がれる地点になったら、というように顔で合図を私に出してきた。私が頷くと、寄り添っている男子が物凄い近くで話しかけてくる。


「ねーねー俺アツシっていうんだけど、名前なんていうの?」

「鈴木です……」

「えーそれって名字だよね? 下の名前は?」

「ヨシノです」

「よしの? ヨッシーかぁー! でっていう!」

「は?」

「知らない?! ヨッシーって、『でっていう』って鳴くじゃん!」

「はぁ……えっちょっ」


 男子がソロソロと手を私のお腹に置いてきたのでビックリして男子を押しのけた。馴れ馴れしすぎるんじゃボゲェー!!と思いながらも笑顔を作った。


「ハハッ、でっていう! ね! 私先行く!」


 テンパりながらも、上へあがるはしごの場所へ急いで泳いで行った。水泳の授業が心底役に立った、と思った瞬間だった。その後に続いて絢も急いで上がってきた。


「芳乃大丈夫?」

「うん、まぁ……」


 そこへリエも上がってきた。


「ごめーん、やっぱ別行動でー」


 水の中にいる男子達にリエがお別れを言い渡していた。男子達は「そっかーまたねー」なんて言いながら案外あっさり引き下がって流れて行った。


「ごめんごめん、なんかアホっぽい奴らだったね。大丈夫?」

「リエは一緒に遊びたかったんじゃないの?」


 純粋にリエはあの中から彼氏候補でも見つけようと思ってたんじゃないのかなと思って聞いてみた。


「うーん。なんか全然かっこよくなかったし。絢と芳乃が上がったの見て嫌なんだと思ったから私もいいやって。ね、お腹空かない? 食べ物買いに行こう!」

「そだね、行こ行こ」


 気を取り直して食べ物屋さんに向かった。触られたお腹に手を当てながら、信長さんを思い出した。身体を触られるなら、信長さんがいい。早く帰って、信長さんに会いたいなぁと思ってしまった。


 その日、遊び疲れ菫堂に帰宅すると信長さんが「おかえりなさい。楽しかった?」と笑顔で迎えてくれた。思わず抱き付きたい衝動を抑えつつ「ただいまー! 楽しかったよー!」と元気に言い部屋に行った。

 信長さんに今日の男子達に絡まれた話をしたらどんな反応をするんだろうか。「女の子なんだから気をつけなさい」とか普通のお母さんみたいな反応しかしてくれないんだろうか。どうしたら信長さんは私を好きになってくれるんだろう。そんなことを考えていたら携帯が鳴った。母からだ。


『あー、芳乃ー? 元気ー? あんたさぁ、なんで赤ちゃん見に来てくれないのよー。メール届いてるよねぇ? まぁいいけどさぁ』

「うん」


一ヶ月前、母が出産したとのメールは確かにきてた。でも"そっち"の私の現実は思い出したくなくて、メールを一瞬みてすぐ放置していたのだ。


『こっちはもうほぼ元気になったからさー。一度あんたんとこに顔出しに行こうと思ってるんだけど』

「え?!」

『電話だけで挨拶ちゃんとしてなかったと思って。明日か明後日そこの店長? いる?』

「いると思うけど、え? 明日?」

『うん、適当に行くからさ適当に伝えといて。ヨロシクー』


 ピッと電話が切れた。私の都合なんかおかまいなしでの行動、母には本当に呆れる。

 そして、翌日の夜に母は現れた。閉店間近の時間。直前にメールをもらったので『裏口』とだけメールをしておいて、裏口で母を待ってみた。店内にはまだお客さんが残っていたので、裏口から入ってもらって、店がおわるまで自分の部屋ででも待っててもらおうと思ったのだ。


「こんばんはー、失礼します」


 母が声を出したので信長さんが気づいて裏口へやってくる気配がした。後でで良かったのになんて思っているととガタンと何かが落ちた大きな音がした。振り向くと信長さんが私と母を見て棒立ちになっていた。


「信長さん?」


 信長さんの足下を見ると詰んであったダンボールが崩れていた。信長さんが蹴ってしまったのだろう。さっきの音はこれかなんて思いながら信長さんを見ると目を大きく開けていた。


「あ、こちら母です」

「こんばんは。芳乃が大変お世話になっております」


 信長さんはハッとしてお辞儀をした。


「あ、いえ、こちらこそ」


 そういいながら慌てて崩れたダンボールを直し始めた。


「信長さーん? あ、こんばんは」


 大地がやってきて母に挨拶をする。母もお辞儀をする。


「あれ、俺それやっときますよ。信長さんお客さんお願いします」

「あ、ああ」

「信長さん、私、母と部屋に行ってますから」

「はい」


 信長さんは細かく頷くと店内へと向かった。変な様子の信長さんと、ニコニコとした顔の母を見て、胸がざわついた。

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