大地の現実
俺の名前は相葉大地20歳大学二年生!しかし大学にはほとんど行っていない。なぜなら俺はこれから人気俳優の仲間入りだから!学業なんてやってたら務まらんのですよ!はっはっは。
と、にやにやしながら昨日もらった名刺に書いてある住所の場所に辿り着いた。小さな雑居ビル。いかにも、なビルではないか。俺はエレベーター脇の何階には何の会社が入っているかの壁を見た。
「えーっと、アースプロダクションアースプロダクション……」
1階、家庭教師のクライ。2階、美容院マッシュ。3、4階、ヒューマン。5、6階、何も書いていない……。アレッないないぁ。てゆうかヒューマンってなんだ、あ、もしかして社名が変わったのかなぁ~!よし、このヒューマンってとこにいってみよう!
「うちは人材派遣会社ですよ」
あ、ヒューマンはそっちかー!人材派遣かー!そっか、じゃあ5、6階の何も書いてないところがきっとアースプロダクションだね?書き忘れかなー。行ってみよう!
なんとなく、胸がザワついていたが気づかないふりをして、エレベーターで5階に行ってみる。エレベーターが開くと、すぐ先に自動ドアがあって、入ってみると居酒屋ののぼりが倒れたまま放置されていた。どうやら潰れた居酒屋のようだった。念のため6階にも行ってみたが、がらんとした無人のスペースが広がっているだけだった。慌ててさっき行ったヒューマンにまた行った。
「あの! このビルにアースプロダクションって会社ありませんでした? それか、最近ここのビルから会社が移転したとか、なんか知りません?」
「知りませんよ」
おかしい。もしかしてビルを間違えた?そうだ、そうだよ間違えてるんだよ俺は!
「失礼しました」
人材派遣会社の人にお辞儀をしてすぐビルから出て辺りを見回した。隣の建物は携帯ショップ、また隣の建物は飲食店の上に塾。それらしいものが見当たらない。あっ、そうだ!と、名刺を出して電話をしてみる。
『おかけになった番号は現在使われておりません--』
嘘だ、うそだ!電話番号を何回も確認して、何回もかけてみる。その度に流れてくる現在使われておりませんの音声。俺はその音声を聞きながら昨日のことを思い出した。
いろんな芸能事務所に履歴書と写真を出しても何の連絡もない日々の連続だったのが、やっと書類審査が通って、大手事務所のオーディションに参加することができて、掴みもオッケー!と意気揚々とビルから出ると急に声を掛けられた。
「君の演技見てたよ~! 是非うちの事務所にきてくれないかな!」
あまりにも違和感なく話しかけてくるもんだから、俺認められた!と有頂天になってソイツについて行って喫茶店に入った。
「いや~! 君の演技全然周りと違って際立ってたよ~! あ、うちの事務所、アースプロダクションって言うんだけどね」
ソイツは名刺をテーブルの上に出してニコニコと語りだす。名刺には『アースプロダクション 玉田』と書いてあった。
「最近、大河の主役やったあの俳優とか、朝ドラヒロインのあの子なんかもうちの事務所なんだよ。聞いたことあるでしょ?」
俺はよく知らないが、大河、朝ドラと聞いただけですげーじゃん!と頷きまくった。
「あいつらも最初は無名だったのに、いきなり主役とか張れんのはほとんどが事務所のおかげ。うちはそういうコネクションが尋常じゃないからさ、それを使えば、君なんかすぐ売れっ子だよすぐ!」
俺は目を輝かせた。
「ここだけの話、今度さ、次回作の大河の主役の枠、うちの事務所でもう押さえてあってさ」
玉田は急にヒソヒソと話し始めた。俺も近づいて神妙な表情をする。
「そこに誰を入れようか悩んでたとこなんだよ。今若手もめぼしいのがいなくてね。そこで君ってわけだ。どうだい?」
「ももも、もちろん! 俺をお願いします!」
「よっし! で、一応事務所に登録しなきゃいけないんだけどさ、大丈夫?」
「もちろん!」
「じゃあ、これ、事務所の契約書」
玉田は鞄から一枚の紙を取り出すとテーブルに置いた。パッと見て、すぐに『登録料:百万』と書いてある文字に目がいった。
「えっ」
「ん?どうかした?」
「この、登録料って」
「あぁ~うちぐらい大手になるとね、一人の宣伝費に1千万とかかけて売り出しするのよ。でもそんだけかけてもスキャンダルで吹っ飛んだりするとパーになっちゃうでしょ? それの保険金みたいなもので、モチロンそんな事故みたいなことがなければ倍以上の額がすぐ戻ってくるから! 今出てる大河の主役のあの人もみーんな通ってきた道だよ! ね?」
熱く説明してくれる玉田に頷きながらも、でも百万は……と悩んでいると玉田が話し出す。
「実は大河の主役枠の推薦が今日まででさ、俺も焦ってるんだよ。別のたいした実力もないやつが無理矢理スポンサーの意向で決まっちゃうかと思うと俺も悔しくてさ。君は百年に一度の逸材だよ!」
玉田の熱心な口調に俺も熱くなり、決心をした。
「ちょ、ちょっと待っててください!」
俺は急いでATMを探した。実は先日ハタチの誕生日になった時に、両親からのプレゼントで「好きに使え」ということで俺が生まれた年から毎月貯めていたというお金のプレゼントをもらったのだ。120万。20万は早速細々としたものに使ってしまったため、残りは丁度100万。この日のために存在した100万だ。これは運命だ。
喫茶店に戻り、100万を入れた封筒を手渡す。
「よし、契約成立だ! 明日、この名刺の場所にきてくれ。大河のプロデューサーも呼んでおくから。キミを紹介するよ! その後すぐ色々なレッスンが始まるから、覚悟しておいてくれよ!」
「はい!」
俺は満面の笑みで玉田を見送り、深々とお辞儀をした。
いやお辞儀してんじゃねえよ!!騙されてんじゃねえか!!昨日のことを細部まで思いだし、我に返った。よくよく考えたらおかしいことなんてわかりきっているのに、あの時はオーディションを終えたばかりで高揚して正常な精神状態じゃなかった。でもどんなに後悔してももう遅い。お金がなくなった。
実は俺は、俳優修業のために、小劇団に所属しているのだが、そこでチケットノルマのために自分の財布からお金を出し、そのせいで親からの仕送りはほとんど消え、最近では家賃用のお金も修行のために費やしていたので家賃も滞納している。そこで親からのプレゼントのお金は渡りに船だったのにそれさえも消えてしまった。これからどうしよう……とフラフラと自宅のアパートに帰ってみたら、玄関扉に貼り紙がしてあった。
『家賃滞納のため契約に基づき家具家電を差し押さえました。貴殿におきましては退去していただきます』
「はっ?!」
鍵を取り出し差し込もうとしても入らない。ドアノブを回してみても開く気配はない。住むところまでもなくしてしまった。
ヨロヨロとあてもなく歩いていると、どこからか甘い匂いがしてきた。そういえばお腹が空いたな、と匂いの元を辿っていくと、一軒の喫茶店に辿り着いた。俺はポケットから財布を出して、400円ほど入っているのを確認すると、その喫茶店に入って行った。
ドアを開けるとカランと音がした。中には人がおらず、ガランとしていたがカウンターの席に座った。
「いらっしゃいませ」
奥から背の高いスラッとした男の店員が出てきた。チビの俺に対するあてつけか、とやさぐれた気持ちで見つめる。
「牛乳。あとこの甘い匂いは?」
「ロールケーキです。まだ試作段階なんですが、良かったら味見していただけますか?」
店員は水を俺に出しながら笑顔でいう。味見というからにはタダだろう。正直お金のない俺には死ぬほどありがたい提案だ。
「食べます」
「はい」
店員は奥に行き、牛乳とロールケーキの乗ったお皿を持ってすぐやってきた。俺はとりあえず牛乳を一気飲みし、ロールケーキを口に放り込んだ。
「うま」
お腹が空いていたからなのかはわからないが、つい口に出てしまった。実際生クリームが甘すぎず、生地もしっとりしていて柔らかく美味しかった。一口で食べきってしまったのが惜しく感じるほどだ。
「お口に合いましたか? 良かったです」
「あの、これ店員さんが作ったんすか?」
「はい」
俺は咄嗟に椅子から降り、床に土下座した。
「俺をここで働かせてくださいいいいい!!」
「えっ?!」
店員がカウンターから出てきた。
「ロールケーキうまかったっす! 弟子入りしたいです! 俺、チャーハンとかなら自信があります! 他にもなんでもしますから! お願いします!」
「いやいや、ちょっととりあえず立ってください」
俺は立ち上がり店員の目を見た。そこで、自分のポケットの中に履歴書が入っていることを思い出した。アースプロダクションに念のため出そうと思っていたやつだ。
「ここ、これ、履歴書っす!」
店員は折りたたんだ履歴書を受け取り、広げ目を通してくれた。
「小劇団……、役者さんなの?」
「あぅ、まぁ、そんなところっす」
役者さん、と言われ、大河の夢が散ったことを思い出し、失った100万のことを思い出した。すると店員が俺を見て驚いた。
「どっ、どうしたの? 大丈夫?」
「え?」
「泣いてるけど……」
えっ?と思って顔に手を当てると、確かにぬれていた。あ、俺泣いてるんだ。と思ったらすごく悲しくなってきた。
「うっ、うううう」
「うん? うん? 座ろうか?」
店員は優しく俺を椅子に誘導すると、隣に座った。
「あどぉ、じづはぁ、ひっく、騙されでえええええええええ」
騙された、という単語に自分で言って自分でさらに情けなくなって抑え切れなくなってしまった。子どものように泣く俺に店員は付き合ってくれた。
騙されて100万取られてしまったこと、そのお金は親からのハタチのプレゼントだったこと、アパートも追い出されたこと、俳優修業のためにもう一文もお金を持ってないことを言った。あ、400円はあるけど。
静かに聞いてくれていた店員は、俺の話が終わると時計をふと見上げた。俺もつられて壁に掛けられている時計を見ると、カウンターのさらに奥のほうの扉が開いた気配がした。
「ちょっと待っててください」
店員はそういうとカウンターの奥に消えて行った。あっちはきっと厨房で、業者でもきたのかな?なんて思っていると、店員が戻ってきた。その背後からさらに一人やってきた。店員がどくと、その背後からなんと女子高生が現れた。
「こちら、うちで預かってる知り合いのお嬢さんなんですが」
店員は俺に言った後、その女子高生にも話しかけた。
「芳乃ちゃん、こちらお客さんなんだけど、住む家もお金もないみたいで、俺としては住み込みで働いてもらおうかなと思ってるんだけどいいかな?」
女子高生は少し驚いた顔をしたあと、俺を見つめた。女子高生、制服がキラキラしてて可愛いなぁ。
「信長さんがそうしたいなら私は全然いいよ。鈴木芳乃って言います。よろしくお願いします」
女子高生、芳乃ちゃんは笑顔で手を出してくれた。俺は喜んでその手を握った。
「相葉大地です! ありがとうございます!! あ」
店員にもお礼を言おうとして、名前を知らないことに気づいて店員を見つめた。
「菫信長といいます。菫堂へようこそ」
店員、改め信長さんも俺に手を差し出してくれた。信長さんの手もしっかり握りしめ、精一杯感謝した。
その後二階へ案内してもらった。二階には三部屋あって、ちょうど一部屋空いている、といって一部屋を俺の部屋にしてもらえた。信長さんには「洋服とか必要なものがあったらなんでも言ってね」といたれりつくせりで、信長様様である。俺は一生信長様についていくと心の中で誓った。
部屋の真ん中で一人寝転がり、さっき食べたロールケーキの味と、優しい信長さんと、可愛い女子高生芳乃ちゃんのことを思い浮かべ、この先の生活に期待に胸を膨らませる俺なのであった。