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菫堂  作者: 商人商会
2/9

芳乃の事情

 私のは鈴木芳乃15歳高校一年生。高校に入学して、仲のいい友達も二人、すぐできた。絢ちゃんとリエちゃん。いつも三人で学校帰りにスタバに寄ったりファミレスに寄ったり、土日にはちょっと遠くのショッピングモールに行ってぶらぶらしたり、高校生活を満喫している。


「あとちょっと、待っててくださいねー」


 ラップの下の髪を確認して、美容師がまた去って行った。

 今日私は前からやってみたかった縮毛矯正をしに美容院に来てる。しかし縮毛矯正がこんなに時間がかかるものとは。はぁ、スマホを手元に置いとけば良かった。今日来ている洋服がポケットがないので持ってるのも邪魔だなと思ってカバンに入れっぱなし。あー肩凝った。今度の休みはカラオケに行くけど、お金があんまりないなぁ。バイトもしてみたいなぁー。


「流してアイロンしますねーこちらにどうぞ」


 シャンプー台に移動し、髪につけた薬剤を流し終わり、さっき座っていたところにまた戻った。美容師がカチャカチャと準備を始める。するともう一人、別の手伝いの美容師の女性がやってきて、二人がかりで両側からカチカチとアイロンで髪を伸ばし始めた。その新たにやってきた美容師を見ると、お腹が大きかった。こんなに大きなお腹の妊婦さんなのにまだ働けるんだ、と思うと同時に、私は家での出来事を思い出した。


「芳乃ーお母さん妊娠したから」


 食事が終わってスマホをいじっている私にこれまたスマホをいじっている母が言った言葉に、悪い冗談かと思ってスマホを見続けた。


「それで再婚も決まったから、引越すわね」


 妊娠?再婚?母って今いくつだっけ、えっと私と25差だから、40か。え、40ってまだ子ども産めるんだ、とそんなところに驚いていた。


「ねぇ、聞いてる?」

「いつ?」


 顔を上げたら不機嫌そうな母と目が合った。


「予定日は6月のはじめくらい。引越しは」

「6月?もうすぐじゃん」

「そうね。あんたの受験発表終わるまで言うの待っててあげたのよ。優しいでしょ?てかあんた私のお腹大きくなってきてるのに全然気づかないんだもん笑っちゃう」


 確かに気づかなかった。というよりよく考えたらここ数年、母の姿をほとんどちゃんと見ていなかった。バカにしたように鼻で笑って母はまたスマホに視線を向けながら話す。


「それで引越しなんだけど、新居はもうあるの。ママの再婚相手いい人でさぁ、あんたとちゃんと話ができたらいつでもきてくださいって言ってくださってるのよおー」


 久しぶりに母をちゃんと見てみた。昔とちっとも変わらない、綺麗な姿のままだ。小学生の頃はそんな美人な母が自慢だったが、中学生の最初頃に母にできた彼氏の話を母本人からされてなんとなく母のことを嫌悪してしまった。それから"けんちゃん"だの"まーくん"だの数々の彼氏がいたようだが、今回再婚するということは、とうとういい人に恵まれたのか。これで母も普通の母になるのかな?でも……と、母のお腹が目に映る。


「ねぇ芳乃……」

「私一緒には住まない」


 母がやっと出会えた、おそらくいい人であろう母の再婚相手と、そして新たに産まれてくる赤ちゃんと一緒に暮らして果たしてそこに私の居場所なんてあるのか。


「お母さんだけ行きなよ。私、一人暮らししてみたいし!」


 母は黙ってため息をつく。母にとってこれは喜ばしい提案ではないのだろうか?


「一人で置いておくなんて向こうの体裁も悪いし……まぁ、いいわ。ちょっと考えておくから」


 母は面倒くさそうに言って、立ち上がりソファに横になった。私はテーブルの上の食器を流し台に持っていき、自分の部屋へ行った。新居はどこなんだろう。なんて行く気もないのに考えた。


 数日後母からメールが届いた。住所が書いてあり、母の昔の知り合いに私を預かってくれるよう頼んでOK貰ったから、そこに住めって内容だった。 それから高校の入学準備など忙しくしていたら結局5月になり、今日になってしまった。今日、その母の昔の知り合いの私を預かってくれるというお宅へ行く。なんでも老夫婦で喫茶店をやっているんだそうだ。

 新しいところ、新しく出会う人に会う前に、髪を真っ直ぐにして新しくなった自分で!みたいな感じで、縮毛矯正をしているわけです。


「終わりましたよーいかがですかー」


 やっと縮毛矯正も終わり、会計をして外に出た。スマホをみたら来た時間から二時間が経過していた。軽く首を回し、住所を見ながら地図で予定地へ行く。

 予定の場所は案外すぐ見つかった。老夫婦がやっている喫茶店と聞いていたから、結構古い感じを想像していたが、爽やかなカントリー風なカフェという印象だった。しばらく店から離れた場所で立って眺めていると、看板を出しに白いシャツに黒い長いカフェエプロンをつけた店員が出てきた。

 え、バイトの人?凄いかっこよくない?スタイルもいいし遠目から見てもなんかオーラが出てる。老夫婦だけだと思ってたのにまさかあんな人もいるなんてどうしよう、ヤバい緊張しちゃう!でもこの先ずっとお世話になるんだったら今話しとかなきゃ!

 と、いきごんで店に入って行こうとするイケメンさんの元へ近寄った。


「あの!すいません!」

「はい?」

「私、今日からお世話になります鈴木芳乃です!」

「……え?」


 顔を上げたらイケメンさんが不思議そうな顔で私を見ている。あ、この家の人から私が来るって聞いてないのかな?


「あ、こちら菫さんのお宅ですよね?」

「はい」

「ここの菫さんご夫婦と一緒に、住まわせてもらうことになってるんです」

「……えっ?!」

「菫さんご夫婦はいますか?」


 イケメンさんはすまなさそうな顔をして口を開いた。


「私、ここの息子なんですが、父と母は先月と先々月に亡くなりました」

「えっ?!」


 今度は私が驚いた。そんな、どうしよう。


「あ、いや、でもうちの母がこちらのご夫婦によく頼んだって言ってて……う、嘘なのかなぁ?」 

「いえ、亡くなる前にきっと約束していたんでしょう。とりあえず中へどうぞ」


 イケメンさん、もとい菫さんの息子さんに促されて店の中に入る。しどろもどろになった私にイケメンさんがこんなに優しく対応してくれて嬉しい。


「好きなところに座ってください。まだ改装オープンしたばかりで宣伝もしてないしお客さんこないと思いますから。あ、お昼まだですか?」

「あ、はい! まだです!」

「では好きなものなんでもおっしゃってください。メニューにないものでも」


 私はカウンター席に座ってみた。菫さんの息子さんはカウンターの中に入り手早くお水とおしぼりを出してくれた。お辞儀して、テーブルにあるメニューを開くと、パンケーキという文字が一番最初に目に入ったのでそれにすることにした。


「じゃあこのバナナチョコパンケーキを」

「はい」


 メニューを見ながらも菫さんの息子さんをチラチラ見ていると、カウンターの更に奥に入って行った。そっちに厨房があるのか、もっとお顔をよく見ていたかったなーと思いつつもメニューを見ると、パンケーキの他にも、サンドイッチやフライドポテトなどがあり、これがザ・喫茶店メニューなのかぁと一人で頷いた。ほどなくして菫さんの息子さんが出てきて、パンケーキの乗ったお皿を出してくれた。


「お待たせしました。バナナチョコパンケーキです」

「アリガトウゴザッス」


 一連の身のこなしのスマートさにますますこの人イケメンすぎる……と惚けてたらカタコトみたい喋り方になってしまった。


「イタダキマッス」


 カタコトが抜け切れずそのまま食べることにした。おお、なかなかボリューミー。


「鈴木さんでしたっけ。うちの父と母、よくボランティアでいろんな人の手伝いをしてたから、その関係かな」

「ん、たぶん……」

「上の部屋あまってることはあまってるんだけど、今俺一人だから……鈴木さんは高校生?」

「はい。高校一年です」

「保護者の方に一応話してみてもらっていいかな?」

「ゴフ」


 保護者と聞いて口に入れたパンケーキが変なところへ入り込みそうになった。


「あ、大丈夫? 飲み物も好きなもの頼んでいいよ」

「大丈夫れす。じゃあコーヒーを、砂糖多めで」


 菫さんの息子さんはニコッと笑顔になるとすぐそばのコーヒーメーカーにカップをセットした。笑顔、ステキ……。


「今、ちょっと聞いてみます」


 私はスマホを取り出し母にメールしてみた。『菫さんち、ご夫婦は最近亡くなって今その菫さんご夫婦の息子一人で喫茶店してる』

 打ち終わるとシュガースティック2本とミルクと共にコーヒーが私の前に出された。私がそれにお辞儀すると母からの返事がきた。『えー?!でもそこの息子が良ければうちはいいわよ』と、なんともアバウトな返事だ。こんなアバウトな返事、今目の前にいる好青年にそのまま伝えるのも心証が悪そうだし、なんといってもイケメンと二人暮らしなんて美味しい状況、せっかくだから経験してみたい。ということで私は適当ぶっこくことにした。


「あの、母が、信頼している菫さんの息子さんだから大丈夫、お願いしますと……」

「え」

「というか! 母今妊娠10か月で、再婚するので私居場所がないんです! 行くことないんです! ここに置いてくれたら、タダ働きでもなんでもします!」


 適当ぶっこくつもりが、菫さんの息子さんの真面目な顔を見ていたら、結局情に訴える感じになってしまった。だって他に方法が思いつかない。


「そっか。タダ働きなんてしなくて大丈夫だよ。上の部屋使っていいから。これからよろしく」


 私はきた!救世主!という感じで笑顔になった。


「ありがとうございます!! 鈴木芳乃です! お世話になります!」

「はい。菫信長、30歳です。お願いします」

「へー、信長! えっ、で、30歳?! 見えない!」

「そう?」

「はい! 30ってもっとおっさんだと思ってました。全然見えないです!」


 信長さんはハハッと嬉しそうに笑った。

 

 こうして、二人の生活が始まったのだった。

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