夢と親友と嫌いなアイツ
夢を見ていた。
とても暖かで、明るい光に包まれていて。
心地よかった。
ずっとずっと、そこに居たかった。
そして……彼が、いた。
顔はわからない。
背丈もわからない。なにせ、私の前の席に座って、私を見てる。
けれど、これだけはわかった。
私が、好きなんだなって。
ずっと飽きないのかなと思うくらい、私を眺めていた。
そんなに、見られると……こっちが照れてしまう。
思わず視線を逸らすと。
「くすっ」
彼が笑った。
「ちょ、どうして笑うのっ」
「だって、可愛いんだもん」
さも当然と言う感じで、彼は言う。
「なっ……」
「ずっとずっと、こうしていられるだけで、僕は幸せだよ、サナ」
幸せそうな言葉を残して、私は目が覚めた。
じりりりりりりり!!
けたたましい目覚ましの音。
「ん、んー」
もぞもぞと手だけを伸ばして、憎らしげに目覚ましを止めた。
また布団の中に入る。
もう一度、あの夢に戻りたかった。
けど、それは無理だった。
「沙奈、早く起きないと、学校、遅刻しちゃうわよぉー」
「ふあーい」
母さんの声に起こされて、私はやっと布団から出てきた。
「で、その夢の彼って、どんな人だったんだ?」
ショートカットの親友、秋風有理が歩きながら、尋ねてくる。
ちょっと背が高くて、大人びてて。凛としてるから男子だけでなく、女子にも人気がある自慢の親友だ。
「ぜんぜん、覚えてないの。というか……その顔ちゃんと見たのかも、よくわかんないの」
「残念ですわね……もしかしたら、探したら見つかったかもしれませんのに」
こちらはおっとりしている如月遥。
長めの髪をゆるく、二つにして留めている。こう見えても芯はしっかりしていて、しかも良い所のお嬢様だったりする。
そんな癒し系の遥に、どれだけ救われたか。
がんっ!!
目の前の電柱に衝突してしまった。
ダメなんだよね、私。
いつもこう。
考え事すると、つい、周りのことがおろそかになってしまう。
私の名は、橘沙奈。
中学2年生。
学校生活にも慣れてきて、そろそろ……その、彼氏とか欲しいなーなんて思ってしまう。
クラスの女子は、殆ど、彼氏彼女の話で持ちきりだ。
だから……というわけでもないのだが、やっぱり、気になってしまう。
恋をしたら、私は、変われるんだろうか?
恋って、楽しいんだろうか?
「そんな沙奈に、恋人なんて、まだまだ先なんじゃないか?」
「本当のこと言ったら、ダメですわ、有理」
そう思っていたら、容赦ない親友達の声がかかった。
「ひ、酷いっ!! そこまで言わなくても……」
「そうそう、見事にそこの電柱に顔をぶつけるなんて、ある意味、希少動物だよな。絶滅危惧種?」
そこに現れたのは、私の家の隣に住んでる……。
「結城新!!」
「やだなあ、フルネームで呼ばないでよ。照れるじゃんか」
楽しそうに頭をかきつつ、照れた振りをする新。そいつに私は重い鞄アタックをかましてやった。
「ぐふっ」
「自業自得。地獄に落ちろっ!」
「酷いな、沙奈。もう少し優しくしてくれたって、いいだろ?」
「誰が、あんたを、やさしく、するってのよっ!!」
もう一度、鞄アタックをしようとして……避けられた。
「セイントは、一度見た技は二度と通用しないんだぞ」
「新君、また新しいアニメ、みたのですね……」
「そのようだ……」
ぽつりと呟く親友達をよそに、私はもう一度、天誅を与えるべく、鞄を振り回す。
「逃げるな、新っ!!」
「やーだよっ!! そんなデカブツ、二度と喰らうもんか」
これがいつもの日常。
いつもの登校風景。
私は、このとき、これっぽっちも感じていなかった。
そんな、新のことを……好きになるなんて、ちっとも。