5・通話
僕は渚と付き合い始めた。
もちろん僕から告白した。告白した時の渚は、今まで見たことがないくらい真っ赤な顔をして照れていた。
「あたしでいいのなら。……ホントにいいの?」
僕がコクリとうなずくと、渚もコクリとうなずいた。
それからの渚は女性らしくなった。スカートを穿き、髪も少し長くなって、茶髪も止めた。それだけなのに、渚はずい分変わったように思えた。
渚はよく笑うようになった。そしてこの僕も、渚の笑顔に笑顔を返せるようになった。
週末は、僕と渚の時間だ。
いつもの週末なら、渚が僕の部屋に押し掛けてきて散々と世話を焼く。嬉しいけれど、ちょっとお節介過ぎるかな。
しかし、その週末に限って渚は僕の部屋にやってこなかった。もちろん、それは事前に分かっていたことだ。渚の従兄弟が結婚式を挙げるというので、渚は田舎に帰ったのだ。
清々すると、渚に少しばかり強がりを言ってみたものの、やっぱり寂しい。一人で居るとなんと時間が進まないことか。
僕は渚に電話をしようと、スマホを取り出した。
電話帳をタップして、一覧をフリックした。渚の項目を探してフリックを繰り返していると一瞬、違和感があった。僕は逆向きのフリックをして、その違和感を突き止めた。
それは『円』の項目だった。違和感は、その『円の項目』に円の写真が張り付いていたからだ。その写真の円は、満面の笑みでこちらを向いていた。そしてもう一つの違和感は、その写真に黒枠が付いていたことだ。
僕は、このスマホに変えてから写真やデータを一切入れていない。プリインストール以外のアプリも入れてなかった。なのに、どうして円の写真が円の項目に張り付いているのか、不思議だった。
僕がスマホを見詰めながら考え込んでいると、見詰めている目の前で着信音が鳴った。その着信は、今見ていた『円の携帯電話番号』からだった。
僕は恐る恐る「電話に出る」のボタンをタップした。
「もしもし?」
僕は恐る恐る声を出した。
『円です。分かる?』
本当に円の声だった。
『私、お別れを言いに来たの』
「お別れ?」
『渚ちゃんを大切にして。約束よ』
「うん、約束する」
『さよなら』
「さよなら」
そこで電話は切れた。
それと同時に、僕のスマホは省電力モードになって画面が黒くなった。僕は、慌ててロックを解除し、スマホの電話帳の一覧をフリックした。そして隅々まで探し回ったが、もう『円の項目』は完全に無くなっていた。
僕は急に、渚に電話したくて堪らなかった。
夜中の二時だったけど、すぐに電話をした。
「どうしたの、こんな時間に?」
寝ぼけた声の渚だった。
「渚の声がどうしても聞きたくて」
「もう、困った人ね」
僕の言葉に渚は照れていた。
「愛してるよ」
「あたしも」
この言葉にお互いのテレはなかった。
「それじゃね」
「おやすみー」
そう言って電話を切った。
満たされた想いが僕を包み込み、僕は初めて安らかな気持ちを味わった。
僕はとても幸せだった。
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