1・機種変更
【世にも奇妙なショートショートコンテスト・参加作品】
「番号札二十五番をお持ちのお客様、こちらへどうぞ」
携帯電話ショップにいる僕は、女性店員が自分の番号を呼んでいることに全く気付かなかった。
塗装が剥げ落ちて、角の部分は既に下地のプラスチックがむき出しで、そのプラスチックすらも少し削れているような、ひどく古くなってしまった自分の携帯電話を愛しく眺めていたから。
「番号札二十五番をお持ちのお客様、いらっしゃいませんか?」
紺色の制服をピッチリと着込み、完璧なメイクを施した女性店員がカウンターで叫んでいた。
僕は相変わらず、左手に二十五番の札を持ったまま、右手に持った古い携帯電話だけを眺めていた。僕に付いてきた『渚』がその様子を見るに見兼ねて僕を突っついた。
「守、さっきから呼ばれてるわよ」
渚に突かれた僕はハッと気が付き、立ち上がって叫んだ。
「あ、はい。僕です」
僕はスタスタとカウンターへと進み出た。
「全くぅ、恥ずかしいわねぇ」
顔を赤くして小声でそう言いながら、僕の後に渚が付いてきた。
「いらっしゃいませ。今日はどういったご用件でしょうか?」
カウンターの席に着いた僕と渚を、女性店員は満面の笑みで迎えてくれた。
「えーっと、あのー、そのー」
僕が古い携帯電話を持ったまま下を向いてグズグズとしているので、痺れを切らして渚が割り込んだ。
「あのーですねー、このヒトの携帯電話なんですけど、相当に古い機種なので機種変更をお願いしようと思って」
渚の言葉で、僕は仕方なく右手で握り締めていた携帯電話をカウンターの上に置いた。
「はい、承知しました。では、ちょっと携帯電話を見せていただきますね」
女性店員は、僕の古い携帯電話を両手でカウンターからすくい上げた。
「これはかなり古い機種ですね。確かこれは、五年ほど前に売り出した『ペア・フォーン』の機種で、二台一組で販売させていただいたものです。この機種は電波の制限により来月から使用出来なくなるところでしたので、丁度良いタイミングでご来店いただきましたね。ところで、もう一台の方はよろしいですか?」
女性店員は、渚の方をチラッと見た。
「え? あたし? あたしはそんなの、持ってな……」
渚はそこまで言って気が付いたらしく、バツが悪くなって明後日の方向を向いた。
その様子から何かを察した女性店員は、笑顔を保ちつつ頭を深々と下げた。
「失礼しました」
僕はそんな周りのこととは関係なく、下を向いたまま小さな声で呟いた。
「円だよ」