落とし物.その五
こんな時間に失礼します。
異世界への行き来を管理するとある施設の一角にそこはある。
‘異世界落とし物お預かりセンター’
そこでは今日も様々な出来事が起こります。はてさて今日は一体どんなことが起きるのでしょうか。
世の中にはどう頑張ったってどうしようもならないようなことが希にある。それは、偶然起きたことかもしれないしもしかしたら自分が原因で起きたことかもしれない。しかし、そんなこと考えたって起きてしまったという事実は一ミリも変わりはしない。まぁ、つまり何が言いたいのかというと・・・・
「さぁ、皆!! 今日も一日頑張って働こうね!(キリッ!」
とても爽やかな口調でヤル気全開になっているケイベルグさん。もはや別人である。
「「・・・・・・」」
・・・・どうしてこうなった!!!!!!
話は数十分前に遡る。本日の異世界落とし物お預かりセンターは平和そのもの。落とし物どころか人っ子一人やってこない。ぶっちゃけて言えば暇である。お決まりの奥のテーブルでお茶をすする三人。
「暇ですねぇー・・・・」
「そうだにゃー・・・・」
「ふあぁぁぁぁ~・・・・」
仕事中とは思えないほどだらけている三人。傍から見ればもっとやる気出せよ!! と言いたくなるだろうが肝心の落とし物もしくはその落とし主が来ないのだからしょうがない。
「落とし物の整理はもう終わっちゃいましたしホントすることないですね今日は」
「いいんじゃないかにゃたまにはこういう日があっても」
だらんと猫背になり顎をテーブルの上に乗せジェシカさんはリラックスモードになっていた。さすがは猫族ということもあってかその猫背姿はとてもさまになっている。猫背がさまになるってなんだが変な感じもするが。
「あ~ねみぃ~・・・・」
ケイベルグさんにいたってはそんなこと言っていた。あくびをしては目尻にうっすらと涙を溜めている。この人はここに仕事に来ているという自覚はないのだろうか? いや、ないんだろうなきっと・・・・
そんなこと考えながらお茶に口をつけたとき、秀はふとあることを思い出した。
「あ、そういえばこの間奥の棚でこんなものを見つけたんですけど」
秀はそれを見つけた棚の場所まで行くと何かを取り出した。
「これなんですけど・・・・隙間に挟まってました」
「これは・・・・手鏡にゃ」
「手鏡だな」
秀が持ってきたのは普通の手鏡。鏡の周りは青色の綺麗な石でできており持ち手の部分には向かい合うように老婆と若い女性の絵が彫られていた。
「これがどうかしたのかにゃ?」
「いや、この間落とし物の預かりリストを見ていたらこの手鏡を見つけまして。しかもこれ、もう預かり期限をとっくに過ぎてるんですよね。それなのにここに置きっぱなしにされてるから何か大事なものなのかと思いまして」
「あれ? もう預かり期限過ぎてたっけ?」
「もっさんが預かったのかにゃ?」
「おう。けどもうそんな経ってたのか。いやすっかり忘れてた」
「忘れてたって・・・・」
「さすがはもっさんだにゃ」
「いやぁ~、最近物忘れがひどくてな。たははははは」
たはははははじゃねぇよ! 少しは反省しろ!! 全くこの人は本当にマイペースというかなんというか。こんなんでよくここも続いてきたよな。
「はぁ~。ケイベルグさんはもう少し自分の仕事に責任感を持ったほうがいいですよ絶対。それと前々からずっと気になってたんですがケイベルグさんもう少し見た目に気を使ったほうがいいですよ。ほら、髪とかその髭とか」
ずいっとケイベルグさんの前に手鏡を突き出す。ちょうどいい機会だから今のうちに言いたいこと全部言ってしまおう。自分で自分を見ながらなら指摘もわかりやすいだろうし。
「ケイベルグさん髪はボサボサで所々はねてるし、髭は剃り残しがあるし後その眠たそうな顔もなんとかならないんですか。もっとこうシャッキっとした感じにですね・・・・」
そこまで言った時に僕はケイベルグさんの異常に気づいた。先程から瞬き一つせずジーッと鏡を見つめている。まるで何かに興味津々になった子供のように微動だにしない。
「あ、あの・・・・ケイベルグさん?」
さすがに何事かと秀も心配になる。もしかして言いすぎたせいで怒ってるのか?
「も、もっさん? どうしたのにゃ? おーい」
ジェシカさんが呼びかけても反応なし。え? 本当にどうしたんだ。
その時だった、
「え? うわっ!」
「ぬにゃ!!」
突然手鏡が紫色に光り始めたのだ。そして、光はケイベルグさんの全身を包み込んでしまいそのあまりの眩しさに秀とジェシカは思い切り目を閉じた。
「なになになになに! なんなんだよ!」
「眩しいにゃー!!」
二人はその眩しさにひたすら耐えることしかできずケイベルグに何が起こっているのかを確認することはできなかった。
少しすると光の勢いが弱まっていき徐々に眩しさが落ち着いていく。そして、光が完全に消えると秀たちは閉じていた目を恐る恐る開けていく。
「う、なんだったんだ・・・・」
「うにゅー・・・・あ、そうだもっさんは!」
ジェシカさんに言われハッとケイベルグさんのいた方を見るとそこにいたのは・・・・
「な・・・・・・」
「え・・・・・・」
サラサラでくせっ毛ひとつない髪。ツヤツヤでハリのありそうなみずみずしい肌。髭も剃り残しどころか面影すらないほど綺麗な顎元。目はキリッと大きく開かれ顔立ちが爽やかになっている。
そう、そこにいたのは先程とは全く別人となったケイベルグさんの姿だった。
「あ、あ?」
「え、はにゃ?」
二人の頭の上には?マークが飛び交っていた。あれはケイベルグさん? でもなんか色々と違う。ケイベルグさんはあんなに爽やかじゃないはず。
呆然としているとケイベルグさんは軽く頭をかきあげた。
「いやー、今日も一日爽やかだね皆!!」
「「!!???」」
ケイベルグさんから聞いたこともないようなイケメンボイスが放たれた。というかなによりケイベルグさんはあんなこと言うキャラじゃない。
「け、ケイベルグさん? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「はっはっはっ! 何を言ってるんだい秀くん。私は全然大丈夫だよ!!」
秀くん!? ケイベルグさんは僕のことを君付けなんてしない。というかどんな人でも基本さんとかくんとかつけない人なのだこの人は。それがくんって・・・・
「ま、まさかこの鏡のせいでおかしく?」
秀は鏡をまじまじと見つめる。もしかしたらこれも不思議な力の宿った魔法アイテムとかだったのかも。
「さぁ、仕事仕事!!」
「「・・・・・・」」
どうしよう・・・・違和感しかない。いやまぁ自分が望んだのはこういう姿なのだがそれでもこうなんともいえない気持ちになった。
結局その日はケイベルグさんには早退してもらい秀とジェシカでどうしようかとずっと考えていた。そしてこの鏡について資料を調べたところどうやらこれは‘逆転の鏡’というものらしく鏡に映ったものを逆のものにすることができるのだ。つまり、ケイベルグさんの場合ボサボサの髪がサラサラになり髭の剃り残しがありザラザラな肌が瑞々しくツルツルな肌になり目もパッチリになり性格もやる気まんまんになったというわけだ。
正直ここだけ聞くとそのままでいいじゃないかと思うのだが以前のケイベルグさんを知っている身としては何とも言えない違和感とこう・・・・居心地が悪い感じがするのだ。
幸いなことに効果は一日しか持たないらしく明日になれば全て元に戻っているのだという。そのことを知った瞬間僕とジェシカさんはよかったーと安心した。それならば何の問題もない。明日ケイベルグさんが来るのをおとなしく待つとしよう。
次の日。秀とジェシカはずっとそわそわしていた。元に戻っているはずと分かっていてもケイベルグさんがどうなっているのか気になってしょうがないのだ。
そして、ケイベルグさんが出勤してくる時間になったとき
「ういーっす。おはようさん」
いつものようにドアを開けケイベルグさんが出勤してきた。そこにいたケイベルグは髪がボサボサ髭も剃り残しのあるザラザラ肌。目元も眠たそうに緩みきっている。いつものケイベルグだった。
「ん? どうした二人共。俺の顔じっと見て」
「「も」」
「ん?」
「「元に戻ったーーー!! にゃーー!!」」
抱き合いながらケイベルグが元に戻ったことを喜ぶ二人。当の本人は何やってんだと首を捻っている。
「何かいいことでもあったのか?」
よかったよかったとうなずく二人をよそにケイベルグはずっとキョトンとしていた。
結局あの後、鏡はそのまま処分場に持っていかれた。誰にも見られないように厳重にガードしたのでまぁ大丈夫だろう。
「それにしても本当に驚きましたねあの時は」
「もっさん別人になってたもんにゃ」
「そんなに変わってたのか俺?」
「それはもう!! キリッとしてさぁ仕事仕事!! とか言ってましたからね」
うわぁ・・・・と顔をしかめるケイベルグさん。そんな姿を自分でも想像できないらしい。
「でも、やっぱり私はこっちのもっさんの方が好きだにゃ」
「そうですね。あんなに真面目なケイベルグさんは気味が悪いですもんね」
ジェシカと秀がクスクスと笑う。
「どう言う意味だよ、全く。けどまぁ俺の本性はこっちなわけだししょうがないよなこればっかりはよ」
ケイベルグさんもにかっと笑ってみせた。
異世界落とし物センターは今日も平和です。
今回はこの辺で。あ、一応まだ続きます。