第ニ章 「胎動」 第四十六話 「お鈴の道」
「天眼 風をみる」
第二章 胎動
第四十六話「お鈴の道」
次にお菊が目覚めたとき、突っ張るような、
腹の痛みがあったものの、
自分で身を起こす事が出来るまで、
回復していた。
龍気の姿は、見えず。 隣にやや子が
スヤスヤと寝ている。
家の外でお鈴と長屋の女連中の話声が聞こえる。
恐らく、お鈴は、やや子のおむつを井戸で
洗っているのであろう。
お菊は、隣のやや子の寝姿をじっと見た。
よだれを垂らし、右手の親指を口に含み
「ちゅっ・ちゅっ」としている。
この時、お菊は、ようやく、まともな状態で
やや子の顔を見る事が出来た。
そっと、頬を触ると、柔らかく、初めて触る感触に
「子を産み終えた実感」が
その指先から伝わってくる・・・。
頭を撫でると、細くふわふわの毛が、心地よい。
やや子を抱きかかえ、咥えていた親指の
変わりに、自分の乳首を含ませる。
反射的に乳を吸う赤子の顔を見ると、
「どうか、無事に育ちますように」と、
母としての願いが自然と湧いてきた。
まだ、多少の痛みが腹には残っていたが、
やや子の顔を眺めていると
そんな痛みは、どこかに消えていた。
ちょうど、お鈴がおむつを洗い終え、静かに
戸を開け中に入ると、
お菊がやや子に乳を与えている。
そのお菊の表情を見ていると、なんとも、
心温まる感情がお鈴の中にも入ってくる。
「母子」の強い愛情と絆が、今の私には、
「とてもかなわない」と感じると、共に、
いつか、「私」も子を産み、この母に追いつきたいと
思うのである・・・。
お菊にとっては、自然な当たり前の行動で
あったが、その姿を見せる事が、お鈴にとっては、
「幼き母の自覚」を芽生えさせるに十分であった。
お鈴「お母さん、大丈夫?」
お菊「うん、随分楽になったわ、どう?
かわいいでしょう、」
お鈴「うん、かわいい! 私も子が欲しくなっちゃった」
お菊「あら! まぁ~、誰の子なのかしら? うふふ」
意地悪くお菊が笑うと、お鈴の顔は、
耳まで赤くなっていた・・・。
お鈴「あのね、お母さん、私ね、これから、
源庵先生のお仕事を、手伝いたいと思っているの、
源庵先生の医術の腕は、大したものよ、
今回の事でよくわかったわ、
さっき、隣のおばちゃんと話していたけど、
お産って大変なものよね、
もし、源庵先生が居なかったら、おばちゃんは、
お母さんもやや子も「駄目だっただろう」
って言っていたわ・・・。
さっき、お母さんがやや子にお乳をあげてる姿も
見れなかったかも知れない・・、
そんな風に考えたら、身震いがしたわ・・・、
私、助かる命を助けたい!
一人でも多くの「幸せ」を増やしたい!
ね、だめかしら?」
お菊「ううん、駄目なものですか、 お鈴、
すばらしい事よ、うん、源庵先生は、良い人よ、
あの人について、医術を学び、お鈴、あなたが、
あなたの手で、わたしのように「幸せ」になる
人を沢山増やして頂戴! お母さんも協力するわ」
お鈴「あ・ありがとう~。 お母さんなら、きっと良いって
言ってくれると思っていたわ、
でも、きっと、「女だてらに」って言う人が
居るだろうな~」
お菊「あら、大丈夫よ、だって「子」を産むのは、「女」ですもの!
どんなに偉い人でも「女」から生まれてくるのよ
そして、女の気持ちは、女にしか分からないものよ、
その為にも、貴女も立派な「女」にならなくっちゃね」
お鈴「う・うん、そうね・・・。」
お菊「あのね、お鈴・・・、 」
お鈴「なぁに、お母さん」
お菊「長政様を好きなんでしょう?」
お鈴「え! う・うん・・・、」
お菊「うん、その気持ち、大事に大切にしなさい。
私は、お鈴と長政様が夫婦になれたらこんなに
嬉しい事はないわ、長政様は、後二年ぐらいで
帰って来ると思うけど、それまで、「医術の腕」も
「女」としても大きく成長出来たら、
長政様もきっと貴女の事を「考える」と思うわ・・、
長政様にふさわしい人になりなさい。
大丈夫、貴女はきっと「良い女」になるわ!
がんばりなさい。」
お鈴「うん、お母さん、分かった。
ありがとう~、私、がんばるね」
傍らでは、やや子が満足した顔をして、
また「すやすや」と眠り始めた・・・。