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「天眼 風をみる」   作者: 魔法使い
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第二章 「胎動」 第四十三話 「お産その弐」



「天眼 風をみる」


  第二章 胎動 


第四十三話 「お産その弐」



   源庵は、お鈴に手を洗わせると、「ひょうたん」


  の中に入った水を両の手にかけた。


  辺りにほんのりと酒のような香りが漂う・・。



源庵「お鈴さん、火鉢に火をおこして五徳の上に


    この鉄瓶を乗せ、水を入れて沸かしてくれぬか」


お鈴「はい、わかりました」



    源庵は、薬箱の中から、形が少しずつ違う小刀、


    小さめの「やっとこ」のような器具、先が丸い鋏、


    焼きごて、細い糸と針、最後にきれいな布を


    沢山取り出した。 


    お鈴は、釜戸の中に「炭」を放り込んで、


    押入れの中から、火鉢を引っ張り出してきた。


    火の点いた炭をお鈴は、火鉢の中にくべ、


    五徳の上に鉄瓶を乗せ湯を沸かす。


    源庵は、その鉄瓶の蓋を開け、湯が沸くのを


    確認すると、薬箱から取り出した、「小刀」


    「やっとこ」・「先の丸い鋏」をグツグツと


    煮えている鉄瓶の中に浸す。


    鉄瓶の中のお湯は、一時的に大人しく


    なったが、すぐに活気を取り戻す。


    焼きごては、五徳の上に置き、


    こて先が真っ赤になる。


    鉄瓶に入れた器具の持ち手は、きれいな布が


    巻かれており、その布には、「壱」・「弐」・「三」


    と記されており、 すぐに掴めるようになっていた。


    次に、源庵は、お菊の鼻先に、鳥の羽を


    ペタリと貼り付けた。


   その羽は、お菊が息をする度にフワフワと羽ばたいた。


    最後に、お鈴が釜戸で沸かしたお湯をたらいに入れ、


    水でうめ、人肌の湯を用意した。


    その時、長屋の外に龍気が、駆けつけてきたが、


    長屋をひと目見るなり、戸の前で坐禅を組み、


    両の手で印を組むと、ただ、祈った。 


   その祈りは、やがて、長屋の家を優しく


    包み込むように広がった。


   

源庵「さて、お鈴さん、総ての準備が整った。  


    これから、お菊さんの腹を切るが、


    慌てる事はない。 多少の血が出るが、


    普通のお産でも血は出るものだ。


   覚悟はいいかな?」


お鈴「はい、大丈夫です」


源庵「うむ、それでは、お鈴さん、お菊さんの手首を


    持ってくれぬか、ちょうど、親指の付け根の


    辺りじゃ、そう、そこじゃ、


   お菊さんの心の臓が脈うっておるじゃろう。


   その脈に合わせて、わしの背中をトン・トンと


    叩いて欲しいのじゃ、


   そうその調子じゃ、わしが、術を施している間、


    ずっとわしの背中を


    そんな感じで叩くのじゃ、お鈴さん、出来るね」


お鈴「はい、任せて下さい」


源庵「うむ、良い返事じゃ・・、 じゃ~、いくよ・・。」


    源庵が、そう言うと、まず、お菊の腹を、


    先程の「ひょうたん」の水で湿らす。


    次に、鉄瓶のお湯で小刻みに揺れている


    「壱の小刀」を取ると、


    二・三回、空を切り、小刀の荒熱を取る。 


    そして、お菊の腹の上を「スーッ」となぞる。

 

    お菊の腹の皮は、薄く、うっすらと血が滲んだ。


    源庵は、小さめの「やっとこ」を鉄瓶から


     取り出すと、小刀と同じ様に空を切り、


    その「やっとこ」で、お菊の腹の皮の一方をはさむ、


    やっとこは、持ち手の部分に工夫がしてあり、


    持ち手を少しずらすと、持ち手同士を引っ掛ける


    事が出来た。


   つまり、挟んだまま、離れないようになるのだ。


    そのやっとこで、皮を両方挟むと、鉄で出来た


    「やっとこの重み」で、皮が左右に


    引っ張られるようになる。 


    源庵が一人でも術が出来るように工夫


    されているのである。


    薄い皮を切り終わると、その下に、淡い桃色の塊が見える。


    中でやや子が、忙しそうに動いているのが、見て取れる。



源庵「お鈴さん、ここが、「やや子の居る部屋」じゃ、


    ここを切ると、中からやや子が出てくる。



    ここから、沢山の水が出てくるが、心配しなくても良いからね」


お鈴「はい、」



     お鈴は、源庵に言われた通り、お菊の脈を診ながら、


    その鼓動に合わせて、源庵の背中を「トン・トン」と


    叩きながら、母である、お菊の身体から、


    目が離せなかった。


   興味本位と言えば、失礼な言い方かも知れないが、


   まったく、「異質」な世界が目の前に


    繰り広げられているのだ。


   もちろん、お菊を助けたいと言う気持ちは当然ある。


   そして、この先、どうなるのか? 


   その気持ちを抑える事が出来ないでいた。


   この時の体験が、この先、お鈴の人生を決定する事となる・・・。


   源庵が、「やや子の居る部屋」に小刀を当てると、


   ほんの少しの切り込みを入れる。


   と、同時に、中から、少し白っぽい水が、あふれてきた。


源庵「よし、良い色じゃ、やや子も苦しんでおらぬようじゃ」


    その切り込みに、先が丸く滑らかに削られている


    鋏を差し込むと、皮を手前に引っ張るようにしながら


    切り口を広げる。 


    切り口からは、先ほどの白っぽい水が溢れかえる。


    先の丸い鋏を静かに引き抜くと、切り口から、


    やや子の足が飛び出してきた。


     源庵は、その足を掴むと、ゆっくりと外へと導き出す。 


     「ズルリ」とやや子が、出てくると、お菊とやや子を


    繋いでいる「へその緒」を先ほどの「やっとこ」


    二本で挟み込んだ。 


    二本のやっとこの間を鋏で切ると、たらいの湯の中に


    やや子を入れ、きれいな布で体を洗う。


    ある程度、きれいになったやや子を、今度は逆さにし、


    お尻を軽く叩く、その拍子にやや子の口から、


    ボトボトと水が出てきた。


    源庵は、すかさず、やや子の鼻に口をあて、鼻の中に


    溜まっている水を吸い込んだ。


    何度か、吸い込んでは、吐き出し、二・三度、


    繰り返しすと、やや子が、大きな産声を上げる。



源庵「よし、良い子じゃ、これで、一安心じゃ、次は、お菊さんの番じゃ」


    お菊さんの身体に繋がっている「へその緒」を手繰り寄せ、


    軽く引っ張ると、「やや子が居た部屋」の切り口から、


    平べったい肉の塊が出てきた。


    源庵は、右手に篭手をはめ、五徳の上で真っ赤になっている


    「焼きごて」を掴んだ。 

 

     そして切り口に対して、焼きごてを、なぞるように滑らすと、


    「じゅ~」と言う音と共に肉の焼ける匂いが漂う・・・。   


    切り口は、少し白くなったが、見事にひっついた。 


    お菊の鼻先に有る、鳥の羽は、相変わらず


     「フワフワ」と動いているし、お鈴の「トン・トン」も変わりない。


     最後は、腹の皮を針と糸で縫い合わせて、


     もう一度、「ひょうたんの水」を縫い目に浸し、


     総ての術は終了した・・・・。    

         


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