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「天眼 風をみる」   作者: 魔法使い
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第二章 「胎動」 第三十ニ話 「うれし涙」



「天眼 風をみる」


 第二章 胎動


 第三十二話 「うれし涙」






龍気「源庵殿と申しましたな、その長崎のある方とは、


    長・いや「大日坊」様と言うお方では、ございませぬかな?」


源庵「おお! そなたは大日坊様をご存知ですか! 


    まさしくその通りでございます


     まさかとは思いますが、ひょっとして貴方様が、


    龍気様ではないでしょうか?」


龍気「うむ、拙者が龍気でございます」


源庵「やはり! そうでございましたか。 大日坊様がおっしゃっていた


   通りのお方じゃ。


   精悍な顔立ちに鋭い眼差し、物静かな所作の中に凛とした生き様。


   私が思い描いた通りのお方じゃ、さすれば、「お菊さん」は、


   どこに居られます」


龍気「 ふむ。大日坊様は、お菊さんの事まで、お話になられたのですな?」


源庵「はい、大日坊様がおっしゃるには、「龍気様とお菊さんは、


    「夫婦」(めおと)になっているだろう、」そして、


    「もしお菊さんに「ややこ」が出来ていたら、そなたの力がきっと


    必要になるであろう、」と、 そうおっしゃっていました。


     私は、医者です。 もし、お菊さんに「ややこ」が出来ていたら、


     きっと、私の知識が役に立つはずです。 


     どうですか? 龍気殿、大変失礼な言い方かも知れませんが、


     お菊さんとは、どのような関係となっておりますか?」

        

龍気「なんと・・・、 大日坊様がそのような事を・・・、 そこまで、「読んで」


   おられたのですか・・・。  いや、参りました。 


   確かに拙者とお菊は、 「夫婦」となりました。  


   そして、お菊の腹の中には、「ややこ」が居ります。


   来月の終わり頃からは、「臨月」となります。」


源庵「やっぱり、そうですか、よかった。間に合いました。 


    大日坊様は、龍気殿とお菊さんの事を随分心配しておられました。


   お菊さんに「ややこ」が出来たなら、お菊さんは、きっと「命がけで産む」と


   言うであろう、そうなれば、母子ははことも命を危険に晒す事となる。  


    もし、万が一の事があれば、また、龍気殿を悲しませる事となる。


    あのような龍気殿の姿は、二度と見たくは無い。  


    そのようにも、おっしゃっていました。


    もちろん、お菊さんの事もたいそう心配しておられました。  


龍気「そうですか・・・、大日坊様がそのような事を・・・、」



源庵「先ほども言いましたが、私は医者です。 


   長崎で南蛮の医学を学び、ある秘薬を使い 「ややこ」を腹の中から


   取り上げる事が出来ます。 


   もちろん、「普通」に産まれてくるに越したことはありませんが、


   大日坊様に聞いた話では、お菊さんは、三十路を過ぎていると


   お聞きしました。 そのような場合、「身体」が硬く、難産になる


   事が多いのは、ご存知でありましょう・・・、  


   大日坊様は、そこまで、見透して私を、ここ信濃の地に向かわせ


   たのであります。 


    あの方は、不思議な方です。 まるで、先を読む「神通力」が


   あるようなお坊様です。


   私が長崎でお会いした時は、まるで、ここ信濃の国で何が


   起こっているのかが、わかっている様にお話されていました。  


   それに、あの方のおかげで、何人もの人の命を救う事が出来ました。


   長崎は、その名の通り、長い岬が有る天然の「良港」でございます。


   近くには、アジさばいわしなどが獲れる魚場もあり、


   時には鯨も獲れます。


   鯨を獲る時は、「一本突き」(突きん棒漁)と言いまして、船の船首に、


   鯨にもりを刺す人が立ちます。 


   この人達を「刃刺」(はざし)と呼んでいますが、 船で鯨を追いかけて、


   鯨の急所に、銛に己の重さを加え、突き刺します。  


  大変危険な仕事で、急所をはずした鯨が、暴れて、その尾で船を叩けば、


  小さな船などは、一撃でございます。


   港には、鯨が来る度に刃刺はざし達が怪我をして、


   担ぎ込まれる事が多いのです。


   怪我人も意識があれば、どこに痛みがあるのかが判るので、


   良いのですが、気を失って担ぎ込まれる怪我人もおります。


   私達「医者」は、どこが、どう痛いのか? それが判らなければ、


    手の出しようがありません。  


   そんな時、大日坊様は、気を失っている怪我人のそばに行くと、


    「こことここが痛がっていて、ここの骨が折れている」 と、言うのです。


    まるで、意識の無い者と会話しているようでございました。  


    確かに、その場所を触ると、折れていたり、 


    腹の中で血が噴出しているのでございます。


    一刻を争う時に、的確な場所を言ってくれる事は、


   大変、重要な事であります。


   その事で、何人もの命が救われました。」


龍気「なるほど・・・、大日坊様であれば、そのような事が出来るかも


    知れぬ・・・。」


    (一段と、風読みの力が増したようじゃの・・・。)


源庵「やはり、ここ信濃の地でも、「神通力」を発揮されていたので、


    ございますな、あの若さで、大したものでございます。」


龍気「うむ・・・、 ところで、源庵殿、今日はもう遅い、どうであろうか、


    今日は、わしの家で泊まられたらいかがかの、わしも、


    ちょうど家に帰る所じゃからの」


源庵「本当でございますか! それは、ありがたい、助かります。


    見知らぬ土地で、思案していた所でございました。」


  

    源庵は、龍気に自分の杖を差し出し、龍気に引っ張られるように、


    山間の道を、町まで案内してもらった。  


    その道中、龍気もまた、源庵に「大日坊」の正体と旅の目的を


    話すのであった。


    程なく、町に着き、お菊とお鈴の待つ長屋にたどり着く。


龍気「さ、何も無い家で、申し訳ないが、どうぞ、お入りくだされ」


源庵「いえいえ、命まで助けて頂き、おまけに泊めて頂けるなんて、


    感謝しても、仕切れぬ事でございます」


龍気「今、帰ったぞ。」


お鈴「お帰りなさい、」 


お菊「お帰りなさいまし、あら、お客様でございますか」


龍気「うむ、長崎から参った、源庵殿と申す方じゃ」


源庵「源庵と申します、よろしく、お願いいたします」


お菊「こちらこそ、よろしくお願いします」


龍気「長政殿が長崎で知りおうた方での、お医者様じゃ。


    長政殿は、わしとお菊が夫婦になること、


    そして「ややこ」が出来たらそなたが、


     「必ず産む」と言うであろう事、


    そうなれば、お医者様が必要になるであろう事


     そこまでを「読んで」いたのじゃ、まったく大した読みじゃわい。


     わしの算段もいっぺんに吹き飛んでしもうたわい。


     わはははは。」



    龍気は、珍しく笑った。


    この何箇月か、お菊の腹が大きくなるほど、


    心配が募るばかりであった。


    それを、長政は、全てわかっていて、その解決策まで、


    用意してくれていたのである。  


    今までの緊張から解き放たれた安堵が、


    笑いを誘ったのである。  


   その事を聞いた、お菊は、逆にうれし涙を


    浮かべるのであった。

 


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