表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「天眼 風をみる」   作者: 魔法使い
84/173

第二章 「胎動」 第三十一話 「長崎から来た男・源庵」



「天眼 風をみる」



 第二章 胎動


 第三十一話 「長崎から来た男・源庵」



 玄海と剛力が正覚寺につく頃、「ケン・ケン・ケーン」と


夕闇を知らせる「雉」(きじ)のひと鳴きが山間にこだまする。


  正覚寺には、先に龍気が来ていた。 


 龍気は、正覚寺の本堂の中央に座り、目の前には


  一本の和蝋燭を立て、


  蓮華座で座ると、目を「半眼」にして、瞑想をしていた。 


  息は、静かに細く、ほとんど呼吸をしていないように見える。


  そこへ、玄海と剛力が帰って来た。 


  龍気は、その微妙な気配を肌で感じていた。


   玄海も、正覚寺の門をくぐる前に、龍気の存在に気がついた。



玄海「ほう、龍気が来ているの・・・、」


剛力「へ? 龍気様と言うと、お昼にお会いした「半兵衛」様と同じ、


    元、忍びの頭領といわれる方でやすか?」


玄海「うむ、今は「杣人」(そまうど・木こりの意)を二十名程まとめる、


    杣頭そまがしらじゃがの・・・、  


    お、そう言えば、剛力殿を杣人にと、龍気に頼んでいたのじゃな、


    一言、言わねばなるまいの・・・。」   


剛力「そうで、ございやした・・。」


玄海「ま~よい、さ、こちらじゃ、」


   

    玄海は、龍気が何処に居るのかが、わかっているようで、


    剛力を本堂まで案内した。



玄海「龍気殿、待たせたかの?」   


龍気「いや、つい先ほど来た所じゃ、そちらが剛力殿ですかな?」


剛力「はじめやして、剛力と申しやす、」 


龍気「うむ、わしは、龍気と申す者、よろしく頼むぞい」


剛力「へい、こちらこそ、よろしくお願いいたしやす」




   この時、龍気は、杣人の格好をしていた。


   倒れる木の枝から「身体」を守る為、腕や脚に、麻布を巻きつけ、


    丈夫な皮の服を纏っている。


    大きな木に成れば、倒れた時の衝撃は大きく、また、木が跳ねる、


   予測しない方向に木が暴れる時がある、ちょっとした「枝」が身体に


    当たるだけで、人の皮膚などは簡単に「切れる」のである。  


    そして、左脇には、「刀」の代わりに「鉈」が携えられていた。



玄海「そうじゃ、龍気殿、剛力殿に木こりの仕事を頼んでいた件じゃが、


    実は、縁あって、鍛冶屋の元真殿と言う所で、剛力殿が


    働く事になっての、木こりの仕事は、出来なくなったのじゃ、」



龍気「ふむ、そうであったか、何、長(おさ・茂助の意)には


    まだ話して おらぬからの、何の問題もない。


    それよりも、鍛冶屋の元真殿と申したか?」


玄海「うむ、元真殿じゃ、 知っておるのか?」


龍気「うむ、鍛冶屋の中では、一目置かれる刀工師じゃ、


    小笠原家の当主を始め、その家臣の中でも元真殿の刀を


     ほっする者が多く、人気がある。


     じゃが、ある時期を境に「刀」を打たなくなっての、


     今は、斧や鍬などしか打たなくなったのじゃ、ちょうど、


     わしが今、使っている斧も元真殿が打った斧じゃの・・、」



玄海「ふむ、その話を先ほど、元真殿としていた所じゃ・・・、 実は・・・」




   玄海は、典太の事、元真に起きた娘婿の事、


   それを踏まえて剛力が鍛冶屋で働き「ギヤマン」を造る事を、


   そして、「ギヤマンの小屋」を造り、そこで太風子を


    育てる事を丁寧に話した。



龍気「なるほど・・、それで、剛力殿が元真殿の所で働く事となったのじゃな・・、    

  

    ふむ、これも、何かの「縁」であろうな・・、しかし、元真殿が刀を打たなく


    なった訳が、そのような事であったとは、しらなんだ。


    自分の仕事に真面目に向き合えば、向き合う程、


    元真殿は自分を許す事が出来なかったのであろう・・。」


玄海「うむ、わしもそう感じた。典太のように、割りきる事が


    出来ぬのであろう・・・、


     しかし、そこが元真殿の良い所じゃと感じたわい。 


     さて、飯の支度でもしようかの・・、」



龍気「おっと、飯ならば、もって来たぞ、ほれ!」


    龍気は、そう言うと、見たことのある、重箱を取り出した。



玄海「お、これは! さては、お菊さんの手作りじゃな。


    上手そうじゃわい」


剛力「お菊さんとは、ひょっとして、龍気殿の奥様でございますか?」


玄海「うむ、気立ての良い女子おなごでの、二人が出おうてから、


    あれよ、あれよという間に、気がついたら、


    夫婦めおとになっておったわい、わははは。」



龍気「これ、よさんか、玄海殿、」


玄海「そうじゃ、お腹の「ややこ」の具合はどうじゃ?」


龍気「うむ、今の所は、大丈夫のようじゃ、じゃが、菊の方が心配じゃの、


    何せあの年での初産じゃからの・・・、」


剛力「へ~、失礼でやすが、お菊さんの年は、おいくつなのでありやすか?」


龍気「うむ、三十路を超えておる、わしも菊も、一度、所帯を持ったが、


    それぞれ、連れ添いに先立たれての、そんな時に知り合うたのじゃ」


剛力「三十路過ぎで、ありやすか・・、 


    おらは、長崎の港で働いておりやしたが、長崎には、


    南蛮のお医者様が、たまにやって来ます。


    そして、全国から若い、駆け出しのお医者様が、


    その南蛮のお医者様に、色々と「医学」


    を教えてもらう為に、集まって来やす。  


    ある時、若いお医者様と懇意になりやして、


    その方に聞いた話ですが、年をとった女子おなごが、


    初めての子を産むときに、「臨月」になったら


     「麻酔」というものを使い、お腹を切り開いて、


     「ややこ」を取り出すと言う事を聞いた事がありやす。  


    もちろん、切り開いたお腹は、「糸」で縫い合わせる


     そうでやす、


     話を聞いただけですから、本当にそんな事が出来るか


     眉唾ものでありやすが、あの若いお医者様は、


     「これだと、母子ははことも助かるのじゃ」と


     熱く語っておりやした」


龍気「麻酔とな?  普通であれば、腹を引き裂けば、


   その痛みだけで、死ぬこともある


    痛みがあれば、人は暴れるからの、出血も多くなる。


    本当にそんな事が出来るものなのか?」



剛力「へ~、確か、痛みをとる「朝顔」があるとの事で、その「朝顔」


    の種を煎じて飲むと、体の痛みが無くなるとか言っておりやした」



玄海「ふむ、朝顔といっても、ただの朝顔では無い様じゃの、」



剛力「確か、「朝鮮朝顔」と言っていたようでしたが、


   違うかも知れません。」



龍気「朝鮮朝顔か・・・、吾平殿にその辺を聞くと、詳しいかも知れぬが、


   それを使って、どのように腹を切るのか・・、


   その辺は、医学を学んだ者でしか、


    判らぬであろうな、ちなみに剛力殿、その若い医者は、


    どこの御国の方でござったのかの?」



剛力「へ~、確か「越中富山」が御国と聞いておりやす」


玄海「なるほどの、越中富山は、薬を扱う行商人が多いからの、


    医者も多いのは、納得じゃわい、ここからなら


    早馬で飛ばせば、ニ日で行けそうじゃが、どうじゃ?」


龍気「そうじゃの~、途中で馬を何頭か乗り潰す事になるがの・・・、」


玄海「ま~、お菊さんが、無事に「ややこ」を産んでくれるのが、一番じゃがの


    こればかりは、男にはわからん!


    町の産婆に頼るしかないじゃろうの~」


龍気「うむ・・・、そうじゃの・・・。」



   この時、龍気の頭の中では、色々な考えを巡らしていた。


   もしもの時は、自分で腹を割いて子を取り上げるか、その為には、


   「朝鮮朝顔」の事を詳しく知る必要がある。


   それには、吾平に詳しく朝鮮朝顔の事を聞く必要がある。


   それか、道願殿に聞いても、何か判るかも知れん。


    もしくは、予め越中富山から医者を手配しておくか、


    それが一番確実かも知れぬ


     などと、龍気が考えられる事は、全て考えていた・・・。

   

    そこには、お菊とまだ見ぬ我が子を無事に助けたい。 


    ただ、 その一心に尽きた。 


    だが、この後、龍気の心配を吹き飛ばす人物が現れる。





玄海「さて、明日も早いからの、腹もふくれたし、もう、寝るとするか、


    剛力殿は、こちらの部屋じゃ、ゆっくり休んでくれ」


剛力「へい! ありがとうございやす」


玄海「龍気殿はどうする? 今日は泊まるか?」


龍気「いや、今日も帰るとするよ、菊が心配じゃからの・・、」


玄海「うむ、そうじゃの、では、また明日の朝、永光寺での・・、」


龍気「うむ、では、御免!」



    龍気は、正覚寺を出ると、自分の家がある町の長屋に


    向かって歩き出した。


     日はとっぷりと暮れ、辺りは、真っ暗である、


    その闇を月だけが照らしている


    夜目の利く、 龍気にとっては、月明かりで十分であり、


    何なく歩を進める事が出来た。

 

     もう少しで町まで、着くと言う所で、かすかな、男の悲鳴が聞こえた。


     暗闇の中で、龍気の足がピタリと止まる。 


     山間の道から少し外れた、山の中で聞こえる。  


     龍気は、「忍びの顔」になり、一目散に悲鳴の方向に走る。 


     木と木の間を縫うように走ると、独特の匂いがした。 


     「野犬」の匂いである。  「誰かが、野犬に襲われている」


     そう、直感した龍気の足は、更に早くなった。


      と、同時に腰に携えている鉈をスラリと抜いた。


      男が居た。  男は、一本の大きな木を背中に、


     その周りを五、六匹の野犬に囲まれている、


     杖を両手に持ち、野犬に対して威嚇しているようだが、


     ただ、杖を無造作に振り回しているだけだ。

 

     龍気は、一番外側に居た、野犬の首筋に持っていた鉈を振り下ろすと、


     「ギャン!」と言う断末魔を上げ、野犬は、二、三歩、歩いた後に


     バタリと倒れた。 その断末魔を聞いた、他の野犬は、


     一斉に、龍気の方を睨みつける


     しかし、その次の瞬間、すぐそばに居た野犬の横腹にも


     切り込みが入る、またも断末魔を聞いた残りの野犬は、


     本能的に危険を察したのか、後は、「逃げ」の体制であった。 


     雲に隠れていた月が姿を現すと、そこには二匹の野犬の


     屍骸が横たわっていた。


      男は、ブルブルと震えながら、その一瞬の静寂を破り、


      龍気に対して、お礼を言い出した・・・。



源庵「か・かたじけない、拙者は、源庵げんあんと申す者、道に迷い、


    気がついた時には、野犬に囲まれて居ての、死ぬ思いであった。


    そなたは、命の恩人でござる。 ま・真にありがとうでござる。」


龍気「そうでございましたか、 たまたま通りかかったら、


   悲鳴が聞こえての・・、して、どこに向かわれる所であったのかの?」


源庵「この近くに正覚寺と言う寺があるはず、そこに玄海殿と言う和尚が


    居るはずなのじゃが、ご存知無いであろうか?」


龍気「正覚寺なら、良く知っておるが、どのような用向きなのですかな?」


源庵「いや、本当は、その正覚寺の和尚と懇意にしている、


   龍気殿と言う方に話があるのじゃ、ある方に頼まれての、


   長崎から参った次第じゃ」


 

    そこまで、話を聞いた龍気は、即座に「長政」の影を源庵に見ていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ