第一章 「旅立ち」 第五話 「忍びの頭領 龍気」
「天眼 風をみる」
第一章 「旅立ち」
第五話 「忍びの頭領 龍気」
長高が行方をくらましてから、二日後に、長利の所に父からの使いが来た、
「龍気」である。ちょうど、馬小屋で「春風」に馬草を
与え春風専用の櫛で体をなでていた時であった。
先に気がついたのは春風の方である 馬草を食べていた春風が頭を起こし
上唇をあげ、においを嗅いでいる この動作の時は、近くに
何か違う生き物が近寄ってきた時である
その様子をみて 長利は「龍気」の存在に気がついた
長利「久しぶりじゃな 龍気よ」
龍気「これは長利様 まいりましたな 先に気がつかれましたか」
長利「いや、先に気がついたのは春風の方じゃ
こやつの感は、わし以上じゃよ」
龍気「例の風をみる力の事ですな」
母の言葉を守り、自分の力の事は本当に信頼の置ける者にしか話して
いなかったが、「龍気」には、「忍びの里」で忍術を学んでいた時に
話していた。
「その時の会話である」
長利「龍気よ、話しておきたい事があるのじゃが」
龍気「なんでございましょうお館様」
長利「おい、おい、お館様は、ないであろう わしは しがない四男坊じゃ」
龍気「何をおっしゃいますか、貴方様の力量は、失礼ながら、父、貞朝殿を
はるかに凌いでおります それは、単純に武の力だけではございません
その懐の深さ、大きさもでございます。ゆえに、我ら忍びの者たちも
貴方様を慕い、ここでは皆、長利様のことをお館様と呼んでおりまする」
長利「うむ、ま~よいが、決して表に出しては、ならぬぞ!争いの種になるでの」
龍気「それは、十分承知いたしております 皆にもよく言い聞かせておりますゆえ
ご安心くだされ、して、お話とは?」
長利「うむ、とっぴょうしもない事ゆえ、驚かんでほしいのじゃが、
実は、わしには人の心が読めるのじゃ、」
龍気「・・・なるほど、 そう考えると合点がいきまする」
長利「なんじゃ、驚かんのか! こっちが驚いたわ」
龍気「それで、納得がいたしました お館様の目覚しい上達ぶりは、その力による
ものだったのですね、例えば、お館様は 私が、ひとつの事を注意すれば、
その事のみならず その次の事、さらに次の事までも ご理解しておられました
教える者にとっては、ある意味教えがいの無い事でございます
また、我ら忍びの者の中にも似たような力を持っている者がおりまする、
その者達もお館様と同じように、普通の暮らしが出来ず、ここに流れてきた
者達でございます」
長利「はは、教えがいの無い者か そうか、わしが会うてない者の中にそのよ
うな者が居たのじゃな、」
龍気「いかにも、その力があるゆえ、普段は、この忍びの里の中でも
さらに別な場所でひっそりと暮らしております、 そうしなければ、
その者達の心が壊れてしまいますゆえ・・・。」
長利「なるほど・・わしにも同じような経験があるわ・・・、
わしの場合は、わしの問いかけに対して、その者の心の声が聞こえる
のじゃ、発している言葉とは裏腹にその者の本心がわしの
心に響いてくる 何でもかんでも、総てが聞こえる訳では
ないからの~、 その辺が、まだ救いじゃの・・・。」
龍気「そうでございますな、忍びの里に居る「特別な者達」は、
近づくもの総ての心がわかってしまいます
それゆえ、食料などを運ぶ役目は、純心な心を持つものしか行けません。
通常は何も知らぬ子供に行かせますが、いつしか、その子供も
同じような能力を持つようになってしまいました・・・。」
長利「龍気よ、まさか!」
龍気「いかにも、私めの心も洩れてしまいましたな・・
その子供とは、私の娘でございます・・」
長利「そうか、あの娘がか・・・、 辛い思いをしたであろうに・・・。」
龍気「そうでございますな、初めの頃は、よく泣いておるのを
みております」
長利「うむ、人の心は、まるで風のようじゃ、心地よい優しいそよ風もあれば、
強い嵐の風もある。 防ごうと思っても、風を捕らえる事は出来ぬ、
勝手に人の心に入ってくるのじゃから、
普通の者ではその精神が病んでしまう だれもが優しいそよ風の
持ち主とは 限らんからのう~」
長利が、龍気に対して心を開くのは、龍気が長利に言っていた
「懐の深さ 大きさ」をこの龍気も持ち合わせていたからである
何物にも動じない心 そして柔軟な心 さらに、総てを、 受け入れる器
長利は龍気の事を「深淵に住む眠れる龍」のようだと感じていた。
有り余る能力を持ちながら、じっと 自分を沈め 表には決して出ず
それでいて忍びの里をまとめ、信頼されている
長利は、密かに龍気の事を父親のように慕っていた
また、龍気も、特別な力を持っていた それは、長利のような力では無く、
龍脈をみる力である。
「龍脈」とは、現代で言えば「風水」の類であり、野や山の地形を見ることで
「地脈」「水脈」を知り、 さらに「龍脈」の先端にある「龍穴」(りゅうけつ)の
場所を探る事である、 「龍穴」の場所はその地形の「力」が集約される場所
であり、古来よりその場所では「繁栄」が約束されていた。
龍気は、その場所を経験とあるやり方で探る方法を習得しているのである
「話を元に戻そう・・。」
長利「うむ、して今日は何ようじゃ 龍気よ」
龍気「は、お館様(貞朝の意)の使いとして参りました。
長高様の件も落ち着き 長利様にお話があるとの事でございます」
長利「そうか、思ったより、早かったの~ うむ、では、すぐにでも参ると伝え
てくれぬか」
龍気「は、では、その旨 お館様にお伝えいたします」
長利「それとな、龍気よ 後でわしの屋敷に来てはくれぬか、
そうじゃの~ 暮れ六つ(現在の午後6時)頃でどうじゃ」
龍気「は、かしこまりました」
長利「うむ、では たのんだぞ」
長利がそう、言うと、龍気の気配はすーーと消え、
後にはさわやかな風が吹いていた。