第一章 「旅立ち」 第三話 「対峙」
「天眼 風をみる」
第一章 「旅立ち」
第三話 「対峙」
この第三話から( )で書かれている文章は、
(心の声)といたします。
吾平が、父の屋敷と反対方向に歩いて行く様をみて、
「思惑通りじゃな・・さて、これでよい、」 一言、洩らすと
長利は、「仏間」の方に向かった。
仏間では、長高が、なにやら物を書いている。 その目は、
ぎらぎらと嫌らしい鈍い光を放ち、口元は、うっすらと開き
ニヤニヤ笑いながら、独り言を言っている。
長高「この密書が届けば、小笠原家は、わしのものじゃ・・・。」
そこに襖の前で、長利が一声かける。
長利「兄者、長利でございます、よろしいですかな」
そう、声をかけると、長高は、慌てて書きかけの書状を懐に隠した。
長高「な、なんじゃ、長利か、入れ!」
そう言いながら、自分の刀を、正座しているすぐ左側に置いた。
長利「失礼、つかまつる」
そう、言いながら、長利は、襖を開け、部屋の中に入った。
部屋に入ると、かすかな墨の香りを感じた。
乾ききっていない密書を慌てて隠したため、畳の上に、
ぽつ、ぽつと、墨が零れている。
それらを「みて」(間に合ったか・・・)と、心の中で安堵した・・。
改めて、正座しなおし、背筋を伸ばし、両の手を腿の付け根に当て、
軽く、一礼しながら、
長利「お久しぶりで、ございまする」と礼儀を守る。
長高「うむ、確かに久しぶりじゃな、して、何用にまいった」
長利「はい、本日、伺ったのは、他でもありません。
兄者の本心を聞きに参りました」
長高「何! わしの本心じゃと、」
自然と、長高の左手が刀へとのびる・・・。
その頃吾平は・・・、
吾平(困ったの~、このような立派な刀を、おらが、もっているのは、
変じゃの~)
そう思った吾平は、刀を包む風呂敷を買い、刀を包み、あと
背負いかご」と「薪」を買い、薪と刀を背負いかごに入れ
茶店へと向った。薪は、ゆうげの時に釜戸にくべるためである。
吾平(お、そうじゃ、前々から欲しかったこの杖も買おう)
と、寄り道もし、「茶店」に向かっていた。
ここの茶店は、笹の葉で包んだ、「笹団子」が名物で、そのまま、
「土産」でも持って帰ることが出来、店の中でも食べることが出来た。
吾平は、茶店女に笹団子を注文し、先に出された、茶を
すすりながら、考えた・・。
吾平(それにしても、長利様は、何故、おらに この刀を
預けたのじゃろうな~、
昔から、変わった所があったけんど、後になると 長利様が
行ってきた事には、それなりの意味があって、つじつまが
あっとったからの~、
それに、出来るだけ お館様の所に 遅く行けというのも、
何か意味があるんじゃろうな~)
そんな事を考えていたら、茶店女が名物の「笹団子」を
皿に乗せて持ってきた。
「仏間」では、二人の間に 明らかな緊張感が漂っていた。
長利には、兄、長高が刀に手をかけているのが見えていた。
が、それでも冷静に話を続けた。
長利「我らの父上が、長男である兄者よりも、次男の長棟様に家督を
継がせようしているのは、私の耳にも届いております、
その事で、兄者が面白くないと思っている事も承知しております」
長高「・・・・・」
長利「そこで私は、この後、兄者がどのように動かれるのかが、
気になりまして、本日、伺った次第でございます」
長高(今、知られては、まずい!)
「父が、次男の長棟に家督を継がせようとしているので
あれば、それは、いたしかたがないと、わしは、思っておるが・・、」
長利「兄者、私は、先ほども申しましたように、本心を伺いにまいりました」
長高「何を申すか! それが本心じゃ。」
長利「本当にそうでございましょうか? それでは、その懐に隠されました、
密書は、どう説明なされます」
長高「何を根拠に言う! わしは、密書など持ってはおらぬ」
長利「隠されても、この長利には、わかりまする、その密書は
敵対している小笠原 長基 宛てのもの、父を暗殺すると、
同時に、長基の軍勢が押し寄せる手筈となっているのでしょう、
その日時が書かれているはずです」
ここまで、言い切ると長高の顔は、みるみる蒼白となり、
左手に持っていた刀も、落しかけそうになった。
長利「今ならまだ間に合います、どうか、お心変えをしてくだされ、
この事は、私以外は、まだ誰も知りませぬ」
長高「ほ、本当に、お主以外は、まだ、誰も知らぬのじゃな・・、」
長利「いかにも・・・」
長高「して、お主、今日は一人で参ったのか・・・。」
長利「はい、私、一人でございます。」
長高「そうか・・・」
と、言い終わると同時に長高は、左手の親指に力をこめ、
鍔をぐっと押し、刀の「鯉口」を切った。
すかさず、右手で刀の柄を持ち、右膝を立てながら
横一線に切りかかった。 と、同時に「キーーーン」と甲高い音がした。
長利(やはり、無駄であったか)
長利がそう思うと、もう一本の「菊一文字」 小太刀の方で長高の
初太刀を防いでいた。
長利「兄者、無駄でございます 我の武はご存知のはず、
刀をお引き下さい」
長高「え~~い、うるさいわ!」
暫しのせり合いを嫌い、お互いが半歩ずつ下がると、 長高は、
大きく振りかぶって長利の右肩から袈裟に切りかかろうとした。
その時、刀の切っ先が鴨居に突き刺さり抜けなくなった
その瞬間、長利は、左足に力をこめ、畳を蹴ると、瞬時に長高の首筋に
小太刀の刃を押し当てた。
長利「これまでで、ございます、兄上・・・」
「ぐっ・・・」と一言もらすと、長高は、その場に崩れ落ちた。
長利「先程、吾平に我の書状を持たせ、 父 貞朝に届けさせました。
兄上、長高が小笠原 長基と結託し謀反の恐れありとの
書状でございます。
もうじき、父が手練を連れてこの屋敷に乗り込んでまいりますぞ、
まだ、暫しの時はございましょう、今のうちに屋敷を出なされ、
兄者、いや、長高殿、次に会うときは、そなたを殺さねばならぬ、
同族同士、ましてや血を分けた兄弟が争う事など、
あってはならぬ そうは思わぬか・・・。」
そういい残すと、長利は、静かに仏間を出て行った。
長高(あやつにわしの気持ちが分かるものか、そうじゃ、吾平の足なら、
まだ間に合う、馬で追いつき、書状を奪い返してくれるわ)
長高がそう思うと、足早に馬小屋に向かい鞍をつけ、
一目散に父の屋敷の方に馬を走らせた。
長高(ここから、父の屋敷までは、一本道じゃ、必ず追いついてみせる)
血眼になって父の屋敷の方に向かう長高の様子を庭先の影から
長利が見ている
長利「やはり、そう動いたか・・・」
長利は少し残念そうな面もちでポツリと嘆いた・・・。
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