第一章 「旅立ち」 第二話 「長高の屋敷にて」
天眼 風をみる
第一章 「旅立ち」
第二話 「長高の屋敷にて」
翌朝、長利は、少し遅い朝げを食べ、馬に乗り、
長高の屋敷へと向かった。
まだ、元服前の長利であったが、左の脇には、
名刀 「菊一文字」が添えられていた。
「長利」「これを、使わぬ事になればよいが・・。」
武に関しては、幼い頃から父 貞朝の側近であり、
「小笠原弓馬術礼法」師範でもある「長末」に
剣、弓、馬術と習い、齢十三にして、
師範の長末を凌ぐ腕前である。
天性の感がいいのであろう、その上達ぶりに
師範の長末は、「まことに人の子か!」
と言わせたものである。
相手の考えが「わかる」長利ではあるが、
「達人」の領域になれば、なるほど、
「無心」で「剣」を振り下ろしてくる。
考えて討つのでは無く、「体」の反射に近い。
それを、繰り返し鍛錬するのである。
また、それを支える腕力が無ければ、
話にはならない。 剣術に関しては修行するしかないのだ。
とにかく、毎日が厳しい修行の日々ではあったが、
長利は、幼き頃から、この長末が好きであった。
不器用で頑固者だが、その心根は、真っすぐで、
「透きとおった一本の槍」のようだと、感じていた。
物心ついた時から「爺っ」、「爺っ」と慕い、
「爺っ」だったからこそ、
厳しい修行にも耐えられたのだと、素直に思っていた。
また、「長末」には、野山での狩りの仕方や、川での
魚の捕まえ方、食べられる茸や木の実・山菜など・・、
自然の中で「生きる術」を教えてもらった。
この事が、後に長利を大きく支える事となった。
また、父に内緒で、「忍びの里」にもよく行き、
「戸隠流 忍びの頭領」「龍気」とも懇意にしていた。
そこでは、「戸隠流忍術」を会得し、中忍(中堅クラスの忍び)
ぐらいの者といい勝負をしていたものである。
武士の子であるが、長利には、体裁とか身分であるとか
差別する感情が無く、「友」としての延長で、絆を
深めていたのである。「長末」にしても「龍気」にしても、
そんな長利の心意気がわかり、いつしか、その絆は、
太く、深いものとなっていた。
馬を走らせ、半刻(1時間)程で、長兄である
長高の屋敷に着いた。馬小屋に手綱を結びつけ、
愛馬「春風」の首筋を軽く叩き、「ごくろうだったな」
と一声かけ、水桶の水を飲ませる。
「春風」はいかにも上手そうに水を飲むと、
「ひん!」と短く一鳴きして、長利の顔をじっと見つめた。
「大丈夫だよ春風、こいつは使わぬよ」そう言って、
「菊一文字」の柄尻をポンと叩いた・・。
門前で、「だれかおらぬか」と言うと、奥の方から
「へ~い、ただいま、まいりやす~」と返事が返ってきた。
竹ぼうきを持ちながら、前かがみで、歩きながら、
一人の老人が出てきた。
「長利」 「お~、吾平か、久しぶりじゃな、」
「吾平」 「これは、長利様、ようこそ参られやした」
「長利」 「兄者は、在宅か?」
「吾平」 「へぇ~、奥の仏間に居られやす」
「長利」 「そうか、しばらくぶりに話がしたくなっての、
邪魔をするぞ。」
「吾兵」 「へい、では、お茶でも、お持ちいたしやす」
「長利」 「いや、茶は、よい。それより、吾平に頼みがある」
「吾平」 「へい、なんで、ございましょう」
「長利」 「この書状とわしのこの刀を父の屋敷にまで
届けて欲しいのじゃ」
「吾平」 「お館さまの所にでございますか?」
「長利」 「うむ、そうじゃ、頼めるか?」
「吾平」 「へぇ~、長利様の頼みとあれば、行きますが、
まだ、色々と雑用が残って
おりやして、それに、旦那様にも一言
申しておきやせんと・・。」
「長利」 「それもそうじゃな、よし、兄者には、
わしから言っておこう」
「吾平」 「そうでございますか・・。」
「長利」 「それとな吾平、できるだけ、ゆっくりと
行ってくれぬか」
「吾平」 「へ! ゆっくりとでございやすか?」
「長利」 「うむ、そうじゃ、吾平の足なら一刻(約2時間)は、
かかるであろう」
「吾平」 「そうでございますな・・。」
「長利」 「そうじゃな~、途中の茶店にでも寄って
夕刻ぐらいに、父の下に着けばよい」
「吾平」 「そんなにゆっくりで、ええのですか?」
「長利」 「うむ、ほれ、これは、茶代じゃ、持っていけ、」
「吾平」 「こ、こんなにで、ごぜ~ますか!
あ、ありがとう、ごぜ~ますだ」
「長利」 「うむ、孫のお千代に団子でも買っていくがよい、
それと、吾平、父に届けた後、今日は、
そのまま家に帰れば、 よいぞ、兄者と遠出
するかもしれんでな」
「吾平」 「へい! わかりやした」
吾平に「菊一文字」と書状を渡すと、ひょこ、ひょこと
吾平は、父の屋敷と反対方向に向かって、歩いて行った、
どうやら、遠回りして、色々と買い込む気のようだ・・。