第一章 「旅立ち」 第二十三話 「正覚寺にて・・・綻び(ほころび)
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第二十三話 正覚寺にて・・・綻び(ほころび)
玄海「小笠原 長基に会った後は、どうするつもりじゃ?」
長利「うむ、越後の 「長尾 景虎」(ながお かげとら 後の上杉 謙信)と
甲斐の「武田 晴信」(後の信玄)に、会うつもりじゃ」
玄海「こりゃ、驚いた! そりゃ、いくらなんでも無理じゃろう」
長利「確かに、「小笠原 長利」としては、無理かも知れぬが、一人の「旅の僧」としてなら、
可能であろうと思っておる、それに、「策」もあるしの・・・、」
龍気「ひょっとして、「風よみ」(心をみる力)を使われるおつもりですかな」
長利「さすが龍気じゃな、「風よみ」を「法力」と称して、風変わりな「旅の僧」がいると、
噂すれば、向こうから、寄ってくるかもしれぬでの、特に「長尾 景虎」は自らを
「毘沙門天」の生まれ変わりと言うほど、信心深いと聞きおよんでいる、
二人で会う事ができれば、自らの正体を話、腹を割って話がしたいと、思うておる」
玄海「なるほど・・、それならば、会うことは可能かもしれぬの、色々と考えておるわい」
お菊「なんですか、「風よみ」って?」
玄海(おい、この事は、お菊殿には、話しておらぬのか?)
長利(うむ、まだ言っておらぬ)
玄海(どうする?)
長利(わしに、まかせろ)
お菊「あら、なんですか? 急にこそこそ話をしだして、そんなに、聞かれたく無い話ですの?」
長利「うむ、お菊よ、正直に話そう、しかし、今から話す事は、そなたを信じて話す事ゆえ、
他言無用としてくれ、約束できるか?」
お菊「長利様との約束ですから、もちろんお約束いたします」
と、お菊は即座に答えた。
長利「実は、わしは「人の心が読める」 わしの問いかけに対して、もし、嘘、偽りの考えを
持っていたならば、その言葉とは裏腹に、その者の「本心」が聞こえてくるのじゃ、
その事を「心」を「風」と置き換えて「風よみ」と言っているのじゃ」
お菊「やっぱり、そうだったんですね、薄々気がついていました。
だって、長利様の身近で奉公していると、そう考えると、理にかなう事が多すぎて、
ごめんなさい長利様、「風よみ」と聞いて、その事かと思い、思わず、聞いてしまいました。
でも、これで、すっきりいたしました」
長利「なんじゃ、解っておったのか!」
玄海「さすが、「女の感」は、するどいの、というか、長利が「女」を知らなすぎるわい」
長利「まいったわい、ま、それならば、これからは、隠し事はなしじゃな、」
龍気「それより、何故、「長尾 景虎」と「武田 晴信」なので、ございますか?
その両名は、「小笠原 長基」に会うよりも、かなり危険でございまする」
長利「確かに、そうよの・・、じゃが今、この信濃の国は、分裂しておる、こんな状態で
もし、このどちらかに攻められたら、 この信濃の国はひとたまりも無い、
特に、甲斐の武田は、この信濃の国を狙っておると聞く、
わしがまず、小笠原 長基に会うのは、分裂している「小笠原家」をひとつに
まとめ、その上で、長尾 景虎と武田 晴信に会って、その本心を「みる」つもりじゃ、
今の時代、 力無き者は、強いものにつき、そこで功績をあげ、領地を拝領してもらうか、
自らが強くなり、他国を攻めて領地を盗るしかない。
自分ひとりが生きていくのであれば、百姓にでもなれば、いいかもしれぬ、
じゃが、百姓もなかなか生きていけぬ、のう、玄海」
玄海「うむ、確かに、わしのように、「捨て子」で忍びの里に捨てられるのが、おちよの・・・、
じゃが、わしは、自分の 「おっとう」や「おっか~」に感謝しておるぞ、
中には「間引き」されて、河に流されるものも多い、それに比べれば、
わしは、「生かしてくれた」 それだけでいい・・・」
長利「すまぬな、昔の事を思い出させてしもうたの」
そういって、玄海に酒を注いだ・・。
玄海「いやいや、もう、すぎたことじゃ、」
玄海は、注がれた酒を一気に飲み干した・・・。
長利「先程、お菊が言ったように、 わしは、「民」の事を一番に考えている、
では、「民」を守るのはどうすればいいと思う 龍気よ、わかるか?」
龍気「そうでございますな、簡単に言えば、守れるだけの何らかの「力」を持つ事でしょうな」
長利「そうじゃな、「力」が「武力」だけでは無い。 時にそれは、「金」であったり、
「情報」であったり、「縁」であったりと様々じゃ 「駆け引き」や「損得勘定」
なども「力」となり得る。じゃが、ひとたび、戦が始まってしまえば、
やはり、「武力」が一番、強くなってしまう、
戦は狂気じゃ、 始まってしまっては、後に引けぬ・・、 それまで、
築き上げてきたものが、一瞬で無くなるのが戦じゃ、
じゃから、戦が始まる前に、打てる手は、打っておこうと思っておる、
今回の「旅」の目的の一つは、そこにもある。
まず、信濃の国をまとめ、「敵」を知り、その上で、他国の領主の「本心」をみたいと思っておる。
「越後」や「甲斐」だけではなく、他の国から、天下を盗る者が現れるかも知れぬ。
この信濃の河を氾濫させない「工夫」を施す事も忘れてはならない。
「はぐれ村」の病を治すと言われている大風子の木も探さなくてはならぬ。
やるべき事は山ほどある。
わしが、旅から戻った時に、他国に占領されていたのでは、洒落にならんからの・・・」
玄海「確かに、その通りじゃな・・、じゃが、長利よ、百姓はある意味強いぞ、「上」(領主)が
代わっても、百姓は、そのままじゃ、 ただ、「年貢」を納める相手が代るだけじゃからの~」
長利「それも、そうじゃな、ははは」
龍気「お館様、その事で、少し、お話がございます」
長利「ん? なんじゃ」
龍気「実は、今日のお昼に忍びの者の、主だった者を集め、今後の事について話をいたしました。」
長利「今後の事とは?」
龍気「今、忍びの里は「小笠原家」の援助を受けておりますが、生活そのものは、
田んぼや畑を耕し、食うものは自らが、 作っております。
正直、小笠原家からの援助もそれ程、多くは無く、先代からの慣わしで仕えているような
ものでございます。
もし、「お館様」が本当の意味で「元服」し、お気持ちを固められた時、
我ら「忍びの者」はそのまま、「お館様」に仕える覚悟でございます。」
長利「・・・・そう言ってくれるのは、真にありがたい話じゃが・・・、
それは、結果的に「小笠原家」に 背を向ける事になる・・、
じゃが・・う~む、 よわったの・・、」
玄海「何を考える必要がある、戻って来る「草忍」と今居る「忍びの里」を合わせれば、
百人以上の集団となるぞ、 しかも、それぞれが、そこそこ腕の立つものばかりじゃ、
一騎当千とまでは、いかんかもしれんが、一騎当百ぐらいは、 言ってもいい集団じゃ、
借り出された百姓とは、雲泥の差じゃぞ、その集団を引き連れて、越後か甲斐のどちらかに
つけば、すぐにでも功績をあげる事は出来よう、さすれば長利、
お主は、どこかの領地を拝領して、一国一城の主じゃ、」