第一章 「旅立ち」 第二十一話 「正覚寺にて・・・「宴」の前」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第二十一話 正覚寺にて・・「宴」の前
長利「さて、お菊や、大丈夫か?」
高ぶった感情は、小鉄に抱きついた事で、落ち着きを取り戻してきた。
お菊「あ、すみません、もう、大丈夫です」
長利「そうじゃな、野犬は、もう襲って来ぬと思うが、念の為、小鉄らに、
周りを見張らせながら、正覚寺に向かうとするか」
お菊「はい、そうしてくださると、安心です」
忍犬は、全部で八匹居る、 総て真っ黒な犬で、中には小鉄の兄弟分も居る、
長利とお菊の周りをその八匹が取り囲むように陣取り、まるで、
「結界」の中に居るような感じで歩みを進める。
程なく、「正覚寺」に着いた。
長利「お~い、玄海和尚、おるか~、わしじゃ~、長利じゃ~」
玄海「お~、まっておったぞ、さ、さ、遠慮せんと、あがれ~」
長利は、「小鉄」を玄関先に待たせ、お菊と一緒に中に入った
「正覚寺」は玄海と龍気が二人で建てた寺であるから、
そんなに大きな寺ではない。
本堂の他、二つ、三つの部屋があるだけの、こじんまりとした寺である。
ただ、その裏手には、かなり広めの畑があり、その奥が墓地となっている。
玄海は、貧しい百姓が、葬式の出す金もなく、仏さんだけを持って来たら、
それを、裏手の墓地に埋葬していた。
もちろん、「金」など受け取っていないが、それには、訳がある。
その訳は、後ほど「酒に酔った玄海」が話してくれるだろう・・。
「こんばんわ、玄海和尚様、」とお菊が言うと、 目を丸くして、
驚いた様子で玄海が言った。
玄海「こ・こんばんわ、失礼ですが、どちらの奥方様でしょうか」
長利「ははは、家で奉公しているお菊だよ、和尚」
お菊「はじめまして、お菊と申します よろしくお願いいたしますね」
玄海(お・おい、長利! いい女じゃな、いつから奉公していたのじゃ、)
長利(一年程前からじゃが、それがどうかしたか?)
玄海(う~む、お主も、まだまだ子供じゃの~、こんな良い女をそばに置いといて・・・)
お菊「あら、何ですか? コソコソ話して」
玄海「う、いや、何でもござらん、」 と、玄海がごまかした・・。
「勝っ手場」では、龍気が鮎をさばいていた、玄海が近くの川で獲ってきたものである。
それを見たお菊は「あらあら、龍気様、そんな事は私がやりますので、鮎が出来るまで、こちらを
召し上がってください」
と、背負っていた重箱を取り出し、宴の部屋で並べだした。
海の無い、この地方では、なかなか手に入らない「鯛の尾頭付き」をはじめ、盆と正月が
一緒に来たかのような、豪勢な料理が入っていた。
「これは、すごいな、どれも急には用意出来ないものじゃぞ」と長利が言うと、
お菊「長利様から、旅に出る話を聞いたとき、私に何が出来るのかなって、考えた時、
こんな事しか思いつかなかったのです」
長利「そうか、野犬に襲われた時、躊躇したのが、わかるわい」
龍気「お館様! 野犬に襲われたのですか!」
長利「うむ、来る途中にな、いや、小鉄のおかげで事なきを得た、
後で、小鉄に褒美をあげといてくれ」
龍気「そうでございましたか、さっそく、小鉄に褒美をあげてまいります」
褒美の餌をあげるタイミングは、早い方がいい、そうでなければ、
何に対しての褒美であるかが、犬には、判らなくなるからである
お菊は、そのまま、「お勝手」に残り、鮎をさばきにかかった。
宴の部屋では、玄海と長利の二人が残った。
長利「そうじゃ、玄海殿」
玄海「なんじゃ、改まって、いつものように玄海でよいぞ」
長利「はは、酔いが回らんうちに聞いておきたい事があっての、
玄海は「大風子」(たいふうし)と言う木を聞いた事がないか?
あの、はぐれ村の病を治すと言われている木じゃ」
玄海「おお、大風子じゃな、聞いたことがある。わしが旅に出ているときに聞いたぞ。
そうじゃな、確か「明の国」の更にはるか南の国に、生えている木だそうじゃ、
その木の実から、あの病を治す「塗り薬」が出来るそうじゃ、
じゃが、なにせ、遠い異国の地に生えている木じゃから、そのまま持って来る
事は出来ぬからの、それに、話で聞いただけで、本当の事かどうかも判らん!
お主に聞かれるまで、 忘れておったわ、どこで、その話を聞いた?」
長利「うむ、町で吾平に会っての、その吾平からじゃ」
玄海「ほ~、吾平か、なるほどの・・、それなら合点がいく、吾平は、木に詳しいからの」
長利「どこを旅している時に聞いたのじゃ?」
玄海「そうじゃな~、確か、薩摩の方じゃ、あの地方は「琉球王国」とも交流があっての、
大風子が生えているのは、 琉球のはるか南の国だそうじゃ」
長利「薩摩か・・・、最果ての地じゃの・・・、」
玄海「そうじゃ、想像以上に遠い所じゃぞ、行くなら、覚悟して行かれよ・・、
わしは、途中、船に乗って行ったからの随分、楽をしたが、歩きだけでは、
かなりきついぞ」
そこに、龍気が入って来た、「さっそく、小鉄に褒美をあげてまいりました」
長利「うむ、かたじけない、小鉄には本当に助かった、野犬の群れが十匹以上おっての、
囲まれた所を、寸での所で助けてもろうた、 わし一人なら、何とかなるが、
お菊が居たからの、いっせいに飛びかかれたら、どうする事も出来ん!
ほれ、この料理の匂いに惹きつけられたのじゃな」
そう、指差すと、玄海が「これは、美味そうじゃ、」と言いながら、
つまみ食いをはじめた・・・。
長利「さて、三人揃った所で、先に言っておこう、わしが旅に出るのは、
先刻言った通りじゃが、その前に、「形」だけでも元服しておこうと思ってな、
あす、「元服の儀」を執り行うつもりじゃ」
龍気「明日でございますか! それは、急な事でございますな」
玄海「旅から帰ってからでは、遅いのか?」
長利「うむ、元服した姿を「長末」にひと目、みせたくての・・・、
正直、わしが帰ってきた時に見せれるか、
わからんからの・・・、 そこで、龍気に頼みたいのじゃが、
今から、小鉄達と忍び衆を使い、ここに書いてある人達に、
明日の事を、知らせて欲しいのじゃ、」
そう言うと、長利は、屋敷で書いていた書状を龍気に手渡した。
長利「わしの我がままで、執り行うようなものじゃし、急な事じゃから
無理強いは出来ん。来られる者だけで、簡単に済ますつもりじゃ、
龍気よ一通り目を通してくれ」
書状を受け取った龍気は、目を通すと、
龍気「判りました、これは、「半兵衛」に任せる事にいたしましょう、
あやつには、適任の仕事です。」
そう言って、足早に小鉄の所に向かい、「半兵衛」に使いを出した。
小鉄は、一目散に「半兵衛」の所に向かう。
「半兵衛」とは、龍気の右腕のような者で、一言で言えば、「腕も立つが、頭も良い」
龍気が「忍の里」を不在にする時は、「半兵衛」が総てを取り仕切っているのである。
お菊「あら、小鉄が居ないようですけど?」
と言いながら、お菊が鮎を塩焼きにして、持ってきた。
長利「うむ、また、「使い」に出したのじゃ」
お菊「せっかく、小鉄にもお料理を食べてもらおうとおもったのに」
長利「残念じゃが、小鉄は龍気以外の者からは、餌は食べぬからの、
そう訓練されているのじゃ」
お菊「へ~、そうなんですか、先程のお礼をしたかったのですが、仕方がないですね」
長利「では、とりあえず、乾杯といくか、今日は、わしも呑むつもりじゃ、」
玄海「お! いいの~、呑もう、呑もう」
お菊「手酌でわ、味気ないでしょうから、私が皆さんにお注ぎいたしますね」
そう言って三人の杯に酒を注いだ、
長利が、簡単な挨拶をして乾杯の音頭をとり、いよいよ、「宴」が始まった・・・。