第一章 「旅立ち」 第十七話 「接木と小鉄」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第十七話 「接木と小鉄」
長椅子の上で考え込んでいた長利が、思い出したように、吾平に言った
長利「そうじゃ、吾平 先程お菊から、聞いたのじゃが、
「接木」とか言う技を持っているそうじゃな」
吾平「接木でごぜ~ますだか」
吾平の目がキラリと光る、 年寄りが自分の得意な話題になった
時の目である。
長利「そうじゃ、何でも違う種類の木をくっつけるそうではないか」
吾平「そうでごぜ~ます 木には、勢いがある木と、なかなか育ちにくい木
がごぜ~ますだ そこで、勢いのある木を土台として、
途中の枝から、なかなか育ちにくい木の枝を繋ぎ合わせますだ、
この時、土台の枝に、クサビ状の切り込みをいれて、
育ちにくい枝もノミの刃のように切り落として、合わせますだ、
ただ、そのままでは、切り口の所が腐ってきてしまうだで、
そこに、おらが特別に配合した松やにと膠を水で
溶き、秘密の粉を入れて、一度煮立てて、冷ました物を、
塗りつけますだ、 そうすることで、雨、風が防げて、枝同士がくっつき
ますだ、 おらがよくやるのは、十分に根の張った、
野生の木を土台として、その上は、桃や栗、柿などの枝を
接木しますだ、 桃・栗・三年、柿八年と申しまして、
本来であれば、実がなるのに、何年もかかるのでごぜ~ますだが、
上手くいけば、1~2年で実が生りますだ、
やっぱり、木は根っこが肝心だで、根っこが丈夫だと、
水もしっかり吸い上げてくれるだ、 それから・・・、
枝の切り方とそれを繋げる「場所」も注意が必要ですだ、
枝に水を吸い上げる場所があり、その部分同士を繫ぎ
合わせる事が、肝心ですだ、枝の切り方も何種類かありますだ
で、枝の太さや状態を良く見て一番、あった切り方にするだ、
それから・・・・、」
長利「ち・ちょっと、吾平よ、茶でも飲まんか」
吾平「へ、何でで、ごぜ~ますだ?」
長利「いや、申し訳ないが、接木の事は、大体わかった、
今度、日を改めて、ゆっくり聞くことにするよ」
吾平「は~、そうで、ごぜ~ますだか、これからが、面白い所ですだに、
残念で、ごぜ~ますだ・・・、」
長利(びっくりしたわ! 急に雄弁となり出したわい
この話は、本当に時間のある時に、話を振った方が、
よさそうじゃ・・、)
長利「さて、お菊よ、そろそろ、帰るとするかの」
お菊「そうでございますね、あの~、長利様」
長利「ん、なんじゃ?」
お菊「帰りは、お屋敷まで、歩いて帰っては、だめでしょうか・・、」
長利「うむ、それでもよいが、寄りたい所があっての~、う~ん、
後にするかの」
お菊「ありがとうございます」
長利「そうじゃ、使いを出して、おこう、今日は、誰がくるかの」
そう言うと、長利は懐から、竹筒に入った筆と紙を出し、
何やら、サラサラと書くと、今度は、竹で出来た笛を取り出した。
その笛を咥え、おもいっきり息を吹くが、不思議な事に、
笛の音は聞こえない。
お菊が、不思議そうにみていると、町の横筋から、一匹の真っ黒な犬が
脱兎のごとく、走り寄ってきた。
お菊「ひ!、犬!」とお菊が叫ぶと、お菊は、長利の影に隠れた。
長利「そうじゃ、お菊は犬が嫌いであったな、じゃが、この小鉄は、
大丈夫じゃ、安心いたせ」
無理もない、亭主を犬に噛まれ、亡くしているのであるから、
犬が嫌いなのは、当然である。
長利「こいつの名は、「小鉄」と言ってな、龍気が飼っている忍犬じゃ、」
小鉄は、舌を出し、はっはっと息をしながら、お座りして
黒い尻尾で地面を掃いている
お菊「忍犬で、ご・ございますか・・、」
おそる、おそるお菊が顔だけ出して小鉄を見る
長利「そうじゃ、さっき吹いていた、竹笛は、「犬笛」といって、人の耳には、
聞こえぬ音が出ておるのじゃ、
近くにいる忍犬を呼ぶためのものじゃの」
お菊「犬笛でございますか?」 今度は、半身程、乗り出した
長利「そうじゃ、お菊のにおいを小鉄に覚えさせておこう、
さすれば、お菊の命令も聞くようになるぞ、よいか、お菊、
わしの手を握ってごらん」
お菊「え!手をですか?」
長利「うむ、まず、お互いの手を合わせ、初めは、わしの手の甲のにおいを
小鉄に嗅がせる、その後すぐ、手をひっくり返して、
お菊の手の甲のにおいを嗅がせるのじゃ、さすれば、
小鉄は、わしとお菊を同じ仲間と覚えるのじゃ、どうじゃ、出来るか?」
お菊「え、えぇ~、長利様の手を握るのであれば、出来まする・・。」
小鉄は、長利とお菊が話しているのを、じっと見つめ、
「待ち」の姿勢でいる。
そこで、二人が小鉄の前に座り、手を握り、二人の両手を小鉄の前
に差し出した。
はじめは、長利の手の甲を鼻先に近づけると、いつものように、
クンクンとにおいを嗅ぎ、手の甲をペロペロと舐めだした。
次いで、繋いだ両手をひっくり返して、お菊の手の甲を小鉄の鼻先に近づける、
同じようにクンクンとにおいを嗅ぎ、ペロペロと舐めだした、
その瞬間、お菊は、長利の手をぎゅっと握り締めたが、
次第に力が抜けていくのが、長利には、 わかった・・、
長利「うむ、これでよい」 と、言うと、お菊は我にかえった
小鉄の首元には、首輪がついていて、そこに、小さな竹筒がついている
長利「小鉄のこの竹筒に先程の文を入れ、蓋をしてと、これでよい、」
お座りしている小鉄の目の前で人指し指を一本立て、
長利「よいか、龍気、龍気じゃぞ、さ~行け!」
と言うと、小鉄は一目散に走り出し、あっと、いうまに見えなくなった
長利「これで、時がつくれたの、ではお菊、歩いて帰ろうか」
お菊「あ、はい、今のが龍気様の所に届くのですか?」
長利「うむ、そうじゃ、犬笛で呼ばれた小鉄は、覚えているにおいであれば、
絶対服従じゃ、他にも、色々と技があるが、「使いの技」は、
今のような感じじゃの」
お菊「何だか、忍術って面白いですね」
そう言いながらお菊は、町の筋の真ん中を先程より、
ゆっくりと歩き出した。
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